ルーナ・グレイシアという女性は、まるで白雪姫のような女性だった。
二月生まれの二十歳。容姿は、「清純」という言葉が似合う、雪のように真っ白い肌が特に印象的だ。透けるようなプラチナブロンドのセミロングはふんわりとしていて、生まれつき毛先がほんのり水色がかって見える不思議な髪質。さらに、海のように青いぱっちりとした大きめな瞳がきらきらと輝いているように見える。その澄んだ美しさは、白い雪のような「白雪姫」のような女性である。
その清らかさに惹かれて、今までに何人もの男が言い寄って来たが、どんな男とも付き合った事が無い。それは彼女の性格故だった。
ルーナは一見すると雪の花のようなふんわりした雰囲気持っているが、根はかなり真面目で正義感が強い。実は彼女の父ジム・グレイシアはヴェルヌの首都ノイシュベルツで犯罪者たちに最も恐れられる鬼刑事であり、父方の祖父、グレゴリー・グレイシアは十年前までヴェルヌ警察のトップ、ヴェルヌ警察の長官という、警察一家なのだ。幼い頃から父や祖父の勇姿を見てきたルーナにとって二人は「正義の味方」そのものであり、自分もまた立派な刑事になることを夢見て来た。
ルーナは生まれも育ちもヴェルヌのノイシュベルツ。先述のとおり、鬼刑事であり寡黙で厳格な父親ジムと、家で裁縫教室を開く、おっとりとした性格の母親クレアの間に生まれた一人娘。
父親のジムの容姿は一言で言うなれば熊。それも獲物を狙う目をしたグリズリーのよう。肩幅が広く厳つい大柄な男で、常に鋭い目をしており、太い眉毛に額を見せるオールバックの黒髪、口元を覆う髭。獣のような男、というのが正直な感想で、その爪で犯罪者という獲物を裂くような人。この厳つい男性と白い天使のようなルーナが親子というのは未だにほとんどの人が信じがたい事実だと思っている。
一方、妻のクレアは細身で白い肌、青い瞳、プラチナブロンドの髪、こちらも毛先は薄い水色がかって見える。ルーナの外見はクレア譲りで、元々は北の大国バレリアス出身の一家のためか、雪のように白い肌はその北国からの血筋のためだった。生まれながらに水色の毛先があるのも、母の家系らしい。昔はこの髪のこともあり、少し揉めたこともあったが、ルーナ本人は割と気に入っていた。
そんな母譲りの美しさと、父譲りの正義感を持つ「白雪姫」ルーナはこの度、新生活を始めることになる。
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現在、ルーナは生まれ故郷のレイントレストにあるカントリー風の自宅の二階にある自室で大きなカバンにちょっとした着替えやらタオルやらを仕舞い込んでいる。彼女は明日から念願の刑事になることが決まった。今まで警察学校で優秀な成績をおさめ、卒業後は婦警として人々の相談や交通案内…だけに留まらず、犯罪大国ヴェルヌの恐ろしさなのか、ルーナ自身のやる気が有り余っていたのか、一月で十数人の犯罪者を逮捕することが続き、警察上層部も彼女の手腕を認め、晴れて刑事課への配属が決まったというわけだ。しかも、実父ジムが課長を務めるノイシュベルツ中央署の刑事課。
「ルーナ、あなた本当に大丈夫なの?」
いよいよ明日、ということで準備をしていたルーナだが、突然部屋に入ってきた母クレアにそう言われ、振り返った。クレアの手には二人分のティーカップとポットが乗ったトレイを持っている。ヴェルヌでは犯罪者に比べ、警官や刑事の数が圧倒的に少ないという。今回の配属も、ルーナは若い女性であるということで本来ならなかなか上層部が首を縦に振らないだろうが、猫の手も借りたい状態なのだと父は言っていた。そんな危険な現場に娘を行かせることを母クレアは心配している。
「大丈夫って何が?」
「…いくらお父さんがいる仕事場だからって…あそこは本当に危険なんでしょう?お母さん、心配だわぁ…」
「…確かにノイシュベルツはとっても危険な街よ。でも、だからこそやりがいがあるの。正義の味方に……わたし、お父さんのような刑事になるって昔から決めてたんだから」
凛とした口調で服を畳みながら鞄に詰め込むルーナ。刑事は署に泊まり込むことも多い。夜勤等があればそのまま署に泊まり、朝に帰宅することもある。そのため、荷物は持ち込んでおかなければならないのだ。
「お母さんだって心配なのよ…あなたは一応女の子なんだから。危険な目にあったらどうしようかって心配しているのよ。…もしかしたら!警察の中でも変な目で見られたりしちゃうかもしれないじゃない。どうするの、告白とかされたら!ストーカーとか!付きまといとか!」
「お母さん、心配しすぎだよ!もぉ…」
くすくす、とルーナは母の発言が冗談だと思って笑った。今、その青い瞳に宿るのは正義の心。自分の恋愛よりも優先すべきは国の犯罪を少しでも減らすこと。
「じゃあ…なにかあったらすぐに連絡するのよ?お母さん、心配で心配で…」
「はいはい、心配なのはさっきも聞いたね。大丈夫よ、わたしは正義を貫く立派な刑事になる。お父さんやおじいさんみたいに」
美しく花開くように微笑むルーナ。そして彼女の視線はチェストの上に置かれた写真立てに向かう。そこには既に亡き祖父と幼いルーナが写されていた。祖父は警察長官の制服を着ており、幼いルーナは笑顔で敬礼している。そんな昔の写真を見ながらルーナは笑い、カバンに荷物を詰める作業を再開した。
クレアは未だ心配げな表情のまま、持ってきたティーセットのトレイをテーブルに起き、ティーカップに紅茶を注いでいく。明日から頑張る娘のため、エールの意味も込めて注いでいくクレア。そして、優しい香りと共に湯気が立つ。ルーナは荷物の準備をする手を止めてそのティーカップに口を付け、紅茶を飲んだ。いつもと同じ母の味……のはずだった。
「あれ?…お母さん、これアイスティーなの?」
「え?そんな訳ないでしょう?ホットよ、これ」
「…?このお茶、温い…」
ルーナは驚いてティーカップを見つめる。先程まで出ていた白い湯気は消え、まるで氷を入れたように温くなった赤い水を見つめる。だが、不思議なことにクレアの方のティーカップからは温かな湯気が立っていた。つまり、ルーナのティーカップに注がれた紅茶だけが温いのだ。
「どういうことかしら…」
「さ、さぁ…」
二人はあまりのことに困惑する。だが、二人で迷っていても結論は出ない。しばらく二人で考え込んでいると、外の車庫に車が入る音がした。
「あ!お父さんだわぁ。お父さん、帰ってきたわよルーナ」
「うん。お父さん、今日は早いね」
二人はジムの帰還を察知し、窓辺に駆け寄る。刑事の仕事は帰宅時間がまちまちで昼間に帰ってくることは珍しい。嬉しそうな表情を浮かべ、クレアとルーナは紅茶のセットを持ってそのまま一階へ下りていった。
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「お父さん!おかえりなさぁい」
「お父さん、おかえり!」
玄関にはすでにジムが居て、すでに上着を脱いでいるところだった。熊のように大きな体は見る者を圧倒するが、家族のルーナとクレアには慣れたもの。
「うむ…今日は早く上がれた。皆が『是非娘さんの準備を手伝ってあげてくれ』とうるさくてな…」
「わ…なんだか恥ずかしい。明日から先輩になるんだね、その人達が」
少し頬を染めるルーナ。白い肌だからこそ、ほんのりと紅がさすのがよくわかる。ジムの部下達は鬼刑事の娘が超可愛いと知っているため、明日からの着任が楽しみなのだ。
「お父さん、ルーナをよろしくね〜わたし、心配なの…」
「お母さんってば本当に心配性…。お父さん何とか言ってよぉ」
困ったようにジムに頼むルーナ。おっとり屋であるのに娘のこととなると心配性になるクレアのことは夫であるジムもよくわかっている。
「クレア。大丈夫だ。俺がルーナを見ている。それに他の奴らもいい奴だ。面倒もしっかり見てくれる。…ルーナ、だが気を引き締めろよ。お前は刑事として街の平和を守る。それは遊戯ではない。使命だ」
「…うん、わかってる。わたしは昔からずっとお父さんとおじいさんを見てきた。わたしだって人を守りたい!絶対に立派な刑事になってみせる!」
「……よし」
それだけ言うとジムは大きな手でルーナの頭を撫で、風呂場へ向かっていった。その後ろ姿を見つめてルーナはしばらくしてから雪のようにふんわりと微笑んだ。
「よーし!明日から頑張るぞ」
「…ふふ。全くあなた達ったら親子揃ってそっくりなんだから」
外見こそ似ていなくても、その心に宿る正義感や責任感の強さはまさにそっくりだと母クレアは思っていた。心配は尽きないけれど、きっと娘なら父親譲りの正義感で乗り越えていけるはずだ。クレアはリビングの棚の上に置いてある写真をふと見た。そこにはクレアが並べた幼い頃のルーナの写真が飾られており、幼い頃から現代に至るまでの数々の写真もある。ルーナやジムとの家族写真以外にも、若い頃のクレアと、彼女の早くに亡くした妹とのツーショット写真もあり、クレアが昔から「家族」を大事に思っていることが感じられた。
「…本当にわたしの家族はみんな、誇らしいわ」
「お母さん、わたし…立派な刑事になってみせるよ」
「ええ。頑張って。…わたしとお父さんの子だもの」
顔を見合わせて笑いあう母と娘。だが、この頃は誰も想像していなかった。ルーナの身に大きな事件が降りかかるのはこの日から半年後のこと。
02.白雪の娘
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