その連絡が来たのは、ルーナが消えてから五日後だった。
ヴェルヌ警察ノイシュベルツ中央署の刑事課。オズボーンファミリーの領地、ブリタナへ向かってオズボーンファミリーを逮捕することも上層部から許されず、ルーナの父ジム・グレイシアをはじめ、同僚の刑事達はやきもきしていた。何より、鬼刑事として知られるジムが日を追うごとに意気消沈していき、憔悴しきっている。大事な一人娘がマフィアにさらわれたのだ。刑事達もそれはわかっていたからこそ腫れ物に触るような接し方しかできない。
そんな時であった。刑事課の部屋に鳴り響いた、小型電素通信機ビビットの着信音。ジムはそれに反応し、急いで出た。その様子は必死で、まわりに居た刑事達も電話の相手が誰なのかすぐわかった。

「ルーナ!!」
『あっ、お父さん!』

着信に出てすぐ叫んだジムの声はいつもの寡黙な彼と違い、悲痛なものだった。五日間、ずっと心配してきたのだ。マフィアにさらわれた一人娘を思い、夜もろくに眠れていない。その娘が自分から電話をかけてきた。

「ルーナ、お前無事だったんだな…!よかった…!本当によかった…!」
『お父さん、大丈夫。わたしは無事よ』
「お前ッ…オズボーンファミリーにさらわれて…!逃げ出したのか!?」
『違うよ!お父さん、聞いて。オズボーンファミリーは無実よ。わたしは自分の意思でブリタナに行ったの。オズボーンファミリーは悪人じゃない…今までわたし達が誤解していたんだよ!』
「お前…一体何を言ってるんだ…?」

ジムは通話口のルーナの言う「オズボーンファミリーは悪人ではない」という言葉が理解できなかった。オズボーンファミリーが凶悪な組織というのは常識としてヴェルヌ及び世界の警察には認識されている。だから今回もルーナがオズボーンファミリーに誘拐されたと思い込んでいた。だがルーナは無実と言う。

『とにかくお父さん!オズボーンファミリーを悪人呼ばわりしないで。必ず近いうちに帰るから』
「帰る、だと…ルーナ、お前、今どうしてるんだ!どうなっているんだ!?」
『大丈夫だから。じゃあ、またね』
「!おい、ルーナ!ルーナ!」

そこで通話が切れた。ジムは何度もルーナの名前を呼んだが、すでに通話が終了している。まわりの刑事達がすぐにジムに詰め寄った。

「警部!ルーナだったんですか!?今の!」
「ルーナは無事だったんですか!」
「…確かにルーナだった。無事だそうだが……状況は全くわからん。ただルーナは…オズボーンファミリーは無実だと言っていた…」
「えっ?」

ジム自身も、刑事達も困惑していた。あまりにも短い通話だったゆえに状況はほとんどわからないまま。だが、ルーナが無事ということだけはよくわかった。

「…ルーナが無事なのは本当に良かったが、まだ事件は解決していない。引き続き、ルーナの連絡を待とう」
「け、警部…」

…だが、その様子を部屋の外で立聞きしている男がいた。ヴェルヌ警察長官、ネレイド・デルスフィア。本来ならばルーナの無事をひとまず喜び、ジムに駆け寄るべき存在だが…その表情は冷たいものだった。まるで…計画がうまくいかなかったのような・・・・・・・・・・・・・・・・

「……ルーナ…グレイシア…」

小さく呟き、ネレイドは警察署の廊下を歩いて行った。



********************************



ルーナがジムのもとへ電話する二時間ほど前。バレリアスのホロウグレーから姿を消したジーザスとルーナは次に気付いた時には明らかにバレリアスではない地に居た。

「……え」
「こ、ここは…?」
「ジャポン、キョウの街だよ!」

呆然とするジーザスとルーナをよそにロギアは未だ気絶したままのレンツを担いで明るく大手を振って歩き出す。そこは先程までの雪景色ではなく、豊かな市場だった。気温も寒くなく、むしろほのかに暖かい。目に付いたのは瓦と木の建物、そして桜並木。桜の花びらが雪のように降っている光景はとても美しい。さらに言えば、人々は独特な和装で、着物姿の人しかいない。建物は木製のオリエンタルな建物が並び、真正面の道の奥には高くそびえ立つ巨大な塔が見える。ロギアの言葉が本当ならここは…東の島国ジャポン。

「え、えっ、でもわたし達さっきまでバレリアスに居たよね!?」
「うん。転移したからね」
「転移って!これも体質能力なのかッ!?」
「ううん違うよ。アタシの体質能力は治癒だけだって。これはね、魔力を使って別の場所に瞬間移動できる術」
「な、何それ…!」
「とりあえずこういうことの説明もあそこ…クラウン本部で説明するからさ」

ロギアが指差したのは高くそびえる塔。あれがロギアの所属する能力統制情報管理協会トリニティ・クラウンの本部らしい。ロギア曰く、能力者を管理・保護する組織らしいが、いまいち完全に理解できていない。ハザードも知っていたようだから有名な組織なのだろうが。

(それに…今ロギアがやってみせた転移とかいうのも…体質能力とはまた違う力…。そんなことができる奴らが他にも居るってのかよ…)

自分がいずれオズボーンファミリーのボスになったとして、世界の他の組織にも目を向けていなかなくてはいけないと思っていた。だが、自分の知らない組織がまだまだ他にもある。しかもこのロギアのような体質者を要する組織。どんなものかわからないが、この目でしっかりと見ておく良い機会なのかもしれない。
すると、そこへロギアと同じ黒いコートに赤い腕章を身に付けた二人の若い男が走ってくる。

「ロギア隊長!おかえりなさいませ!」
「容疑者の確保、お疲れ様です!レンツはこちらで預かります」
「あー、ありがと!」

二人の男はロギアが担いでいたレンツを引き取ると、二人がかりで抱えて塔の方へ歩いていった。その姿を見ながらルーナが尋ねる。

「今の人達って…」
「クラウンの隊員だよ。事前に連絡してあったからレンツを引き取りに来たんだー」
「へえ…ウチの部下達みたいだな」

ジーザスがぽつりと呟く。確かにクラウンの隊員達はオズボーンファミリーの黒服の部下達のような存在だろうか。

「じゃっ、レンツも引き取ってもらえたし、街を散策しながら本部へ向かおうか」

ロギアが笑顔で歩き出し、ジーザスとルーナはそれについていく。
三人が街を歩き出していくと、着物の人々がロギアに気付き、笑顔で迎えた。

「ロギアちゃん!おかえり!」
「ロギアちゃん、後でウチの屋根の修理頼んでも良いかなー?」
「うん!後で行くねー!」
「後で司令に宜しく言っておいてねー!」
「いつもありがとうなー!」
(あれ、この感じ……)

明るく返すロギアを見て、後ろに続くルーナはデジャビュに襲われた。この感覚は…つい最近、ブリタナで感じたものと同じだ。ジーザスとムイに連れられてブリタナの街からオズボーンファミリーの屋敷へ向かっていた時に人々が声をかけてきたあの感覚と同じだ。
つまり、オズボーンファミリー同様、ロギアおよびクラウンは人々に慕われているということ。それはジーザスも感じたらしく、ルーナと顔を見合わせる。

「なんだか…すげぇな、クラウンって…」
「オズボーンファミリーみたいだね。皆に好かれてて…」
「確かにね。実はクラウンとオズボーンファミリーって結構似てるんだよ。『人を守る』のが仕事だもんね」

クルッと振り返り、そのまま後ろ向きに歩きながらロギアはジーザス達を見て笑った。そこでジーザスはロギアがオズボーンファミリーの「真実」を知っていることに気付く。

「なっ…お前、俺達のこと…知ってんのか」
「そりゃ勿論。オズボーンファミリーは世界では凶悪マフィアの濡れ衣を着せられているけど、本当は世界各地で困っている人達を助けたり、ギャングから市民を守ったりしてる正義のマフィア、でしょ」

まさかここまで知られているなんて。やはりクラウンは謎だらけだ。これは俄然、クラウンの上層部と会って話をしてみたくなってきた。

「ジーザス…嬉しそう」
「そ、そうか?」
「きっと良い話が出来ると思うよ。ジーザスにとっても、ルーナにとってもね」

ロギアはにかっと笑い、二人を大きな塔の前に連れていく。近くで見ると本当に巨大な建物だ。首が曲がるほど見上げても塔の先端が見えない。それも木造建築らしく、近くに来るとほのかに木の匂いがする。
塔の入り口には何故か、大きな襖があった。どうやらこれが入り口らしいが、室内ならともかく玄関の扉が襖というのはとても違和感がある。襖の両サイドには赤い提灯が下げられていて「冠」という字が筆で書かれている。そして、塔の入り口付近には数人の男女が荷物のチェックをしていたり、何かの書類を数人で見ていた。彼らは街の人々とは違い、洋装だ。
しかも、ロギアと同じ、軍服に似た黒い制服のようなコートを着て、左腕に赤い腕章を付けている。ロギアのコートは裾が長いが、彼らのコートは皆、腰上程度。その違いはあれ、同じコートということは彼らもまたクラウンのメンバーなのだろう。
男女のうちの一人、若い男がロギアに気付くとビシッと敬礼する。そしてそれに気付いた他の男女も敬礼し、ロギアを迎えた。

「ロギア隊長!おかえりなさい!」
「うん、ただいまー」
(やっぱりロギアってクラウンの中でも偉い人なんだ…)
(隊長とか言ってたな…)

ルーナとジーザスはそれぞれ同じようなことを思っていた。先ほどの街の歓迎っぷりといい、このクラウンのメンバー達の反応といい、ロギアは有名人かつ慕われる存在らしい。ロギアはメンバー達に問いかけた。

「ねえ、先生達、居るかな?」
「はい。執務室にいらっしゃいます」
「ありがとー。じゃあジーザス、ルーナ、中に入って!能力統制情報管理協会トリニティ・クラウンへようこそー!」

ロギアの声と共に塔の入り口の襖が自動的に開く。その襖の先には広大な空間が広がっていた。

「うわぁ…」
「すごーい!」

中に入ってジーザスとルーナは思わず歓声を上げた。内装は和モダンといった言葉がふさわしく、和風を基調にところどころ洋装が取り入れられているものだった。赤い壁に黒い支柱や縁が映え、部屋があるらしい扉は洋風だったり、襖だったりと和と洋がミックスされている。襖には雄大な鯉や風神雷神の絵が描かれているものもあった。
そして目を引くのは、建物全体が口の字型の吹き抜け構造になっており、真ん中は空洞になって上層階まで見上げることができることだ。そのため、開放感があって空の陽射しが差し込んでくる。一歩踏み入れただけで美しい建物だった。

「すごいでしょ、クラウン本部♪」
「うん…すごく素敵!」

目を輝かせるルーナを見て微笑むロギア。

「じゃあ、とりあえずクラウンのトップ…司令のところに案内するよ」
「クラウンの司令…」
「怒ると怖いけど、普段は優しいから大丈夫だよ♪」
「げっ…怒ると怖いのかよ」

ジーザスはその言葉に若干緊張が強まる。クラウンの司令とはどんな人物なのだろう。厳つい大男だろうか、殺気を飛ばす暗殺者だろうか。機嫌を損ねてしまったらオズボーンファミリーと全面抗争ということもありえなくもない。

「大丈夫大丈夫。ほら、こっちのエレベーターに乗って九十九階まで昇るよー」
「九十九階って…この建物どれくらいあるの!?」
「百階建てだよ」
「百階!?」

再び驚くジーザスとルーナ。高い塔だとは思っていたが、百階建ての塔だったとは。そしてロギアが二人をエレベーターまで案内する。これまた和風な作りの粋なエレベーター。扉には椿の花が描かれており、中に入ると木の良い匂いがする。ボタンは金色の装飾がなされ、漢数字で階数が書かれていた。ロギアが慣れた手つきで「九十九」のボタンを押すと、扉が閉まり、速いスピードでエレベーターが上がっていく。しかし、スピードは速いものの、エレベーター本体は安定していて全く揺れを感じない。これもクラウンの独自技術によるものなのか。

「すごい速いね…もう五十階なんだ」
「うんうん、クラウンの技術部隊が作った傑作なんだよ」
「技術部隊、か。クラウンにはそういう部隊ってのがいくつもあるんだな。ロギアも確か特務…とかいってたっけ」
「そうそう。特務は特別任務を任される実働部隊だから、こういうエレベーターとか技術班とは違ってね」

そうこう話しているうちにエレベーターはあっという間に九十九階に着く。扉が開くと、またもや赤い壁、黒い支柱と縁の通路が広がっている。だが一階に比べると静かで、真正面には大きな洋風の扉があった。

「着いたよ。あの扉の向こうに司令と幹部の人達が居るんだ。事前連絡はしてあるんだけど、ジーザス達と是非話がしたいって」
「い、いよいよか。俺もオズボーンファミリーの後継ぎだ。…ちゃんと話をしておかないと」
「ジーザス…すごく緊張してる」

端から見るとガチガチに緊張しているように見えるジーザス。表情は固く、ぎこちない。苦笑いしながらロギアが扉をノックした。すると中から聞こえたのは意外にも明るい女性の声だった。

「はいはーい」
「ロギアでーす。ただいま帰還しましたー。さっき連絡したオズボーンファミリーのジーザス・オズボーンさんと、ヴェルヌのルーナ・グレイシアちゃんをお連れしましたー」
「どうぞ。中に入ってもらって」

その言葉を聞いてロギアが扉を開ける。その瞬間、部屋の中の大きな窓が陽射しを取り入れているせいか、ジーザスとルーナは突然の明るさに目が眩んだ。逆光で見えたのは大きな机に肘をついて迎える女性、そしてその側に立つ二人の男のシルエット。部屋に居るのは三人らしい。すると男のうちの一人が言葉を発した。

「そいつが噂のオズボーンファミリーの倅か。まだまだ若いな」

低い声。ジーザスを見て言ったらしいセリフだ。シルエットからして、どうやら男は煙草を片手に吸っているようだ。

「で、そっちの娘がルーナ・グレイシアか。なかなか良い女だな」

もう一人の男が言う。長髪の男のようで、ルーナを見てくつくつと笑った。

「色々と大変だったようね。でもここに居る間はしばらく休めると思うよ。アタシは陣川鼎じんかわかなえ。この能力統制情報管理協会トリニティ・クラウンの司令です。宜しくね」

次第に目が慣れてきたジーザスとルーナ。自己紹介をした女性の姿や男二人の姿がはっきり映ってくる。
鼎と名乗った女性はダークブラウンの長髪に紫がかったライトブラウンの瞳を持ち、黒い着物に辛子色の袴、そしてクラウン隊員の制服であろうロギアとお揃いの黒いコートを肩から羽織って笑顔で迎えていた。
そしてその側に居る長髪の男は鼎と同じくクラウンの黒いコートを着ている。落ち着いた青茜色の長髪に印象的な赤い瞳、それを片方隠す黒い眼帯を付けた全体的に色気のある男だ。
最後の一人の男は鼎と同じダークブラウン色の癖毛の髪に紫がかったライトブラウンの瞳。顔立ちは端正で、若い割に顎髭を生やしていてワイルドな雰囲気。やはり彼もクラウンの黒いコートを着用し、左半身だけ黒い外套マントを纏っている。煙草を吸いながらこちらを見ており、その腰にはジャポンの刀を二、三本腰にさしていた。
この男二人は恐らく同じくらい女性にモテるだろう、とジーザスは感じた。まるで二人揃って男性モデルのような雰囲気で、立っているだけで絵になる。
鼎は呆然とするジーザスとルーナを前にロギアのようにニコッと笑うと両手を差し出すように広げた。

「いらっしゃい、トリニティ・クラウンへ!歓迎するわ」


15.トリニティ・クラウン






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