あれからどれくらい時間が経ったのだろう。ジーザス、ルーナ、ハザード、ロギアの四人はロックハート邸の地下の部屋に監禁されていた。地下であるにも関わらず、奥行もあってわりと広く、天井もある程度高い。本来はワインの貯蔵庫として使用されているらしく、部屋の中にはワインが並んだ棚が配置されていた。
ジーザス達はその地下室の中央に並んだ椅子に座らされ、縛られている。ルーナは
氷麗の体質能力を使って、ロギアは凄まじい腕力によって抜け出してみようとしたが、ご丁寧に体質能力を封じる特殊な素材が組み込まれ、さらに鋼を編んだ頑丈な縄だった。武器は取り上げられているが、武器が無くても脱出する手段があるかもしれないという危険性…特にロギアの力を警戒しているのだろう。
ルーナは自らも縛られていながら身を乗り出し、二つ隣の椅子に拘束されているハザードを心配そうに覗き込む。
「ハザード、傷はもう大丈夫なの?」
「…ああ。もう痛まない」
「全くもー!感謝しなさいよね!アタシの
治癒で治さなかったら今頃、悪化してたよ」
「フン」
「ちょっと!礼の一つも無い訳!?」
ハザードの言葉にロギアはムスッとして叫んだ。
実は、この地下室に監禁される前に番人の長であったダンが言い出したのだ。
「ねえ、犬神さん。あなた、彼の傷を治せるんでしょう?手当てしてあげてくれないかしら」
ダンはロギアに、ハザードの傷を治癒の体質能力で治療するように進言した。ダン自らがハザードを傷付けておきながら、それを治すように言う。妙なことだが、その時のダンの表情は優しげに感じた。何を考えているかわからない女であるが、怪我人を見捨てて監禁するつもりでは無いらしい。
だが、そのダンの言葉を聞いて、ロックハートはそれを許可した。恐らくダンの言葉が無ければ、ロックハートはハザードを治療すること無くそのまま放置していたに違いない。
そしてロギアはハザードの傷を治し、四人は揃って地下室に監禁されたのであった。
「そういや…ロギア、ダンやロックハートがお前のこと、『犬神』って言ってたな…。アレってお前の呼び名だよな?」
思い出したようにジーザスがロギアに問いかける。そういえば、確かにロギアはそう呼ばれていたが、ジーザス達は初めて聞いた呼び名だ。それに対し、ロギアは「あー…」と呟きながら少し考えてから話す。
「それも結構複雑なんだけど…まあ、そうだね。先生と冬一さんが『神クラス』っていうのは前に説明したよね?」
「う、うん、それは聞いたけど…」
ルーナは隣で拘束されたロギアを見て頷く。神クラスという存在…
神精からその力を借り受けた特別な人間。クラウンの司令の鼎、副司令の冬一は神クラスとして長い時間を生きて来た。
「実はアタシも一応神クラスなんだ」
「え………ええぇぇーっ!?」
「はぁー!?ロギアが神クラス!?」
「…貴様はどうしてそういう重要なことを今まで言わなかったんだ」
「いやーちょっとね。ほら、自動人形に神クラスとか、自分で言うのも何だけど複雑じゃない?」
あははーと苦笑いするロギアだが、ジーザス達の反応は驚愕そのもの。ルーナとジーザスは叫び、ハザードは心底呆れたようにロギアを軽く睨んでいる。
ロギアは自動人形という、既に常人とは違う存在であったが、そこにさらに神クラスという属性まで付属されたとなれば、もう只者では無い。確かに説明するには複雑だ。
「で、アタシに力を貸してくれている『持ち神』の力…それが『犬神』の力なんだ。だからアタシが神クラスだって知ってる人は、アタシを犬神って呼ぶの」
「ってことは…ロックハートもダンも、ロギアが神クラスだって知ってたってことか?」
ジーザスが言った通り、ロギアを犬神と呼ぶということは彼らがその秘密を知っている人間ということ。番人は情報通なのだろうが、他にももう一つ、番人が情報に詳しいとわかった件がある。
「…それだけじゃない。あいつらは…俺のことも知っていた。俺が…ハリー・ディランであることを…」
「そ、そういやそうだ…。ハザードがバレリアスの逃亡犯だってこと…知ってたな」
ぽつりと呟いたハザードの表情は固い。ジーザスはそんなハザードを横目で見つつ、思い出す。
バレリアスの研究所爆破と軍人、所長の殺人の罪に問われている逃亡犯ハリー・ディラン。ハザードがそのハリー・ディランであることは長年ひた隠しにされてきた。偽名を使い、無人の街でひっそりと隠れ住んでいた彼の正体を知る者は少ない。それを番人サイドは知っていたのだ。
「あいつらは、俺のことを犯罪者だと言った。番人は犯罪者のみを殺す殺し屋…だからこそ、俺を殺すことは何の躊躇いも無いはずだ」
「そんな…!ハザードの起こしたことは…政府や軍が悪いのに!」
ルーナは悲しげに、そして叫ぶように言った。ハザードは確かに軍人と研究所所長を殺したが、爆破事件はハザードが起こしたものでは無いし、そもそもの原因はバレリアス政府による人体実験の強要だ。
「…それでも、俺の罪は消えない。人殺しであることには変わらない」
「ハザード……」
重い雰囲気になった時、突然部屋の鉄製の扉が開いた。全員ハッとして扉の方を見ると、三人の人物が入ってくる。それは見覚えのある顔。番人の男達だった。
全員、番人の黒装束ではなく、私服に着替えてきたらしく、パッと見て印象が違って見える。
鎖鎌の男は若者らしい金属のアクセサリーを身に付け、髪よりも落ち着いた緑色のパーカー姿。
刀の男は立派な着物姿で、上等そうな羽織も着ている。腰には黒装束の時と変わらず、ジャポンの妖刀が下げられていたが、それも相まってまさに「ジャポンのサムライ」という服装ではあるが仮面だけが不気味さを漂わせている。
大男は体にフィットした半袖のシャツに肩から長袖の上着を羽織っていた。黒装束の時よりも筋肉質な体躯がはっきりとわかる。
「よっ!元気してるか、オズボーンファミリーとクラウンの隊長さん!…って元気な訳ねぇか」
「!テメェ!!」
ジーザスと交戦した緑髪の青年、鎖鎌の男がまるで友人に向けるかのような明るい笑顔で笑いかけるが、ジーザス達には当然笑顔は無い。むしろ警戒し、ジーザスとハザードは特に睨み付けてさえいる。
「オイオイ、睨むなってー」
「…予想していたよりもずっと、大人しくしているな」
鎖鎌の男の後ろには仮面を付けた刀の男と、大男も居る。刀の男はぽつりと呟きながら、視線をハザードに向けた。ハザードはそれに気付き、刀の男を見つめ返す。
「…従わなければ殺すと言ったのは貴様らの主人だろう」
「フッ。主人、か。確かにその通りだ」
刀の男は口元に薄く笑みを浮かべ、ハザードを見た。
「で?アンタらのご主人は何を企んでる訳?クラウンの上層部がお目当てのようだけど」
「まあな。ロックハート公爵はお前達を人質にしてクラウンの司令どもに揺さぶりをかけるようだがな」
ロギアの問いかけに大男が答えてくれたのは意外だったが、やはりロックハートの目的はロギア達を使い、クラウン上層部を脅すことのようだ。しかし、その先にさらに目的があるはず。クラウンを脅して、何を手に入れようとしているのか。
そこで鎖鎌の男が思い出したように言う。
「あっ。そういえば俺ら、自己紹介もまだだったな。まっ、今更だけどな。俺はチェーン・レイニースってんだ。昼はデキるイケメン執事、夜は悪を裁く殺し屋!」
チェーンと名乗った鎖鎌の男は、やはりジーザスと同年代くらいで、人懐っこい笑顔が特徴的だ。
彼が名乗ったのを見て、刀の男と大男は顔を見合わせ、しばらくして続いて名乗る。
「…我が名は
夜薙刃矩という」
「俺はカルメン・ブラックだ」
刀の男は名前、そして着物姿からしてやはりジャポン人のようだ。そして大男は体格の割に女性的な名前で、少し拍子抜けしてしまう。しかしそれを口にしたらあの巨大な手で捻り潰されかねない。
ハザードは自分と刃を合わせた刃矩をじっと見つめていたが、その視線に刃矩も目を向ける。ハザードは憎々しげに言った。
「…どんな面かと思えば、仮面の下にさらに仮面とはな。よほど自分の顔に自信が無いのか」
「フッ。確かにそうかもしれぬ。我が素顔を知るは同じ番人の同志のみ。されど、剣の腕は素顔とは無関係。人を斬るのであれば、顔などどうでも良いもの」
「確かにな……貴様はジャポン本国の出身のようだ。生粋の人斬り侍ということか。…その妖刀と、流れるようなあの構え…貴様はどこの流派だ」
刃矩がハザードとの戦闘で見せた、銀色に輝く妖刀と、ハザードとジーザスの
天城宗雷流とは明らかに違う剣術。ハザードは番人打倒の情報収集というよりも、個人的な興味もあって敢えて直球に尋ねた。刃矩はそれを察したのか、それでも返答する。
「…これか我が愛刀、『
神無』。流派は
静翔神無流である。貴様ほどの剣士であれば名くらい聞いたことはあるだろう」
「……名前くらいは聞いたことがある。今では継承者もほとんど居ないと聞いていたが…」
「ハ、ハザード!知ってんのかよ!」
一人で納得するハザードに、同じく剣を取る者としてジーザスが食ってかかるように問い質す。
「俺に剣を教えた師匠から話を聞いたことがある。俺達の天城宗雷流が『力強い一撃を放つ剣』であれば、静翔神無流は『静かで繊細な剣』だと。ジャポンの数ある剣の流派の中でも人数こそ少ないが、伝統を重んじ、そして…より暗殺に向いているとされた剣だ。
「暗殺に…!」
「その太刀筋はあまりにも静かで気配が無い。絹のように滑らかでいて、
鎌鼬のような切れ味を持つ剣さばき…。一説によれば、あまりにも静かすぎて、斬られた対象は、いつ自分が斬られたかわからないうちに終わるという」
ジーザスがハザードの話を聞いていると、刃矩が羽織の中で腕を組んで続きを話す。
「そうだ。我が静翔神無流は代々、我が一族が受け継いできた静かなる暗殺剣。しかして、近代ともなれば暗殺には使われず、道場剣法の一環として受け継がれてきた。…なかなか知っているようだな、天城宗雷流の剣士よ」
「……何が道場剣法だ。使用人に身をやつし、現時点で暗殺にその刃を使っている仮面野郎が」
「フッ…そこまで言われては言い返すことも出来んな。その通り、私は伝統ある剣を血に染めている。だが、これは我らが望んだことだ」
「まっ、刃矩の言うサムライ道ってのはいまいちよくわかんねーけど、そういうこった!」
睨み合うハザードと刃矩の空気をよそに、チェーンがあっさりとまとめる。どうやら深く考えることはしないタイプの青年らしい。そこで険悪な雰囲気がかき消され、ロギアは刃矩とカルメンを交互に見た。
「…で、アンタ達はそれぞれ昼の職業は庭師と運転手、って訳ね?」
「……その通りだ。俺達は公私共に公爵を主として仕えている。だが、俺達は強いられて暗殺を行っているんじゃないからな」
カルメンはロギアの言葉に頷いて言う。そこで、ジーザスはハッとある仮説を立てる。
「ロックハート公爵の使用人は全員番人とかそんなオチじゃ…」
「いや、違うね」
だが、即座にロギアがそれを否定した。ジーザスはまさかのロギアからの発言に驚く。
「ロ、ロギア?」
「恐らく番人は四人だけ。他の使用人は皆…自動人形でしょ」
ギラリとロギアの目が鋭く、チェーン達を見た。その言葉にチェーン達は顔を見合わせて感心したような表情をする。どうやら正解らしい。チェーンとカルメンが答えた。
「へえー、さすがに同じ自動人形同士だったらわかるもんなのか?」
「…確かにお前の言う通り。屋敷に居る使用人は俺達以外、全員が自動人形だ」
ジーザスはそこで合点が行く。屋敷に来た時、やたら無表情で無機質な反応だった執事やメイド達。彼らは皆、人間では無かった。しかし、同じ自動人形でも感情豊かなロギアとは大違いだ。
「同じ自動人形だけど、ここの使用人達は皆、魂が無いね。人間らしいボディを与えられただけの傀儡…。『使用人としての言動』だけを行う存在…アタシとは明確に違う。現に、さっき公爵の部屋でアンタ達と会った時、公爵と秘書君は普通に起き上がっていたのに、同じように倒れていた使用人達はもう起き上がってこなかったよね?」
「そういえば、そうだったね…」
「番人に襲われたと思い込ませるために事前に活動停止の状態にしておいたんだと思うよ。魂の無い自動人形は主人である人間の命令や、外部から破壊されれば動かなくなるから」
ルーナがロギアと会話して、あの時の現場を思い出す。あの部屋の中で最後まで使用人達は起き上がらなかった。むしろ、ピクリとも動いていなかった気がする。体に外傷は無かったから、恐らくロックハートの命令で活動を停止したのだろう。傍から見たら気絶している人間そのものだった。
「お主の言う通り、自動人形の使用人は公爵殿の命令以外には自らの意思で動くことは無い。戦闘能力も無い、ただの絡繰人形に過ぎない。あくまでも公爵の直属の実働部隊は我々四人。自ら望んで裁きの番人となったのだから」
静かに話した刃矩の後で、ルーナが少し呆然としたように呟く。
「…自分達の意思で…番人になったっていうの…?」
「確かに番人になった経緯は公爵が誘ってくれたからなんだけどよ。俺達が『犯罪者だけを狙って殺す』っていうのは、自分らで納得して望んでやってるってことさ」
「人それぞれ違った正義がある。お前達のものと、俺達のものが違うだけさ」
チェーンが頭の後ろで腕を組みながら言い、カルメンがはっきりと断言する。それに対し、ルーナは深く考え込んだ。
「…正義…」
正義が人によって変わるものだということをルーナは痛い程わかっている。番人達が殺しているのは罪を逃れた凶悪犯だけ。それによって救われる人々が居るのだということも…。
「でもロックハート公爵はアタシ達を人質として使ってクラウンを脅そうとしている。それって正義っていうのかな」
鋭くロギアが突っ込む。チェーン達の顔が一瞬で真顔になった。沈黙が続いた中、再び鉄の扉が開く音がした。ジーザス達が扉の方を見たのに対し、チェーン達番人は振り返らなかった。誰が入ってきたのか、既にわかっているからだ。
「…そう、正義は人によって違うものよ。だからこそお父様が望むことを叶えたいと思うのも、…私の正義なの」
相変わらず美しい声。夜空色の長い髪が歩く度にひらひらと揺れる。
入ってきたのは番人の長にして、ロックハートの養女…ダンだ。彼女もまた、ジーザス達が監禁される前に見た時と違い、別の服に着替えていた。気品さはそのままに、胸元やスカートの太腿部分が大きく開き、露出の多い紫と黒のロングドレス姿に、ヒールの高い黒革のロングブーツ。上半身は黒い革のチューブトップ型コルセットで締め上げられてより一層スタイルの良さが際立っていた。以前のお嬢様らしい服装よりもずっと妖艶さが増している。
あと、もう一つ目が行くのが、大胆な胸元の中央に光り輝く、紅い宝石のペンダントだった。ルーナの青い雫型のペンダントよりも大振りで、明らかに高級品と思われるような宝石のカットがされている。そして角度によって鮮やかなピンクにも、バラのような深紅にも見える、不思議な宝石のペンダント。
煌びやかに飾り、なおかつセクシーで流れるような美しさを醸し出す身なり。これが…
本来の彼女、ダン・エヴリコットの姿なのか。
「ダン…!テメェ!」
「この『魔女』が…」
「あら、ひどい」
早速噛み付くように言い捨てるジーザスとハザードに対し、ダンは肩をすくめた。歩み寄ってくる度に彼女のヒールの音がコツコツと鳴る。ハザードの言う、「魔女」という呼称は、彼女の幽Kの体質能力がまるで魔女のような怪しげかつ不気味に見えること以外にも、正体を明かした後の妖艶な態度もハザードの気に食わないらしく、嫌味を込めてそう呼んだ。
「よー、ダン。相変わらず胸おっきいね。羨ま………しくは無いからね」
「うふふ。お褒めの言葉として受け取るわ」
ロギアはジト目でダンを見て嫌味がかったセリフを吐くが、ダンは笑顔で受け流す。内心ではあるが、胸に関しては少年のように平たいロギアがダンの巨乳を羨ましがっているのは事実であった。
「こんなところに閉じ込めて悪いわね」
「そう思うなら出しやがれコラァ!」
「それは無理よ…お父様の命令なんだもの」
叫びながら椅子の拘束を解こうと藻掻くジーザスにも余裕の笑みを返すダン。決して拘束が解けないと自信があるのだろう。その様子を見ながらチェーンがダンに言った。
「ダン、公爵は?」
「もうすぐ来るわよ」
「そっかぁ。今回、俺結構頑張ってたよなぁ。執事と番人の二面性見せびらかしちゃったりしてさ!?」
キラリとイカした顔をしてみせるチェーンに対し、ダンは頭に手を当て呆れたような顔をし、すぐさま刃矩とカルメンがツッコミを入れた。
「お前は普段から執事としては全然ダメだろうが…」
「日常的に花瓶や彫刻を割りまくる執事は執事と呼ぶのかよ」
「なっ!お、お前らなぁ!ターゲットの目の前で本当の事言わなくてもいいだろうがぁー!」
(あ、本当のことなんだ…)
番人達の会話を聞いてジーザス達は同じことを思った。どうやら演技ではなく、チェーンは表向きには執事として生活しているようだが、彼は有能とは言えないらしい。この流れからしたら、刃矩とカルメンもそれぞれ庭師と運転手としての日常があるのだろう。
溜息をつくダンを見て、いけると感じたのか、ルーナがおずおずと尋ねた。
「…あの、……ダン…」
「ん?何かしら、ルーナ」
変わらずに友人に接するかのような優しい反応を返されてルーナは戸惑う。
「えっと、あの…その…ね。…ダンは…ロックハート公爵の目的を……知ってるの?」
「………ええ、知っているわよ。お父様はクラウンの司令と取引をして、叶えたいことがある。それが私達全員の願いでもあるのよ」
ロギアの前に立ち、ダンは静かに答える。意外と、人質である自分達にその目的を語ってくれた。その口元は美しい笑みを浮かべている。罠か、あるいは…。ジーザスがダンをじっと見つめてさらに詳しく聞き出そうとする。
「願い…だと…?」
「私達が犯罪者を憎み、裁いていっても…この世から完全に抹殺することは出来ない。私達が望むのは…悪の無い世界。この世から争い、悪意、犯罪、それらを全て消し去る。それが私達が望む、平和な世界よ」
「悪の無い…世界…?」
人が争うことの無い、完璧な、平和な世界。誰しも一度は考えたことがあるであろう。だが、人の心には必ず大小こそあれ、悪意や負の感情というものは存在する。この世から完全に消すことなんて出来ない。
「…人の心を操ろうとでも言うのか」
ハザードが冷たく言い放つと、刃矩が答える。
「公爵は我らに対し、必ず悪の無い世界を作ると言った。長らくその方法を探していたようだが、ようやくそれを見つけたという。…それがクラウンの司令が知っているということだ」
それを聞いてロギアは面倒くさげに溜息をついた。
「成程ね、それでアタシ達が人質って訳」
「悪いわね、あなた達にはひどいことをしてしまったけれど…大丈夫よ。クラウンの司令とお父様の取引が終われば、無事に解放してあげる」
少し悲しげな表情で薄く笑ったダン。どうやら、嘘では無いらしい。「番人は犯罪者以外は殺さない」という信条を守っているようだった。ダンの表情にはどことなく申し訳無さを感じるのは、ジーザス達を人質にすることはダン達も望まないことなのだろうか。
「ダン達は……どうしてそんなに…犯罪者を憎むの…?…たしかに犯罪は悪いことだよ。わたし達だって戦ってきた。でも最後には逮捕するために…。殺すまで…しなくたって…法で裁くことだって…!」
ルーナは元刑事として、犯罪者を法で裁くために捕まえてきた。それにネレイド・デルスフィアとの戦いでも、ジーザスがネレイドを倒した後、彼は逮捕され、今もヴェルヌの刑務所に入っている。ネレイドだけでなく、彼が雇った体質者の刺客達や、ネレイドに協力していた警察上層部も法の裁きを受けた。
「そうだ!お前らが裁かなくたって、生かして償わせることも出来るはずだろ!」
ジーザスがルーナに同意し、叫んだ。だが、ダンの表情がいつの間にか変わっていることに気付く。先程まで輝いていた紫の瞳が、悲しさと怒りを孕んでいるように見えてジーザスは口を閉じざるを得ない。
(な、何だ……ダンの目つきが変わった…?)
何か禁句ワードを言ってしまったかのような気がしてジーザスは若干怯む。周りのチェーン達の纏う雰囲気も暗く感じた。すると、ダンは少し黙ってから、すぐにまた余裕めいた笑みになって口を開いた。
「…本当にそれで全てが解決する世界なら、私達だって救われたはずだわ」
「えっ…」
ルーナが声を上げる。
「犯罪者を生かして法で裁く……確かに出来るわ。でもね、番人が始末するのは『法で裁けぬ罪人』なの。騎士や警察から逃げてさらに罪を重ねる者、身内や知人に権力者が居たり、金を使って法の裁きから逃れる者…。そういった犯罪者はけして断罪されること無く、のうのうと生きている…。そんな連中、生かしておくのが世の中の為かしら。残された被害者や遺族はけして心は救われない」
「そ、それは…」
ぐっと押し黙るルーナ。ダンは落ち着いた口調で続ける。
「だから被害者達は番人に依頼をするの。自分の大事なものを奪った奴らに報いを与えたくて…。私達にもその気持ちが分かる。少しでも彼らの思いを晴らす為、私達は番人として活動している…そういうことよ」
「お前らにはわかるか?犯罪の被害に遭った人間の末路がよ…。『絶望』しか無いんだよ。憎しみと苦しみに苛まれるしか無いんだ。日々が苦しい。明日が苦しい。生きた屍だよ。…復讐してやりたいって気持ちが溢れるんだ!その命を以てな!」
ダンとチェーンに言われ、ジーザス達は何も言えない。二人の口調からすると、どうやら番人の四人もまたかつて犯罪の被害に遭った者らしい。
ダンは近くに置かれていたワイン樽の上に座ると、腕と足を組む。ロングスカートのスリットからのぞく太腿が露出され、思わずジーザスはそこに目が行ってしまうが、すぐにダンの話に耳を傾けた。
「…私は幼い頃、強盗に誘拐され、長いこと監禁されたことがあるわ」
「えっ…!」
「…!!」
さすがにジーザス達は全員驚きの表情と共に何も言うことができなかった。あまりにも突然の告白で、ダンが受けた心身の傷はあまりにも深いであろうことしか自分達にはわからない。ジーザス達が黙っていると、ダンは小さな声で続けた。
「それまで汚れや闇を知らずに生きてきた私もさすがに知ったわよ。この世には…他人の命や人生…体を道具同然にしか思わない人間がいると」
「…!」
そのダンの言葉にジーザス達は全てを察した。ダンは幼少期に誘拐された時に強盗達によって………。
ルーナが泣きそうな表情でダンを見るが、当のダンは何事も無かったかのように平然と笑っている。
「ここに居る他の三人も似たような過去がある。お父様が番人を作ったのも、同じように犯罪被害者である人間なら依頼主の痛みを分かる…そういう理由よ」
「だからこそ俺達は公爵が作るという悪の無い世界の計画に協力しているのだ」
ダンに続き、カルメンが言った。刃矩もチェーンも俯きがちで、暗い表情をしている。これが事実なら、番人は犯罪によって苦しめられた者達によって構成され、犯罪者を憎む者達の為に活動しているということ。
「……どう?これでも…番人の行いは正しくないと?もう帰ってこない大事なものを取り返せなくても…他人の手を借りてその無念を晴らしたいという思いは……正しくないのかしら?」
「そ……それは……」
ダンの言葉があまりにも真っ直ぐすぎて、ジーザスは言い淀む。ルーナも今にも涙を流してしまいそうなほど目が潤み、ロギアは深く考え込んでいる。
ただ、その中で一人、ハザードはその話を聞いて舌打ちをした。
「……貴様らにどれだけ悲惨な過去があり、貴様らが信じる正義があったとしても、クラウンの司令と怪しげな取引をして、怪しげな計画を実行させるのは納得いかん」
「!ハザード…」
ハザードは未だ睨みつけるようにしてダン達を見ている。その目には闘志が宿ったままだ。ジーザスが弾かれたように隣のハザードを見た時、第三者の声が地下室に響く。
「怪しげな計画とは言ってくれるね、ハリー・ディラン君」
「!ロックハート…!」
鉄製の扉がまたもや開き、入ってきたのはロックハートだ。彼の場合は服装は変わっておらず、紳士的な身なりはそのまま。だからこそ、第一印象の優しい老紳士というイメージが変わっていないように見えて、それが余計に違和感をもたらした。こんな人物が、クラウンの司令と取引を行おうとしているとは信じられない程に。
ジーザスは歩み寄ってくるロックハートを見て叫んだ。
「テメェ!本当に悪の無い世界ってのを作ろうとしてんのかよ!」
「そうとも。大まかなことは…ダン達から聞いたようだね」
ロックハートはジーザスの前に近付いてくると、微笑みながら頷いた。ジーザスが歯を食い縛ると、刃矩がロックハートに問う。
「…公爵殿。クラウンには既に連絡を入れられたのであろうか」
「いや、これからだ。万が一のこともあるから準備の途中だよ。事前に奴らの考える策全て想定しておかねばならないからね」
「クラウンが正面衝突をお望みなら任せて下さいよ!俺らがやってやりますから!」
「オイオイ、チェーン。無用な争いは不要だぞ」
チェーンが喧嘩っ早いような口調で、若干興奮したように握り拳を作り、ロックハートに言ったが、カルメンがチェーンの上着の襟首を掴んで引っ張り寄せて大人しくさせる。チェーンという青年はメンバーの中ではわりと血気盛んらしい。
「チィ、わかってるよ。俺だって不要な殺しはしないさ。ただバトりたいだけだっつーの!」
「ははは、チェーン。君は番人の中では最も若い。そう熱くなるのも無理は無いね。だが、その若い熱さが番人には必要だ。いざとなれば頼りにしているよ」
ロックハートはまるで自分の子供のように、チェーンの頭を優しく撫でる。そのタイミングでダンは座っていた樽から降りると、ロックハートに歩み寄っていく。
「お父様。クラウンの隊員達を殺すのは……嫌よ。私達の夢の為とはいえ、犯罪者では無い彼らを傷付けるのは番人の誓いに反するわ」
「ああ、そうだね、ダン。お前は優しく強い子だ。…大丈夫、全て私に任せなさい」
ロックハートはダンの肩にそっと手を置く。その雰囲気にジーザスとロギアは妙なものを感じた。
(何だ…公爵の目……手つきも…)
(…養父とはいえ父親の眼差しっていうより…どこか…)
だが、思考の途中でロックハートがジーザスの方に視線を移したため、考察は打ち切られる。ロックハートは思い付いたように少しトーンの高い声で話し出した。
「良い機会だ。オズボーンファミリーの諸君にも聞いてもらおうか。我が計画を」
「何…」
「こ、公爵!良いんスか?一応こいつら人質ですけど…」
チェーンが慌てたようにロックハートの顔を覗き込む。
「構わんよ。全てが成されれば、彼らにも悪の心は無くなるのだ。我々が争うことも無く、仲間になれるのだから」
「ま、まあ…公爵がそう言うなら…」
穏やかな口調で諭され、チェーンが引っ込むと、ロックハートは改めてジーザス達の法を向いて宣言した。
「…我々が望むのは、クラウン司令、陣川鼎が持つ『女神の力』だ」
「女神の…力?」
「!!アンタ……!」
ロックハートが言った謎の言葉に、ルーナがハテナマークを浮かべた状態でオウム返しに聞き返したが、ロギアだけは目をカッと開いた凄まじい表情でロックハートを見た。どうやらロギアはその言葉の意味を知っているらしい。
「さすがに特務部隊隊長である君は知っているね、ロギア・デュークス君」
「…ロギア、女神の力って何なんだよ…?」
「女神ってもしかして…『女神伝説』に出てくる、あの…?」
「……創世の女神か」
未だ凄まじい表情を崩さないロギアに対し、口々とジーザス、ルーナ、ハザードが話しかけた。
この世界において、「女神」という言葉を聞けば大概の人々が同じものを想像する。かつて、このオル・ワース世界で体質者を使った戦争が起きた時、その争いを止めた伝説の女性。彼女は最強の体質者とされ、その正体こそ不明だが、彼女は「女神」と呼ばれ、その伝説は「創世の女神伝説」として現代にも語り継がれている。
「…そう。その女神だよ。…女神伝説に出てくる、体質者戦争を止めた女性の『後継者』…それがこの世には歴代居るんだよ」
「女神伝説の後継者…!?あれって御伽話じゃねぇのかよっ!?」
「そう。普通は御伽話として信じられている。けど、女神は確かに太古の昔に実在していて、その女神が残した力を受け継ぐ後継者は本当に今でも存在してるの」
ロギアは俯くようにして静かに語る。ジーザス達を含め、このオル・ワース世界に住む者であれば、女神という存在は御伽話や信憑性の低い伝承だと思い込んでいる者がほとんどだった。だが、今まで
神精や
憑神等の世間には知られていない要素を多く保有するクラウンの関係者であるロギアが言うのであれば、それは恐らく真実。
そして、そこでハッとジーザスは気付いた。ロックハートが狙うのは、現実に存在している女神の後継者が持つ力。さらに、ロックハートがジーザス達を人質にして取引を持ちかけようとしている人物といえば…。
「まさか…その女神の後継者って…!……鼎さん、なのか…?」
「えっ!」
ジーザスが絞り出すように言った言葉にルーナは驚き、ロギアは小さく頷く。
「…そうだよ。女神は何代にも渡って、初代女神が残した『ある力』を受け継いできた。そして現代の後継者が…クラウン司令、陣川鼎。アタシの先生だよ。『第五十六代目の女神』さ」
「鼎さんが…女神…?」
世界を救った女神伝説の英雄の後継者があの鼎だという事実。信じられないが、鼎の強さ、組織を纏める器、何よりもロックハートが取引をする相手がその鼎であること…。ルーナは状況を理解するのに必死だった。
ロックハートはまるで教師のようにロギアの答えに納得した。
「その通り。正解だ。補足させてもらうが、女神の後継者が代々受け継ぐとされる『女神の力』は体質能力なのだ」
「体質能力…だと」
ピクリとハザードがロックハートの言葉に反応する。体質能力研究の科学者である彼には聞き捨てならない言葉だった。
「初代女神は強力な体質能力を持っていたらしく、死の間際にその能力を助けた少女に譲り渡したという。それ以来、『女神』は優れた女性の体質者に継承され、その時代の『女神』となる…それが千年以上に渡り、繰り返されてきた。現代の『女神』が陣川鼎…勿論、初代女神が持っていた体質能力、通称『女神の力』も受け継がれている」
「…その体質能力…『女神の力』とは一体何だ……今までそんな話、聞いたことが無い…」
バレリアスにあった世界一の体質能力研究所で研究を続けていたハザードでさえ、初代女神が持っていたという最強の体質能力、通称『女神の力』のことなど一言も聞いたことが無かった。そんなものが本当に実在し、人に継承することなど出来るのか、ハザードは未だ半信半疑だ。
「一言で言えば、『全知全能の体質能力』。人に使えば力を増幅させ、人々の心理を操り、あらゆる超常現象を引き起こす。この世全ての体質能力を纏めた存在と言っても過言では無いだろう」
「全知全能って…!そんな体質能力が本当にこの世にあるって言うのか…!そんなの、本当に…『神』じゃねぇか…」
思わずロックハートに対して怒鳴るように声を荒げたジーザスだったが、次第に声が小さく、呆気にとられたようになっていく。全知全能の体質能力。あまりにもスケールが違う。だが、ハザードも同じように呆然としていて、珍しく驚愕の表情から変わらないまま、固まっている。
「そんな体質能力が…受け継がれてきたというのか……?その存在…バレリアスの研究所で知らないはずが無い…」
その様子を見てロックハートは妙に冷たく言う。
「君がかつて所属していたバレリアスの王立体質能力研究所でも女神の力は知られていたはずだ。だが、一般研究員には知らされていなかっただろうね。知っていたのは所長クラスや、国の軍部くらいだろう」
「!」
「なんせ女神の存在および、その力を知る者は僅かだ。裏社会でも相当の情報通でなければ知らない。しかし、一度知ってしまえば…誰もがその力を求めて女神を狙い、争いを起こす」
(まさか…)
ハザードの脳裏によぎる一つの可能性。バレリアスの王立体質能力研究所で人体実験を行ってまで兵器を製造していたのは、その先に女神の力を手に入れるという目的があったからではないか。それを確かめるのは今出来ることでは無いが…。
「…アンタ、女神の力の存在を知ってて…アタシ達を人質にして先生から女神の力を奪うつもりだったんだね!最初から!」
まるで噛み付こうとする犬のようにロギアはロックハートに向かって叫んだ。比較的冷静だったロギアが急に態度を取り乱すのは、師匠である鼎の秘密に触れたからなのか。だが、ロックハートはその態度も予想していたかのように小さく笑う。
「そういうことだね。鉄壁の彼女がそう簡単に力を渡すとは思えない。だからこそ、卑怯ではあったが…彼女の大事な弟子である君と、絆を深めたオズボーンファミリーの諸君を利用させてもらった。番人程の事件になれば、特務部隊が出てくると思ったからね」
「テメェッ…!」
ロックハートに苛立ったジーザスの態度を見てダンがすぐさま口を挟む。
「誤解しないでよ。そのことの為だけに番人として暗殺を重ねてきたつもりは無いわよ」
クラウンの特務部隊を誘き出す目的のみで無益な暗殺をしてきた訳では無いと言いたいのだろう。先程も話した通り、番人は番人として、法を逃れた犯罪者を裁いてきたのは自分達の正義の為でもあると。
「さて、後はわかるね?私は君達を人質にし、陣川鼎に女神の力を進んで使ってもらうか…話次第では無理矢理にでもその力を奪い、
全世界の人々の心理を操作し、人間の感情から悪の根源となる『負の感情』を抹消する。これで人々は人を憎むことも、争い合うことも、傷付け合うことも無くなる。無論、ダン達番人も過去の傷が癒され、彼らを苦しめた犯罪も消滅し…皆、平和に生きる幸せな世界となるのだ…」
「……」
光悦した表情で両手を広げるロックハートの姿はまるで大天使のような、あまりにも清らかすぎて目が眩むような光景だった。だが、その側でダンはどこか影を落としたような表情でロックハートから目を背けているのがジーザスは気になった。本来であれば宗教の信者のように目を輝かせて崇拝しても良いというのに。
(どうしたんだ…ダンは…)
よく見れば他の三人もロックハートの姿を見てはいるが、ダン程では無いが決して盛り上がっている訳でも無く、感激しているようでも無ければ嘆いている訳でも無い。そう…無感情であるのを、必死にそうでないように演じているかのような。
(もしかして…アイツら…)
すると、ルーナが大声でロックハートに言った。
「そんなのおかしい!強制的に人の心から悪意を消すなんて…そんなの絶対におかしいよ!!負の感情だって、生まれ持った人間の感情…確かに犯罪にも繋がることもあるし、良いものではないかもしれないけど!でもっ…!そんなの、人間って言えないよ!」
「ルーナ…」
ジーザスは必死に主張するルーナを見た。椅子に縛られたままでも必死に身を乗り出そうとして叫んでいる彼女は、あまりにも真っ直ぐ過ぎる。だが、人の心を勝手に操作して自分の意のままに世界を作り変えようとするロックハートの主張は…。
「…俺だって許せねえ」
「!ジーザス…!」
「なんでテメェの都合で全世界の人間の心を弄くり回されなきゃいけねえんだよっ!人間誰だって喧嘩や諍いの一つや二つするさ、時には間違いも起こす。だけど、それを正して、間違ってるって教えてやらなきゃ見えないものもあるんだ!!」
ジーザスもルーナと同じくらいに叫んだ。正義が人によって違うのはわかる。だが、そうだとしてもジーザスが思う正義はルーナと同じ意見だった。人間の持って生まれた感情を後から一部の人間の都合で消すのは間違っている。間違いを認め、生き直すことも人間であると。
二人の意見を聞いてしばらく黙り込んでいたハザードとロギアも…。
「…俺も同意見だ。貴様らの望む世界では俺はかつての己の罪も忘れるだろう。自分が過ちを犯したことも忘れて未来を作る…。そんな未来は俺自身が許さない。どれだけ高潔な世界だろうと、過ちを忘れるなんざ、望まない世界だ。そんなもの…受け入れてたまるか」
「そうだね。人は善にも悪にもなるけど、それは本人と周りの人達の行いによって変わるもの。人間自身が未来を変えるんだよ。他人によって変えられる心なんて、あってはいけない。女神の力はそんな風に使うべきものじゃない」
「……それが君達の答えか」
急にロックハートの言葉が何か黒いものを帯びたような気がした。ルーナが思わずビクッと震え、ジーザス、ハザード、ロギアは警戒心を強める。拘束されている状態では何も出来ない…だが、それでもいざとなったら食い付いてでも…。
場が緊張した時。誰よりも先に、ダンがフッと入り口である鉄の扉の方向を見る。何かの気配を察知したようだ。そんなダンを見て刃矩が声をかける。
「どうした、ダン」
「………何かが…」
ダンが呟いた時。鉄の扉が開かれる。それには番人達やロックハートも意外だったらしい。本来であればこの場に居る人間以外が自らの意思でこの地下室に入ってくるはずが無いのに。
「!」
ノックも無しに扉が開いた先に居たのは、メイドだ。使用人の一人で、相変わらずの無表情。しかし、おかしい。先程、使用人達は全員が魂の無い自動人形であるとジーザス達は聞かされていた。自らの意思で動くことも無いのに、どうしてここにやって来たのか。ロックハート達の様子から察するに、彼らがこのメイドを呼び寄せたのでは無いらしい。
「…お父様。メイドを呼んだの?」
「……いいや。そんな命令は出していないが」
ダンはメイドをじっと見据えたまま、隣に居るロックハートに問うたが、やはり彼の命令でメイドが現れたのでは無いらしい。自分の意思で動くことの無いメイドがどうしてここに居るのか…誰もがそう思った瞬間。
「……『
衝龍破』!!」
ジーザス達にとっては聞き覚えのある声が響くと同時にメイドの体が輪切りになり、凄まじい衝撃波が放たれた。メイドの背後に何者かが隠れて攻撃をしてきたのだ。人形からは血も流れず、機械のパーツが散らばった。
「っ!何!?」
カルメンが防ごうとしたが、それよりも早く何者かが放つ衝撃波がカルメンの巨体をも吹き飛ばす。刃矩は愛刀である神無を抜き、衝撃波を飛ばした人物を見て構え、ロックハートは意外性と嬉しさを持ったような不敵な笑みをこぼした。
「…これはこれは…意外な人物だ」
衝撃波によって起こった煙が晴れていき、その人物の姿が明らかになってくる。ダンもその姿をじっと見て、少しだけ眉をひそめた。
ジーザス達は正面に見える為、はっきりとその姿を確認して驚きの声を上げる。
「あ…!」
「な、なんでココに!?」
ルーナとジーザスが叫び、ハザードとロギアはどこか呆れたようだった。
「チィッ……貴様が来るとはな」
「そろそろかと思ってましたけど…一人で来るなんてさすがに驚きですよぉ……冬一さん!」
ロギアが彼の名前を呼ぶのと同タイミングで、煙が晴れてその姿が明確にわかるようになった。黒い上着に黒い肩掛けの
外套。構えているのは黒い大きな刀…妖刀、黒帝。
「悪かったな!こっちは別件もあって俺だけ来させてもらったんだよ!!」
クラウンの副司令、陣川冬一。世界最強の剣士がたった一人で現れたのだった。
32.創世ジュマラタルタ
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