ルーナが刑事になってから半年が過ぎた。あっという間の半年間。ルーナの可憐な美しさに刑事課の若い連中はすぐに虜になったが、昔からの刑事達はやれ女だからだの、課長の娘だからだのと信用しなかった。だがそれもルーナが配属後すぐに麻薬の売人を逮捕してから次第に評価が変わっていった。
「はぁ…」
「お疲れ様。ルーナ」
「!お疲れ様です!先輩!」
ノイシュベルツ中央署の廊下で一息ついていたルーナに声をかけたのは、同じ課の刑事二人組であった。二人とも三十代半ばでジムの部下として長年活躍してきた刑事だったため、ルーナのことは昔からジムに聞かされていた。そのため、他のベテラン刑事と違い、ルーナには最初から好意的に接してくれた先輩である。
「この前はすごかったそうだな。なんせ指名手配中だった売人を逮捕するなんてなぁ」
「い、いえ、わたしは手錠をかけただけで…先輩達に助けてもらわなかったら今頃逃げられてたかもしれないです」
「お前は刑事としての才能に恵まれているんだ。親父さんやおじいさんはさぞ誇りに思ってくれているだろう」
「うーん…お父さん…あっ、ここではグレイシア課長でした。…課長は…なかなか認めてくれないです」
ルーナの上司は実父。鬼刑事ジム・グレイシアは課長となった現在でも自ら現場に赴き、捜査をする。そのことで上層部とは揉め事が多いらしいが現長官も協力してくれているらしく、ジムは未だに自由に行動ができる。
そのためか、娘であるルーナにも厳しく接し、刑事として未熟だと大勢の前で怒鳴り散らすことだってあるのだ。ヴェルヌには警官が少ない。そのため、親子で同じ署、同じ刑事課に配属された時、娘だからといって甘えさせないと互いに約束した。
「お前の親父さんはすごい刑事だ。そしてお前もいずれそうなる」
「…ありがとうございます…。わたし、これからも頑張ります!」
「困ったことがあったらなんでも言ってくれよな」
刑事達はルーナに笑いかけ、ルーナもまた恥ずかしげに微笑み返す。
「そうそう、ルーナお前には教えておいたほうがいいな。どうやら最近、ノイシュベルツでキナ臭い連中でいるようで。その中にオズボーンファミリーの跡取り息子がいるらしいんだ」
「オズボーンファミリー…ってあのマフィアの?」
名前は何度も聞いたことがある。ほとんど情報が入ってこないが、凶悪なマフィアらしいという噂ばかりが流れている。本国から離れたブリタナという島を根城にしており、世界各地で何やらあやしい活動をしているとか。そんな危険な連中がノイシュベルツで何をしようというのか。
「そう。あの危険な奴らだ。俺らもはっきりとわかっていないんだけど、今のボスの息子がいる。名をジーザス。…神なんて本当にふさわしくない名前だな。そのジーザス・オズボーンって奴が最近、このあたりで目撃されたんだ」
「…ジーザス…オズボーン…」
ルーナはその名を小さく呟いた。神の名を持つマフィアの息子。なんて罪深い名前。マフィアは人を簡単に傷つける悪しきもの。ヴェルヌ以外でも世界にはそういった組織が多く存在している。
「そのジーザス・オズボーンは一体なんのためにノイシュベルツに居るんでしょうか?」
「さあ、そこまではわからない。ただ、部下を何人か連れているらしいが、少人数だからいきなり抗争するとかじゃなさそうだがな。何をするかわからないが、気をつけたほうがよさそうだ」
「ルーナ、お前ももしソイツに会ったらさっさと逃げた方がいいぞ」
「あはは…」
ルーナは思わず苦笑いした。
「わたしがもっとしっかりしていればオズボーンだって逮捕できるんですよね…」
「いや、オズボーンファミリーは俺らにだって手を出しづらいんだ。噂じゃ、奴らは女子供だって容赦せず殺すというからな」
「そ、そうなんですね…」
予想以上に恐ろしい組織だ。ルーナは手を少しぎゅっと握る。
「まっ、いずれ俺達がオズボーンファミリーも根こそぎ逮捕してやるさ」
「お前はしっかり着実に経験積んでいけよ、新人!」
「は、はい!」
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そして次の日、人混みの中…昼過ぎのノイシュベルツの表通りをジーザス・オズボーンは歩いていた。後ろには三人ほど黒スーツの部下がいる。彼らは皆、オズボーンファミリーの構成員でボスの息子であるジーザスの護衛役でもあった。
「若、あと三時間で情報屋との待ち合わせの時間です」
「ああ……ったく、なんで俺がこんなお使いみたいな真似をしなきゃなんねえんだよ」
「お言葉ですが若。今回の情報屋は客の顔が広い。ここで若が偉大なるお方であると奴に知らせておけば、必ずやヴェルヌ全土…いや、世界の裏稼業の連中に若の名が広がります」
ジーザスの今回の仕事はヴェルヌで最近一般人まで襲っているギャングを潰すため、そのギャングに関する情報を情報屋の男から聞くこと。もちろん金は払う。
オズボーンファミリーの信条は
不殺。人を傷つける人間を倒すが、けして殺しはしない。再起不能なまでに叩きのめし、後に警察に逮捕させる。世間で知られるオズボーンファミリーとは全くと言っていいほど逆。罪の無い一般人までも巻き込んだギャングは潰さなくてはいけないが、その命まで取る必要はない。これはオズボーンファミリー設立時から変わらない信条である。
同時に、今回、情報屋との交渉に次期ボスであるジーザスが行き、話がうまく進めば情報屋はジーザスの情報を横の繋がりで広げてくれるだろう。「次期ボスのジーザス・オズボーンは立派な男だ。彼がいる限り、世界の犯罪組織は下手に動けないだろう」とでも広めてくれれば万々歳だ。
「それはわかってる。理不尽な犯罪は許さない…それが俺達の…俺達オズボーンファミリーの掟だ。けど…今の俺はまるで…あのクソ親父の言いなりだ。…この家に生まれて、ボスになることが決められて、…それだけの人生か…」
今年で二十二歳になる。今までオズボーンファミリーの息子として生まれたからには、父や祖父と同じようにあのブリタナ島を守り、世界で起こる目に余る犯罪を陰ながら潰してきた。だがそれが世間に認められることはない。世間的に自分たちは「犯罪者」なのだから。
頑張っても頑張っても誰にも認められない人生。それがジーザスには昔からの不満だった。
(どうして親父は…あんな風に笑っていられるんだ。どんなにギャングや組織を潰しても、犯罪を防いでも…世の中の連中は俺達を残虐なマフィアだと言って罵り、恐れる。そんな人生にどんな意味があるっていうんだ?)
若い彼にはまだわからない。家を出たとしても…どうやって生きていく?オズボーンファミリー鉄の掟である「不殺」を破って人を殺し生きて行く道しか浮かばない。だがそんなことしたら今まで潰してきた連中と同じじゃないか。
そんなジーザスの悶々とした気持ちを見抜いたのか、部下は穏やかに笑う。
「大丈夫ですよ、若。若がしっかりとした気持ちを持っていれば必ず成功します。若がボスになり、いずれ…我々の活動が認められる時が来ますから」
「…あぁ…悪いな…お前らにも迷惑をかける…」
一見強面の彼らもまた、正義の心を胸に宿している。明らかに人を殺したことがありそうな部下が揃っているが、彼らは皆かつて犯罪に巻き込まれた被害者であったり、ギャングや犯罪組織に身内を殺された遺族だったりするのだ。全員が絶望に打ちひしがれていた時、窮地を救い、部下として雇ったのがオズボーンファミリーだ。彼らはオズボーンファミリーに忠誠を誓い、自分たちのような人間を出さないために日夜戦っている。
「我々は皆、オズボーンファミリーに救われました。オズボーンファミリーのやっていることが正しいと信じている。それが認められなくても…我々はオズボーンファミリーに、若についていきます」
「…ああ、そうだな…いずれ…」
そこまで言いかけてジーザスは口を閉ざした。
その時。ジーザスの真横をすれ違った中年の女性が突然大声で叫んだ。
「きゃぁああああ!!!泥棒よ泥棒!!」
「!?」
突然近距離で物凄い大音量の悲鳴を聞いてジーザスはビクゥ!!と反応してしまう。すぐに意識を戻して振り返れば、女性物のハンドバッグを手にした若いパーカーの男が人混みを押しのけて走り去っていくのが見えた。どうやらひったくりらしい。
「チィッ、おい、あれアンタのか!?」
「そ、そうよ!捕まえてー!!」
「ああまったくっ…ちょっとそこで待ってろよ!おいお前らはその人の保護な!!あいつは俺が追う!!」
「わ、若!?」
ジーザスは素早く部下に指示を出し、自らは人混みを潜り抜けて男を追いかける。足の速さは人並みだが、逃すわけにはいかない。彼にとってここでひったくりを見逃すという選択肢は最初からなかった。それはオズボーンファミリーの血筋ゆえなのか…どんな小さな悪事も見逃せば、自分たちが本当に悪党になってしまいそうで怖かったからかもしれない。昔からジーザスはそうだった。
そうこうしているうちにすぐにひったくりに追いついた。手を伸ばし、そのパーカーのフードを掴んだ。
「捕まえ…」
「捕まえました!!」
「!?」
捕まえた!と叫ぼうとした時、第三者の声が重なってジーザスは驚き、同時にひったくり犯のフードを掴んでいた体が思いきり前に引っ張られる。状況を理解するのにわずかに時間がかかったが、よく見れば知らない若い女がひったくり犯の右手を思いきり掴んで地面に押し付けていた。そのせいでジーザスもまたバランスを崩して転んでしまう。
「なぁっ…!」
「えっ…あ、もしかして犯人を追いかけて…!?」
「ってぇ…そうだよ!お前、一体なんなん…」
なんなんだよ、と言いかけてジーザスは初めてその女性を正面から見た。…白いブラウスに青い膝丈のスカート。風に流れるプラチナブロンドの金髪に吸い込まれそうな青い瞳。…正直に、透き通るような美人だと思った。
(…か、可愛い…)
だが同時にルーナもジーザスを見て驚いていた。陽に透けて浅黄色に見える黒い髪にエメラルドのような緑の瞳、端正な顔立ちは少し前に映画で見た若い俳優に似ている、なんて思ったが、何よりもルーナが感動したのは外見だけでなく、犯人を体を張って捕まえようとしてくれたその勇気だった。
(…この治安の悪い街で、犯人逮捕に協力してくれた勇敢な人……)
03.ふたりの出会い
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