ルーナがロギアと一緒に行ってから俺は鼎さん、冬一、ガイストと一緒にしばらく話をしていた。オズボーンファミリーとして、これだけ大きな組織であるクラウンとは今後もうまくやっていきたい。その会話の中で驚いたことを聞かされた。
「えっ!?俺の親父、知ってるんですか!?」
「うん。アーロンさんね。知ってるよー」
「オズボーンファミリーとは前々から面識はあるんだぜ。知らないのはお前だけだな、坊ちゃん」
鼎さんとガイストがにんまりして言ってきた。ま、まさかオズボーンファミリーとクラウンが前からやりとりがあったなんて。俺はまだまだオズボーンの取引相手なんかも全然知らねえ…情けないぜ…。でも確かにルーナが体質能力に目覚めた時に親父が世界で管理や保護してる大きい組織があるとか言ってたっけ…それがクラウンだったんだな。
「オズボーンファミリーは人々を守る正義のマフィアだから、ウチの方針とすごく合うんだよ。アーロンさんもすごく良い人だね、面白いし」
「はぁ……そうですかね…」
正直、親父は確かに愛嬌もあって気の良い性格だと思うが、面白いかはよくわからない。いちいちうるさいし…。
「オズボーンファミリーには体質者が一人いるよね。確かテルボロさん」
「叔父貴のことも知ってるんですね…」
オズボーンファミリーの幹部唯一の体質者、テルボロの叔父貴はムイの親父さんで、俺の親父の相棒だ。叔父貴のおかげで戦闘でもだいぶ助けられたし、俺も叔父貴の能力はすげぇって思う。
「これからもオズボーンファミリーとはうまくやっていきたいと思ってる。宜しくね、ジーザス君」
「は、はい。お願いします!」
どうもこの鼎さんって人には気を使ってしまう。ロギアに似た明るい態度だけど、なんか神々しいというか、不思議な雰囲気の人だ。それにしても俺より少し年上くらいに見えるが、こんなに若い女の人がクラウンの司令をやってるのが未だにすごいと思う。
「ジーザス君、ルーナちゃんが帰ってくるまで手合わせでもしてみようか?」
「えっ、手合わせ…?」
「ウチには大きな鍛錬場があるから。じっとしてるより体動かしてた方がいいんじゃない?」
鍛錬場…。オズボーンファミリーの屋敷にも鍛錬場はあるけど簡単なものだから、大きな鍛錬場っていうのも気になる。
「そういうことなら…是非!」
「よし!じゃあ早速行こうか!兄さんとガイストも早く早くー!」
「ったく、仕方ねえな」
「クラウン幹部の強さを見せてやろうじゃねえか」
鼎に引っ張られて冬一とガイストも席を立つ。…そういえば鼎さんをはじめ、冬一とガイストの強さを俺は知らない。冬一は妖刀の黒帝を持っているけど、鼎さんとガイストはどうやって戦うんだろうか。興味あるな…。
********************************
鼎さん達に連れられてやって来たのは塔の九十八階。さっきまでいた鼎さん達の部屋の一階下だ。そこは階がまるごと大きな体育館のような部屋で、ものすごく広い。天井も高いし、これがクラウンの鍛錬場か…!見渡せば、ところどころで隊員達が竹刀での剣の鍛錬や、体術の鍛錬をしている。
「おおっ…広…ッ」
「すげぇだろ。この下の階も鍛錬場なんだぜ」
「あとはプールもあるよー」
冬一と鼎さんが自慢げに言ってくる。この下の階もって…どんだけ広いんだ!?この階の時点でだいぶ広いのに、それがもう一個…もはや公共施設みたいだ。それに加えてプールとか…。
「クラウンって本当にすげぇ…」
「さあさあ入って!」
鼎さんに背を押されて入っていくと、鍛錬場の中にいる隊員達が気付き、敬礼してきた。
「司令、副司令、総隊長!お疲れ様です!」
「うん、皆お疲れ様ー!」
やっぱり鼎さん達は部下からの信頼が厚いんだな…。鼎さんも笑顔で返している。まさに理想的な組織だ。そして自然と隊員達が鍛錬の手を止め、俺達のために場所を空けてくれた。
「さて!ジーザス君。アタシと手合わせする?」
「えっ、鼎さんとですか」
「うん!アタシは強いよ?」
てっきり冬一かガイストとやると思っていたから拍子抜けだ。鼎さんは女だ。俺は女と戦うのはあんまり気が進まない。そう思っていると、ガイストがにやついて俺に言ってきた。
「大丈夫だって、鼎はそんじょそこらの戦闘員よりよっぽど強いぜ」
「んだな。魔術に関しちゃ一流だ」
ガイストと冬一がそこまで言うってのはすごいんだろうな…。鼎さんは魔術の使い手らしいが…待てよ、確か鼎さんは予言の体質者だったけど、もしかしてハザードみたいに攻撃を見透かして避けたりとかできるんじゃ…。そんな俺の考えを見抜いたのか、鼎さんは笑いながら手を振る。
「あー大丈夫大丈夫!アタシは体質能力を戦闘には使わないから!むしろアタシの予言は戦闘向きじゃないんだよねー」
「そ、そうですか。だったら…お願いします。えっと、竹刀とかで…」
「いやいや、そっちは真剣でいいよ。黒烏で」
「えっ!?いやさすがに…危なくないですか!?」
「いいのいいの。代わりに…アタシも本気でやるから」
妙に鼎さんが強いような…。しかし真剣っていうのは本当にいいのかよ。怪我でもしたらやばいんじゃないか?
「でもお互い峰打ちだよ!そこんとこ宜しくね、ジーザス君」
「は、はい、そりゃ勿論!」
どうやら鼎さんは本気らしい。仕方ない、やってみるか。腰の黒烏を抜き、構えるとまわりで見ていた隊員達から「おおー!」という謎の歓声が上がった。
すると、鼎さんはニコリと笑い、手を宙にかざし、横に振るう不思議な動作をした。その瞬間…風を切る音と共に鼎さんの手に現れたのは…巨大な大鎌だった。
「な、なんですかそれっ…!?どこから…!」
「アタシの武器、『デスサイズ』♪ほら、よく『死神とか悪魔が持っている鎌』とか聞くでしょ?大きいから普段は持ち歩けないんだよね~。だから戦う時だけ魔術で現すんだ」
「デスサイズ……」
鼎さんの身長を超える大きさの鎌。あれ、絶対重いだろ…鼎さんの細腕で持てるように見えないのに、現に目の前の鼎さんは鎌を持ち上げて構えて見せた。これって…結構やばいんじゃないのか?俺、勝てるかな…。
「じゃあ、俺らが審判な。不正は無しだぜ」
「ジーザス、頑張れよー。鼎は怖いぜ」
「っ…!」
冬一とガイストは俺と鼎さんの間にあたる位置のすこし離れた場所で声をかけてきた。鼎さんが怖いって…あの大鎌といい、気を付けたほうがよさそうだ。
「よーし、じゃあ行くよ!ジーザス君!」
「はい!」
あの大鎌は大型だから必ず隙ができる。そこを狙うのが一番だ。鼎さんが大鎌を軽々と振るい下ろす。鍛錬場の地面はマットが敷かれているようだが、衝撃も緩和できるらしく、傷一つ付いていない。けど、あの大鎌に当たったら痛いだろうな…。俺は黒烏を構え、鼎さんの脇腹を峰打ちで狙う。痛かったらすみません、鼎さん!
「もらった!」
「…なんてね!」
「!?」
黒烏で斬りかかろうとした瞬間、突然俺の近くで小規模な爆発が起きた。熱気と風圧で吹き飛ばされる。こんな火の気の無いところで爆発なんて起きるわけない。鼎さんの体質能力は予言だから、体質能力によるものでもない。ってことは…!
「ま、魔術!?」
「まあねー!炎魔術の一種だよ!アタシにはデスサイズ以外にも魔術があるってこと忘れないで!!」
鼎さんはデスサイズを大きく振るうと再び斬りかかってくる。さっきの爆発で隙を作ったのは俺の方かよ!大鎌の刃を黒烏で受け止め、なんとか弾き返して距離を取る。
「くッ…!」
「実戦じゃ体質者や魔術師がゴロゴロ出てくるよ!アタシのこんな簡単な魔術に対応できなきゃ、ね!!」
鼎さんがデスサイズを振るうと、いきなり稲妻が走る。その稲妻は竜の形になって俺に向かってきた。なんだこれ…これが魔術ってやつの力か!体質者並みの特殊現象じゃねえか!咄嗟に黒烏で斬りつけ、なんとか稲妻の竜は両断できたが、次の瞬間にはデスサイズの一撃が飛んできて俺は吹っ飛ばされた。思いきり腹に叩き込まれて思わず咳き込む。
「ゴホッ…!!痛ェっ…」
「ほらほら油断しないの!アタシみたいに魔術と武器を交互に操る敵なんていくらでもいるよ!」
それにしたって強すぎる!というより…俺が弱すぎるんだ。何がマフィアのボスだよ…俺は刀の使いもなっていないし、体質能力や魔術相手に戦った経験も無い。今まで親父の名の下に甘えてブリタナ以外の世界を知ろうとしてこなかった報いか…。これからルーナを狙って能力者が現れるかもしれないっていうのに。俺はなんて弱い男なんだ…。
「俺はッ…もっと強くならないといけねぇんだ!!」
黒烏を強く握り、鼎さんに向かっていく。たとえ炎の一撃が飛んできても、雷の一撃が飛んできても。俺は向かっていかなきゃならねえんだ!ルーナを守るため…もっと、強く…!強く!
その時、鼎さんがデスサイズを持っていない左手をかざす。俺が身構えた時だった。ふっと……鼎さんの背後に人影のようなものが見えた気がした。なんだ…あれ…?赤い光を纏ったような…女のようなシルエット。だがそれはすぐに消え、幻か何かのようだった。気のせいか…?次の瞬間、デスサイズが赤い光を宿して俺に衝撃波が飛んできた。そのせいで吹っ飛ばされて鍛錬場の壁に体が叩きつけられる。
「痛っ…!」
「はい次!行くよ!」
休ませてくれる訳もなく、鼎さんがデスサイズで斬りかかってきた。これ、まじで殺す気じゃねぇか!?何とか避けたが、だいぶ体力が持っていかれている。やばい…このままじゃ一方的だ。そりゃ、体質者でもなければ魔術師でもない俺が敵う相手じゃないのかもしれないが…!その後も俺は黒烏で斬りかかるが、うまく入らない。鼎さん自身が戦い慣れている感じだ。なんとなく、小耳に挟んだが、見物しているガイストと冬一の声が聞こえた。
「やっぱりこうなるか。でも鼎が楽しそうだな」
「アイツはロギアと一緒で動き回るのが好きだからなぁ。…だがジーザスのヤツ、鼎の洗礼を受けることになるとはな」
ちくしょう、もう負け確定かよ!そりゃあ鼎さんの未知なる力相手に刀一本の俺が勝てるとは思えねえけど…!でも最後まで諦めねえ!最後まであがいてみせる!
「じゃあそろそろ終わらせるよ!ジーザス君!」
鼎さんが魔術ではななく、そのままデスサイズで直接斬りかかってくる。それに対し、俺も黒烏を振るい、デスサイズに向けて一撃を放った。俺は…もっと強くなる!!少しでも経験を積むんだ!!
次の瞬間、ガツン!という金属と金属がぶつかる音が大きく響いた。
「!」
「ありゃ」
俺の一撃は巨大なデスサイズを弾き返し、鼎さんの手からデスサイズを手放すことに成功した。驚いた鼎さんの背後の床にデスサイズがガッという音と共に
刺さった。突然のことにまわりで見物していた隊員達も、冬一も、ガイストも唖然としていた。これは……
「勝った…のか…?」
「残念だけどアタシの負けだぁ…」
残念そうに鼎さんが苦笑いする。大抵の手合わせってのは、手から武器が離れたところで勝敗が付く。だからこれは俺の勝ち、…なのか?…正直、これで勝ったとは思えない。今回はたまたま武器を弾いただけで、実戦では勝利とは言えない戦いだ。鼎さんの大鎌と魔術を防げもしないくせに…俺は勝者なんかじゃない。それに気付いた。鼎さんは明らかに手加減していた。本当はデスサイズの攻撃も魔術も、もっと強いはずだ。本気を出されていたら間違いなく俺は一瞬で終わっていたと思う。…これが本当の敵だったらと思うと、より一層自分の無力さを感じる。
「……手合わせしてもらって、ありがとうございました。鼎さん」
「こちらこそありがとう♪ジーザス君は良い素質を持ってるね」
「…今の手合わせでわかりました。俺は…まだまだ弱い…。能力者相手じゃ全然…敵わないって…。俺は…もっと強くなりたい。ルーナを守れるくらいに強く…」
そんな俺を見てキョトンとした鼎さんはすぐにフッと笑った。
「…強さっていうのは、欲しくてもすぐに手に入るものじゃないのよ。少しずつ少しずつ歩んでいった道のその先でふと振り返った時にいつの間にか自分にくっついてるようなものだと思うの。でも道は続いてるから、再び歩き出す。…強さってそういうものよ。ジーザス君」
「……道、ですか」
もし、本当に強さの道があるなら俺はまだまだ始まりなんだろう。そしてやっぱり…俺は少し前から考えていた「あること」を実行に移したい。成功する可能性はほとんど無いが…ルーナの協力があればもしかしたら…わずかな可能性があるかもしれない。それが強さに繋がる道への扉だ。
「何か考えがあるようね、ジーザス君」
「あ、…あぁ、はい。まあちょっと…」
「少しでも可能性があれば、挑んでみるのもまた強さだよ。ジーザス君」
確かに、迷っているより挑んで砕ける方が良いよな。そう思っていると、ガイストと冬一が近付いてきた。
「まあ、ノーマルのくせに結構頑張ったじゃねえか」
「ノーマル?」
「俺達の間で呼ぶ能力者じゃない一般の人間の呼称だ。悪い意味じゃねえから心配すんな」
俺の疑問に冬一が答えた。なんか普通、って呼ばれてるのは微妙な感覚だが。
「術者相手にここまでやるのはノーマルではなかなかいないもんだぜ」
「こりゃ将来有望だな」
本気で思ってるのかわからねえ男連中二人だな…。鼎さんが手加減してあれほどの実力ってことは、ナンバー2と3のこの二人だって相当の強さだろう。ちょっと気になる。
そうしていると、鍛錬場に誰かが入ってきた。
「あれっ、皆集まってる!」
「ジーザス!何やってるの?」
「!ルーナ!ロギア!」
入ってきたのはロギアとルーナだった。塔の見学をしてたんだったな…鍛錬場の見学に来たら、ちょうど俺達がいたから驚いているんだな。そしてなぜか、ルーナの肩に白いもふもふした生き物がいるのが気になる。なんだあれ…オコジョ?狐?そんなことをぼんやり考えていたら、鼎さんがロギアとルーナに向かって手を振る。
「やっほー、ロギア、ルーナちゃん。今ね、ジーザス君と手合わせしてたんだよ。アタシ、負けちゃった」
「えっ!?ジーザスが先生に勝ったんですか!?」
「す、すごいねジーザス!?」
いや、勝敗だけ言ったらすごいけど…。鼎さんが手加減してくれた状態だもんな。
「勝ったって言っても、武器を弾いただけさ。鼎さんの大鎌と魔術、すごかったからな」
「へえ…わたしも見たかったなぁ」
ルーナが羨ましそうに微笑む。やっぱりルーナも興味があるんだな。ロギアもにっこりと笑った。
「でも先生に勝つなんてすごいじゃん、ジーザス!やるねー。これからのオズボーンファミリーでの生活、すごく楽しくなりそうだわ」
「ど、どうかな…」
ロギアはこれからオズボーンファミリーでルーナの護衛としてしばらく生活することになる。その未来に戦いはあるだろうが、ロギア自身が体験したことのない楽しみも待っているはずだ。
「ところでルーナ…その白い生き物は?」
「
憑神の
雪っていうの。わたしと同じ氷雪系の能力を持った子なんだよ」
「ムッキュ!」
よろしく!と言わんばかりに前足を上げて鳴く白い生き物。ルーナと同じような力を持った生き物…普段だったらそんなのいるのか?とか思うが、クラウンにいるのだからそういう変わった珍獣がいてもおかしくはない。
「憑神…その憑神がなんでルーナのところに?」
「わたしのところで世話することになったの」
「へえ…」
「キュッ」
小さく雪が鳴く。まあペットみたいなもんか…。
「とりあえず、明日にはブリタナだね。アタシの転移術でひとっ飛びだよ。あーブリタナって美味しいものもいっぱいあるんだよね!楽しみ」
「あ…ロギア、ルーナ。悪い。ブリタナに帰る前に…寄ってほしいところがあるんだ。ロギア、転移術で行けるか?」
「いいけど…どこに寄るの?」
「ジーザス…?」
もう決めているんだ。俺は再びアイツに会いに行くと。
「ヴァレリアス…ホロウグレーの街だ」
「えっ…ホロウグレー?」
俺の言葉にルーナが驚きの声をあげた。ロギアも意外そうに聞き返してきた。
「またホロウグレーに行くの?それって…もしかして」
「…ハザードにまた、会いに行く。あと…ルーナに頼みもある」
「えっ?わたし…?」
この計画のためにはルーナが必要だ。俺一人じゃ何もできない。けど、ルーナやロギア…仲間の助けがあれば。
そんな俺を見て鼎さん達が笑みを浮かべていた。
「どうやら…ジーザス君の道は決まっているようね」
「後は『黒幕』の動き次第、だな…」
「いざとなれば…俺達が出るだけだ」
********************************
「………貴様」
「……よ、よぉ」
翌日になってクラウン本部を出発した俺とルーナ、ロギア。ロギアの転移術で目的地…ヴァレリアスのホロウグレーには体感時間一分もかからずに到着した。ここに来るのは二日ぶり…あまりにも早い再会だ。…今、目の前にいる不機嫌そうな顔の男と。
「ハザード、二日ぶりだね」
「ヤッホー、相変わらず顔色悪いねぇ」
「…クラウンへ行ったのではなかったか」
俺がここに来たかった理由は、またハザードと再び会うためだった。それはずっと俺の頭にあった考え。俺の選んだ道へ至るための扉。
ハザードにとってはクラウンへ行ったはずの俺達がたった二日で再び戻ってこようとは思わなかっただろうな…。玄関の扉を半分ほど開けてこちらを睨んでくるハザード。寝起きだったのか、二日前以上に眉間にシワが寄って思いきり不機嫌そうだ。
「確かにクラウンへは行った。それで、ロギアをルーナの護衛として仲間に加えて、黒幕の動きを待つことにしたんだ」
「…それで何故、また俺のところへ来た」
「あのね、ハザード。お願いがあって来たの」
ルーナが少し緊張しながら呟いた。これは俺がルーナに頼んだ「依頼」によるものだった。ハザードは俺の話なら無視するかもしれないが、ルーナの話ならちゃんと聞いてくれるだろうと思って頼んだ。ハザードに対し、話のきっかけを作ってほしいと。
「…なんだ」
「ハザード…お願い。…わたし達の仲間になってほしいの」
「!」
その言葉にハザードは少しだけ目を開いた気がした。だが、すぐに元の無愛想な表情に戻る。そりゃ、ハザードでも驚くだろうな…。俺はハザードと別れてからずっと考えていた。確かにムカつく奴だし、性格も愛想も悪いが、ハザードは俺の知らない体質者関連のプロでいろんなことを知っているし、ルーナの症状も治すことができるし、…何より本当に強い剣士だった。ハザードと出会った衝撃は未だに忘れられない。それはルーナを守るため、俺達のためになる存在だと。
「…どういうことだ」
「これから俺達は黒幕から狙われることが多くなる。俺やロギアだけでルーナを守りきれるかわからない。それに、俺自身があまりにも弱いから…俺はロギアよりもずっと非力だ。だから…ハザード。俺に力を貸してほしい。そして…俺に、剣を教えてくれないか!」
「…貴様に剣を教えろと言うのか。この俺が」
ハザードの目つきが一層鋭くなる。
「……知っているはずだ。俺は…体質者の研究のため、この街に一人でいる。人の多いところにわざわざ赴く必要は無い」
「だ、だめってこと…?」
「…………」
ルーナが様子を伺うように小さくたずねたが、ハザードは答えない。無言ってことは…やっぱり無理ってことかよ。だが、研究のことも俺は考えておいた。
「研究のことなら心配するな。屋敷に研究施設を作らせるから、俺の鍛錬以外は研究を続けていてもいい」
「…そう簡単に決めて良いのか」
「俺が親父に土下座してでも必ず用意させる。お前が俺の仲間になってくれるんなら、できることであれば叶えてやる!」
「………馬鹿が。お前のような中途半端な未熟者に俺が剣を教える…俺にメリットなど何も無い」
た、確かにハザードにメリットは無いかもしれない。けど、俺は諦めるわけにはいかない。
「お前のことを信じて頼んでいるんだ。俺は妖刀使いとしては半人前だ…。こんなんじゃルーナを守れないどころか、今後のオズボーンファミリーのボスとして人を守ることすらできない!そんな弱い俺のままじゃ嫌なんだ。ハザード、頼む!オズボーンファミリーに来て…俺に剣を教えてほしい!」
「…お願い!ハザード!」
「…これだけお願いされてるんだからさ。考えてあげたらどう?」
頭を下げた俺の隣でルーナも頭を下げてくれた。そして俺達の後ろから顔を出したロギアもにこやかに笑いながら言う。ハザードはしばらくの間、俺を見て黙り込んでいたが、やがてハザードが口を開いた。
「………全く。…貴様らがクラウンに行ってようやく静かになったかと思えば……貴様らはどこまで喧しくすれば気が済むんだ」
そんなに喧しくしているつもりはないんだが…コイツ、どれだけ人間嫌いなんだよ。するとルーナが一歩前に出た。
「あのね、ハザード……わたしは…どうして自分がこんなことになっているか、よくわからないの。誰かがオズボーンファミリーを嵌めて、何かの目的でわたし自身を狙っている…その黒幕をわたしは許せない!だからわたし自身も戦うことにしたの。でもわたし一人では勝てない…ジーザスやロギアに助けてもらわなきゃ、わたしは弱いから…。それには、ハザードの力も必要なの。ハザード、お願い…わたしを…オズボーンファミリーを助けて」
そう、ハザードが仲間になることはルーナのためでもある。けして俺だけのためではないとわかってもらいたい。そしてハザードは口を開く。
「……オズボーンファミリーを助ける、なんていうのは興味は無い。所詮はマフィアもどきだ」
「!んだとっ…」
「…だが。………気まぐれに付き合うのもたまにはいい」
「えっ」
そう小さく呟くとハザードはなぜかルーナの頭にポン、と手を置く。まるで大人が小さな子供にするような言動だ。だがすぐに手を離し、扉の奥の部屋へ消えた。残された俺達はしばらく呆然とし、特にルーナはハザードに撫でられた頭に手を添えてぽかんとしていた。
「……今の…って…オッケーってこと、かな?」
「…ということ、か?」
「うーん。本当に素直じゃないねえ、アイツ」
ロギアだけは一人ニヤニヤしているだけ。ロギアのヤツ、もしかしてこうなることがわかってたのか?明るく元気だが、ロギアは案外色々と観察してるようだ。
「いやー、それにしてもジーザスとルーナの本気、すごく伝わったと思うよ。感動しちゃった」
「わ、わたし、なんだか熱くなっちゃって。ごめん…」
「ルーナが謝ることないよー。むしろハザードにとどめを刺す良い言葉だったと思う。ジーザスの『力強い意思』と、ルーナの『優しい思い』が…氷の中の堅物科学者を溶かす温かいものになったはず」
温かいもの、か…そうなってくれていたらいいが。そうこうしていると、再び扉が勢いよく開いたかと思うと、バン!という音と共に激しい痛みが顔面と体に当たる。
「痛ってぇ!!」
「誰が堅物だ」
「いや堅物だろうが!っていうか言ったのは俺じゃねえ!ロギアだろ!」
「どちらでも一緒だ。馬鹿マフィアにじゃじゃ馬が…」
「誰が馬鹿マフィアだ!」
「誰がじゃじゃ馬よ!」
出てきたのはやっぱりハザードだった。手には小さな黒いバッグがある。荷物、だろうか。ってことは…。
「ハザード!来てくれるのね!」
「……気まぐれと言っただろう。しばらくしたら帰る。馬鹿マフィアの倅がどこまでやれるか見物して馬鹿にしてやるだけだ」
「馬鹿馬鹿言うな!」
…やっぱり性格悪ィなコイツ!結局ついてくるんじゃねえか!俺の仲間っていっても、多分仲間だと思ってねえだろ!…とはいえ、この堅物が本当にブリタナに来てくれるなら、ロギアと合わせて本当に心強い。人間としては嫌味な奴だが、その知識と実力は本物だからな。
「いやー、本当にこれからの生活、楽しくなるね。イケメンマフィアに色白美人の白雪姫、堅物科学者なんてね」
「ロ、ロギア。なにそれ」
ロギアの言葉にルーナは苦笑いした。なんだその呼び方…。ハザードは無視しているが。…うまくやっていけるか、今更不安になってきた。でもやっぱり今になって考えると、ハザードの勧誘にはルーナの言葉があったからこそだと思う。二日前もそうだったが、ハザードはルーナにだけは反応が違う。まあ、だからこそ俺はルーナに説得を手伝ってほしいと頼んだんだけどな。…いつかルーナの力を借りなくても、俺の力も認めさせてやりたい。
「…よっしゃ。じゃあ…帰ろうぜ。ブリタナへ」
「…うん!」
「はーい!」
「………」
俺の言葉にルーナ、ロギアがそれぞれ答え、ハザードは顔を逸らしただけだったが、反応したようだった。俺達でルーナを狙い、オズボーンファミリーに罪を着せた黒幕を追い詰める。それが俺の今、なすべきことだ。
18.扉は開く
←一覧 次→