「はぁっ!」
「遅い。そんな斬りなら隙を突かれるぞ」
「っ!痛ェっ!」
オズボーンファミリー邸の中庭は広い。地面は芝生で、ちょっとしたスポーツができてしまう。ジーザスも昔、よくムイや若い黒服の部下達とサッカーをしていたほどだ。現在、そこでジーザスはハザードに剣の鍛錬を師事していた。刀に関しては素人レベルのジーザスはまず刀の基本から学ぶべき、とハザードに言われ、まずは竹刀を装備したジーザス。ハザードに斬りかかる練習をしているが、先程からハザードは軽々と避け、ジーザスが大きく振りかぶった際の隙を突いてジーザスの脇腹を竹刀で叩き、その痛みと衝撃でジーザスは倒れこんだ。真剣での実戦であれば斬られていた一撃。
「って……一撃も食らわせられねえなんて…おいハザード、お前、透視の能力使って俺の攻撃避けてるだろ!」
「…はぁ。馬鹿が。貴様ごときのために透視を使うまでもない。貴様の攻撃がわかりやすすぎるんだ」
「んだとっ!」
「……所詮、貴様は刀を持っただけの素人。隙が多すぎる上に内心の不安さや焦燥感が見え見えだ。…『早く強くなりたい』なんて思うなよ。近道なんてありはしない。わかったらさっさと立て。俺に一太刀浴びせてみせろ」
「っ……わかってるよ!」
「…今の貴様の太刀筋は素人の我流。俺に習いたいというならまず構えから変えろ。…風のように速くしなやかで雷の如き強い一撃を放つ。それが俺が貴様に叩き込む流派『
天城宗雷流』だ」
「あまぎ…そうらい…」
「…俺がかつて刀を手にした時、ある人物から教わった流派だ。俺も貴様と同じように鍛錬を積んだ。…まあ、当時の俺は今の貴様よりずっと優秀だったからすぐに実力を得たがな」
「テメェ、喧嘩売ってんのか!」
やはり嫌味や小言が多い男だ。ジーザスは苛立つが、同時に思ったことがある。
(…色々言うくせに…俺に剣を教えることをやめたりはしねえんだよな…コイツ)
確かに、ハザードはジーザスに対して特に厳しく、ひねくれた性格だとは思う。だが、言っていることは的を得ている上、何よりもジーザスの剣の指導をやめたりはしないのだ。それは間違いなく…ルーナが頼んだことが少なからず影響していると思う。以前からずっと感じていた、ハザードがルーナに対してのみ態度を軟化させるということ。女性には優しいのかと思っていたが、ロギアのことは「じゃじゃ馬」と呼び、ジーザス同様に態度は悪い。
(…やっぱり…『ルーナだからこそ』…優しいっていうのか…?)
もしかすると、本当にハザードはルーナのことを…。
「……」
「どうした。さっさとかかって来い」
「…なあ、ハザード。…お前……ルーナには優しいよな」
「……」
急に黙り込んだハザード。やはり怪しい。
「…お前、ルーナに何かあるのか?…俺に剣を教えるっていうのも、きっと俺が頼んだだけだったら断っただろ。…ルーナが一緒に頼んでくれたから、お前は…」
「……別に。ただの気まぐれだ。…体質能力を悪用する連中をぶちのめすついでに貴様の素人臭い剣をマシなもんにしてやろうと思ったに過ぎない。…無駄口を叩く暇があったら、その隙だらけな自分を見つめ直せ」
そう言うとハザードは未だに尻餅をついたままのジーザスを見下ろしていきなり竹刀を振り下ろした。思わずジーザスは身をかわしたが、避けなければ脳天に竹刀が落とされていた。いくら竹刀とはいえ、かなり危ない。
「うわッ!?あっ危ねェし!?」
「チッ。避けたか」
「舌打ちすんな!さすがに頭はやべェだろ!!」
「…実戦では待った無し。敵はこんな体勢だったら間違いなくとどめを刺してくるぞ。貴様はルーナを守るために強くなるんだろうが。そこで肝心の貴様が死んだら意味が無い。自分を守る術も学べ。馬鹿が」
「っ……わかってるよ…!」
今はまだハザードの真意はわからない。だが、自分の仲間として協力してくれるのは間違いない。不安も残るが、今はひたすらに剣の腕を磨くのが最優先だ。
(…ハザードは嫌味な奴だが…信用できる仲間だ。…コイツもまたルーナのために戦ってくれる…だったら信じるしかないだろ!)
ジーザスは再び竹刀を握り、立ち上がるとハザードに斬りかかっていった。その数秒後にはこれまた再び竹刀の音とジーザスの悲鳴がこだまする。
********************************
「んー、美味しいぃぃ!いやー、この『ピザまん』、最高だね!何枚でも食べられるぅー!!」
ブリタナの街の市場ではロギアが嬉しそうに叫んでいた。約束通り、ロギアはムイとルーナと一緒にブリタナ散策に来ていた。ジーザスは内心不安であったが、ブリタナは安全だということや、ロギアが護衛として目を離さないということで快く送り出した。
ブリタナにはたくさんの名産品があるが、その中でも一番愛されているのが市場で売られている「ピザ饅頭」。所謂「ピザまん」だ。柔らかな皮の中にたっぷりのピザソースが入っている。食べ歩きにも最適で、なおかつ中のピザソースが絶品。ロマーナ出身の料理人が編み出した究極のお手軽フードで、今やブリタナの名物の一つ。ロギアは非常にこれを気に入り、市場の中にあるベンチに座りながら、先程から五個目のピザまんを頬張っていた。
「ロギア、よく食べるねぇ」
「うん。先生曰く、アタシは人よりよく動くから、その分エネルギーを多く摂取しなきゃいけないんだって」
もぐもぐとピザまんを食べながらロギアは隣に座るルーナに言いながら笑った。確かにロギアはトカゲの憑神を鎮圧した時の動きからして、運動神経が人並み以上に優れ、かなり動けるタイプのようだ。するとムイがロギアとルーナの後ろから万遍の笑みで会話に入ってきた。
「いやぁ~いいねぇ、よく食べる女の子は健康的で好きだぜー?なかなか良いね、ロギアちゃん」
「あはは、ロギアって呼んで。食べることが趣味なんだよねぇ」
「じゃあ俺のこともムイって呼んでくれ。ロギアの食べっぷり、見てて気持ちいいからなぁ!よし、じゃんじゃん食おう!俺の奢りだぜぇ!」
「おー!いいねぇ!ほらほらルーナももっと食べなよ、ピザまん!」
「う、うん。じゃあ頂こうかな」
「ムキュ、ムキュ」
ルーナの憑神、雪もルーナの隣に座りテディベアのように後ろ足を前に投げ出して小さな前足を器用に使って小さく千切ったピザまんを頬張っている。ルーナとムイは最初、動物にピザまんを食べさせてまずいのではと心配したが、ロギア曰く、「憑神は普通の動物と違って生態系が異なった生き物だから、人間の食事を食べても大丈夫」だということだ。
そんな雪を見て微笑み、ルーナはピザまんを食べながら改めてまわりを見渡す。市場は活気に溢れ、色々な食材や道具が流通している。やはりブリタナは豊かな島だ。世間の噂なんて本当にアテにならない。ブリタナは平和の街そのものだ。ロギアも同じ思いだったのか、ピザまん片手に周りを見渡した。
「いやー、本当に良いところだね。ブリタナは。昔来た時よりも活気があるっていうかな」
「お、ロギアってブリタナに来たことあるのか?俺はブリタナ生まれのブリタナ育ちだけど、ロギアを見かけたことないけどなぁ」
「ロギアってどれくらい前にブリタナに来たの?」
「んー、二十年くらい前かなぁ」
「二十年!?」
予想外のロギアの答えにルーナとムイは驚きを隠せなかった。どう見てもロギアはルーナと同年代。二十年前といったら赤ん坊レベルだ。どういうことなのか。
「いやいやいや!ロギア、何歳なの!」
「二十年前っておかしくない!?えっ、どういうこと!?えっ?」
「あーうん、色々あってねえ。話が長くなるんだよねぇ」
ロギアはまたピザまんを頬張り、苦笑いした。そういえばクラウンの鼎や冬一達も実年齢は外見以上だとロギアは言っていた。
「クラウンの人達ってなんで皆そうなの!?」
「いやいやホントに一部だけなんだってぇ!とにかくその話はまた今度ね」
「ミステリアスなボーイッシュ女子…これもイイ!白雪美人なルーナもイイし、ほんとにジーザスはこんなにイイ女子を二人も連れてくるなんて何なのアイツ!」
ムイはなにやら新たな境地に目覚め、幼馴染の存在を思っていた。オズボーンファミリーに一気に花が咲いたようだ。そんなムイの様子にルーナとロギアは笑う。そして今回もロギアの年齢の件ははぐらかされてしまった。
(でも本当に…ロギアも鼎さん達も謎が多いな…)
戦い慣れたような運動神経の良さ、クラウンという組織の規模、実年齢より若く見える外見。クラウンに所属する人々は何かまだ秘密を持っていそうだ。ルーナがそんなことをぼんやりと考えていると、突然第三者から声をかけられた。
「あの、すみません」
「?はい?」
ルーナが答え、ムイとロギアもそれに気付いて声のした方を見ると、そこにいたのは白い帽子を深めに被り、薄手の黄色いカーディガンを羽織り、その下に白いワンピースの若い女性だった。髪は赤毛寄りの茶色いロングヘアー。両手で帽子の鍔を軽く掴み、目元はよく見えないが口元は穏やかに微笑んでいた。
「私、今朝ブリタナに来たばかりの者なのですが…是非森の方へ行って自然を観察したいのですが、森へはどのように行けばいいのでしょう?」
「えっと…わたしも実は来たばかりでよくわからなくて…ムイ、森ってどこにあるの?」
「おっと!これまた美人!えっと森は屋敷の裏の方で、こっから行くにはちょっと時間がかかるかも…」
ムイの言葉が途中で途切れる。それはムイと女性の間に素早くロギアが割り込み、腰にさしていた刀…蒼月を素早く抜刀したからだった。
さらに、女性はカーディガンの袖に隠していた鋭い針のような細長い刃物で蒼月の刃を受け止めていたのだ。金属と金属がぶつかった鋭い音があたりに響き、その瞬間はまるでスローモーションのように見えた。
「キュ!?」
「!ロ、ロギア…!」
「…アンタ、何者」
先程まで幸せそうにピザまんを食べていた人物と同じには思えないほどの凄まじい殺気とドスのきいた声でロギアは謎の女を睨む。雪とルーナは驚いてベンチに座ったまま固まり、ムイも驚いた表情をしていたがすぐに真剣なものになってルーナの肩を抱き、ロギアの後方に避難する。ムイもオズボーンファミリーの端くれ。すぐに現状を理解した。その際に雪もルーナの肩に飛び乗ったが、ルーナはその時に首に感じた雪の毛並みの異変に気付いた。逆立ってビリビリとしている。何かを感じているようだった。
(雪が反応してる…これって…)
まわりにいた市場の人々は突然の事態に驚き、慌てながらその場から逃げ出す。喧騒の中、女とロギアは互いに向かい合い、相手から目を逸らさずにいたが、しばらくしてから女がくつくつと笑い出した。
「うっ…ふふふ。よく気付いたわねえ?あと一瞬遅れていたら、今頃小娘の首にコレが刺さっていたのに」
「鼻は利くんだよねぇ、アタシ。…今朝ブリタナに来たばっかりっていうけど…荷物が無いなぁって思ったんだ。結構薄着だしね。旅行者じゃないのかなって思ってたんけど…あとはもう一つ、森へ行きたいっていうのもさ。森に行くにはあまりにも軽装だなって。だから警戒してたら案の定、アンタが手を出してきたってわけよ」
「良い読みだったわ。本気で森に行く気なんて無かったしね。ところで、あなた一体誰かしら?オズボーンファミリーの構成員?」
「いーや、居候みたいなもんよ。アタシはクラウンの特務部隊隊長、ロギア・デュークス」
「!…あらあら、意外ね。天下のクラウンがなんでわざわざオズボーンファミリーに出向してるのかしら」
「アンタには関係無いさ。そっちこそ名乗りなよ。…ルーナを狙う刺客さん?」
女はロギアの言葉を聞いて白い帽子を脱ぎ捨てる。なかなかに整った顔立ちだが、その目つきは鋭く、堅気ではないのは明らか。右手に持つ針のような武器もまたそれを物語る。この女はルーナに近付くために嘘の理由で話しかけてきた。その狙いは間違いなく…オズボーンファミリーを嵌め、ルーナを誘拐しようとする刺客。ヴァレリアスで襲ってきたレンツと同じだ。
「私はキャスリン。これでも裏じゃ名が知れてるのよ」
そう言いながら女…キャスリンは左の袖からも針のような武器を出し、構える。その姿はまるで二刀流のよう。ルーナはロギアの背中とキャスリンの不敵に笑う表情を見ながら隣にいたムイにたずねる。
「ムイ!し、知ってる?」
「ちょっと待てよー!…あった!さすが俺様!」
ルーナがムイを見た時、彼女は少し驚いた。ムイはいつの間にか手のひらより少し大きいくらいの
板状電素通信機を持ち、必死にスライドしていた。どこから出したのか、その装置は何なのかとたずねたかったが、ムイがあまりにも必死の形相のため、何も言えない。だがすぐにムイは何か目的のものを検索できたようで、ぱっと明るくなるとロギアにも聞こえるように叫んだ。
「最近、名を上げてきてる女の殺し屋だ!殺しの手口が一貫してるからわかりやすいぜ!エイジア伝来の暗殺術、
長針術の使い手だってよ!殺すのは勿論、首の動脈ギリギリを刺すことで身体中を麻痺状態にして、死の一歩手前で寸止めの生け捕りにも使われるっていうから……あっ!さっきのってルーナを刺して生きたまま捕まえるつもりだったのか!?」
言いながらムイは途中で気付いたようだ。どうやらタブレットには裏社会の情報が入っているらしく、キャスリンの正体などを掴めたが、同時に彼女の目的も判明した。
「わ、わたしを…」
「…成程ねぇ。ルーナを生きたまま捕まえる…レンツとかいうヤツと一緒だね。どうやらアンタ達の依頼主はルーナを生かして手に入れたいらしいね」
「そこまでわかっているなら説明は不要でしょ。…邪魔するなら消えてもらうわ」
そう言った瞬間、キャスリンは素早い動きでロギアに攻撃を仕掛けてきた。まるで舞うように両手に持った長針を振り回してくる。無闇に攻撃しているのではなく、回転しながら長針が絶妙なタイミングで迫っていく。ロギアはかわしていたが、攻撃をする隙が無いようだった。
(コイツ…長針だけでの攻撃しか無いのかな。だったら必ず息が切れたり、動きを止めなきゃいけない時があるけど)
人間、いつまでも動いていられない。どこかで必ず息を整えたり、動きを停止する時が来る。体力に自信のあるロギアはそこを狙うつもりだった。だが、キャスリンがニヤリと笑い、足を止めた瞬間。ロギアの腹に鈍い痛みと衝撃が。気付いた時にはロギアは市場の出店を破壊して吹っ飛んでいた。
「!ロギア!!!」
「な、何が起きた!?」
ルーナとムイは突然のことに目を見開く。ロギアは無事のようだが、崩れた出店と潰れたトマトなどの野菜の中から起き上がり、痛そうな表情をしていた。
「っ…やっぱりねぇ。アンタ、体質者でしょ」
「!た、体質者…また…」
ロギアの言葉にルーナはキャスリンを見た。またもや体質者の敵。黒幕は体質者の刺客を選んで送り込んでいるようだ。
「そう。私の能力こそ至高にして完璧な力。我が『
衝力』の体質能力は、神が私に与えた最強の力よ!」
「衝…力…」
初めて聞く体質能力の名称だ。ハザードがここにいれば詳細がわかるのに。ルーナはハザードを呼びに行くか迷ったが、屋敷までは時間がかかる。
さらに、ルーナ自身は明らかにキャスリンの射程距離にいる。緊迫したこの状況で物音を立てて走り出したりしたら、間違いなく殺されるだろう。もしかしたら自分ではなくロギアやムイに攻撃を放つかもしれない。一歩もその場を動けない状況だった。
ロギアは壊れた出店の残骸から起き上がると蒼月を構え直し、キャスリンを睨む。
「あー…衝撃波を撃つ能力だっけか…。さっきお見舞いされたやつかぁ。油断しちゃったよ」
「ふふ。衝撃波を撃つ。確かにそうね。けれど、衝力はそれだけじゃない。私本来はか弱い力の持ち主なの。けれど、衝力の力を使えば…私の細腕でも男以上の力になることができる。衝力の能力の本質は『自身の力を大幅に増強させる』ことよ」
そう言ったキャスリンは長槍を持った状態で両手を前に出す。するとキャスリン自身からぼんやりと緑色のオーラが出現し、近くにあった出店にも緑色のオーラが宿る。
次の瞬間には重いはずの出店がふわりと浮き始め、キャスリンの身長を超える高さくらいまで持ち上がったのだ!
「な、何ィ!?」
「お、お店が浮いてる…」
ムイとルーナが思わず震え声で呟いた瞬間、浮いた出店が猛スピードでロギアに激突したのだ!ルーナは「きゃあ!」と悲鳴をあげ、あたりには物凄い風圧と衝撃音が響いた。金属と木で出来た出店を持ち上げること自体、女性には不可能だろうし、なおかつ浮遊させることなんてできるはずがない。そしてそれが勢いよくぶつかったロギアが無傷でいられるはずもない。ルーナはロギアに駆け寄ろうとしたが、キャスリンの鋭い声で止められた。
「動かないでくれるかしら、お嬢さん」
「!あなた…どうしてこんなことをっ…一体誰から依頼されたの!?」
ロギアを傷付けられたことで感情が昂ったルーナは強い目つきでキャスリンを睨み、聞きたかったことを問いただす。キャスリンは予想していたかのように余裕そうな表情でルーナを見た。
「言うはずがないでしょ?私はあなたを連れてヴェルヌへ戻るだけ。まわりにいる人間は全部消すわ」
そう言うとキャスリンは両手に持った長針を投げつける構えをしてルーナのそばに立ち尽くすムイに向き直した。
「わーーーッ!!ま、待て待て待て!俺はインドア派なんだよォォォ!!うぅぅ、でも…でも、俺だってオズボーンの人間だ……っよっしゃああ!かかかか、か、かかってきやがれぇぇぇ!!ルーナには手を出させねぇぞ!!ルーナ、逃げろォ!あ、あああとは俺がこの女を引き付ける!雪、ルーナを頼むぞ!」
「ムキュ!?」
「ム、ムイ!」
武器を向けられて慌てふためくムイだが、やはり彼もまたオズボーンファミリー。自分は犠牲になっても仕方ないが、ルーナだけは守り通そうとする意思を見せる。体はガクブルだが。そんな彼を見てルーナは迷う。確かにムイは情報収集や機械の操作担当で、戦闘向きではないのだろう。だとしたら今ここで戦えるのは…。
「…わたしが相手よ!キャスリン!」
「ル、ルーナ!おまっ、何言ってんだよ!早くジーザスのところへ逃げろ!」
「あらあら。ターゲット自身が相手をしたがるなんて。よっぽど怪我をしたいみたいね。お嬢さん」
ルーナはムイの前に出て改めてキャスリンとまっすぐ向かい合った。自分には目覚めたばかりの
氷麗の体質能力があるのだ。あれが明らかに人とは違うものだと自分の目でもはっきり見たし、何より発現以来、自分の体が以前と異なる感覚を感じていた。まるで内に何かを秘めているかのような不思議な感覚。
「…わたしはこれでも体質者なんだから……わたしは…この力を人のために使う。自分の身を守るだけじゃなくて…まわりの人達を守るために!」
「ふうん。言ってくれるじゃない。でもね、最近能力に目覚めたばかりの新人と、歴戦をくぐり抜けてきた経験者の差は大きいわよ!」
「!ムキューッ!!」
そう叫ぶとキャスリンは左手に持っていた長針をルーナに向かって勢いよく投げた。殺気を感じた雪が鳴き叫び、突然の攻撃にルーナは隙をつかれた。ルーナは思わず左手を前に出し、右手で胸のあたりを防ぐ。長針の高さがちょうど胸の高さだったため、無意識に心臓を守ろうとしたのだ。この体勢なら腕が犠牲になっても急所が守れる。ルーナは痛みを覚悟した……が、一向に痛みは訪れない。
「…!!」
「!なんですって…」
「よっしゃぁ!すげェよ、ルーナ!」
「こ、これは…」
その場にあった光景。それは、ルーナのかざした左手の直前で、キャスリンの長針が見事に凍りつき、宙に固定されたかのように浮いていた。長針がまるごと凍りついているが、氷の厚みも3mmほどあり、横長にした
氷柱のような形だった。
「これが…氷麗の力…」
「ムキュー!」
この現象に一番驚いていたのはルーナ自身だった。ハザードが言っていたとおり、強く念じれば体質能力が発動する。ルーナは無意識に近かったが、自己防衛機能で、飛んでくる武器を防ぐために凍りついたのだ。雪はルーナが氷麗の力を操ることができて嬉しそうに尻尾を振っている。ルーナがまばたきを数回して驚いていると、カランという音と共に凍った針が地面に落ちた。地面に落ちてもなお、氷は溶けていない。
「ナメた真似してくれるじゃないの…だったら今度は力を増強してお見舞いしてあげるわ」
正直、あの長針の一撃でルーナを仕留めようとしていたキャスリン。狙ったのは胸ではなく脇腹だった。長針術の利点は殺すのも生かすのも使い手の思い次第というところだった。力加減、刺した場所、刺した後の行動によってうまく調整できる。ルーナの動きを封じて抵抗できないようにすればいい。
今度は衝力の体質能力を使い、投げた時の力をさらに強める。威力が上がり、氷を砕くこともできるだろう。刺さった時にダメージが強くなるが、死ななければいいだけ。瀕死であろうと、「依頼主」は生きていればいいと言っていたのをキャスリンは思い出した。
「大丈夫よ。死ぬ直前で生かしておいてあげるわ!!」
目を見開き、そう叫んだキャスリンは第一印象の時のような礼儀正しさも可憐さも残っていない。同時に凄まじい衝撃波となって長槍が飛んでくる。まるでピストルの弾丸のように速い。ムイはイチかバチかルーナを庇おうと走り出した。
「!!ルーナ、危ない!!」
「…!」
その速さにルーナも驚いたが、キャスリンが長針を放った瞬間、ほぼ同時にルーナも強く念じていた。…途端に。キャスリンが放ったはずの長針はルーナの顔面直前で止まっていた。…先程同様に凍りついた状態で。氷を砕くほどの力を込めた長針は、ルーナの氷に負けた。衝力の針は氷麗の氷を貫くことはできなかったのだ。
「なっ…!なんなのよ!私の力が…あんな氷を砕けないなんて!!」
「で、できた…」
呆気にとられつつ、事態が飲み込めないキャスリンと、放心したように目を開き呟くルーナ。二人の女はどちらも驚きながら全く違う感情だった。プライドを傷付けられたことに怒りが満ちていったキャスリンから緑色のオーラが再び発せられる。
そのまま、彼女が武器をなくして空になった両手を勢いよく地面に付けると、その途端、地面にビキビキとヒビが入っていき、ゴゴゴゴゴという音と共に地面が大きな瓦礫となって割れた。その瓦礫はキャスリンと同じ緑色のオーラが纏われ、先程ロギアにぶつかった出店と同じように高く舞い上がり、ルーナを狙った。
そしてキャスリンが力を込めると、猛スピードで瓦礫がルーナに向かって落ちてきた。
「こうなったらお前をギタギタにしてやるわ!!所詮お前は弱い人間なのよ!!!メチャクチャにして、依頼主に差し出してあげる!!」
「っ…!やってみせる…わたしだって…体質者なんだから!!」
ルーナは飛んでくる瓦礫に両手をかざす。強く念じれば、先程よりも強い力が出せるはずだ。ルーナは自分の力を信じる。すると肩に乗った雪の体がほんのりと青く光り、同時にルーナの体も青い光を発した。
「キュゥ!」
「!雪…!」
ルーナは思った。これがクラウンで聞いた、憑神の力。憑神は体質者の能力を高めてくれる。今まさに雪がルーナに力を貸しているのだ。
「…凍れ!!!」
声の限り叫ぶ。強く念じるために。同時に時間が止まったかのような感覚。飛んできた瓦礫は先程の長針とは比べ物にならないほどの巨大な氷の塊となって動きを止めていた。ルーナは三度に渡って攻撃を防いだ。しかも凍らせた状態浮遊させるという常人にはありえない方法で。
これが氷麗の体質能力の力だ。陽を受けて輝く氷の塊はその場の状況にそぐわないほど麗しかった。誰もが一時的に固まっていたが、すぐにムイが嬉しそうに叫んだ。
「す、すげェぜ、ルーナ!雪!」
「ムッキュー!キュゥゥ!」
「…なんなのよ…あの小娘……あの瓦礫を止めた……私の増大した力でも…敵わなかった…なんて…」
キャスリンは状況を理解できないようで放心状態だった。だがすぐに苛立った表情で突然、殴りかかるような体勢で走り出してきた。右手には緑色のオーラが纏われている。間違いなく、衝力の能力で力が増強されているのだろう。あれで殴られたらひとたまりもない。
「許さない…許さないわ!!ルーナ・グレイシア!!!」
「!」
ルーナが再び氷で防御しようとしたその時だった。
「おっと。あとは任せな、ルーナ」
「!えっ…!」
ルーナの真横を風が通り抜けたように感じると、走ってくるキャスリンに斬撃が放たれた。
「!!ロ………ロギア!!!」
「よく頑張ったね、ルーナ!!」
「ア、アンタ…なんで無傷で…!」
キャスリンに傷を負わせ、そこに立っていたのは…傷一つ負っていないロギアだった。その手には蒼月が握られている。ロギアは先程、キャスリンの衝力によって放たれた出店の瓦礫に埋もれていたはずだった。
「アタシをなめないでくれるかな。すぐに出て行こうとしたらルーナが前に出ちゃったからタイミング逃してね。ま、ルーナが危なくなったらすぐ出て行くつもりだったけど…おかげでルーナのかっこいいところ見れたよ」
「そ、そんなことないよ!」
少し頬を染めてルーナはロギアに叫んだ。ロギアは笑っていたがすぐに勝気な笑みになり、キャスリンに向き合う。
「さあ!アンタじゃルーナに敵わないってわかったでしょ。だったらアタシと遊んでよ。ま、さっさと捕まえて黒幕の名前を吐いてもらうけど!」
ロギアの方がルーナより戦闘経験があることをキャスリンはわかっていた。ここは一旦退いた方がいいと判断したキャスリンは後ずさりするが…彼女の背後に二つの気配。誰かがキャスリンの逃走経路を封鎖している。
「!」
「どうやら袋のネズミのようだな」
「ルーナ!無事か!」
「!ジーザス…ハザード!」
立っていたのはジーザスとハザードだった。それぞれ、黒烏と鬼神を構えている。二人は屋敷で鍛錬を積んでいたはずだが、いつの間にか現場に駆けつけていた。二人の姿を確認したムイが大きく手を振る。
「よかったー!間に合ったかー!」
「ムイ、よく知らせてくれたな!」
ジーザスはルーナとロギア、キャスリンを挟んだ状態で大声で返す。どうやらムイがジーザスとハザードを呼んだらしいが、今までずっと自分たちの後ろにいた。屋敷まで走って呼んできたとは思えない。ムイは手に持っていた
板状電素通信機を掲げて得意げに笑う。
「さっすが俺様ー!
板状電素通信機に緊急時の連絡機能付けといてよかったぜ!おかげでジーザスの
小型電素通信機にこっちの会話とか音声が丸聞こえになった上に位置情報も伝えられたからな!さすが天才、俺様!」
「電話出たらいきなりロギアとルーナの声がして、知らない女の声が聞こえた後にすげぇ音がして何かと思ったぜ…」
「す、すごいねムイ…」
ルーナは思わずムイの行動に感心した。しかも口ぶりからすると、
板状電素通信機にその機能を追加したのはムイ自身らしい。戦闘は苦手だと言っていたが、その代わりにすごい才能を持っている。ハザードはそれを聞いてから、渋い顔をしているキャスリンに問う。
「…答えろ。貴様の依頼主は誰だ」
「……まだ負けたわけじゃないわ!!」
ジーザスとハザードが加わり、四対一の苦しい状況になってもキャスリンはまだ諦めていないようだった。もはや可憐な女性とは思えない必死すぎる形相で叫ぶと再び地面にヒビを入れて瓦礫を無数に作り、宙に浮かせると四方八方へ投げつけた。自分のまわりを囲むジーザスやハザード、ロギア、ルーナ、ムイ全員に無闇あたらに飛ばしまくる。もはや作戦も何もない。力のままに能力を放っていく。だが、もはやそれは脅威にはならない。この場にハザードとロギアがいるならば。
「終わりだよ、キャスリン!」
「さっきまでの鍛錬を思い出せよ」
「わかってる!」
キャスリンに向かってロギア、ハザード、ジーザスがそれぞれ刀を握って走り出す。三人は飛ばされてくる岩を各自で狙いを定めて斬撃を放ち、岩を砕いていった。ジーザスも中くらいのサイズであれば岩を真っ二つに斬ることができた。その切れ味の良さにジーザス自身が驚く。
(岩を一発で両断できた…やっぱりこの刀はすげェ…)
だが、そう思っていた隙にジーザスの真横でハザードが高く舞い上がり、巨大な岩に向かい合った。そして構えを変えると、強く叫びながら鬼神を大きく宙で振るった。
「…『
牙龍波』!!!」
その一振りは風圧と衝撃を生んだかと思うと、まわりにあった複数の岩が粉々に砕けた。小さな石となった岩は地面に落ちていくが、人に危害を加えるほどの大きさではなく、小石程度になっている。一振りで岩を砕き尽くしたハザードの斬撃にジーザスは唖然として立ち尽くしていた。
(…!す、すごい…あんなでかい岩を突きだけで粉々に…!)
自分は中サイズの岩を真っ二つに斬ることしかできなかったが、ハザードはもっと大きな岩を突きで粉々に砕いた。剣のレベルがまるで違う。やはり…ハザードの実力は本物だ。
「ボサッとするな!他の岩も落ちる前に斬れ!」
「!あ、ああ!」
ハザードに怒鳴られ、ジーザスはハッとして他の岩も斬っていく。その隙にキャスリン自身は獣のような叫び声をあげて、ジーザス達の行動をハラハラと見ていたロギアへ向かって走っていく。大きく振りかぶり、衝力で増強した右腕で殴ろうとするポーズだ。
「貴様ぁぁぁぁぁあああ!!!」
「さあ、そろそろ終わろうか。…行くよ!『
円破斬』!!!」
口元に笑みを浮かべながロギアは蒼月を握りながら地面を強く蹴る。ロギアに殴りかかろうとしたキャスリンだったが、突然目の前で回転攻撃を食らった。ロギアは蒼月を構えたまま宙でバク転するように回転したのだ。回転した分、蒼月からの連続攻撃を受けたようだった。ただ斬りつけるよりももっと強いダメージを食らい、キャスリンは後ろに倒れこみ、ロギアはタンッという音と共に地面に着地した。
「…力任せに殴るだけが戦いじゃないんだよ。出直してきな」
余裕そうな笑みを浮かべ、ロギアは蒼月を鞘におさめた。その戦いっぷりはロギアの後方にいたルーナとムイを唖然とさせ、ハザードとジーザスもロギアの戦いを見ていた。実は二人はロギアの戦いを見るのは初めてだった。クラウン本部でロギアの戦いを見ていたのはルーナだけで、ルーナからロギアは強いと聞いていたが、今目の前でロギアの技を見て驚いた。同じジャポンの妖刀でも、ハザードとはどこか違う戦い方。
「す、すげェ。ロギアも強いな…」
「……」
ハザードは、ルーナに笑顔で駆け寄り無事を確認するロギアをじっと見つめた。明らかに自分の流派「天城宗雷流」とは違う。むしろ、他の流派とも違った独自の戦い方といった感じだった。
(あのじゃじゃ馬……一体、何者だ…)
かくしてジーザス達は黒幕が差し向けた刺客、衝力の体質者、キャスリンを倒した。黒幕に近付くための新たな手掛かりとなるだろうか。
20.衝力の女
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