「…これが俺の過去の全てだ。それから俺は各地を転々として…一年前にホロウグレーの街に流れ着いた。…そしてお前達と出会ったというわけだ。おそらく、俺が知る『白雪計画』と、今回ルーナを狙う一連の事件の奥にある『白雪計画』は同一のものだ。理由は不明だが、バレリアスの軍事計画が何故ヴェルヌの長官が知り、それをヴェルヌで行おうとしているのだろう。エリナとルーナの体質能力が同じなのも偶然なのか…だが俺はもう二度と白雪計画を進めさせる訳にはいかない」
ハザードの話が終わった頃には部屋に窓からオレンジ色の夕日が差し込み、優しい雰囲気が漂っていた。ただし、その部屋の中央でハザードの話を黙って聞いていたジーザス達は沈黙に包まれ、何とも言えない雰囲気が漂っていた。
今、目の前にいるハザードがとても悲壮な過去を背負っていたなんて。やりたくもない人体実験を強制された挙句に濡れ衣を着せられ、挙句に恋人を自らの手で殺さなくてはいけない状況に追いやられていた。
そして今回、ジーザス達が巻き込まれた事件の黒幕ネレイド・デルスフィアが進めようとしている白雪計画は、ハザードの過去にも深く関わっていたという真実。誰も言葉を発することができず、唖然としていた。
ルーナの膝の上で
雪だけが様子のおかしい皆を見上げて首を傾げている。
憑神は人語を理解し、成体になると喋ることもできるようになる。狐の憑神、九尾の子供である雪も人語を聞き取り、意味を理解することはできるのだが、今のハザードの長い話はほとんど意味のわからないことだったようだ。
そんな雪の頭に突然、水滴のようなものが落ちて濡れる。雪は「キュッ!?」と小さく鳴き、短い手で頭を押さえて上を見上げる。その水滴は…はらはらと静かに泣くルーナの涙だった。
「……ハザード……そんなことを……そんなに辛いものを背負って…生きてきたんだね……。…ハザードは冷たいバレリアスの中でずっと…苦しんで…辛い別れを…何度も経験してたんだね…」
「ルーナ…」
ジーザスが心配げにルーナを見つめる。人の痛みを人一倍感じてしまう繊細な心を持ったルーナはハザードの過去を聞き、その情景を想像していた。
「…ずっとひとりで…背負ってきたんだね………ハザード…」
「………」
ハザードは自分のために泣いてくれるルーナを見て、…初めて優しく微笑んだ。ハザードがジーザス達の前で笑みを見せるのはこれが初めてで、ジーザスとロギアは少し驚いたような表情になる。
「……ひとりには慣れていたがな。……だが、お前達と会ったことは…おそらく『彼女』がくれた出会いだったのかもしれん」
ジーザスとロギアは正直なところ、想像はしていた。今までのハザードの、ルーナへの態度を見て違和感があったのは事実。その理由が今、ハザードの過去を聞いてわかった。
「…ルーナは…エリナさんとそっくりだったんだね。だからハザードはルーナには特別優しかったんでしょ」
「……それだけじゃない。そもそも、ハザードがホロウグレーで俺達と初めて会った時…最初に俺が家を訪ねた時はコイツは居留守をして出なかった。けど、ルーナが倒れた時は…すぐにドアを開けて治療してくれた。…その時、顔を見たんだろ?倒れたルーナの顔を見て…エリナさんとあまりにも似てるから…だからお前は…」
ジーザスはまっすぐにハザードを見る。ハザードは沈黙を以って答えた。その沈黙はつまり肯定なのだろう。ハザードは世間と関わらずに生きてきた。
だが、ルーナを見た時に…思い出したのだろう。彼女のことを。だからこそルーナを助け、彼女を狙う黒幕を倒すことに協力することを決めた。
「………容姿だけではなく…エリナも
氷麗の体質者だった。ルーナの顔を見た時、確かにエリナを思い出して助けたのは事実だ。さらに体質能力まで同じだと知った時……これはエリナからのメッセージかもしれないと俺は感じた。…エリナのような人間をもう生み出さないために。俺にルーナを救えと、エリナが言っているように感じた。だから……俺は、お前を守ると決めた」
「!」
あまりにもはっきりと言い切られ、ルーナは頬を染めた。同時に、再び涙を浮かべてしまった。聞きようによっては告白にも感じる。勿論そういう意味ではないと思いつつ、年頃の娘であるルーナは条件反射に胸をときめかせてしまった。
ジーザスもピクリと反応するが、ハザードの真剣な表情を見て何も言わなかった。ハザードの決意、それはエリナの分までルーナを守るという強い思い。それを前にしてジーザスは何も言わない。ハザードの気持ちは自分と同じ気持ちだったからだ。
「…ハザード…ありがとうな。ルーナを…守ろうとしてくれてよ」
「…貴様に礼を言われる筋合いはない………だが。…貴様のその愚かさも未熟さも……昔の俺とよく似ている」
「えっ?」
「だからイラつくんだ。…理想を夢見るガキだと。……俺はかつて理想から絶望へ叩き落とされた。だが、俺の理想は間違いではなかった。俺にあの時、強さがあれば、勇気があれば、もっと違う道があったかもしれない。…貴様には俺と同じ道を歩ませるのは…俺自身が嫌だからな」
「…ハザード…」
ハザードはルーナにエリナを重ねているのと同様に、ジーザスに過去の自分を重ねていた。自分と同じようなことを繰り返さないためにも、ジーザスを鍛えている。勿論きっかけはルーナに頼まれたからだが、ジーザスに力を貸し、鍛えると決めたのはハザード自身。ジーザスの理想、正義を受け入れたからこそだった。
するとハザードはテーブルに置いたもう一つの物…木箱を持ち上げると、蓋を開いた。そこに入っていたのは…。
「!ハザード、これ…もしかして…」
「…俺がエリナに贈った氷銃だ。…エリナの遺品はカルドネに頼んで遺族に送ってもらったが…この銃だけは俺が引き取った。…どうしても側に置いておきたかったからな」
木箱の中はマットな布が敷かれ、その上に乗せられていたのは氷で美しい拳銃だった。ハザードの過去の話にも出てきた、彼が自ら作り、エリナに渡した氷銃。
「これが氷銃だね…」
「すごくきれいな拳銃…」
「まるで宝石みてぇだな…」
三人は食い入るように木箱の中の氷銃を見つめた。まさに芸術品と言ってもいい美しさ。これが本当に拳銃として使用できるのか疑いたくなるほど、繊細に見える。ハザードは氷銃を見つめる三人を…正確にはルーナを見て言う。
「…ルーナ。これを…お前に持っていてもらいたい」
「えっ!?で、でもこれはエリナさんとの大事な思い出の品でしょう…?」
「どのみち、俺ではこの銃を使えない。この銃はエリナの持つ氷麗の体質者の力に合わせて作ったものだ。同じ力を持つお前なら使いこなせる…。俺がいつまでも過去にしがみつくために持っているより、お前の身を守る武器となった方がエリナもきっと喜ぶだろう。…だから持っていてほしい」
「ハザード…」
ルーナはそっと箱の中の氷銃を取り出す。ひんやりと冷たく、氷特有のつるつるとした感触だ。ハザードの過去の話にもあったが、この銃は氷麗の体質能力で生み出す氷を弾丸として発射する構造になっているらしい。一見すると銃の形をした芸術品のようだが、本当に弾丸を撃てるのだろうかとルーナは思った。
「…本当に、良いの?」
「これからお前も戦わなくてはいけない。自分の身を守るためにも、自分に合った武器が一番だろう。…使い方は普通の拳銃と同じだが、引き金を引く時に体質能力を使う。それで氷の弾丸が自動的に生成される。…拳銃の使い方はわかっているな」
「うん。…ありがとう…ハザード…本当に、ありがとうね」
目尻に涙を浮かべたまま、ルーナは優しく笑った。その笑顔は…ハザードが愛したエリナと同じ。その笑顔を見てハザードも柔らかく微笑む。
(エリナ…お前のおかげで、俺は新しい生きる目的ができたようだ…)
その様子にロギアとジーザスも笑みを浮かべる。今まで謎が多かったハザードのことを本気で信じられるようになった。そこでロギアは一息つくと、口を開く。
「…そっかぁ。ハザードが過去の秘密も全部話したなら…アタシも全部話そうかな。皆に」
「ロギア…?」
「キュ?」
頭を掻きながら呟くように言ったロギア。ルーナと膝の上の雪がロギアを不思議そうに見た。ロギアの秘密とは一体何なのだろうと思っていたが、すぐにハッと思い出す。
そういえばロギアにもまた謎が多い。ロギアは実年齢も不明だし、並外れた戦闘力を持つ。ロギアだけでなく、クラウンの鼎や冬一、ガイストも似たような事情があったが…。
「隠してた訳じゃないんだけど、説明が複雑でね。時間がある時にって思ってたんだけどさ……ハザードがこれだけ正直に色々と話してくれたならアタシも話しておかないとフェアじゃないからね」
「どういうことだ?ロギア」
「アタシ、人間じゃないんだよね」
ジーザスの問いかけにサラッと笑顔で答えたロギアの言葉は何気に衝撃的なものだった。一瞬間が空いたが、ルーナの驚愕の声が沈黙を破る。ハザードの過去の話とはまた別の衝撃だった。
「……え。……ええええぇぇぇぇええ!?」
「は、はぁああ!?何だそれ!!ど、どういうことだよ!」
「……『自動人形』か」
「えっ?」
驚きを隠せないルーナとジーザスとは対照的にハザードは取り乱すことなく、静かに言う。どうやら、瞬時にロギアの正体を察知したらしく、「自動人形」という言葉を口にした。
「ハザードの言う通り、アタシは…人間じゃなくて自動人形なの」
「じ、自動人形って何だよ…」
「はぁ…そんなことも知らないのか。世間知らずのマフィアの倅が…」
「う、うるせェな!」
頭にハテナを浮かべるジーザスにハザードは溜息をつきながら辛辣な発言をする。すっかり普段の二人に戻っている。先程までの感動的な師弟関係が嘘のようだ。その光景を苦笑いしながら見たロギアが説明を始めた。
「自動人形っていうのはね、人工的に作られた人型の機械。オートマタとかホムンクルスとか呼ばれることもあるね。人と変わらない感情とか五感も備わってるし、人間とほとんど変わらないよ。現にアタシ、今も普通に皆と話せてるでしょ?」
「う、嘘……ロギアが…人形、なの?」
ルーナは同じソファーで隣に座るロギアを驚きの目で見つめている。どこからどう見てもロギアは人形には見えない。普通の人間の女の子だ。
「だからね、アタシは年もとらないし、筋力とかも普通の人間と違って結構強いんだよ。ま、体も丈夫だし、結構便利なんだよねぇ」
「…ブリタナの街で
衝力の女と戦った時から何か違和感があった。その体格でただの女剣士とも思えない強さと動き…自動人形なら納得だ」
ハザードがロギアの戦闘を見て感じたものが彼の中で一気に晴れたらしい。自動人形は外見や言動こそ普通の人間と変わらないが、人間とは基本性能がそもそも違う。ロギアの戦闘力はすでに知っているが、まさにロギアがそれに当てはまる。それにロギアは二十年ほど前にブリタナに来たことがあると言い、外見と見繕ってもつじつまが合わないということがあったが、年をとらない故の発言だったのだ。
「ちなみに、アタシはちょっと特別な自動人形なんだ」
「特別?」
「自動人形にはね、大きく分けて二種類のタイプがあるの。一つは、人工的にボディを作って、そこに魂を定着させるタイプ。ほとんどの自動人形はこっちなんだよね。で、もう一つは、人間の遺体や遺骨から生前の姿を完全に復活させ、その人の魂を呼び戻して定着させるタイプ。しかも生前の記憶も持ってるから、死者の復活みたいなものかな。でもこっちはすごく技術が難しくてほとんど成功例はないんだ」
「もしかして…ロギア、お前は…」
「そう、アタシは後者。アタシね、この体の年齢としては十九歳ぐらいなんだけど、実年齢は二百歳以上なんだ。昔、ジャポンで生きてた人間なんだよね。死んだ後、百年以上経ってからクラウンで先生が自動人形にしてくれたの。十九歳の頃の肉体にしてくれたのは嬉しかったけどね!やっぱり若い方が良いし。クラウンで過ごすうちに色んなことを学んで、自動人形として生まれ変わった体がすごく便利だったから頑張って先生の手伝いをしているうちに…特務の隊長に任命されたって訳。ま、二百歳とはいえ、百年分は死んでるんだけどねー」
アハハとあっけらかんに笑うロギアに対し、ぽかんとしているジーザスとルーナ、表情を変えないハザード。ロギアは二百年前に生きていた昔の人間だなんて。そして自動人形としてこの世に蘇った…。
「し、信じられない…昔の人が…自動人形として生まれ変わるなんて…」
「それもクラウンの技術なのか?」
未だに驚いているルーナと、ロギアに尋ねたジーザス。ロギアが答える前に、そのジーザスの問いにはハザードが答えた。
「自動人形の製造は遥か昔から存在していた技術だ。人形に魂を入れるなんてのは太古の昔から人類の夢だったからな。科学者の中にも自動人形専門の者もいた。まあ、一般市民では夢のまた夢だろうがな」
「そーそー。自動人形を作るのは専門知識や多額の資金がいるからねえ。今じゃ、自動人形作りはクラウンが結構メインでやってるんだよ。アタシ以外の自動人形も少ないけどいることにはいるし」
「そうなの!?も、もしかして鼎さん達が若いのってまさか!」
「あー違う違う!先生や冬一さんはまた別の理由で
若いままなんだよ。先生達はね、実年齢が百歳を超えてるんだ」
「えええええぇぇぇぇ!!」
「はああああぁぁぁあ!?」
今度はルーナとジーザスの声が重なって凄まじい声になった。ハザードの過去、ロギアが自動人形だったということに加えて、さらにクラウンの司令と副司令が百歳超えという真実が判明し、非常に混乱している。
「そ、そ、そそれはおかしいだろうが!鼎さんはどう見たって二十代だし、冬一だって三十代だろうが!!」
「そっ、そうだよ!ひゃ、百歳なんて…おじいちゃんおばあちゃんじゃない!に、人形じゃないのにどうしてそんな…」
「二人は、『
神精』に愛されているんだよ」
「…神精?」
突然、不思議なことを言い始めるロギアにジーザスとルーナは疑問だらけ。勿論、自動人形の話も十分に不思議なことなのだが。
「あのね、この世には体質能力や魔物といった不思議なものが存在しているように…『神』も存在してるんだよ。そういった存在をアタシ達の中では『神精』って呼ぶの」
「か、神って…そんな宗教的な…」
「神精という種族、って言ったらいいのかな。この世界には人とも魔物とも違う神精という存在が何人もいるんだよ。世界を創生した種族でね、人智を超える強い力を持っていて、人間を見守っているの。普段は人には見えないところに住んでいるんだ。地域によっては『精霊』とか『ジン』とか色んな呼ばれ方をしてる」
「で、でもにわかには信じられねえな…」
「……だが、そういう言い伝えはある」
未だに信じられないルーナとジーザスとは逆に、ハザードはロギアの突拍子もないように聞こえる話は信じているようだ。ハザードの場合、それは彼の持つある知識と内容が一致していたからだった。
「世界各地では神精と呼ばれる複数の存在が、驚異的な力を使い、災いから人々を救ったとされる伝承が今でも語り継がれている。その伝承の中に、稀に『神精に認められ、神精の持つ力を直接的に借りることができる選ばれた人間がいる』という話があったが…」
「えっ、それって…もしかして…」
「うん、昔から神精は自分が気に入った人間を宿主として選び、憑依するんだよ。まあ、憑神が憑依するのと一緒だね。パートナーとして選ぶ、ってこと。神精に選ばれた人間は神の力を借りることができる他にも、人間の寿命を超越することができる。つまり、自動人形みたいに年をとらずに悠久の時間を生き続ける…不老の力を得るの」
「じゃあ鼎さんと冬一は……神精に憑依されてるっていうのかよ」
「そういうことぉ。神精に憑依された人間のことを『神クラス』っていうの」
「神クラス…」
鼎があの若さでクラウンという巨大組織を束ねる司令になったというのがとても信じられなかったが、神クラスという神に選ばれた存在なのだとしたら納得が行く。
さらに兄である副司令、冬一までもその神クラスとなれば…。神精に選ばれた人間が二人もトップを張っているのならクラウンの凄さがより一層際立つ。
二人は神クラスになった影響で年をとることがなくなり、自分達よりもずっと長い時を生きて来たということ。クラウンで会った時には全くそんなこと考えもしなかったし、言動も若者のものだった。
「アタシが死んでいた百年の間に、先生と冬一さんは今の姿の年齢で神クラスになったらしいの。だからあの年齢のままで老化が止まってるんだよ。神精の力によってね」
「なんだか…今までわたしが生きて来た世界と違うな…」
「ムキュ」
雪を膝に乗せたまま、ルーナは深い息を吐き出す。あまりにも超展開すぎて頭が追いつかない様子で、隣に座ったロギアは笑った。
「あはは、そりゃそうだね。だから説明が複雑って言ったんだ。ごめんねー!いつまでも言えなくて」
「このヘラヘラした顔で二百年前の人間とはな。その点はある意味信じられん」
「うるさいなぁ。ヘラヘラってなによ!」
早速ハザードの毒舌が復活し、ロギアはムッとして言い返す。こちらもジーザスと同じように仲はあまり良いとは言えない。その仲裁をしつつ、ルーナはあることに気が付いた。
「あれっ、ロギア…。鼎さんと冬一さんが神クラスっていうので、長生きしてることはわかったけど…ガイストさんは?」
「ああ、そういえばアイツも神クラスなのか?」
ガイスト・スタウロス。クリムゾンレッドの髪が特徴的なクラウン総隊長。クラウンのナンバー3で、鼎や冬一と対等な立場にあったあの男ももしや神クラスなのか。ルーナとジーザスはそう感じていたが、ロギアは複雑そうな表情をする。
「うーん、ちょっと違うんだよね。ただ、ガイストさんはすごく特別な事情があるの。…ごめんね、先生達との約束があって、これはアタシの口からは説明できないんだ。でも、今言えるのはガイストさんも普通の人間と違ってすごく長い時を生きてるってこと。先生達よりも、アタシよりもね」
「そ、そうなんだ…」
どうやらガイストにはさらなる秘密が隠されているらしい。正直なところ、今ここで新しい衝撃発言が出ても頭が追いつかないのである意味助かったかもしれない。いずれガイストのことも明かされるのだろうか。
そんなことを一堂が思っていた時。扉の先の廊下から凄まじい足音と聞き覚えのある声がした。
「ジ、ジーザァァァス!!たたたた大変だぁああ!!」
「!ムイ?」
それはジーザスの幼馴染、ムイの声。そういえば帰ってきた時、彼と彼の父シェンノの姿を見なかったが。ジーザスの呼びかけに対し、タイミングよくバン!と部屋の扉が開き、慌てた様子のムイが入ってきた。
「やばいんだよ!島に船が近付いてきてるんだが…ヴェルヌ警察の船なんだよ!!それも五隻も!!」
「!?何だって!?」
「!ヴェルヌ警察…もしかして、長官が!?」
ヴェルヌ警察がブリタナに向かってきている。目的は一つ。表向きは「ルーナの救出」、しかし真の目的は…「オズボーンファミリーの殲滅とルーナの誘拐」。ムイは息を荒げながら報告を続ける。
「俺と親父、アーロンさんの命令でブリタナ島の周りに近付く奴らがいないか、無線とか色々調べて探ってたんだよ。そしたらヴェルヌ警察の船の無線を傍受してよ!戦闘準備って言ってたから島の灯台から偵察したんだ。そしたらこっちに向かってくる船が五隻もあってよ!親父はアーロンさんとテルボロの叔父貴のところに報告してる!直ちに戦闘準備だってよ!!」
「ついに来やがったか…!」
ムイの報告にジーザスは思わず立ち上がり、焦った表情を見せる。黒幕であるネレイドがついに動いた。だが、ブリタナに向かってくるということは…街が戦場になってしまう。
「やばい…住民の避難が間に合わねえっ…。船の姿が確認できるってことは結構近くに来てるじゃねえかよ…!」
「!街の人達が巻き込まれちゃう…」
ルーナも青ざめたように呟く。自分にあんなに良くしてくれた人たちを見捨てることはできない。どうしたらいいのか。すると、ロギアがすくっとソファーから立ち上がり、勝気な笑みを浮かべた。
「ふふん!こういう時こそ、アタシの出番よ!」
「ロ、ロギア?」
突然、隣で立ち上がり、余裕そうな表情のロギアに戸惑うルーナ。そんなルーナを見下ろしながらロギアはニィッと笑った。
「困ってる人を助けるのもクラウンの役目だよ。ジーザス、島の人達を一箇所に集められるかな?」
「お、おお…島中にアナウンスをかけられるから、それで噴水広場に集まってもらえるだろうけど…」
「…じゃじゃ馬、何をするつもりだ」
「まあ任せなって!」
核心を言わないが、ロギアは住民達を避難させる何かアイデアがあるらしい。ジーザスもハザードもロギアの考えはわからない様子。ロギアは腰に手を当て、もう片方の手でピースをしながら言った。
「さあ、アタシ達の本気、見せてあげましょーかねぇ!!」
********************************
「長官、ブリタナに到着致しました」
「うむ」
ヴェルヌ警察の船がブリタナ島の港に到着したのは既に夜だった。陽は沈み、月が昇ってきている。ネレイドは五隻の船にご自慢の戦闘部隊を八十人ほど引き連れて来ていた。
ネレイド自らもブリタナにやって来たのは、刺客が次々と倒された今、信用できるのは自分自身だけだと考えていた。邪魔なオズボーンファミリーの始末は戦闘部隊に任せ、自分はルーナの確保を行う。その手には小さなキューブ型の装置が握られていた。それはネレイドの管理する研究チームが開発した体質能力を吸収し、体質者を拘束すると共に無力化する装置だ。
この装置は、表向きにはオズボーンファミリー唯一の体質者、テルボロ・ハーロックのエネルギーを奪い、無力化するためのものだったが、真の使用方法としては、ルーナ用だった。ルーナを捕らえるため、そして白雪計画の肝である魔導力兵器に注ぎ込むための装置。兵器の完成にはルーナの体質能力が必要不可欠だったのだ。
船には刑事課の刑事達も連れてきてはいるが、それは「誘拐された刑事の救出のため」だけに同行させたに過ぎない。本人達はルーナを救おうと緊張した面持ちながら気合いを入れているが、どうせ戦いの中ですぐ死ぬだろう。ネレイドは最初から刑事達をここで死なせる気でいた。
魔導力兵器を見られたら面倒なので口封じだ。だが、一応名目上、本部への連絡もさせなければいけないため、最後の最後まで生かしておく。ルーナを確保し、オズボーンファミリーが全滅したら一人残らず殺すつもりでいる。
ルーナの父親で刑事課課長のジムは自らも着いて行きたがったが、課長としての立場や、後々のこともあってヴェルヌ本土に留まらせた。最終的にルーナを兵器のエネルギー源として利用した後は、ジムには「娘は殺されていた」と伝え、絶望させる予定だ。
そしてオズボーンファミリーという存在。
以前から世界各地で邪魔な活動をしてきて、直接的には関わってこなかったが、彼らの行動が間接的にネレイドの思惑を邪魔したこともあった。
それが、ちょうど良いタイミングで、オズボーンファミリーの息子がヴェルヌの女刑事…しかもジム・グレイシアの娘と関わり、ブリタナに連れて行ってくれたおかげで良い動機ができた。
目障りなオズボーンファミリーを殲滅させることができると同時にルーナを兵器に転用できるのだから。
(そう…ルーナ・グレイシアを我が最高の兵器のエネルギーとし…ジム・グレイシアを絶望させる…その親子の顔が楽しみだ…)
ジムとネレイドは警察学校時代からの友人であった。
ネレイドは出世街道を歩み、ジムは現場にこだわった。ネレイドが長官になってもジムとは友情を深めていたが…そう思っていたのはジムの方だけだったのだ。ネレイド自身は警察学校の頃からジムを内心で見下し、現場の刑事との繋がりを持つためだけに利用し続けていた。
さらに言えば、ネレイドは警察に入ってから裏で犯罪者と手を組み、暗躍する裏の顔を持っていた。全ては自分の出世のためだけに、あらゆる犯罪に関与し、都合が悪くなると犯罪者を殺させて事実を隠蔽する。
そしてジムが刑事として捜査してきた事件も犯人を隠したり、証拠の捏造や隠蔽など、裏で手を回し、妨害し続けてきた。最終的には犯人を殺したり、無罪にさせるなど、ジムを絶望させてきた男…それがネレイド・デルスフィアの本性だった。
今度は、彼の娘ルーナを利用し、親子共々絶望の底へ叩き落そうとしている…。
体質者を使った禁忌の強大な力を手に入れることも、兵器を恐れる諸外国からの畏怖と莫大な金、ジムを陥れることも、すべてが叶う。
「…いいかね、戦闘部隊の諸君。住民もろとも、オズボーンファミリーを抹殺したまえ。所詮は訳ありの連中だ。オズボーンファミリーを慕い、その領地に住む以上、犯罪者も同然…。オズボーンファミリーを完全なる犯罪者としてこの世から消す。だが…白い肌に金髪、青の瞳の若い娘…ルーナ・グレイシアだけは生かして捕らえる。そしてこの装置で体質能力を吸収し…そのまま兵器に流し込む」
「はっ!」
ネレイドは同じ船に乗っていた黒服の戦闘部隊を見渡しながら宣言した。
彼らはネレイド直轄の忠実な部隊で、目的のためであれば手段を選ばない。ネレイドにのみ従い、彼を崇拝する、一種のカルト集団のようなものだ。だが、その武力は随一で、ネレイドのために犯罪者達を始末してきたのは彼らだ。いわゆる暗殺者。今回の作戦でも、オズボーンファミリー、刑事達を抹殺する任務を担っていた。
そして、ついにネレイド達はブリタナに降り立つ。刑事達も銃を携帯し、あたりを警戒する。同時に刑事達よりも前に出たのは黒服のネレイド直轄の戦闘部隊。それぞれが小型のサブマシンガンを装備し、構えている。刑事達の持つ拳銃とは訳が違う。一同は港に降りたのだが…同時に何か違和感を感じていた。
「…ちょ、長官。人が…誰もいません」
「……明かりが灯っていない」
刑事のうちの一人が異変をネレイドに伝え、ネレイド自身も小さく呟いた。港からはブリタナの街と、丘の上に建つオズボーンファミリーの屋敷、そこへ至る道が見える。中央には噴水のある広場も見えたが…島全体、人の気配がない。街灯は灯っているが、民家や商店など、この時間帯であれば明かりが灯っているであろう建物は皆真っ暗なのだ。道を歩く人影もなく、それが違和感を醸し出していた。
「誰もいないのは…おかしいです。長官、これは一体…」
「構わん。とにかくオズボーンファミリーの屋敷へ向かえ」
もしや待ち伏せか。しかしネレイドの目的は住民よりもオズボーンファミリー邸にある。おそらくあそこにルーナもいるのだろうと。戦闘部隊を指揮し、屋敷へ向かわせる。そして刑事達の方を見ると冷たい口調で言い放つ。
「我々はオズボーンファミリーを殲滅する。君らは…このあたりで住民でも捜索しているがいい」
「そんな!我々もルーナの救出に…」
「くどい!さっさと住民を探せ!」
ネレイドにとって刑事達はどうでもいい存在。どうせ後で殺すのだから。刑事達はその気迫に何も言えず、その間にネレイドは屋敷へ走って行った。
屋敷に近付いたネレイドと戦闘部隊だったが、ここも屋敷に明かりは灯っていない。門と庭にある街灯だけが光っている。
「長官、潜入します」
「ああ。オズボーンファミリー関係者は全員殺せ」
「はっ!」
戦闘部隊の先行として五人ほどが屋敷に近付き、扉のまわりに集まる。一人が扉に手をかけ、残りのメンバーがサブマシンガンをぐっと握る。中に誰がいてもすぐ撃てるように。そして扉が開かれた瞬間…。
突然、扉の奥から氷で出来た、「巨大な握り拳」が勢いよく現れ、扉の向かいにいた三人の戦闘部隊が吹っ飛ばされた!
「うわああああぁぁぁ!?」
「ぐあああああ!!!」
「なっ…!」
突然の事態にネレイドも戦闘部隊も全員驚く。何故、突然氷が。だが、ネレイドには瞬時にわかった。その能力は間違いなく…。
(氷麗の………体質能力…!)
だとしたら、この攻撃を仕掛けてきたのは…。
「ナイスだよ、ルーナ!」
「ぐわっ!」
突然、ネレイドの後方で明るい女の声と、戦闘部隊の悲鳴が聞こえ、ネレイドは振り返る。そこには、青い髪の女…ロギアが戦闘部隊を蒼月で斬り捨てていた。血が流れていないところを見ると峰打ちのようだ。
「いらっしゃぁーい。待ってたよ、黒幕さん!!」
そのロギアの言葉と共に屋敷の窓からオズボーンファミリーの構成員達が一斉に飛び出してきて戦闘部隊に向かっていく。隙を突かれた特殊部隊は一気に乱れた。
「貴様はオズボーンファミリーの犬か。小娘」
「そういうアンタはヴェルヌ警察長官、ネレイド・デルスフィアだね?」
カーキ色の服を着た特殊部隊の中、一人だけ立派なスーツを着た男ということもあるが、先程ルーナに顔を確認してもらい、この男がネレイドだと確信していた。
そして拳の形をした氷が解けていくと、その扉の中からも黒服達が走って出てくる。その中にはジーザスとハザード、ルーナもいた。
「テメェか!ヴェルヌの長官…黒幕は!」
「…大人しく負けを認めろ」
ジーザスとハザードがそれぞれ刀を構えてネレイドを見た。二人の後ろでルーナはネレイドの姿を見て震えながら呼びかける。
「ちょ、長官…!本当に、あなたが…!」
「ああ、そこにいたのか。ルーナ巡査。……いや、我が兵器のエネルギー源よ」
「っ……やっぱり…あなたが黒幕、なんですね…!」
ルーナはギリギリまで完全に信じられなかった。父の友人で、警察のトップであるネレイドが黒幕ということを、信じたくなかった。だが…今の言葉でわかった。
彼が黒幕であるということ。それが悲しくて、ルーナは泣きそうな表情になる。それを見たジーザスは強くネレイドを睨み、宣戦布告した。
「テメェっ…よくも!俺達を嵌めて、ルーナの信じる気持ちまで裏切りやがって!テメェは必ず俺がたたっ斬る!!」
ブリタナの島内で起こった衝突戦は夜が更けると共にその勢いを増していくことになる。
25.ブリタナ衝突戦 開始の夜
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