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 今朝ハウンド先輩に言われた通り、日付が変わる少し前に談話室に降りる。談話室にはハウンド先輩が1人、ソファに座って本を読んでいた。同室の子達はみんな寝ていたけど、まさか談話室に誰もいないとは思わなかった。

「こんばんは、ハウンド先輩」
「来ましたか。では行きましょうか」
「え、どこに?」

 挨拶をするとハウンド先輩は読んでいた本を閉じ、そのまま立ち上がって出口へ向かった。わたしも慌ててその後を追う。先輩は階段を降り、しばらく歩いた後廊下の途中で立ち止まった。この辺りには特に教室もなにもないし、なんの用事だろう?
 ハウンド先輩は、わたしを振り返った。

「魔法を練習するのに必要なのは?」
「えっ。えーと、杖と、先生と、呪文の載ってる本と、教室……?」
「それを思い浮かべながらこの廊下を3往復して」
「わかりました!」

 3往復と言われてピンと来た。ここってもしかして必要の部屋の入口? だったら杖はあるし、先生もいるからあとは部屋と本かな。頭の中で魔法を練習できる部屋、魔法を練習できる部屋……と思い浮かべながら廊下を往復する。ハウンド先輩はその様子を見ているだけだった。
 3往復目で、壁にスっと扉が現れる。本当にあるんだ……すごい……。
 感動するわたしを余所に、ハウンド先輩は躊躇いもなく扉を開けて中に入った。わたしも後に続く。部屋の中はそこそこ広く、入口付近には暖炉とソファと小さなテーブル、それから本棚があった。「まあまあだな」と言いながら先輩はソファに座った。

「……これを」
「なんですか、これ?」

 1枚の羊皮紙と羽根ペンがわたしの前にふわりと飛んできた。なにやら英語で書いてある。ハウンド先輩を見ると、彼は既に本を読んでいた。

「誓約書」
「えっ?」

 なんて? 誓約書? 一体何のために?
 首を傾げるわたしに、ハウンド先輩はとんでもなくぶ厚い本から視線を全く動かさずに続ける。ところでその本どこから取り出したんだろう。本棚にあんな分厚いもの入ってなかったし、そんなもの持ってるようには見えなかったけどな……?

「君が在学中僕の言うことを何でも聞く、という約束でしょう」
「なるほど……」

 こんなもの用意しなくたって言うことくらいちゃんと聞くし、約束を破ったりなんかしないのにね。信用ないのかな……と少し寂しい気持ちになりながらも羊皮紙に名前を書く。それを見たハウンド先輩が少し驚いたような顔をした。

「何ですか?」
「……君、いま何も読まずに書きましたね」
「え、何かまずかったですか?」
「いえ。……その紙に書かれてあることを破ると呪いがかかります」
「えっ、呪い!?」

 何てものを書かせてくれるんだこの先輩は! 慌てるわたしに、ハウンド先輩はため息をついた。確かにしっかり読まなかったわたしが悪いけど……っていうか、呪いかどうかなんて文章を読んだだけじゃわからないのでは? それなら、読んでも読まなくても同じような気もするけど。

「子供のしつけに使うようなものなので、大したものじゃありません。……まあ、僕が少し変えたものだから保証はできませんが」
「なんだ、良かった……」

 いや待って、本当に良かったのかな? 魔法界の子供のしつけってなんか恐ろしそうだ。ハウンド先輩が手を加えたものなら尚更。とにかく紙に書いてあることを破らないようにしなくちゃ。
 とりあえず確認してみると、誓約書には、『在学中はレグルス・ハウンドの言うことをなんでも聞くこと』『誰にも秘密を漏らさないこと』『逃げ出さないこと』というようなことが書いてあった。なんだ、これなら破る心配はなさそう。安心して紙をハウンド先輩に渡した。

 ……そういえばわたし、英語聞き取れるし読めるし書けるの不思議だなあ。一体どういう仕組みなんだう?

「君はまずこの本を読むと良い」
「基本呪文集……?」

 先輩が杖を動かすと、先輩の傍に置いてあった一冊の本がふわりと浮いた。タイトルは基本呪文集。これ、談話室でハーマイオニーが読んでるのを見かけた気がするな……。

「まずは基本的な魔法が使えるようになること。すべての魔法の基礎はそこからです」
「は、はい……」

 まあ、いいたいことはわかる。基本的な魔法も使えないようじゃ、強くなるなんて到底無理だよね。受け取った本をパラパラとめくる。物を浮かす呪文、鍵を開ける呪文、杖に火を灯す呪文などわたしでも聞いたことのあるものばかりだった。たぶん呪文学でも習う呪文っぽい。でもこれだけの呪文を全部使えるようになるなんて……いったいどれくらいの時間がかかるんだろう?

「僕はホグワーツに入る前にこれくらいできるようになった。君は、そうだな……マグル出身の落ちこぼれだということを考えて、1か月ほどでできるようになってもらいましょう」
「い、1か月ですか!?」

 そんなに短期間で、こんなにたくさんの呪文を使えるようになるなんて到底思えないんですけど……っていうかさらっとマウントを取られたような気がするし、貶されたような気もする。
 驚くわたしに、ハウンド先輩は涼し気な顔をして言い放った。

「この僕が教えるんですから、サルでもそれくらい出来るようになりますよ」
「そうですか……」

 すごい自信である。ていうか遠回しにサルって言われたような気がしなくもないんだけど……。とにかくやるしかない。わたしはローブから杖を取りだして、本に書かれている最初の呪文に目を通した。

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