apricot
「…何を?」
「おにぎり作ってる。天草くん、手伝ってよ」
カルデア職員でありながら、藤丸立香の予備としての役割を持つ彼女の魔力量というものは人よりもずっと多い。しかしどうして、彼女は親族には才能がないと切り捨てられたと誰かに聞いた。
それに絶望せず、楽観視もせず、ただ淡々と、平凡に、平和に、こんな状況であっても生きていた。
そんな彼女が、戦闘時にのみ使う霊基グラフから俵藤太を呼び出して大量の米を握っている。
相変わらず分からない人だなと天草は首をかしげながら、手伝いに加わった。
「天草くんさあ、キャメロットのとき、覚えてる?」
「ああ、あの。もうすっかり昔のことになってしまいましたが、確かに覚えていますよ」
「あのときは確かに大変だったけど、あたたかくはあったから。俵藤太さんのこと思い出したからとりあえずはお米かなって。美味しいですし」
「最近気が付きましたけど、貴方は即物的ですよね」
「天草くんが私を見ていなかっただけだよ」
「そう言われてしまっては弱い」
「認めていいの?」
「まあ貴方のサーヴァントでもありませんし」
「事実が淋しい」
そう口では言いながらも彼女は笑った。
天草の前で、彼女はいつも笑っている。悔しい、悲しい、嬉しい、どんな言葉が付随していても天草が知る彼女は笑っていた。
「天草くんおにぎり作るの上手いね」
「そうですか?生前はこんなに大量のお米を見ることなんてそうありませんでしたが……」
「良い世の中になったものですね!!」
彼女は強引に会話を打ち切る。彼女曰く、食に暗い話は不要らしい。
天草は会話のつもりで言ったものだったのだが、選択ミスをしていたことを把握した。
「……」
「……」
「……できた!お疲れさま、食べよう天草くん。藤丸くんたちがクエスト戻ってきたときの分残しといてね」
「そんなに食べませんよ」
「食いしん坊天草くんも見たいな」
「どういうことなんですか……」
どういう気の迷いか、天草は彼女に連れられシャドウ・ボーダーの甲板に出ておにぎりを食べていた。
梅、昆布、鮭、明太子……と色々な具材は彼女がレイシフトを強行して採ってきたものらしい。
天草はそれを知ったとき馬鹿なんじゃないかと内心思ったが、内心に留めた。「藤丸くんたちも少しは元気出るかなあって」と続けられた言葉を拾わないほど、天草は淡白ではない。
「おいしいね」
「…はい」
「え、おいしくなかった?」
「いえ、おいしいですよ、とても」
「え、ほんと?水加減まちがえたから天草くんと食べないと美味しくないんだけど」
「おいしいです」
「頑固か」
天草は理由も分からないまま、米を食べた。
彼女には世辞だと思われてしまったが、自分がおにぎりを美味しいと思ったことは本当だった。ただ、何故美味しいと思ったのかを知らないだけで。
「天草くん、好きだよ」
「そうですか。私も好きですよ」
「よく言う〜」
天草の言葉に、痛くも痒くもない様子で彼女は笑った。利用したいならもっと分かりにくく口説きなよ、と。
そうして少しの沈黙が過ぎたころ、なんとなく焦り、彼女の方を向いたとき。
「……私は時貞くんの恋が欲しいのに」
三角座りをして、膝に頭をうずめる彼女に、やってしまったと不意に思った。同時に、自分らしくないとも。
いつからだろうか。
ふんわりと、この世の地獄も何も知らなさそうに笑う顔に痛みを覚えたのは。マスターを庇いできた傷口を全て塗り替えたいと思ったのは。触れることが、罪であるように思うようになったのは。
今この瞬間からだったかもしれないし、実はそう思ったことなんて無かったのかもしれない。
「なら永遠でも誓ってみます?」
そう言おうとしたのに、何かが喉につかえて出てこなかった。その事実だけが、天草の心臓に鎖を巻いた。
「ままならないものですね」
「天草くん、いつも説明が少ないよ」
「なるほど、饒舌な私がお好みと」
「饒舌なのが好きなんじゃなくて天草くんが好きなんだって」
避けられる好意を、楽しそうに笑う。彼女はそれを恋だという。
ならばこれは、恋ではない。自分はそんな風には笑えない。もっと苦しいこれは、愛にも値せず。
焦点がズレていく。この感情は不要だ。不要なものは、
「……?」
「サプラーイズ」
いつの間にか立ち上がっていた彼女が自分の後ろに立ち、天草の頭の上に水をすくうように両手をかかげていた。
その手から、小さな薄桃色の花がこぼれて天草の頭に降ってくる。
「天草くん変な顔してるから」
「……この花は?」
「花の魔術師に教わった」
「悪夢を見そうですね」
「私の愛を悪夢呼ばわりするのやめてよ」
「はは!」
「誤魔化すな!」
天草はわざとらしく笑いながら、はらはらと舞う花弁を手に取って、すんと嗅ぐ。
「天草くん、私ね、きみがすきだよ」
「知っています」
「うん。それだけでいいんだ」
柔らかく笑う、細まる瞳が綺麗だと思う。寒そうにする、少し赤い指先も。そう思う理由はまだ知らない。
自分の冷たい手のひらから、春の匂いがした。