最近、特進1年の間で噂になっている先輩がいる。俺もゆまぴから少し聞いただけで、詳しいことは知らない。知ってるのは、元特進クラスだったのに今では一般生徒として学園に通ってるってことだけ。そんな先輩の事が俺はどうしても知りたかった。なんでかは分からないけど、気になってしょうがないんだ。そうだ、知ってる事がもう一つ。花房センパイに見せてもらったその先輩の写真と、名前。その写真には白華センパイと楽しそうに笑っている…みょうじセンパイ。俺の手掛かりはそれだけだった。

「ーーいた…!」

課題を進めるため足を運んだ図書室。そこで偶然みょうじセンパイを見付けた。クラスを覗いてみても食堂を見回してみても今まで絶対に見付けられなかったのに!俺はじめて課題に感謝したかも。このチャンスを逃すわけにはいかない。何としてでも、センパイと接点をつくるんだ。俺は進行方向からぐっと角度を変え、センパイの方へとゆっくりと歩んだ。

「………」
「…!(えっ!?)」

センパイは手に持っていた本達を手早く本棚に戻し入れて、俺に背を向けた。急になんで?もしかして俺を避けた?でも、センパイは一度もこっちを見てないはずだし、そもそも俺がセンパイに近付こうとしてることなんて…もしかして誰か言ったのか?ええい、そんなことはどうだっていい。このままじゃセンパイを見失う!こうやってるうちにもう扉まで行ってるし、足早!

「くっそぅ…!」
「新兎千里くんだよね」
「どわぁっ!!」

追いかけて図書室から出た瞬間、目の前にはみょうじセンパイが佇んでいた。

「ちょっとごめんね」
「えっ、え、」

センパイは一歩俺に近付いて、そのまま俺越しに図書室の扉を閉めた。近い。近いしなんだかいい匂いがする。うわ、うわ何だこれ。

「それで、何か用かな?」
「あ、俺、1年の新兎千里っていいます!って、知ってるか」
「うん。私は2年のみょうじなまえ…って、知ってるんだよね?たぶん」

センパイは微笑みながら小首を傾げた。やっぱり俺がセンパイに近付こうとしてた事知ってるんだ。さて、ここからだ。俺はこのみょうじセンパイと仲良くなりたい。最初の言葉は大事だ、不審に思われないように。そして人懐っこく、嫌味にならないように。

「俺、」
「ちょうど良かった」
「え?」
「私、新兎くんと話してみたかったんだ」
「…え?」
「この前のライブ、良かったよ。友達も多いし、人気者だって聞いてたから。どういう子なんだろうな〜って」
「え、えと…ありがとうございます!」

センパイも俺を?なにその急展開。付いてけない。しかもライブの事…そりゃ友達多いし仲良くするのは好きだし、どっかの誰かさんよりは遥かに人気者だと思うけど。予想外の言葉にセンパイをじっと見つめてしまう。彼女は相変わらず笑っていて、他にも俺に興味を持った事柄を喋っている。

「あ、ごめんね。立ち話もなんだし、どっか行こうか」
「…ぜひ!俺もセンパイをの事ず〜っと気になってたんです!2年にチョ〜かわいいセンパイいるって!」
「はは、上手だね新兎くん」
「社交辞令とかじゃないんで!」
「そうだね。出世術だね」
「え、」
「ねぇ新兎くん。私このまえ新兎くんのことフォローしちゃった。応援してるね」

あ、もしかしてこの人。

「新兎くん。私と友達になってくれませんか?」

俺と同類だ。

「もちろん!てか、もうそのつもりでした!」
「良かった。で、私の何を知りたいのかな」
「何をって?あ、彼氏とかいるんですか?」
「いないけど、まあいいか」

この先輩はなかなか鋭い。笑ってるけど、本心が全く読めない。でもそれは嘘で笑ってるわけじゃなくて、本当の笑顔。根っからの笑顔。本人も無自覚なのかな、それが染み付いちゃってる感じがする。

「新兎くん、さっきまで花房のとこいたでしょ。同室は確か…1年生だったよね。お友達なんだね」
「え!?そうだけど…なんで分かったんですか?」
「牛乳の匂いしたから、さっき」
「…それだけで?!」

確かに俺はさっきまでゆまぴの部屋にいた。そこには花房センパイもいて、牛乳を飲んでた。それをご馳走もされた。ただそれだけ。みょうじセンパイの得意げな顔が、嫌な顔と重なった。

「それじゃ、私そろそろ行くね。お話ししてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ!またお喋りしましょ!」
「もちろん」

センパイはひらひらと手を振りながら数歩進んで、また立ち止まった。

「"たぁくん"によろしくね、クソニートくん」
「な…!?」

笑顔で走り去る彼女の後ろ姿をただ呆然と見ていた。
クソニートって…それに"たぁくん"?誰だよそれ…。そこまで考えたところで、心当たりのある人物は一人しかいなかった。理解をし始めると、次第に笑いが込み上げてくる。

「たぁくんって…!プッ!」

それにしてもセンパイの謎は深まるばかりだ。一体あいつとどんな関係なんだ?それに何であのアホライオンは黙ってたんだろ。あーもう、謎と笑いとで頭おかしくなりそう。とりあえず、ゆまぴとハリーと一緒に"たぁくん"を問い詰めることにしよう。学園生活、やっぱ楽しいわ!


←前 次→