ハザードはゆっくりと家の外に出ながら腰にさした刀を抜く。やはりジーザスの黒烏よりも長い刀で、不思議なことにその刀身は光が当たるとうっすらと赤く光って見えた。ハザードは使い慣れたように刀を構え、あたりを用心深く探る。
(雷殿の体質能力は近い距離でしか効果を発揮できない。ルーナの電話を遮断したということはこのあたりに潜んでいるはずだ…)
ホロウグレーの街には本来、ハザードしか居なかった。そしてジーザスとルーナが増えた今、三人。それ以外には居るはずがない。だからこの家の外で気配がするとしたらその体質者だけのはず。ハザードが注意深く探っていると、突然前方から電磁波のようなものが迫ってくる。
「!」
ハザードはその電磁波を刀で受け流す。刀身にビビッとした痺れを感じたが、軽いものだ。すると、電磁波が放たれた方向の家の物陰から一人の男が現れた。
「おや、すげぇな。俺の電磁波を弾くとは。あんた、一体誰だ?俺は娘の方を追ってきたんだがなぁ」
「……ルーナが目当てか」
男はジーザスと同年代くらいだが、いかにもチンピラといった軽々しい風貌だった。その手には電気がパチパチと発生している。この男が雷殿の体質者だろう。
「おかしいなァ。俺の情報じゃ、女の側にいるのはオズボーンファミリーの倅だって聞いたんだけどな。アンタの情報は入ってきてねえ。アンタ、誰だ?」
「……誰でもいいだろう。貴様はここで全てを吐いた後に死ぬのだからな」
「お?根暗そうに見えて殺人も厭わないってか。いいぜぇ、相手が誰だろうと邪魔する奴は殺す」
男は手に纏う電気の威力を強くするとその手を野球の投球のようにして投げつける。同時に電気が衝撃波となり、予想のつかない動きでハザードに襲いかかる。
「雑魚が…」
ハザードは刀で電撃を真ん中から一刀両断にする。二つに分かれた電撃は霧散して消えた。
「!…俺の電撃を斬る、とはなァ。…いや、あの動きを『予測』したのか?」
「…貴様の攻撃などお見通しだ」
電撃の動きは素早い蛇のように動いていて、とても目に捉えられないはず。だがハザードは自らに触れる直前に斬った。まるで動きが事前に見えていたかのようだった。
「ハッハァ!面白いぜぇ!誰だか知らねえが面白くなってきた!このレンツ様の雷殿の力は最強だからな!!」
レンツと名乗った男は両手に無数の雷の球体を浮かばせる。あれに触れたらひとたまりもないだろう。確かに雷殿の体質能力は攻撃性が高い。だが、ハザードは刀を構え、冷静な表情のまま睨みつけている。
「お前をぶっ殺して娘を奪わせてもらう!」
(やはりルーナが目的か。しかもルーナを…さらうつもりなのか?)
ルーナが実家や警察に連絡しないよう阻止するだけでなく、ルーナ自身の身柄を押さえたいのか。しかし、一体何故ルーナを狙うのか?それもこの男を倒して聞き出すしかないようだ。
その時。
「ハザード!てめえ!」
「!貴様、ルーナはどうした…」
「地下に隠れてる!てめえだけに任せておけるかよ!」
どうやらジーザスも抑えきれずに来てしまったらしい。ルーナを守りたいのはもちろんだが、ルーナを狙う体質者は許せない。ジーザスはハザードと向き合う見慣れない男…レンツを見ると、腰にさした黒烏を抜いた。
「こいつが雷殿の体質者か!」
「…全く。足手まといにだけはなるなよ」
ハザードとジーザスは互いに刀を構え、レンツに向き合う。
「お前がオズボーンファミリーの倅だな?お前も邪魔だからな、ぶっ殺させてもらうぜ!」
「ふざけんな!それはこっちのセリフだ!」
「バカが!待て!」
ジーザスが斬りかかる中、ハザードが止めようとするがジーザスはそのまま走っていく。だがレンツは見抜いていたように電撃の塊を次々と投げつけてくる。ジーザスは避けようとするが、そのいくつかが左腕を掠る。掠っただけで鋭い痛みが走り、麻痺してくる。
「くッ!」
思わず黒烏を落としかけるが、再び構え直してレンツに斬りかかる。レンツは軽々とかわす。その身のこなしは戦闘に慣れている者の証。そして近距離から電撃をジーザスの背中に命中させた。
「!ぐあっ!」
「なんだ、体質者との戦いは素人かよ」
「このっ…!」
ジーザスは思わず地面に倒れこむ。背中に激痛が走るが、痛みよりも麻痺の方が強く、体が動かない。このままだとやられる。レンツもとどめを刺そうとしてくるが、途端に別の気配を感じ、大きく飛んで距離を取った。
「!」
「……『
皐月閃』…」
低い声と共にレンツ目掛けて凄まじい斬りが放たれた。まるで風のような素早い斬撃。レンツは内心冷や汗をかいた。あと数秒避けるのが遅れていたら斬られていたに違いない。その斬撃を放ってきたのは…ハザードだった。その攻撃はジーザスも倒れていながら、近距離で目撃した。
「!ハ、ハザード…!」
「…バカが。相手の能力も知らずに突っ込みやがって」
ハザードは刀を構えてレンツを睨んだまま、ジーザスに冷たく言い放つ。その言い方にムッとしながらも、ジーザスは今のハザードの斬撃に驚きを隠せなかった。
(なんだ…あの斬撃…何年も修行した剣士並みの実力じゃねえか…こいつ、本当に科学者なのかよッ…)
オズボーンファミリーの構成員でもここまでの実力者は居ないと思うほどの剣の腕前。それはレンツも感じていたようで、距離を取った上で再び電撃を放つ。先程、ジーザスにダメージを与えた技だ。
「お前の剣、面白ぇ!だがその見掛け倒しの刀でどこまでやれるかな!『
雷球破輪』!!」
「……見掛け倒し、か。…なめるなよ。……我が妖刀、『
日下部・鬼神』の力…その身で思い知れ」
(日下部…鬼神…?)
ジーザスが初めてハザードの持つ刀の名を聞いた瞬間、鋭い目つきでハザードは電撃へ向かっていく。レンツが放った電撃が一斉にハザードを狙う。
「!危ねぇぞ!ハザード!」
「……」
ジーザスが思わず叫ぶが、ハザードは電撃を全て避け、斬っていく。まるで電撃が次にどこを狙うかわかっているかのようだ。
「ちっ、なんで当たらねえんだ…」
レンツも攻撃がハザードに当たらないことに苛立ち始めている。そして右手に今までよりも大きな電撃の球体を生み出す。あれに当たれば感電死しかねない。ジーザスは傷の痛みに耐えながらハザードに叫ぶ。
「ハザード!!避けろ!!」
ところがハザードは今度は避けるどころか、雷撃の球体の射程まっすぐに立つ。そして刀の剣先を雷撃の球体に向ける形に構え直した。なぜか彼の周りの空気が変わった気がする。
「死にやがれ!!」
同時にレンツが電撃の球体を一直線に放った。そしてハザードは小さく呟くと同時に足を踏み出す。
「……電撃さえも切り裂く我が黒の刃…我が敵を裂け。……絶刀せよ!『
黒破斬』!!」
「!?何ィ!?」
ハザードが刀…鬼神を勢いよく振るうと風を巻き込んだ斬撃が生まれ、無数の電撃の球体をかき消すように切り裂いた。その斬撃はなにか闇のようなものを纏い、黒い風の塊に見える。同時にその斬撃がレンツにも直撃する。
「ぐはッ…!て、てめぇ…」
「…ジーザス・オズボーン以外の人間が居たことが貴様の誤算だったようだな」
ハザードは背を向け、鬼神を鞘を完全におさめ、キン、と鍔を鳴らした瞬間、レンツは倒れた。だが殺してはいないようで、気絶したようだった。
「す、すげぇ…」
「………」
「お前のその刀…鬼神っていったか…俺の黒烏と同じ妖刀だよな。お前が妖刀に詳しかったのは…自分も持っていたからだったのかよ」
「…この刀は人からの譲り物だ。第一、妖刀を持っていながら何の知識もない貴様が勉強不足に過ぎない」
「てめぇ、なめんなよ!」
やはりこの男は口が悪い。いや、もうバカにしすぎではないか。ルーナを助けてくれたとはいえ、自分とこの男は明らかにウマが合わない。
「ジーザス、ハザード!大丈夫!?」
気付けば、ハザードの自宅の扉を少しだけ開けてルーナが顔を出していた。戦いが終わったことを感じて様子を伺いに来たようだ。
「ルーナ!もう大丈夫だ…ぁ痛てて」
「ジーザス!怪我してるの!?」
思い出したようにジーザスは背中と左腕の痛みを思い出す。電撃が掠めた左腕は擦り傷程度だが、雷球破輪を受けた背中はひどく痛む。
「雷殿の体質能力は戦闘に特化している。もっとまともに受けていたら重傷だったな」
「ハザード、早く治療を…!」
ハザードも医療の専門家ではない。だが、応急手当くらいならここでもできる。あとは大きな病院での治療になるだろうが。ハザードは仕方なくジーザスに肩を貸そうとした時。
「待って。あとは任せなよ」
突然、その場に第三者の声が響いた。聞き覚えのない、女の声。三人が思わずあたりを見渡す。まさか、まだ敵がいるのかもしれない。ハザードが再び鬼神を抜こうとした時、三人の目の前にタンッ!という軽い音と共に黒い影が着地した。その突然の「誰か」の登場にルーナは驚いて後ずさり、ハザードは本気で途中まで鬼神を抜きかけた。
「きゃっ!?」
「貴様…何者だ」
「あー、ゴメンゴメン。驚かせちゃったねー。アタシ、敵じゃないから!」
その人物をよく見れば、小柄な青髪の少女だった。十代後半くらいのあどけなさが残る顔立ちだが、ルーナとそこまで年齢は離れていないように見える。どこかの制服のような黒いコートに赤い腕章を付け、印象的な右目が赤、左目が青というオッドアイ。さらに腰にはこれまたジャポン風の刀を下げている…最近はジャポンの刀ブームなのだろうか。明らかに警戒し、鬼神を抜こうとするハザードに向かって両手を差し出すように振って、敵ではないということを示してくる。
「あ、あなたは…」
そう尋ねるルーナに向かって少女はニカッと意味深に、だが太陽のように笑った。
13.雷殿の刺客
←一覧 次→