「おっ。ルーナちゃん、ロギアちゃん。今日も可愛いねぇ~!」
「こんにちはぁー」
「ごきげんよう。リンゴ、五つくださいな」
「ムッキュ!」
ここはブリタナの市場。国内外から青果を扱う店の中年主人が笑顔を向けるのは、オズボーンファミリーに滞在するロギアとルーナ、それにルーナの肩に乗る
雪だった。二人は揃って買い物に来たらしい。
ブリタナの街中で起きたヴェルヌ警察戦闘部隊との戦いから既に三ヶ月が経過していた。一時、ジャポンのキョウに避難していた住民達は街に戻り、オズボーンファミリー全面負担によって街を修理し直して元の生活に戻っている。
住民達は既に、ルーナを狙い、体質者を使った兵器で世界を支配しようとしていた先の事件の黒幕ネレイドのことも全て聞いており、ルーナやロギア、そしてハザードのことも知っていた。特にロギアはその
治癒の体質能力で、医者として街の人々の診察も行うようになっており、親近感のある存在になりつつある。ルーナもよく街に出て、ジーザスやロギアと散歩や買い物を楽しんでいるので街の人々と交流があった。ハザードのことは「オズボーンファミリーに居る、なんだかとても偉い博士」という噂は聞いているが、本人はあまりオズボーンファミリー邸の外に出てこないのであまりよくわかっていないようだ。
あれからルーナは警察を退職したいと申し出たが、新たに警察長官となったロイ・デイヴィスからそれを引き止められた。彼はネレイドとは全く違う良心的な人物で、ネレイド支配時には彼の部下であり、以前からネレイドの悪事の証拠を掴もうと動いていた。そんな折に今回の事件でネレイドの悪事が暴かれ、周りの支持もあって長官に就任したが、彼はルーナの功績を認め、彼女の退職を一時預かり、「休職」という扱いにした。
その為、現在のルーナは刑事ではないが、彼女が望むのであればいつでも復職できる状態で、ルーナ本人は一応「元刑事」と名乗っている。
「はいよ、リンゴな!新鮮なのが揃ってるぜ。これだけ買うってことは料理にでも使うのかい?」
「うん!あのね、ルーナがアップルパイ作ってくれるんだって~!」
「へえ、アップルパイ!ルーナちゃん、料理得意なんだねぇ」
「わ、わたしの専門はスイーツだけなんで…」
目を輝かせたロギアが店の主人に話し、恥ずかしそうにルーナは手をぶんぶんと振る。けして不器用な訳ではないが、ルーナはスイーツ作りが趣味の一つで、本格的な料理はあまり得意とは言えないようだ。
「ルーナのアップルパイ、楽しみ~」
「キュ~」
「あはは…」
よだれを垂らすロギアと雪に苦笑いするルーナ。雪も人間と同じものが食べられる性質なので、ルーナのアップルパイを食べる気満々だ。
「そうそう、ところでジーザス坊ちゃん…おっと、ボスだったな。ボスは相変わらず、ハザード博士にしごかれているのかい?」
「はい…毎日、剣の鍛錬頑張ってます。それと、ボスとしての業務とかもあって…大変そうですよ」
「うーん、ボスと相談役だもんねぇ。それにハザードは外部からの新入りだから、ブリタナのこととかオズボーンファミリーとのこととか結構学ぶことも多そうだし」
店主の問いかけに苦笑いしながら答えるルーナとロギア。
「よーし、じゃあボスと博士にも美味しいアップルパイ作ってやりな!リンゴ、あと三つオマケしちゃおう!」
「わあっ、いいんですか?ありがとうございます!」
「やったー!!」
「ムキュー!」
そして、こちらはオズボーンファミリー邸の中庭。ジーザスとハザードはオズボーンファミリーの業務の間で剣の鍛錬をしていた。ジーザスは当初より剣の腕前は上がったものの、ハザードから見ればまだまだヒヨッ子レベル。
「はぁっ!今日こそお前から一本取ってやる!」
「貴様如きに一本でも取られたら俺は切腹する」
「ふざけんな、テメェ!」
カツン!カツン!と高い音が響き合う。ジーザスとハザードの持つ竹刀が何度もぶつかる音。ジーザスはハザードに果敢に向かっていくが、ハザードはジーザスの動きを見越したように防いでいる。
「そのすました顔、今日こそギッタギタにしてやらぁ!!」
「そら、そこに隙が出来てるぞ」
「ぐえッ!」
ハザードを攻めることで必死だったジーザスは、ハザードのたった一撃の突きで脇腹をやられ、あっという間に倒れ込んでしまった。かなり痛いようで脇腹を押さえて顔を歪めている。
「痛っ………てェ…」
「フン。他愛も無い」
「テメェ~…」
見下すような視線のハザードを下から見上げ、睨みつけるジーザス。すると、パタパタと足音が聞こえてきた。
「ジーザス!ハザード!頑張ってるね」
「ヤッホー!」
「キュー!ムキュー!」
「!ルーナ!ロギア!雪!」
パッと表情が明るくなるジーザス。見れば、屋敷から通じる中庭の隣にある廊下にルーナとロギアが歩いてきていた。二人の手にはリンゴが入った紙袋が抱えられている。
「リンゴ、買えたのか」
「うん。オマケももらっちゃった。これからアップルパイ作るから、ジーザスとハザードも食べてね」
「ふふふ~楽しみぃ」
「キュー…」
ルーナの隣ではロギアと雪が既にヨダレを垂らして未来のアップルパイを妄想している。ジーザスとハザードも二人の登場で一息つくことになったようで、二人の方へ寄って来た…その時だった。
ピピッという電子音が響き、一同は互いに顔を見合わせる。誰かの
小型電素通信機の通知だとすぐにわかった。
「あっ、アタシのー」
ロギアは上着のポケットから手のひらサイズで赤いボディの
小型電素通信機を取り出した。ロギアの
小型電素通信機はクラウン本部から支給されたものだと前に聞いた覚えがある。
ロギアの
小型電素通信機には液晶画面が表示されていて、何やら文字が表示されている。
「クラウンの遊撃部隊から連絡だ。特務の仕事の依頼だよ」
「クラウンのお仕事?」
隣のルーナが液晶画面を覗き込む。ロギアはオズボーンファミリーとクラウンの仕事を兼任しているが、今回こうして、オズボーンファミリーに来てからロギアに対し、クラウンの仕事が来たのは実は初めてだった。クラウンの方で気を使ってロギアに仕事を回さなかったのか、それともただ単に特務が動くような仕事が無かったのか。
とにかく、今こうして正式にロギアに特務部隊としての仕事がロギアに与えられた。
「うん、遊撃部隊は世界各地で体質者関連で異変が無いか見回ってくれてる部隊でね、簡単な事件や事故なら対応するけど…アタシのところに来たってことは結構大きい事件っぽい。何々……『ミュゼールで起きた殺人事件の犯人が体質者である痕跡を確認した。犯人は世界的に暗躍している謎の殺し屋組織らしい。その殺し屋組織から、ミュゼールの貴族に令嬢を誘拐するという内容の脅迫状が届いた。直ちに現場へ向かい、貴族の保護と事を事件の捜査をし、犯人を逮捕せよ』…あー、確かにそんな情報、聞いたことあるなぁ」
「ミュゼールの殺人事件?」
「うん、アタシの裏情報ルートでも話は入ってきてたんだけど、何年か前から世界で暗躍してる殺し屋がいるらしいんだ。しかも、被害者は全員、犯罪者だって話だよ。通称…『裏世界の番人』」
「ば、番人?」
妙な呼称だ。裏世界ではよく正体不明の刺客や犯罪者を、その言動や容姿から仮の名前で呼ぶことはあるが、今回の殺し屋組織もそうなのだろう。それにしても、番人というのはどういう意味だろうかとジーザスは困惑した表情を見せる。
「狙われるのは必ず、犯罪を犯しているのに無実になったり、逃げ続けている犯罪者。そんな奴らを『裁く』ようにして殺すことから、裏世界の闇の正義…犯罪を取り締まる番人のようだ、ってことらしいけど」
「闇の…正義…」
ルーナが何かを感じたように手を握り、胸に置く。以前、ルーナはオズボーンファミリーと出会ったことで「正義」を改めて考えさせられた。今回の「番人」がしていることは…確かに犯罪だ。だが、ターゲットは犯罪者。彼らの起こした事件で苦しんだ人がいる。その人達のことを思うと、番人のことを一概に責められない気がした。
ロギアは軽く溜め息をつきながら、小型通信機の画面をスクロールしていき、情報を見ながら言った。
「番人は、罪人に恨みを持つ人から依頼を受け、金と引き換えに暗殺を実行する。何でも、番人と仲介してくれる人間がいるらしく、依頼主は最後まで番人の素性を知ることはないし、依頼する時に契約を結ばされるらしいよ。『番人、仲介人に関することは一切口外しない』っていうね」
「…っていう情報が流れてる時点で口外してんじゃねえか、それ」
「ほら、仲介人がどこの誰か、とかは明かしてないでしょ。依頼主のほとんどが、家族や大事な人を殺されたり、大事なものを奪われたりといった、その犯人に対して深い恨みを抱いている連中らしい。彼らからしたら、仇を討ってくれる番人は恩人に等しい。だから彼らのことは一切話さないんだ。どうやら番人も、依頼主が信用に値するか調べて引き受けるかどうか決めてるみたいだし。互いに信頼し合ってるってことかな」
「成程な…」
ジーザスは顎に手を当てて考えた。確かに殺しの依頼はどちらかが裏切れば成立しない。それにロギアが言った通り、自分が殺したいほど憎む仇がいれば、そしてその仇を討ってくれる相手がいるなら、感謝すべき存在だろう。
万が一、情報を口外したとしても、仲介人にしか会っていない状態だから、最悪は仲介人の正体がバレるだけで済む。肝心の番人の正体は不明なままだ。
まあ、殺し屋ということだから、仲介人の正体をバラしただけでも依頼主は番人によって始末される可能性も高い訳だが…。
「まぁ、まさか、犯人が体質者だったとは知らなかったけどね。しかもそんな事件に加えて貴族に脅迫状まで届いちゃうとは…只事じゃなくなってきたね」
「……犯罪者を殺す…体質者の殺し屋、か」
ロギアの話にジーザスは首を傾げ、ハザードは考え込む。彼も体質能力の科学者として、犯罪を犯す体質者のことは気になるらしい。
「ミュゼールといえば、偉大なる国王一族と、多くの貴族がたくさん住む華の王国。そんな国で殺人事件なんて血生臭いよね。ま、その貴族のお金とか資産とかを狙って脅迫状まで出したのかもしれないけど」
「やだ…怖いね…」
「で、その殺人事件をロギアに捜査してほしいって?」
少し怯えるルーナの側にさりげなく寄ったジーザスがロギアに尋ねる。
「うん、しかも冬一さんから名指しだったみたい。…あともう一つ。ジーザス達にも手伝って欲しいって」
「えっ!?俺達にも?」
「犯人がどれくらいの人数なのかわからないしね。大人数だったら人手がいるから。それにオズボーンファミリーはクラウンと協定を結んでるから、是非そうしてくれって」
にこやかに言うロギア。ジーザスとルーナは驚きの表情を浮かべ、ハザードは疲れた顔で溜息を一つ。
「ハァ……体質者の事件か。面倒なことを…」
「とか言いつつ、体質能力の研究者のアンタなら見過ごせないでしょ」
「黙れ、じゃじゃ馬が」
「あぁ!?もういっぺん言ってみなさいよ、陰険眼鏡!」
「もう!今度はロギアと…」
今度はロギアとハザードの口喧嘩が始まり、ルーナとジーザスは呆れ顔。ロギアは最初からハザードも乗ってくると思っていたのだろうが、ハザードはそれを認めたくないらしい。ルーナが二人を仲裁しつつ、ジーザスはこれからのことを考えていた。
(確かにクラウンとは協定を結んで、何かあったら協力しようってことにはなってるけど……そっか、こういう風にクラウンの手伝いをするってこともあるんだよな。勿論、こっちが困ってたらあっちが助けてくれるっていう関係だけど…。それにしても犯罪者だけを殺す体質者の殺人犯…このままほっとくとまずそうだ…)
オズボーンファミリーの信条である「人を守る」ということはクラウンの活動目的とも重なる。
だが、今回の事件の犯人が狙っているのは犯罪者だけというのも気になっていた。何か、犯罪者に恨みがあってそんな活動をしているのだろうか?一体、何者なのか。ジーザスは個人的にもそれが気になり始めていた。
「…よっし!ロギア、その事件、一緒に調べようぜ」
「おーし!ボスの許可はもらったし!ルーナはどうする?」
「ど、どうするって…勿論、わたしも一緒に行くよ!」
「ルーナは屋敷に残ってた方がいいだろ。殺人の捜査に、脅迫状まで届いてる事件なんて危ないし…もし、ルーナに何かあったら…」
ジーザスはルーナの身の安全のため、連れて行く気は無かったらしいが、ルーナ自身は着いて行く気満々らしい。むしろルーナは意外そうに驚いている。
「わたしだって体質者の端くれなんだよ!同じ体質者がそんな事件を起こしてるなら捕まえたいし……何より!貴族のお嬢様が狙われているんでしょ?きっと、そのお嬢様、すごく怖がってると思う…。わたし、同じ女の子として、守りたいよ!ねっ、ロギア!」
「よーく言ったね、ルーナ!勿論、アタシも女だし、同じ気持ちだよ。一緒に守ろう。お嬢様のこと」
「うん!」
「はぁ……仕方無いな…」
ジーザスは頭を掻き、ルーナも同行することを受け入れた。元々、ルーナがわりと頑固気味なのはわかっている。それに、ルーナの
氷麗の体質能力が役に立つだろう。本当は無理して戦わせたくはないが…。
「ミュゼールの貴族とやらの屋敷はわかってるんだろうな、じゃじゃ馬」
「勿論よ。ちゃんと地図も来てるし。さあ、準備して!早速話を聞きに行くよ。今回の依頼主、ロックハート公爵のところにさ!」
ロギアは
小型電素通信機の液晶画面に表示された名前を読み上げた。新生オズボーンファミリーとしての初めての大仕事である。
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ミュゼールはヴェルヌ南に位置する王国で、建国当時から現在まで貴族制度が色濃く残る国である。
世界でも屈指の美しい文化の国で、王都ティアヒルムは「光の都」と呼ばれるほどの美しさを誇る。中でも目を引くのは王族の住む王宮や貴族の屋敷、別荘地などの建築様式であった。「ミュゼール建築」と呼ばれ、細かな装飾や天を衝くような塔、まさに中世から残り、現在でも新たに建築される建物は皆、昔からの様式に則って造られる。貴族の街そのものが文化遺産となっているようなところだった。
王族ラインハルト家が代々国王として君臨し、その下に数多くの貴族の一族が名を連ね、王族に近い、または王族と親しいほど貴族としてのランクが上がり、大まかに「上級貴族」「中級貴族」「下級貴族」と分かれ、貴族社会の間でも人間関係などに深く影響していた。
国民の三分の一が貴族だとも言われているが、勿論、一般市民も多く居て、その大半が貴族の使用人として就職していた。一般市民にとって「貴族の使用人」という職業は憧れの的であり、一種のステータスでもあった。その一番の理由は高い給金。他の職業の二、三倍は賃金が高く、仕える主人が上級貴族であればあるほど値上がりする。だからこそ人々は必死に使用人の枠を狙って切磋琢磨していた。
だが、そんな華々しいミュゼールにも闇はある。一般市民より下、貧民と呼ばれる存在も数少ない訳ではなかった。金も地位も無く、チンピラや娼婦などが住まう裏街という場所もある。そんな彼らにとって光り輝くような貴族の存在は嫉ましく、時には憎悪の対象になることもあった。彼らのうち、一部は裏社会に生き、暗躍している者もいるという。だが、そんな闇はほとんどが王族と貴族の光によって隠され、外国には伝わらないことの方が多い。
「……お、…大きい……」
「…ウチの門の二倍くらいデカい…」
そんなミュゼールの王都、ティアヒルムから南西に位置する貴族の別荘地、ナイトフィール。ここは貴族の別宅がいくつか建ち並ぶ、王都に次ぐ華やかな街だ。
ジーザス達はその街の中心地に建つ、一軒の大きな屋敷の前に呆然と立ち尽くしていた。貴族の屋敷というより最早、城。巨大な門の向こうに見えるのは絵に描いたような、中世の建物。そのまわりには広い庭と噴水が見える。オズボーンファミリー邸も所謂「お屋敷」ではあるが、それよりも遥かに大きいし、目の前の貴族の屋敷はどこか神殿のような神々しさも漂わせている。マフィアの屋敷と、貴族の屋敷の違いが明確にあった。
ルーナはその大きな屋敷に圧倒され、ジーザスも自分の屋敷との差を感じて唖然としていた。
しかし、クラウンの高い塔で見慣れているのか、ロギアは屋敷を見上げて「へえー」とだけ言い、ハザードはあまり興味が無いらしくいつもと変わらぬ平然とした表情。
ちなみに今回、憑神の雪はクラウン本部に預けられている。というのも、雪はまだ幼く、ふとしたことで体調や能力値が変化することがあるらしい。その検査も兼ねて一時的に預けられることになって、現在はルーナの側にはいない。
そんな中、妙にソワソワしたルーナがロギアに話しかける。
「ね、ねえロギア。今になって思ったんだけど…依頼主の貴族って…こ、公爵って言ったよね?」
「うん、ゼウス・ロックハート公爵だね」
「公爵って…確か、ミュゼールの貴族で一番上の爵位だよね!?ってことはこのお屋敷の中にいるのはとっても偉い人ってこと…?」
「あー、そうなるね。えっ、なに、ルーナ。緊張してる?」
「そりゃ緊張だってするよ!わ、わたし、貴族の人なんて会ったことも無いのに、いきなりそんな偉い人なんて…」
ミュゼールの貴族には「爵位」と呼ばれる称号がある。その称号によって貴族の偉さが決まるのだが、中でも今回の依頼主の「公爵」は最高ランクの爵位だった。
「へーきへーき。貴族っていっても同じ人間なんだから」
「何か機嫌を損ねるようなことを言って怒らせちゃったりしたら…」
「だ、大丈夫だってルーナ!何かあっても俺が守るから!」
さりげなくジーザスがルーナに言いかけた時、「リーン」という涼やかな音が響き、三人はハッと音のなった方向を向いた。ハザードがさっさと門に掛かっている呼び出し用であろう鈴から下がる紐を引いている。
この音でジーザスの先程の告白じみた宣言はかき消えたらしい。
(コ、コイツ…!わざと俺の言葉に被せたな!)
「ちょ、ちょっとハザード!早いよー!」
「…相手が待っているだろう。呆気に取られるのは中に入ってからでも遅くない」
相変わらずルーナに優しいハザード。口調が柔らかい。おそらく、これがジーザスかロギアであれば「黙れ、これくらいでいちいち驚いていたらこの先どれだけ驚くことになるんだ、バカが」くらいは言っていただろう、とジーザスとロギアは思っていた。
すると、屋敷の正面扉が開き、中年の執事が現れた。そして門に近付くとこちらに話しかけてくる。
「…どちら様でしょうか」
「能力統制情報管理協会トリニティ・クラウンの特務部隊隊長、ロギア・デュークスです。こちらの旦那様から依頼を受けて参りました」
やたらときびきびした口調でロギアが前に出て門越しに執事に自己紹介をして上着の腕に付いている、クラウンの紋章が描かれた腕章を見せた。そこでジーザスはふと何かの違和感を感じた。
(…?何だろう…)
だが、その違和感が何かはよくわからないまま、執事は門を開き、彼らを招き入れた。
「…お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
執事はジーザス達を連れ、屋敷の扉を開く。そこでさらにジーザス達は息を飲んだ。
白を基調とした美しい内装。入ってすぐに目が行くのは正面の壁に広がる巨大なステンドグラス。天使が戯れている絵柄で、外の光を受けて美しく輝き、玄関ロビーに光を取り込んでいる。まわりも、外観に似合ったミュゼール様式の豪邸で、ところどころに高そうな絵画や壺などが飾られ、おまけに天井には豪華なシャンデリア。本当にイメージ通りの「貴族の屋敷」そのままだ。
「うっ……わぁあああ…す、すごい…きれい…!」
貴族の屋敷というものに初めて入ったルーナは目を輝かせてステンドグラスを見上げていた。これが一般的な反応だろう。
だが、そんなルーナの反応に特に対応せず、執事はさっさと玄関ロビーから右に曲がった廊下へ歩き出してしまい、慌ててジーザス達も後を付いていく。その途中で、廊下を歩く他の執事やメイドとすれ違った。彼らはジーザス達を見ると、歩みを止めて頭を下げ、通り過ぎるまでずっとその場に立って待機していた。ジーザスはふと、通り過ぎた自分と同年代くらいの若い青年執事を見るが、彼もまた目線を合わさず、黙っている。そんな執事やメイド達を見てジーザスはようやく先程の違和感に気付いた。
(…そうか。…ここの使用人、全員…なーんか妙に無表情すぎるような気がするんだなぁ)
そう、今案内してくれている執事も、他の使用人達も、やたらと無表情なのだ。声色も淡々としているし、先程ルーナが玄関に入って内装に見とれていたのも無視し、特に言葉を発すること無く、この屋敷の主人のもとへ道案内を始めた。
普通であれば、客人が内装に見とれてでもいたら、ちょっとした解説であったり、そうでなくても笑顔や感謝の言葉の一つでも投げるだろうに。特に、これほどの大きな屋敷の使用人であれば、客人への振る舞いは一流のはずだ。なのに、この執事はルーナに目もくれなかった。それが違和感の理由。
(まあ…ただ単に無愛想なだけかな…使用人…全員が…?)
そんなことありえるのだろうか。すると、ジーザスの視界に、廊下の窓から見える庭が見えた。庭も色とりどりの花や緑豊かな草木が溢れ、立派な庭園のようだ。庭にはおそらく庭師であろう男性が居て、こちらを見つめている。フードを被り、顔は見えないが、客人であるジーザス達に興味があるのか、それとも警戒しているのか。
さらに庭の先には黒塗りの高級車が置いてある。ミュゼールでは未だに馬車も使用されているが、最近では車も普及してきた。この屋敷でも車で移動するのだろう。車の中には運転手らしき人影が見えるが、その人影もこちらを見つめているように見える。
よっぽど自分達は怪しく見えるのか…?等と思いながら窓の外を見ていたが、先頭を歩く執事が大きな扉の前で足を止め、ハッと我に帰る。
「こちらで旦那様がお待ちです。どうぞ中へ」
「!は、はい」
「い、いよいよだね」
相変わらず感情の無いような、それでいて生真面目な執事の声に思わずジーザスは声が上擦り、ルーナはこの豪邸の主人と対面するということで緊張しているようだった。そんなルーナの肩に手を置いてロギアは微笑む。
「大丈夫だよ、ルーナ。ほら深呼吸」
「…すー…はー…すー…はー…」
「さっさと行くぞ」
やはりハザードには緊張というものは無いらしい。先頭を切って扉を開き、ジーザス達もそれに続いた。
中は思っていたよりも広い部屋で、とにかく天井が高い。大きな窓から陽の光が差し込み、部屋全体が明るかった。
そして、部屋の中央には高そうなテーブルをソファーが囲み、その一つに老紳士が座っていた。その傍らにはベージュの髪の若い青年が立っている。
「ようこそいらっしゃいました。さあ、どうぞこちらへ」
老紳士はジーザス達に気付くと、穏やかそうに笑って自分の向かいのソファーに向かって手を向けた。とても優しそうな人物。ルーナも緊張が解け、ほっと微笑んでいる。
ジーザス達は示された通り、ソファーに座ると同時にメイドが入ってきて人数分の紅茶をそれぞれの目の前に置いた。やはり彼女も無表情で、まるで人形のようだった。よくよく見れば、紅茶が注がれたティーカップは物凄く高そうな品だ。取っ手は金の装飾、本体には美しいバラの絵が描かれている。このティーカップ一つでいくらになるんだろう…と、庶民派なルーナはふと考えてしまった。
「本日はお忙しい中お越し頂き、誠にありがとうございます。私が依頼をしました、ゼウス・ロックハートと申します。こちらは秘書のクリス・ミッドナイト。どうぞお見知りおきを」
老紳士−−ゼウス・ロックハートはにこやかに笑い、自身と側に立つ秘書の青年の紹介をした。
依頼主のロックハートは、白髪に、同じ色の口と顎に生える立派な髭、クリーム色の清廉な貴族らしいスーツ姿。年は六十代くらいだろうか。温和な貴族の老紳士、という言葉がぴったり当てはまる。
そんなロックハートに紹介され、秘書の青年−−クリスも小さく笑みを浮かべて頭を下げた。明るいベージュ色の短髪が特徴的な、二十代くらいの若者。ジーザスと同年代か、それより少し下くらいの年頃の青年だが、かなり整った顔立ちで優しげな印象を受ける。ヴェルヌで流行りの歌手や俳優の中にいてもおかしくないくらいの、所謂「イケメン」だ。王子様タイプの顔立ちというやつだろうか。貴族の秘書よりも向いている仕事があるような気もする。そんな彼は手に茶色の革のカバーが特徴的な手帳を持っているのが目に入った。
次にロギアが口を開いた。
「初めまして。アタシはクラウンの特務部隊隊長、ロギア・デュークスです。この人達はクラウンと協力関係にあるオズボーンファミリーの関係者でして。今回の一件を共に捜査してくれます」
ロギアから紹介を受け、ジーザスから名乗り出す。そういえばオズボーンファミリーのボスを継いでからジーザスが他者に名乗るのはこれが初めてのことである。
「オズボーンファミリーのボス、ジーザス・オズボーンです」
「…ハザード・ディザリウスと申します」
「あ…わ、わたしはルーナ・グレイシアといいます!オズボーンファミリーに滞在しています」
それぞれが自己紹介を終えると、ロックハートは少し驚いた表情になる。
「!…オズボーンファミリーの方ですか。先日、ヴェルヌ警察の陰謀を暴いたという…」
「し、知ってたんですか?俺達のこと」
「ええ。かねてより、あなた方のお噂は聞いておりました。なんせ、これでも私の元には情報が流れてくることも多いもので。オズボーンファミリーが凶悪犯などという偽りの情報を信じる者も多かった。ですが私はあなた方の真実の行いを信じておりました故、先日の一件は非常に喜ばしいことだと思っておりました」
(この人は…前から知ってたのか。俺達の本当のことを…)
ジーザスはロックハートの言葉に衝撃を受けた。どうやらロックハートはブリタナ衝突戦の以前からオズボーンファミリーの活動を知っていたようだ。
「それで…早速ですけど、脅迫状っていうのは?」
「こちらです」
ロギアの問いかけで、初めて秘書のクリスが口を開く。手に持っていた茶色いカバーの手帳を開くと、そこから黒い封筒を取り出し、ロギアに渡した。
ロギアが早速封筒を開き、中に入っていた一枚の紙を取り出すとジーザス達はそれを覗き込む。
そこには黒いインク、おそらく羽根ペンの筆記体で、短く、こう書かれていた。
『十一月四日の夜十二時、貴殿のご息女の身柄を頂きに参ります。外部に助けを求めても構いません。我らの力の前では無力でしょうが、せいぜい足掻くと良いでしょう。
−−裏世界の番人』
その文章は不可解で不気味なものだった。ロギアは真剣な表情で文面を見つめ、ジーザスとルーナは困惑し、ハザードは何かを考え込んでいた。
「あの……この『裏世界の番人』っていうのが…例の殺し屋なんですよね…」
「巷で噂になっている罪人のみを狙う殺し屋組織です。誰が呼んだかわかりませんが…そう呼ばれていますね」
「確かにクラウンの調査によると、彼らを知る人間はそう呼んでいるみたい。…ロックハート公爵、でもおかしいですよね。彼らは殺人しか犯さない。それも、犯罪者にしか手を出さないのに…どうしてあなたの娘さんを誘拐しようとしているのか…」
「それは…おそらく私のやっている事業に関することでしょう。実は私、世界でいくつか不動産に携わる事業を行っておりまして。その中で、土地の権利を巡り、トラブルになることもありましたから…もしかしたら、それが『犯罪』と認識されたのかもしれません。勿論、違法なことはしていませんよ」
ロックハートはロギアにそう説明した。確かにこれだけの屋敷を維持するには金が必要。となれば、その資金源があるはずだったが、ロックハートの場合は不動産事業らしい。ミュゼールの貴族は勿論、歴代貴族の一族として十分な資産を親の代から受け継いできてはいるが、資産や財産は使えば使うほど無くなっていくものだ。
そのため、事業に手を付ける貴族も珍しくないが、その場合ほとんど自分では動かず、秘書や使用人などを仲介して現場の者に指示を出すポジションで、自分は動かずに金を懐に入れていくスタイルだ。
「じゃあ誤解で狙われてるってこと…?そんなの…」
ルーナが悲しそうに言うが、ようやくそこでハザードが声を発する。
「…あなたがたが犯罪を犯しているにしろ、そうでないにしろ。…今回に限って『殺人』ではなく『誘拐』というのが気になる。それにターゲットがあなたの…娘というのも」
ハザードは鷹のように鋭い瞳でロックハートを見据えた。
「…それが私にもわからないのです。確かに、番人は今まで犯罪者本人を裁いてきました。それが、何故今回に限り異例だらけなのか。…お願いします。どうか、私の娘を守り、番人を暴いて下さい」
「…わかりました。今回、アタシ達が事件を調べます。同時に、お嬢様の護衛もしますので」
「ロギア、捜査も護衛もどちらもやるってのか」
「勿論だよ。脅迫状には時間指定があったけど、いつ番人が現れてもおかしくないしね」
ジーザスに対し、ニコリと微笑むロギア。脅迫状には十一月四日とあった。今日だ。つまり、今夜十二時に番人はロックハートの娘を誘拐するとされていたが、それが本当だという保証も無い。フェイントを掛けて、すぐにでも狙ってくるかもしれないのだから。
「ありがとうございます、ロギアさん。…ああ、すみません。肝心の娘を紹介し忘れておりました。クリス、娘を呼んできてくれな…」
「お父様、その必要はございませんわ」
クリスに呼びかけたロックハートの言葉が突然、遮られた。鈴のような美しい女性の声が扉の向こうから聞こえた。その正体は容易に想像がついたが、それよりも何故かその声が頭にこびりつく。澄んだきれいな声なのに、どこか心にねっとりと絡み付くような、そんな不思議な感覚。それは女性であるルーナとロギアにもそう感じられた。
そしてその声を聞いたロックハートは笑顔で答える。
「ああ、ダン。来ていたか。入りなさい」
「失礼します」
また、あの美しい声と共に扉が開かれる。
「…!」
「わ……」
部屋に入ってきた女性を見て、ジーザスは目を見開き、ルーナは思わず声を漏らしてしまった。ロギアもどことなく驚いた表情になり、ハザードだけは相変わらず変わらない顔のままだったが…。
その女性は、一言で言えば「美女」だった。二十代半ばくらいに見えるが、顔は割と童顔なのに全体的に色っぽく見え、落ち着いた印象を受ける。パッと見ただけで目を奪われるような容姿だ。
夜空を映したような深い色合いの長髪。その髪の長さは彼女の腰を超えるほどで、歩く度に靡き、光に透かすと紺色に煌めいて見えた。瞳はまるでアメジストの宝石のように輝いている。
そして何より目を引くのはその抜群のスタイルだった。落ち着いた紅色のロングドレスを纏い、いかにも貴族のお嬢様といった服装ではあるが、そのドレスの上からでもはっきりとわかる巨乳、くびれた腰、形のわかる尻のライン。とにかく、色気のある体つきをしているのが明確だ。
(うわ…美人…っていうか胸デカっ…!?)
ジーザスはその美貌に見とれると同時に若い男らしくその胸に目が行ってしまい。
(わぁあ…きれいな人…!)
ルーナは純粋に美しい容姿に女性であるにも関わらず見とれていた。
(成程、この人が………っていうか胸大きい…!!)
ロギアは冷静に彼女の正体に勘付いたが、やはり胸の大きさに目を奪われ…
(…この女が『ターゲット』という訳か)
ハザードだけは美しさに翻弄されず、状況をしっかりと理解していた。
とりあえず、総じて感じるのは、この女性が妖艶な美貌を持つ存在であるということがジーザス達の頭に一瞬で刷り込まれた。
女性はジーザス達を見るとふんわりと微笑んで、紅色のドレスの裾を持ち、お嬢様らしい挨拶をした。
「お客様方、お初にお目にかかります。ゼウス・ロックハートの娘、ダン・エヴリコットと申しますわ。どうぞ、お見知りおきを」
その笑みは、世の男達を一瞬で虜にできるであろう破壊力だった。とにかく美しい。長い睫毛が閉じられ、その宝石のような瞳が見えなくても、それでも美貌は隠し切れない。ジーザスは思わず顔が赤くなった。もし、この心がルーナに奪われていなければ、一目惚れしてしまっていたかもしれない。
だが、同時に彼女の自己紹介に疑問が浮かんだ。それを尋ねる前にすぐにロックハートが話し始めた。
「私の娘、ダンです。この子が番人に狙われているのですよ」
「ダン、さん…?素敵なお名前ですね」
ルーナが若干疑問符を浮かべつつ、素直にそう言うと、ダンは柔らかく微笑んだ。「ダン」というのは普通であれば男性の名前だ。それが、色んな意味で女性的なこの令嬢の名前というのは妙にアンバランス。
「まあ。ありがとうございます」
「…あっ、あのう。失礼ですが………お嬢様のファミリーネーム……エヴリコット、というのは…?」
ルーナとダンのやりとりに続いて、ジーザスは気になっていた疑問を聞いてみることにした。ダンが自己紹介した時から感じた疑問は、ダンの男性的な名前と、もう一つ。ファミリーネームが「エヴリコット」という、父親であるゼウス・ロックハートと異なることだった。
その問いかけは事前にわかっていたかのようにロックハートとダンは顔を見合わせて小さく笑い、ロックハートが答えた。
「ははは、そうですな。実はこのダンは私の実子ではなく、養子なのです。この子の父親は私の友人でしてな。彼とその奥方が事故で亡くなり、それ以来、私がこの子を養子として迎えたのですよ。その際に私から提案しました。由緒正しい貴族であるエヴリコットの名を捨てることなく、私の娘となってからも同じ名前を名乗り続ければ良いと。ミュゼールの貴族は一族の名前を重んじる。それにダン自身も自分の家の名を失くすのは辛いでしょうから。それから、ダンは名前を変えずに私の養子となったのです」
「ええ。今では実のお父様同然です。とても感謝しておりますわ」
実の親子ではないが、それ以上に強い絆で結ばれているように見えるロックハートとダン。ジーザスは疑問も解決したと同時にこの親子の関係性がわかって納得した。
「そんなお嬢様を狙う番人…一体、目的は何だろう…」
「何にせよ、とりあえずは番人について調べなきゃ始まらない。まずは最近事件のあった現場へ向かうぞ」
考えるルーナだったが、突然ハザードが立ち上がり、部屋を出て行こうとする。先程までは貴族相手ということで多少丁寧な物腰だったが、今はすっかりそれも無くなっていつもの態度に戻ってきている。ハザードは自分のやりたいようにやるという一面があったが、今まさにそれが発動して番人の殺人現場へ向かおうとしていた。
「ちょ、ちょっと待ってよハザード!」
「まあ、それが一番だけどね。挨拶くらいしなさいよ…全く。申し訳ありません、公爵。我々はまず現場を調べてみようと思います」
ルーナがハザードを呼び止めようとするが、ロギアも現場に行くことを優先すべきだと考える。
「わかりました。昼間ではありますが、どうかお気を付けて」
ロックハートは快く送り出してくれる。すると、側で立っているダンも心配そうにジーザス達を見た。
「番人は恐ろしい噂を聞きます。本当にお気を付けてください。戻ってきたら、お話を伺えますか。私も、自分を狙う犯人のことを知りたいのです…」
「お嬢様…」
ルーナは俯くダンを見る。彼女もただ怯えているだけの令嬢ではないようだ。
「わかりましたよ、お嬢様。ちゃんと報告に戻ります。それまでの間、お嬢様から目を離さないでいてくれますか?」
「ああ、勿論」
ロギアは改めてロックハートに頼み、ニコリと笑ってソファーから立ち上がる。
「よし。早速、捜査開始といきましょうか!」
「ああ。じゃあ、公爵…お嬢様。失礼します!」
ジーザスは最後にロックハート達に向けて頭を下げ、ルーナもそれに続き、頭を下げると一行は部屋を出て行く。目指すのは、最近の殺人事件が起きた場所。位置はロギアの持つ小型通信機の中に送られてきた情報の中に既に入っているらしく、迷いはしないだろう。
裏世界の番人が起こした事件、彼らの正体は何者なのだろうか。そして、何故、美貌の令嬢ダンを狙うのか…。その謎は明かされていくのだろうか。
29.番人のプレデュード
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