期間限定同い年
「不在証明失敗!」
「擬似霊子変換が追いつきません!」
「擬似霊子演算終了!帰還までのタイムリミットはあと一六二秒!」
「立香ちゃん!今すぐ帰還するんだ!」
アーキマンが叫ぶ。アラームが鳴る中央管制室。第六特異点突破後の、微小特異点での異常だった。
キッチンで、トポトポと適当に紅茶をティーポットからマグカップへ注ぐ。
「……ふう…」
疲れた。
藤丸立香は進み続けて、アーキマンもずっと徹夜で働き続けて。彼らの辛さ苦しさに比べれば私はずっとマシなはずなのに、身体を投げ出したくなる。
第六特異点を突破し、人理修復は終盤へ向かっている。あと少しだ。あと少しなのに、息ができない。
増え続ける仕事、滞る研究、どこかへ焼却された全て。
誰一人私を苦しめてなんていないのに、どんどん首が絞まっていく感覚。
怖かった。何よりも、この恐怖が藤丸立香やアーキマンへと向いてしまいそうなことが。
「私にも一杯紅茶を」
「!?レンリ・コルレット!?」
「こんばんは。レンリでいいよ」
私は驚いてティーポットを落としかける。危ない、とレンリさんがティーポットを支えた。
「こ、紅茶でいいんですね」
「うん」
マグカップを取り出して、紅茶を注いだ。英雄だし、ティーカップを出すべきだっただろうかと思ったが、レンリさんは「ありがとう」と普通に受け取った。
「……何でレンリさんはここに?」
「温かいものが飲みたくなった」
「ええと…ここへ来る前はどちらに」
「女装コンテストがあって野次を飛ばしたりナンパ?する役をしていた」
「楽しかったですか?」
「とても!」
「そうですか……」
俗世へ良くない染まり方をしている。女装コンテストって何だ。シャルルマーニュのアストルフォはコンテストなんてなくても女装しているだろうに。
生前そういうアホくさいことをしたことがないから楽しいのかな。ナンパする役にしてはガチで落としにかかっていそうなのが怖い。
「君は最近楽しいかい?」
レンリさんがそう尋ねる。楽しそうに見えるか、これが。全く楽しくない。何なら悩んでいる。
そんな表情が出てしまったのだろう。ゆっくりと紅茶を飲んだ英雄は、「また来るね」と笑って去った。一体何なんだ。
別日。
『やあ。こんにちは。僕はくまたろう』
「レンリさん何やってるんですか」
「子どもたちにクマのぬいぐるみをプレゼントされた。中々可愛いと思うのだけれど」
「そうですね、レンリさんが巨大なクマのぬいぐるみを持っているというシチュエーションはとても良いと思います…」
「私がクマを持っているシチュエーション…?」
「英霊刑部姫に見られたりしませんでしたか」
「いや……ああ、でもジャンヌ・オルタに写真を撮られたな」
「肖像権ないんですかここ」
別日。
「やあレディ。今日は特にお疲れだね。パスタを作ったんだけれど食べるかい?」
「今度は何してるんですか…」
「エミヤと料理の腕でガチバトルという企画らしい。まあマスターが決められない!と言って勝敗はつかなかったけれど」
「レンリさんのご飯の方が美味しいですよ…英霊エミヤのことは知りませんけど…」
「それは光栄」
そして、今。
英霊レンリ・コルレットは私と三日に一回のペースで会っていた。
「何でレンリさんは私に絡むんですかね…」
「目に留まったから」
「理由になってないですよ」
「はは」
君の入れる紅茶は美味しいね、とレンリさんが言う。誤魔化された上に嘘までつかれた。紅茶のいれ方なんて、絶対もっと上手い人が沢山いる。レンリさんは生前富裕層にいた訳では無いから、味覚がそんなに育っていないだけだ。
無力なくせに苦しむ自分と、カルデアのサーヴァントの中でも五本の指に入る優秀なサーヴァント。彼と会話をするのはなんとなく嫌だ。
私は、この強いひとと関わらない理由が欲しい。
「君と話す理由、理由か…」
「無いって言うんじゃないですよね」
「言ったら?」
「もうお茶を入れません」
「それは困る」
「その理由が知りたいんですけど」
理由考えるね、とレンリさんが思考を始める。まさか恋とか?それこそないだろう。有り得るとしてもそれこそマスターとか、そういう可愛らしくて強い女の子に決まっている。
そんなことを考えていると、レンリさんが話し始めた。
「…君は女の子だ。我がマスターも女の子。マスターの方が危険に晒されて生きているだろうけれど、それは関係ない」
「…え」
「そういうことを言おうとして話しかけた気がする」
「…はあ?」
「前から度々君のことは見ていた。同い年だろうし、努力している人は探さなくても目に留まるものだから。ああ、もちろん君が可愛いのもあるけど」
「ええ…は、え…」
「思っていたよりずっと笑わないから笑わせたいなあって思ってるうちに言い忘れてたんだ。最近俺と話すの楽しそうにしてたしね」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。ラテン特有のいつも通りの口説き文句も捌けない。
何言ってるんだ、このひとは。いや、人じゃないのか?いやいや、それどころではなく。
「きみが戦場に出ないということは、きみが苦しみを我慢する理由にはならない」
英雄が私を見る。藍とマゼンタが混ざり合う、不思議な瞳で。
「自分より辛い人がいる、自分より苦しい人がいる、そういうのは良くない。とても良くない。何故ならきみの人生に彼らの苦しみは関係ないからね」
「…それ、レンリさんが言います?」
そう言うとレンリさんは少し黙って、フハッと笑う。
「俺は苦しいのと向き合うの放棄しちゃったから、君の方がずっと強いよ」
「またそういうこと言いますよねえ…アサシンさんに嫌われるのそういうところだと思いますよ」
「えー…」
レンリさんは唇を尖らせて、私にマフラーを巻いた。ふわりと優しい香りがする。間違いなく、この大英雄の香りだ。
「俺の手、抓ってみて」
「…?はい」
ギュ、と手を抓る。手袋からチラリと見える傷痕が何となく私と彼を遠ざけた。いや、もともと近くはなかったけど。
「痛くないんだよ」
「…スキル?」
「生前身に付けちゃったやつ」
「それは…また」
この人はこの傷に、どれほどの痛みを背負ったのだろう。人の痛みに敏感で、自分の痛みを殺したこの人は。殺した、殺された、まだこどものままの彼は。
「……でも、痛いですよ」
「…うん。そうだね。とっても痛い、かもしれない」
レンリさんは柔らかく笑う。私と同い年の、男の子みたいだ。
「レンリさんはバカだから分からないと思いますけど、私だってレンリさん一人くらいの痛みなら分かるんですよ」
「バカは余計じゃない?」
「痛みを隠そうとする人は大体バカです。だって私と同じなんですから」
「そうかな」
「そうです」
「断定かあ」
きみの優しさは自分ばかり苦しめてしまうんだなあ、とレンリさんは淋しそうに笑った。
このひと、笑顔以外に表情のレパートリーあるのかな。藤丸立香になら見せるのかな。どうでもいいけど。
「約束してみようか」
「約束?」
「きみは俺が守る」
「な、なんで」
「俺に痛いって言ってくれたから。君で四人目」
「割と居ません?」
「いやいや、一人は生前会った小さな女の子だからね。カルデアで順番に言うならアサシン、マスター、きみだ」
「そこにアサシンさん入るんだ」
「アイツは常に俺より人間成績優秀な男だから」
「それはそうかも」
認めないでよ、と言うレンリさんと目が合う。何だかバカらしくて笑ってしまった。
まだ、痛いままでいいかな。レンリさんが守ってくれるし、レンリさんが失くした痛みを痛いと言っていたいと思うから。
強くて、教科書の一角に載っているような人で、かっこよくて、救国の英雄。それが英霊レンリ・コルレット。みんなが知っている彼。
そして生きるのが下手で、痛みは普通に苦しくて、十九歳で、ちょっと軟派で、割としょうもないことが好き。それが私の知る、優しくて素朴で、そのくせ無謀な彼の全て。
優しい優しい英雄に、「ちょっとだけ楽しいかも。もう世界終わってるけど」と笑った。
「まだ終わらせないよ。そのための私たちだ」
「前から気になってたんだけどさ、その一人称似合わないよ」
「まず英雄が似合わないんだよ、俺は」
「十九歳に英雄が似合ってたまるか」
「それもそうか」
魔術師と技師の間である私にとって、サーヴァントに対する尊敬の念はあまりない。どちらかというと、踏み外してしまったら殺されるかもしれないという恐怖だ。だから、君は英雄じゃない。
サーヴァントで、救世主で、ちょこっとだけ私の中でヒーローをしている男の子。
「私アサシンさんの二番煎じしてるみたいで嫌だな」
「?君は俺の事が好きなんだから二番煎じではないと思うけど」
「だから!!良くないですよそういう言い方!!!」
「わざとなんだけどね」
「心開いたら小悪魔男子高校生みたいな絡み方する…」
「コアクマダンシコウコウセイ?」
初めて聞いたな、と首を傾げる彼が可愛いのに腹が立って、彼の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。そうするとはにかみながら笑うから、始末に負えない。実は貴方私のこと好きなんじゃないの、もしそうだったら恋しちゃいそうで危ないよ。
「きみは可愛いなあ」
「あーもう!」
「痛いよ」
「痛くないでしょ!」
バンバンと肩を叩く。もう嫌だな、このひと。
真っ赤な顔を見られるのも嫌だし、多分このひとは私に恋愛関係なく好意を持っているのだろうと分かるのが嫌だ。
無力な私を好きにならないでくれ。いなくなってしまうときに貴方に振り払われるであろう手を、掴んだままでいられない。掴んだままでいられるくらい、強くありたい。
そんな思いは、多分一生言えないのだ。