雷殿の体質者レンツとの戦いを終えたばかりのジーザス、ハザード、そしてルーナの前に現れた謎の少女。彼女は呆然とするルーナの顔を覗き込んできた。
「あっ。キミがルーナ・グレイシアだね?ヴェルヌでオズボーンファミリーに攫われたって噂の新米刑事ちゃん。なるほど、噂通り色白で可愛いね」
「えっ…!」
ルーナは少女に突然言われて驚いた。突然、自分の名前や事情を言い当てられた。何故、この少女は自分を知っているのだろうか。
「で、アンタはハザード・ディザリウスでしょ。で、そっちの怪我してる彼がジーザス・オズボーン」
「……貴様」
「だから敵じゃないって。それより今は彼…ジーザスの手当てでしょ」
すると少女は膝をついたままのジーザスの背中に手をかざした。ジーザスも正体を知られていることと、背中に回られたことで警戒したが、すぐにそれは驚きに変わる。背中にかざされた少女の手からほんのりと温かなものを感じたのだ。そしてそれを見守るルーナとハザードからは、少女の手に黄色みがかった光が現れたのを目の当たりにした。その光はジーザスの背中の傷に太陽の光のように当てられていき、見る見るうちに傷口が塞がれていった。あまりのことにルーナは驚きの声をあげる。これは明らかに体質能力だ。
「あっ…!怪我が治った…!」
「貴様……『
治癒』の体質者だな」
「えっ。治癒…?」
「お、さすが体質者研究のプロ。そうだよ。アタシは治癒の体質者ってわけ」
少女はにかっと笑うと、今度はジーザスの左腕に手をかざし、傷を治していく。ジーザスは背中の傷の痛みがなくなったこと、今現在、左腕を治すその瞬間を見て目を見開く。
「す、すげえ。ほんとに治っちまった…お前、一体…」
「あぁゴメン。名乗るのが遅くなったね。アタシ、ロギア・デュークス!『能力統制情報管理協会トリニティ・クラウン』の特務部隊隊長だよ」
「!トリニティ…クラウン…」
ロギアと名乗る少女の言葉にハザードだけが反応し、ジーザスとルーナは頭にハテナマークを浮かべた。なんだかやたらと肩苦しそうな名前の組織。
「能力…統制…?」
「なんだその組織…聞いたことねえぞ」
「…ルーナはともかく。オズボーンファミリーの後継者が知らないとは…本当にバカだな」
「し、仕方ねえだろ!俺なんてまだまだなんだからな!」
心底呆れたようにハザードはジーザスに言う。どうやら有名な組織らしいが、ジーザスは本当に初耳だった。ジーザスの今までの活動はアーロンの指示のもと、世界各地でギャングや魔物退治といった実働部隊的なものだった。だからこそ他組織とのやりとりや情報収集などはほとんどアーロンが現役で行っていて、教えてもらったことはなかった。
「まあ、オズボーンファミリーは
能力者には縁がなかった組織だからね。仕方ないよ」
「あの…それって一体」
展開についていけないルーナが説明を求めると、ロギアは明るく語りだす。
「えっとね、簡単に言えば体質者とか、世界の能力者を管理・保護する組織だよ。ま、あとは世界で起きる能力者絡みの事件とかの捜査もしてるんだけど、アタシは今回、そこで気絶してる雷殿の体質者、レンツを追ってここまで来た。で、さっきの戦い拝見させてもらったよ。いやー、面白いもの見せてもらった♪」
「えっ、見てたのかよ…」
自分が一方的に負けてハザードが仕留めた姿を見られていたと思うとジーザスは少し気恥ずかしかった。結局、自分は足手まといになってしまっていたのだから。
「でもびっくりしたよ。レンツを追ってきたらオズボーンファミリーがヴェルヌの女刑事ちゃんを連れて長年行方不明だった体質能力の科学者のとこに来てるなんて」
「えっ。ハザード、行方不明扱いされてたの?」
「………」
急にハザードが黙り込んだ。触れられたくない話なのだろうか。
「ありゃ、ルーナ達は知らなかったの?…まあ、人それぞれ秘密はあるからね。ところで、さっきの戦い見てたけど、…ハザード・ディザリウス。あなた、体質者でしょ」
「はぁ!?お前も体質者なのかよ!」
「そうなの!?」
さらに明かされた驚愕の事実にジーザスとルーナは驚く。まさかのハザード本人が体質者。
「……ああ」
「で、でもさっきの戦いじゃ、刀でしか戦ってなかっただろ!炎とか氷とかそういうのも出さなかったし!」
「体質能力ってのは、別に特殊な何かを出現させたり操ったりするだけじゃないんだよ。現にほら、アタシの治癒もそうだし」
「…俺の体質能力は『
透視』。目には見えないものが見える……補助系の力だな」
「透視…?」
ハザードは眼鏡をクイ、と上げて呟いた。
「…この世ならざるものが見える力…死者の魂、人や物の温度、そして…攻撃の軌道が見える。だからこそ敵が放ってきた斬撃や銃弾の動きが常人よりも遅く見え、事前に対策を練ることができる」
「す、すごい…」
「だからさっきの戦いではレンツの電撃を避けられたのか」
避けられそうにないレンツの無数の電撃の球体を避け、なおかつ切り刻んだあの動き。それは体質能力「透視」を持っているからできたものだったようだ。確かに情報屋ギースの風刃やレンツの雷殿のような攻撃的な能力ではない。だが、これを活かして戦うとあそこまで強いとは。ハザードの言う「補助系の力」というのも納得できる。
「自らが体質者であることもあって、体質者のための研究をしているってわけね」
「ハザード、すごい……」
ロギアが感心したように笑い、ルーナは驚きながらも感動しているようだった。それに対してハザードは表情を変えずに腕を組んでいるだけ。
「ま、アタシの今回の任務は世界で雷殿の体質能力を悪用して犯罪を起こしていたレンツを逮捕することだったから。コイツを連行して本部へ帰るよ」
未だ倒れたままのレンツの方へ歩き出したロギアをジーザスが止める。
「あ、待ってくれ。ソイツ、ルーナをヴェルヌ本国へ連絡させないように電話回線を遮断してたんだ。なんでなのか話を聞き出そうと思って」
「…それだけではない。その男はルーナ自身を連れ去るつもりだったようだ」
「えっ!?そうなの!?」
初耳のルーナ自身は驚くが、ロギアはその話を聞いて少し考えてから口を開く。
「…なんだか混みいった事情があるみたいだね。…よければ聞かせてくれる?」
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ジーザスとルーナは今までの事情をロギアに話し終えると、ロギアは顎に手を当てて考え込んでいた。
「…この数日、レンツを調べてたんだけど誰かと連絡を取っていたんだ。それが多分、『依頼主』だったんだと思う」
「依頼主?」
「要するに黒幕だね。ルーナがジーザスと一緒にブリタナに行ったのを確認した誰かが、『オズボーンファミリーがルーナを誘拐した』ということに仕立て上げて、ルーナ自身が実家や警察に連絡して真実を話さないように連絡が取れないようにできるレンツを雇ったんだろうね」
「ハザードの推測と同じだな」
「……チッ」
「はいはい舌打ちしなーい。…はぁ、どうしよっかね。アタシはレンツをクラウン本部へ連れていかなきゃいけないし………………あっ、そうだ」
何かを思いついたかのようにロギアは人差し指をピン!と立てる。
「皆、クラウン本部へおいでよ。それでレンツから聞き出した情報をその場で教えてあげる。ルーナの能力のこともこっちで把握しておきたいし、一石二鳥でしょ」
「俺達がお前のところの本部に?」
「そう。クラウンは能力者を保護する目的もあるしね。そこのハザードも!」
「……俺は断る」
ロギアの誘いに迷うジーザスとは対照的にハザードは即座に断った。
「え、ハザード…」
「…俺の役目は終わった。さっさとクラウンにでも行って来い」
「なんだよ、お前は行かないのかよ」
「…あとはクラウンの力があれば解決するだろう」
そう言って背中を向けるハザード。ロギアは何か言いたげな不満げな顔。
「むー…せっかく見つけた幻の科学者なのになぁ」
「人を珍獣扱いするな、このじゃじゃ馬」
「じゃじゃ馬って何さ!」
じゃじゃ馬娘、という意味なのだろう。ハザードはジーザス同様、ロギアにも態度が悪い。どうやら優しいのはルーナ限定のようだ。
「俺は研究の続きがある。さっさと行け」
「ったく。……ルーナ、とりあえずロギアと一緒にクラウン本部に行ってみよう。話はそれからだ」
「う、うん。…あの、ハザード!」
家の中に戻ろうとするハザードをルーナが呼び止めた。
「わたし、本当に…あなたに助けてもらって感謝してるの。ありがとう…!本当に、ありがとう!」
「…………気を付けろよ」
それだけ言うと、ハザードは家の中に入っていった。ジーザスはやはり愛想のない男だと思いつつも、彼の中に「何か」の感情があることを感じ取っていた。ルーナへの一目惚れとか、そういったものではなく、もっと温かくて優しい感情。だが、それがなんなのかわからなかった。
(ハザード……あいつ、やっぱりわかんねえ奴だけど……確かに、悪い奴じゃないってことだけは…わかる)
ルーナが言うように「良い人」とまでは言い切れないけれど。ルーナを守るため、レンツを倒したあの姿には確かに「正義」があった。
「よし、じゃあクラウン本部へ向かうよ」
そう言ったロギアはおもむろにレンツに近付くと、ひょいと肩に担ぐ。小柄な少女が大の男を担ぎ上げた光景にジーザスとルーナはまたもや驚いた。
「なっ、お前すごいな…」
「あんなに軽々と…」
「まあ鍛えてるからねー。じゃ、ジーザスとルーナ。アタシの近くに来て」
「?」
言われるがままにロギアのそばにジーザスとルーナが近付くと、三人の足元の地面に突然赤い陣が浮かんだ。
「!?」
「きゃっ、これは…?」
「転移術式。クラウンまでひとっ飛びだよー」
「ひとっ飛びって一体何っ……」
ジーザスの言葉が途中で途切れた。次の瞬間にはジーザス達三人の姿は消え、元の白い雪景色の街が並ぶだけの光景だった。三人は既にホロウグレーの街には居ない。彼らは別の場所に
転移したのだ。それは体質能力とはまた違う未知なる技術によるものだった。
それを窓から見届けたハザードは地下の研究施設に下りていく。デスクにはルーナの症状を記した書類と、彼女のために調合した薬が残されている。
そしてそのデスクの上にはひとつの写真立てが飾られていた。ジーザスは気付かなかったようだが、その写真立ての中にあったのは一人の女性の写真。
「……この街に…あいつらが来たのは何かの運命だったのかもしれんな」
誰に言うでもなく、一人呟くハザード。そしてそっと写真立てのガラス越しに女性の写真を撫でる。
「…もしかしたら、お前の意思なのか?……エリナ…」
−−写真に写っていたのは、若い女性。ふんわりとした金髪に青い瞳、そして…目を引くほどの雪のように白い肌。その女性は、驚くほどにルーナによく似ていた。花のような笑顔でこちらに向けて微笑んでいる。そしてその女性の写真を見つめるハザードの瞳はルーナに向けていたものと同じ、優しいものだった。
「運命が回っている気がする…命の輪廻の中で…巡った何かが俺を巻き込んでいるような…」
ハザードの感じる「何か」の通り、運命は彼を巻き込みながら大きく動き出す。ハザードは勿論、ジーザスもルーナもそれに気付いてはいないのだ。
14.クラウン・ガール
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