夜十二時を過ぎた上級貴族ゼウス・ロックハートの寝室に突然現れた黒装束の三人。彼らの足元にはロックハート本人や秘書のクリス、使用人達が倒れている。その正体は…巷で噂になっている殺し屋組織、番人であると、ジーザス達はすぐにわかった。
「てめぇら…番人だな!」
「……そういうお前らはオズボーンファミリーだろ?」
「!」
ジーザスが黒烏を構えて叫ぶと、意外にも返答が返ってきてジーザスは驚いた。三人のうち、一番背の低い人物が話したようだったが、その声は若い男のものだった。よく見れば、右手には中型の鎖鎌が握られている。
だが、それよりも驚いたのは、番人が自分のことをオズボーンファミリーであると知っていたことだった。どうしてそれを知っているのだろうか。それを考える間も無く、ロギアがジーザスと並び、蒼月を番人達に向ける。
「アンタ達、ロックハート公爵が狙いだったの?わざわざあんな脅迫状まで送ってきたくせに」
「まあねぇ。狙いっちゃ狙いだったけどよぉ」
仮面の奥から聞こえるのは、世間を騒がす殺し屋とは思えないほどの軽々しい口調だ。鎖鎌の男は、そこらの街中に居そうなチャラチャラした若い男といった雰囲気で、ジーザスは若干拍子抜けする。これが本当にあの番人なのか?
すると、鎖鎌の男の言葉を遮るように腰に刀をさした番人の人物がジーザス達に向けて言い放つ。こちらは鎖鎌の男よりも落ち着いた、低めの男の声。
「我らは悪しき者を裁く。できればお主達とは無用な争いは避けたいと思っていたが…邪魔をするのであれば…」
(!ジャポンの刀…!)
ジーザスは男が腰の刀に手をかけたのを見た。自分の持つ黒烏や、ハザードの鬼神、冬一の黒帝と同じ、ジャポン独自の刀剣。あの男もそれを持っている。そして、まだ初心者のジーザスでもわかる、「剣士の気配」。ハザードや冬一と出会った時の感覚と同じだ。
(…この男……多分、強い…!)
どことなく、ハザードと似ているような気配だった。ジーザスがゴクリと唾を飲み、黒烏を構え直すが、すぐに攻撃してくる様子は無い。だが、こちらが攻撃してくれば向こうは容赦無く反撃してくるだろう。
「ま、ついでにそこのお嬢様を頂いても良いかなぁって。美人だし巨乳だし、まあ楽しめそうだしなぁ~?」
「!」
鎖鎌の男が笑いながら言うと、ダンはビクリと怯えた。それを見て、ルーナがバッとダンを自分の背中に隠す。自らも恐怖や不安があるだろうに、ルーナは持ち前の正義感でダンを守ろうとしていた。ルーナは必死に叫んだ。
「ダンは連れて行かせない!公爵も守る!」
「ル、ルーナさん…!」
ルーナの後ろでダンが小さく呟く。ダンはルーナよりも背が高いが、目の前で自分を守ろうとするルーナを見て涙を浮かべていた。そしてジーザスもそのルーナの言葉に気合いを入れ直して叫ぶ。
「おぉ!お前らはここで俺達が倒す!!覚悟しやがれ!」
「フン、俺達の力を知らないようだな。その甘い考え、後悔させてやる!」
一番奥、割れた窓際に立っていた大男が力強く唸った。その体躯は大きく、屈強な筋肉質であることが黒装束の上からもわかる。大男は刀の男と、鎖鎌の男を掻き分けるようにして大股でジーザス達に近寄ると、突然拳を振り上げ、「あっ」と思った時には振り下ろしていた。
咄嗟にジーザスとロギアはそれぞれ左右に避けたが、その拳は先程までジーザスとロギアが立っていた足元の床に激突する。メリッという音と共に床には大きな凹みが出来ていた。大理石と絨毯の床が凹むなんて人間業じゃない。むしろ人間の拳の方が砕けかねない強度だというのに。
よく見ると、大男の拳には金属製のナックルが付いていた。だが、ナックルがあるとはいえ床を凹ませることなんて出来るものではない。それほどにこの大男の腕力が人間離れしているということ。ジーザスはゾーッと青ざめた。
(あ、あんなのがもし体に当たってたら…)
「ジーザス!」
ロギアに声をかけられてハッとすると、ジーザスの顔面目掛けて大男が再び拳を振り上げていた。目の前にすると、まるで熊のような巨大さ。先程の床の凹みを思い出してジーザスは黒烏で斬ろうとした。
「はぁっ!」
「…こんなものか!」
「!?」
拳が振り下ろされる前にジーザスは黒烏で大男の脇腹を斬った。…だが、大男はびくともしなかった。確かに斬ったはずなのに。ジーザスには手応えがあったが、まるで硬い岩を斬ったかのような感触だった。
「斬れて…ねぇっ!?」
「終わりだ!オズボーンファミリーの小倅!!」
「きゃああ!ジーザス!!」
拳が振り下ろされてくる。もうおしまいか。ジーザスが思わず目をつむり、後方に居るルーナが悲鳴をあげた。
次の瞬間。
「やらせるかっつーの!」
「っ!ぐ…!!」
大男が真横に吹っ飛んだかと思うと、壁に突き飛ばされた。ジーザスが目をパチパチとさせて状況を理解しようとあたりを見渡すと、ロギアがふわりと地面に降り立つのが見えた。
恐らく、ロギアが大男に飛び蹴りを食らわせたのだろう。それにしてもロギアも凄まじい力だ。刀も通じない大男をあの小柄な体で吹っ飛ばす…恐らく自動人形故の怪力なのだろうが。
「ロ、ロギア!悪ィ…助かった」
「無事で何より!」
ロギアがジーザスに向けてニカッと笑った。大男は呻きながらも体勢を立て直そうとしていたが、それより先に鎖鎌の男が手に持っていた鎖を投げた。それはジーザスの足に巻きつき、やばいと思った次の瞬間には鎖が強く引かれ、ジーザスは派手に転ぶ。気付いた時には頭上に鎌の刃が迫っていた。遠距離に居ながら確実に敵を切り裂く武器。それが今、ジーザスに迫る。
「っ…やられっぱなしでたまるかよっ!」
「!おっとぉ」
ジーザスは黒烏で鎌を弾き返すと、その数秒間で足に巻きついた鎖を逆に引っ張る。鎖鎌を使う男は意外そうな声を発したが、地面を強く蹴って宙を舞うようにして距離を取る。この男であればジーザスも戦える。先程の大男の方が異常すぎたのだ。あちらはロギアが対応してくれるはずだ。
…そう思った矢先。
「こちらがガラ空きだ」
「!ルーナ!ダン!」
刀を抜いた男がルーナとダンに向かって斬りかかろうとしていたのが見えた。大男はロギア、鎖鎌の男はジーザス自身が対応できるが、あの刀の男はガラ空き。ルーナとダンが狙われる!
「ルーナ!」
間に合わない−−−−。
ジーザスが叫ぼうとした時だった。
「させるか」
「!」
突然、開けっ放しになっていた部屋の扉から人影が入って来たかと思うと、刀の男に背後から斬りかかってきた。その人物が誰か、ジーザス達はすぐわかった。ルーナが安心したようにその名を呼ぶ。
「ハザード!」
「…ルーナ。待たせたな」
それは、外の警備を担当していたハザードだった。
「ハザード、テメェ遅ェよ!」
「無茶言うな。状況がわからないまま、部屋を探し回ったんだからな」
ジーザスが鎖鎌の男と斬り結んだ状態でハザードに向かって叫んだが、ハザードはジーザスの方を見ず、刀の男を真っ直ぐ見据えたまま答えた。その手には鬼神が握られている。
「来てくれたのね、ハザード…!」
「…ああ。お前は俺が守る。コイツの相手は俺だ」
(アイツ、またルーナに…!)
安心して微笑むルーナの前に立ち、ハザードはまたドキッとするような発言をサラリと口にした。ジーザスは鎖鎌の男と戦いながらしっかりとその発言を聞いて心がざわついていた。
そんな中、ハザードと向き合う刀の男はしばらく黙っていたが、ようやく声を発する。
「……あの男もそうだったが…やはりか。…お主達もジャポンの妖刀使い。それも、お主は特に手練れと見た」
「貴様も妖刀使いか。…その刀、相当の業物だな。そして…貴様自身も」
仮面の奥の瞳と目が合った気がした。刀の男の方も、ジーザスよりハザードの方が強いと瞬時に判断する。歴戦の剣士故の勘なのか。ハザードも刀の男も互いの実力の高さを認識し、同じ剣士として…「戦ってみたい」と思った。
どちらともなく、地面を強く蹴って飛びかかる。その手には得物である妖刀を構えて斬り抜けた。キィン!と刀同士がぶつかる音がした。
(実力は……互角か…!)
着地するとすぐに振り向くようにして斬りつけるが、さすが番人。刀で受け止め、強く弾き出された。だが、その時、ハザードは思わず背筋が冷えたような感覚を覚える。
(この男の剣筋……異様なほどに『静か』だ……)
太刀筋に迷いも、気配も無いように感じた。本来、剣士の戦いでは闘気や気迫を感じるものだ。だからこそ、ハザードは透視の体質能力で、相手の攻撃をある程度であれば予知できる。だが、この刀の男の剣筋にはそういった気配が無い。とても「静かな剣」。恐らく、斬られたとしてもそれに気付かないレベル。まさしく、番人の暗殺に最適な剣術だろう。
(この男は……俺が仕留めるべき相手だ…)
ハザードは真っ直ぐに刀の男を見据える。今、オズボーンファミリー勢と番人勢で三対三の構図になっていた。それぞれ、油断ならない相手。ルーナは後ろでダンを守るように立ちはだかり、腰のホルスターに入れていた氷銃を構えている。いざとなれば氷銃による射撃と、
氷麗の体質能力で対応できるはずだが、ルーナ達の元へ行く前に止めるのが最適だ。ルーナは緊張した面持ちでジーザス達と番人達の戦いを見て警戒していた。
「ダン、わたしの側を離れないでね!」
「は、はい……!気を付けてください、ルーナさん…!相手が体質者ではないといえ…とても危険な者達です!」
震える声でダンが叫ぶと、ロギアが大男の拳と蒼月をぶつけるようにして一際大きな音が鳴った。さらに、ハザードが刀の男を弾いて距離を取ると、ほぼ同時にジーザスとロギアもそれぞれの相手から距離を取ってきた。一瞬、全ての戦闘が止まった時、ロギアが急に「はぁ~」と溜息をつき、一同は思わず彼女を見た。
「……これ以上、続ける気?」
ロギアは低い声で言った。普段の明るい声とは全く違う。その言葉が誰に向けられているのか、どういう意味なのか、ジーザス達はわからず、ルーナとジーザスが唖然として声を漏らした。
「えっ?」
「ロ、ロギア、それってどういう…」
「もうこれ以上の猿芝居は必要無いんじゃないの」
ロギアが再び言ったが、それはジーザスとルーナへの返事ではなかった。それは目線的に番人達に向けての発言のようだった。
「……」
その言葉に番人達三人は何も答えない。ハザードはロギアを横目でチラリと睨む。
「どういう意味だ。さっさと答えろ、じゃじゃ馬」
「だーかーらー………こういうこと、だよっ!」
言葉の途中でロギアは突然振り返りざまに走り出す。後ろに居るのはルーナとダンだ。ロギアは驚きの表情で固まるルーナの手を強く引っ張ると、そのまま後ろのジーザスの方へ投げ飛ばす。
「きゃっ!」
「わっ!ロ、ロギア!一体何を!」
ジーザスはルーナを抱え込むが、ロギアの行動の意図が読めなかった。目の前の敵を放置して突然向かった先には…。
「これではっきりする!!」
ロギアはルーナという壁が居なくなった……無防備なダンに向かい、蒼月を振りかざしたのだ。守るべき存在であるダンに斬りかかるロギア。突然の行動にジーザスとルーナが叫んだ。
「ロギア!?」
「きゃぁっ!ロギア!何を……」
間に合わず、ロギアは蒼月を振り下ろす。ルーナは思わず目を瞑ったが…ダンの悲鳴が聞こえない。恐る恐る目を開くと…ロギアの下した蒼月はダンを斬っていなかった。そこにはダンの姿は無く、床を傷付けただけだったのだ。
「!えっ…」
「……そういうこと、か」
ジーザスが漏らした驚愕の声と、ハザードの小さな呟きが響くだけで、他は静かな空間になる。ジーザスがハッとして振り返ると…番人三人達の手前にふわりと降り立つ夜空色の髪。その動きから察するに…彼女はロギアの攻撃を
飛んで避けたのだ。しかも、ジーザス達を飛び越えるように、軽々と。その距離は常人が簡単にジャンプして超えられる距離では無い。
「えっ…!…ダ、ダン…!?」
ルーナは状況を掴めていない。ただ、目の前で背を向ける「お嬢様」の姿を食い入るように見ていた。ロギアはそんな彼女に対し、強い眼差しと冷静な口調で全ての真実を語り始める。
「前々から思っていたんだよね。そもそも、番人は罪人専門の殺し屋。それが今回に限って『貴族の令嬢を誘拐する』なんて異例中の異例。最初は、番人の名を騙った偽者なんじゃないかって思ってたんだけど…マック・ドーストの事件現場に幽Kの体質能力の痕跡が残ってたところから、徐々に怪しいところが目についてきたんだ」
ロギアは一歩ずつ近付いていきながら続ける。
「ロックハート公爵とあなたの態度。現れた三人の番人。それらは明確にある事実を示していた…。それは…ロックハート公爵とあなたは番人に狙われているんじゃ無い。番人の仲間だってことだよ!」
「はぁ!?」
「えぇっ!?」
ジーザスとルーナは大きく驚愕の声をあげる。そして、ロギアはビシッと人差し指をダンと…いや、番人達に突きつけた。その目に迷いは無く、確信に満ちている。
「さっきのあなたの発言で全てわかった。あなたは…番人の仲間どころか…探していた張本人。……ねえ、そうでしょ!お嬢様…ダン・エヴリコット!あなたは番人のメンバーの一人、しかも仲間内では最強の殺し屋……幽Kの体質者だ!!」
「!?ダンが……番人!?」
ロギアの指差した方向をなぞるようにしてルーナはダンを見つめた。ちょうど、割れた窓ガラスから、雲に隠れていた月が顔をのぞかせて月明かりが番人達を照らし、逆光となる。しかし、ゆっくりと振り返った夜空色の髪を持つ美女の表情は…はっきりと認識できた。
「……さすがは…クラウンの『
犬神
』さん」
その声は変わらず美しい。ただ、先程までと違ってどこか冷たさを帯び、同時に妖艶さが深まっていた。可憐な令嬢の面はなりを潜め、あまりの変わりようにジーザス達は固まっている。
まるで、愛らしさと上品さを備えたピンクのバラが、官能的で色気を持つ深紅のバラに変わったかのような…。
「まあ、
さっきのはあまりにもわかりやすいヒントだったかしら。一応、どこがおかしかったか…教えてくれる?」
落ち着いた口調だが、ところどころに妙な色っぽさを感じる。それにうっすらと笑みを浮かべ、ほんのりと瞼を伏せがちなその表情も、先程までの怯えたお嬢様とは全く違う。余裕めいた、大人の女性の表情。それを見据えたまま、ロギアは自分の考えの理由を述べ始める。
「最初に違和感を持ったのは、昼間…公爵とあなたに現場の報告をした時。ジーザスが言ったよね」
−−−−あの……すみませんでした。…結局、番人の手がかりは何も無くて…。
「そこですぐ、公爵はこう言った。いやに堂々と、自信ありげにね」
−−−−何を仰います!番人は神出鬼没、正体不明の殺し屋組織です。そう簡単に尻尾を掴ませる訳も無い!
確かにロックハートはジーザスに対し、そう言った。あの時はサラリと流したが、妙にはっきりと言っていた気がする。
「脅迫者である番人に対して、簡単に正体を掴ませないことを自慢げに言っているように思えた。何だろうなとは思ってたけど…」
「でも、それだけじゃないでしょう?」
クスッとダンは微笑む。彼女もまた、ロギアの言いたいことはわかっているようだった。
「…勿論。…ジーザス、ルーナ、ハザード。その時、ダンが言ったこと、覚えてる?」
「えっ!?そ、その時!?」
「ダ、ダンが言ったこと…?えぇっと…」
突然、話を振られてジーザスとルーナはしどろもどろになる。あまりの展開に、過去の記憶をうまく思い出せない。だが、ハザードだけは冷静にあの時の会話を思い出していた。
「…その女はこう言った」
−−−−体質能力で殺された現場…きっとおぞましい光景だったはずです…。
「あ…ああ!そうだ、確かにダンはそう言った…」
ジーザスとルーナもハザードの言葉で思い出す。
「その女は現場を見ていなかったのに…確信したように、犯人は
体質能力で殺されたと言い切った。勿論、それだけでは、ただの言葉のアヤとも取れる…。だが、一つ一つが小さな点でも、それが繋がった時、疑惑となる。そうだな、じゃじゃ馬」
「そういうこと。決定的だったのは、さっき…番人達が現れたこの部屋。まずは、窓ガラス。…ほら、窓は確かに割られているけど、よく見てよ。ガラスの破片は何故かバルコニーの方に散らばってる。普通、外から犯人が現れて襲ってきたのなら、破片は室内に散らばってるはずだよね」
「あ…そ、そういえば…」
ルーナが改めて番人達の背後の窓辺を見る。番人の出現に驚いてよく見ていなかったが、確かにガラスの破片はバルコニーに散らばっていた。室内には一つも破片が無い。
「つまり、窓は中から割られた。襲撃犯が外から来たように見せかけたって訳。あと、そこの鎖鎌の彼」
「ん?俺?」
指を差されたのは番人の一人、鎖鎌の男。きょとんとした態度で平然と返事をする。
「彼はさっき、アタシ達がオズボーンファミリーだってすぐにわかったでしょ。アタシ達がオズボーンファミリーだって知っていたのは公爵とダン、秘書のクリスに…屋敷の使用人達だけだった。番人だったら、使用人か、それとも公爵の雇った用心棒かとか思うでしょ。なのに、アンタは最初から知っていたようだった」
「あ…ヤッベ」
(明らかに口が滑ったって感じだな、コイツ!)
明らかに軽い反応をする鎖鎌の男。仮面越しにも焦っているのがわかったが、その反応は軽い。そこまで大変な事態だとは思っていないようだ。そして、他の二人の番人は呆れたように溜息をついていた。ロギアはさらに追求を続けた。
「そしてトドメにさっきのダンの言葉が決め手だったのよ」
−−−−気を付けてください、ルーナさん…!相手が体質者ではないといえ…とても危険な者達です!
ダンはつい先程、そう言った。これが全ての点を繋げた言葉となった。
「ダン、あなたはこの三人の番人の中に幽Kの体質者が居ないとわかっていた。だから、『相手が体質者ではないといえ』って言ったんだ。そう…自分自身がその幽Kの体質者だったから!」
「…うふふ。本当にお見事。私達の残した痕跡をうまく辿って、私の正体に気付いてくれて、嬉しいわ」
クスクスとダンは口元に手を当てて上品に笑う。どうやらロギアの推理は全て当たっていたようだ。もし、全てが最初から仕組まれたことだとしたら。ジーザス達が今までやってきたことは何だったのか。ルーナは思わずダンに向かって叫んだ。
「ダン!あなたは…あなたは…本当に番人なの!?どうしてこんなことを!」
「それは…これから説明させてもらうから安心して、ルーナ。その前に…改めて自己紹介させて頂くわ」
口調こそ敬語を止めたものの、優しい態度で微笑みながらダンは両手でスカートを摘んで…「真の正体」としての自己紹介を始める。最初に会った時と同じような仕草なのに、印象は全く違って見えた。
「初めまして。私は『裏世界の番人』の長にして幽Kの体質者…ダン・エヴリコット。…どうぞ、お見知りおきを。…ふふっ」
(コイツが……番人のボス、だとっ…!こんな、美人の女が…!?)
ジーザスは目の前に立つ美女を前に未だに信じられない気持ちだった。僅かの時間でも、共に過ごした可憐な令嬢が、罪人とはいえ手を血に染める殺し屋だということが。だが、驚くことにダンの纏う気配は先程までとは全く違う。裏社会で生きる者が纏う、隙の無い冷徹なものに変わっていたことに気付き、ジーザスは信じざるを得なかった。
すると、「あーあ」という男の声がしてハッとそちらを見る。それは、ダンの後ろに居る、例の鎖鎌の男だった。そしておもむろに自らの仮面と被っていたフードを外した。ダンの正体がわかった今、もう姿を隠す理由が無いようだ。
現れたのは予想通りの若い男。だが、想像していたよりもずっと顔立ちが整っている。褐色がかった健康的な肌色に緑色の髪。
「せっかくの演技も終いかよぉ。折角カッコイイ俺様の鎖鎌術をもっと披露できるチャンスだったのによ」
同時に残りの二人も仮面とフードを外して正体を露見させる。刀の男の方は、驚くことに仮面の下にもう一つ仮面を付けていた。とはいえ、下に付けていたもう一つの仮面は、顔の上半分、目元のみを隠すもので、ジャポンの舞に使用される翁の面に似ていた。その異様な仮面姿と、髪は銀の長髪で、一つ結びにして流している。
大男の方は肉体同様に厳つい顔立ちで、強い意志を宿した目つきと、肩くらいまでの長さの明るい茶髪が印象的だった。
三人とも男だったが、ジーザスは彼らの顔を見た瞬間に…特に鎖鎌の緑髪の男を見た瞬間、記憶が猛烈な勢いであることを思い出す。
「あ……あ、あぁぁっ!!お、お前!」
「ん?俺の顔知ってるか?」
「あの時、廊下ですれ違った執事だろ!!」
「おっ。よく覚えてたなぁ。あの時はイチ使用人のフリをしてなきゃならなかったからな」
ジーザスは思わず大声でその男を指差して叫んでしまったが、その男はニカッとどこか嬉しそうに笑う。その顔ははっきりと覚えていた。
初めてこの屋敷に来た時、ロックハートの部屋へ向かう途中で他の使用人達と一緒に頭を下げていた、自分と同年代くらいの若い青年執事。まさにその顔だった。
「あと、お前らっ!庭で俺達のこと、じっと見てた…庭師と運転手!!」
「ほぅ。どうやら本当に観察眼だけは大したものらしい」
「よくあの距離で見えたもんだ」
感心したように刀の男と大男は言った。刀の男は落ち着いた表情だったが、大男の方はニヤリと面白げに笑っている。
その二人にもジーザスは見覚えがあった。この二人は先程の鎖鎌の男…青年執事とすれ違った時、ふと外を見てその存在を見ていた…庭に居た、フードを被った庭師と、高級車の中に居た運転手。はっきりと顔は見ていなかったが、それでもジーザスの記憶にはその印象が刻まれていた。
番人の正体を知った一同だが、そこでルーナがもう一つの真実に気付く。
「え、えっ……そ、それって…番人のメンバーがこのお屋敷の使用人ってことは…も、もしかして!」
「…そういうこと。もう起きても良いですよ。…ロックハート公爵」
ロギアが部屋の奥へ目を向ける。そこには本棚にもたれて意識を失っているロックハートと、床に倒れる秘書のクリス、使用人達が居たが…。
次の瞬間、ロックハートの体が動き出す。ゆっくりと動き、起き上がる。まるで、最初から起きていたかのように…いや、実際にそうだったのだろう。ロックハートは目を開き、ジーザス達を見た。その目は夕食時に見た優しい老紳士のものではなく…まるで、闇のように澱んで見えた。
「…予想していたよりももっと早く気付いてくれて何よりです。クラウンのロギア・デュークスさんと……オズボーンファミリーの皆さん」
ロックハートが冷たく言い放ち、立ち上がると、側に倒れていたクリスも起き上がる。その表情はロックハートとは違い、どこか申し訳無さそうな顔つきで小さく呟いた。
「…皆さん。すみません…」
「クリスさんまで…!じゃ、じゃあ最初から…全部、仕組まれていたんですか!公爵がクラウンに依頼をしてきたのも…脅迫状も…!」
ルーナの悲痛な叫びが響く。
「そういうことになる。済まないね、お嬢さん。君達を利用させてもらうため、偽の脅迫状を用意し、クラウンに捜査依頼をしたという訳だよ」
笑顔を浮かべ、平然と答えるロックハート。両手を後ろに組みながら余裕ありげに番人達とジーザス達に歩み寄ってくる。この態度ではっきりとする。ロックハートは初めから全ての計画を立てていた。
ロギアがロックハートを強く睨む。
「…ロックハート公爵。あなたは最初からアタシ達を騙していたんだね。一体何が目的でこんなことを?」
「君達はクラウン上層部を寄せ付けるための餌に過ぎない。私が求めるものはもっと上だ」
(上……ってことは…先生達…?)
ロックハートの言葉通りならば、彼の狙いはクラウンの上層部。つまり鼎や冬一、ガイスト達のことだ。つまり、鼎達を誘き出すためにクラウンへ偽の依頼をしたというのか。そこでダンが腰に手を当てながら言った。そういうポーズをすると、より一層スタイルの良さが際立つ。
「全く。『臆病でか弱い令嬢』だなんて、最初から私には合ってなかったのだけど。お父様の命令なら仕方無かったのよね」
「そうそう。まー、俺達三人は実働部隊だったからあんまり演技って感じはしなかったけどよー」
鎖鎌の男は腕を頭の後ろで組みながらダンに続けて言った。ロックハートの屋敷の使用人ということは、事前に全て計画した通りにことが進んでいたのだろう。
「とりあえず、君達には大人しくしていてもらいたい。邪魔をしなければ、命までは奪わないから安心したまえ」
「ふざけんな!てめぇらが番人の正体なら、俺達はてめぇらを倒すだけだ!!」
ジーザスがロックハートと番人達に向けて黒烏を構え、強く叫んだ。ジーザスとしてはここで言う通りにする訳にはいかないのだ。すると、ジーザスの隣にハザードが並び、そちらも番人達に強い眼差しを向けていた。
「貴様らの目的がクラウンだろうが、関係無い。俺達に喧嘩を売っておいてタダで済むと思うなよ」
「ああ…やはりこうなるか。こちらとしても君達が死んでは意味が無い。…ダン、ここはお前一人で出来るかね」
ロックハートに指名され、ダンは嬉しそうに目を細めた。
「ええ、勿論。それに彼らが知りたがっていた幽Kの体質能力を見せてあげる良い機会だわ」
ダンは右手をフッと掲げると、そこから胸の前あたりまでゆっくりと斜めに向かって振り下ろす。その間にダンの右手にはいつの間にか、彼女の身の丈を超えるほどの巨大な
剣斧が握られていた。いつ、どうやって出現したかわからないが、その剣斧は全体が紫の宝石のようにキラキラと輝くと共に刃先は鋭く光っている。間違いなく、体質能力が関与していると感じられた。
「やっぱり…ダン、お前が幽Kの体質者…!」
「ええ。あなた達、幽Kの体質者を見るのは初めてでしょう?…教えてあげるわ。闇と影の恐ろしさを」
ダンが美しく笑ったと共に…その姿は一瞬で消えた。
「!?」
「き、消えた!」
目の前で対峙していたはずのジーザスとハザードもその姿を捉えられなかった。勿論、ルーナとロギアにも。
次の瞬間、ジーザスの脇腹に鋭い痛みが走る。
「ッ!痛…!」
「!ジーザス!」
ルーナが叫ぶのが聞こえたが、返事をする余裕は無かった。ただ単に刃物で斬られただけの痛みでは無い。今までの戦いで感じた、体質能力によって攻撃された痛みも感じる。一瞬、目に映ったのは、ダンの持ったあの剣斧での斬撃と同時に紫がかった黒いモヤのようなものが自分の脇腹を掠めた光景。
(は、早い…!本当に…か弱いお嬢様ってのは嘘っぱち…アイツは…戦闘に長けた、本物の殺し屋だ…!)
目にも留まらぬスピードと、隙をついた攻撃。まさに殺し屋の技だ。
思わずジーザスが膝をつくと、ルーナとロギアが駆け寄ってくる。
そして揃って少し離れた場所を見ると、履いたロングブーツのヒールを鳴らして立つダンの姿があった。重そうな剣斧を細腕で担ぐようにしてダンは満足げに笑っている。
「大丈夫よ、殺しはしないわ。でも結構なダメージでしょう?」
「っ、て…てめぇっ…」
すると、ジーザスを通り過ぎてハザードが鬼神を握り、斬りかかる。ダンは剣斧を盾のように使って鬼神の攻撃をあっさりと受け止めた。
「っ…貴様の今の攻撃…幽Kの能力をその武器に乗せて斬りつけたな」
「あらやっぱりわかる?この『ベルヌイユ』は幽Kの体質能力で生み出したもので、私の闇を纏って攻撃することができる。勿論、それだけが幽Kじゃないわよ!」
ダンはそう叫ぶと剣斧ベルヌイユを強く前に押し出し、ハザードを押しのける。ハザードは突然のことで隙が生まれたが、ダンは彼に攻撃するのでは無く、その場で突然何かを呟き始める。同時に、ダンの足元に紫の光を放つ、複雑な模様が刻まれた紋が浮かんだ。
「黒き闇の咆哮、我が敵へ唸れ……」
その言葉の意味にロギアはすぐ気付き、ダンの側に居たハザードに向かって叫んだ。
「まずい!ハザード、避けて!」
「!」
「『チェレンレイズ』!!」
だが、その直後にダンが強く叫ぶと同時にベルヌイユが一瞬紫色に光ったかと思うと、ハザードの足元から黒い闇の衝撃が柱のように上へ持ち上がった。ハザードは足元から全身にかけて強い痛みを伴った攻撃を受け、思わず倒れ込んだ。
「ぐぁっ……!」
「ハザード!」
ハザードとダンの距離は先程押し出されたことで二メートルほど空いていた。ダンはその距離からハザードに触れることなく闇を纏った攻撃をした。幽Kの体質能力による遠距離攻撃…しかも、詠唱によって能力を向上させた高い威力の闇の攻撃だ。
体質能力は事前に詠唱をすることでより一層強い攻撃を放つことができるものもある。そんな攻撃をまともに食らったハザードは小さく呻きながらも必死に立ち上がろうとするが、体に激痛が走り、動けない。
「っ……この…」
「無理をしないほうがいいわよ」
「がッ!」
ダンは倒れたハザードに歩み寄ると、ヒールの付いたロングブーツをハザードの背中に押し当てるようにして踏みつけた。地面に押し付けられるようにされてハザードは呻いた。明らかに、これ以上抵抗すればハザードにトドメを刺しかねない状況だった。
「だ、だめ!やめて…!」
ルーナは泣きそうな表情で必死にハザードの命乞いをした。それを見てロックハートはにこりと笑う。
「…だそうだ。氷麗の姫君はさすがに仲間の命が第一だということだ。どうかね、『犬神』君。命は取らないとは言ったが、それはあくまでもクラウン隊員である君の場合だ。特に彼は…バレリアスで軍人と上司を殺した逃亡犯だからね。犯罪者である彼は殺しても構わないのだよ。君達がこれ以上逆らうのなら」
「!…何だと…」
「…ハザードの正体も知っているんだね」
ロックハートの言葉に、未だダンに踏みつけられたままのハザードがビクリと反応する。そしてロギアもロックハートを強く睨んだが、その目はどこか悔しげでもあった。ロギアやジーザスが抵抗すれば、ハザードが殺されてしまう。ロックハートに従うしか無い。
(今は大人しく捕まっておいて…後から逆転する機会があるはず…)
ロギアは一つ息をゆっくりと吐くとジーザスとルーナを見た。
「…ジーザス、ルーナ。仕方ないよ…」
「チッ……!くっそ…」
「…ハザードの命には変えられない…」
悔しそうにジーザスとルーナも一時的な降伏をすることを受け入れた。ロギアとジーザスはそれぞれ刀を、ルーナも氷銃を手放し、それを鎖鎌の男が回収する。ダンはハザードから足を退けると、ロングドレスの裾を翻してロックハートのもとへ歩み寄った。
「ああ、愛しい我が娘ダンよ…我が目的のためにありがとう」
「…お父様の望む世界の為なら」
ロックハートはダンの肩を抱いて微笑む。その表情は慈愛に満ちた父親のものであったが、この状況では異様に見えた。ダンもそれを当たり前のように受け入れている。そしてロックハートはジーザス達を見て言い放った。
「さて…ロギア君。オズボーンファミリーの諸君。約束通り、命は取らないが…君達は利用させてもらうよ」
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ジーザス達が番人達と対峙する三時間ほど前、ジャポンのクラウン本部。冬一は九十八階にある幹部の談話室で、鼎とガイストと共に夕食後のひとときを過ごしていた。
冬一は愛用の
外套を外してソファーの上に置きながらコーヒーを片手に落ち着いている。ガイストも同じくコーヒーを味わい、鼎はジャポン茶葉を使用した緑茶を飲んでいた。さらに茶菓子として、キョウの街の市場で売られていた絶品と評判の饅頭。パクリと饅頭を口にして鼎は幸せそうに微笑む。
「ああ~最高~」
「クラウンの司令が情けない顔すんなよ…」
へにゃりと笑った鼎に呆れ顔の冬一。ガイストはそんな鼎の肩を抱いてニヤリと笑う。
「いいじゃねぇかよ、鼎のこういうところも魅力の一つだろ」
「やだ、嬉しいこと言ってくれるね。ガイスト」
「ハァ…お前らな…」
ラブラブカップルっぷりを見せつけられて冬一はげんなりしつつ、コーヒーを飲む。鼎が幸せなのは嬉しいが、やはり目の前でいちゃつかれるのは兄としては複雑な心境だ。
そこで鼎が「あ」と声を漏らす。
「そういえば兄さん、ミュゼールの事件現場でロギアと会ったんだって?」
「あー、そういやそうらしいな?」
「ああ、例の事件の調査のついでに寄ったんだが」
「例の事件ね……」
鼎とガイストの表情がワントーン低くなる。二人とも、冬一が調べているミュゼールの貴族一家惨殺事件については知っている。当時から冬一が苦しんでいたことも…。
だが、冬一はそのことには特に気にした様子も無く、続きを促す。
「で?なんで鼎、ガイスト…お前らがロギアと会ったこと知ってんだ?」
「ああ、夕方あたりにロギアから一時報告メールが上がってきてたよ。兄さん、
小型電素通信機チェックしてなかったでしょ」
「マジか…帰ってきてからは鍛錬場に直行してたからな…」
冬一はミュゼールから帰ってきて、その足で鍛錬場に向かった。そこで自らの剣の鍛錬をすると共に、希望する一般隊員達に剣術を教えていたのだが、それから今までの三時間近く、
小型電素通信機に目を通していなかった。
上着のポケットから
小型電素通信機を取り出すと、確かにロギアからのメールが入っている。そのメールは司令である鼎、副司令の冬一、総隊長のガイストの三人宛に一斉送信していたので、鼎やガイストは冬一より先にその内容を確認していた。
「例の番人の事件を調べてるんだったか、ロギアのヤツは」
「ああ。現場は俺も見たが、珍しい幽Kの体質者の痕跡があったな。ま、恐らくロギアだったらすぐに解決できるだろう。もしかしてこのメール、もう事件は解決したっていう報告か?」
ガイストと鼎も自分の
小型電素通信機を取り出し、改めてその内容を確認した。
「いや、まだみたい。今は依頼主の公爵の屋敷で、番人に狙われているお嬢様の警護をするみたいだよ。…このメールを送った時間帯には、夕食をご馳走になるみたいだね。」
「貴族の食事なんて贅沢なヤツだな…」
冬一は呆れたようにしてロギアのメールを読んでいく。今、鼎が言った通りの内容が任務途中経過の報告として記されていた。冬一が液晶画面を見ながらスクロールしていったが……ある一点で彼の動きが止まる。目を見開いて、画面をじっと見ていた。だが、それに気付かず、鼎とガイストは話を続けている。
「でも、このロックハート公爵って貴族界の中でも結構上の方の人みたいだねー。王族とも近い位置に居るみたいで、何でも今の国王陛下からも度々王宮に呼ばれたりしてるらしいよ。そんな偉い貴族の娘さんだったら狙われても仕方無いか…ロギアの報告によると、養子らしいけど…」
「写真が無いのが残念だ。『すごい美人』って書いてあるからな、一度お目通りしたかったぜ」
「コラッ!また浮気するつもり?」
ニヤニヤと笑うガイストをジト目で睨み付ける鼎。しかし、冬一は何も声を発さない。そこでようやく冬一の異変に気付いて鼎とガイストは彼を見る。
「…どうかしたの?兄さん」
「お前も美人のお嬢様に興味でもあるのか?って…んな訳ねぇか。シスコンの女嫌い副司令だもんなぁ」
「……どういう…」
「ん?」
小さく冬一が呟いたが、はっきりと聞き取れず、ガイストが聞き返す。
「……どういう、ことだ……どうして、どうして、コイツの名前が…」
「兄さん…?」
冬一の視線の先には、
小型電素通信機の液晶画面…ロギアの報告メールのとある文章に注がれていた。そこには、今回の事件の関係者について出来る限り詳細にまとめられている。ミュゼールの上級貴族ゼウス・ロックハートは勿論、秘書の青年クリス・ミッドナイト、そして彼の養女である絶世の美女、ダン・エヴリコットのことが記載されていた。
「…っ!悪い!鼎、ガイスト!俺は行ってくる!」
「はぁ!?兄さん、ちょっと!どこ行くの!」
鼎の呼びかけに返事をせず、側に置いた外套を引っ手繰るようにして掴み、立ち上がると肩に羽織った。ガイストが再び呼びかける。
「オイ、冬一!どうしたってんだ!!」
「やっと…見つけたんだ!ずっと探してた……!!」
クロスに返事をするというよりも、自分に言い聞かせるような、必死の声色で叫びながら談話室を飛び出していく。
残された鼎とガイストは真剣な眼差しで互いに顔を見合わせ、そしてその視線は鼎の持つ
小型電素通信機に向かった。冬一の態度が急変したのは、このロギアの報告メールを読んでから…正確には、メールをスクロールしていった先に書いてあった事件の関係者の名前。
「…もしかして…」
鼎はハッとしたように呟いた。兄が追いかけていたあの事件の真実が、ここで繋がるのかもしれない。
そして冬一はクラウン本部の廊下を走り、エレベーターを使わずに階段で私室に戻っていた。そこで黒い木製の箪笥の二番目の引き出しを開けると、そこにはいくつかの書類が詰まっている。そこに手を突っ込み、新聞記事と写真を引っ張り出した。その新聞記事は以前、冬一が
小型電素通信機で見ていたものと同じ。十四年前のミュゼール貴族殺人事件についての記事だ。だが、冬一はその記事よりも写真の方を食い入るように見ている。
「……やっとお前を見つけた……だが……どうして…お前が『そこ』に居るんだ…………ダン…!」
冬一が見ていた写真に写っていたのは、今と外見が一切変わらない冬一と、立派な身なりで眼鏡をかけた優しげな三十代くらいの男性、その男性に寄り添う美女、そして花のような笑顔を向ける十歳ほどの幼い少女だった。
冬一以外の三人はどう見ても親子で、父親らしき眼鏡の男性の髪の色は夜空のような深い濃紺で前髪の一房がクルンと跳ね返っていて、瞳はアメジストのような輝く紫色。
母親であろう美女の顔立ちはどこかで見たことのある、妖艶でいて、どこか童顔なものだった。
「…確かめに行く………全てを…!!」
冬一は新聞記事は置き去りにし、写真だけを懐に入れて部屋を飛び出した。部屋の箪笥の引き出しの上には新聞記事が乗せられてそのまま残されている。
その新聞記事には詳細にこう書かれていた。
『名門貴族の一家、惨殺される!犯人は逃走中。
昨夜未明、貴族街に豪邸を構えるエヴリコット伯爵邸で強盗殺人事件が発生。屋敷の主人であるナルシス・エヴリコット伯爵夫妻、使用人全員が殺害された。
犯人の素性は不明だが、伯爵夫妻の令嬢、
ダン・エヴリコット嬢が事件以降、行方不明になっている。この事件を捜査するミュゼール騎士団は、令嬢が犯人に誘拐されたと見て捜査を続けている…』
31.幽Kのアプロディテ
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