冬一がミュゼールの貴族街にやって来たのは既に夜の十二時を過ぎたあたりだった。華やかな貴族街といえど、辺りは夜の静けさに包まれ、街頭はあれど、人っ子一人居ないし、聞こえるのは夜行性の鳥と虫の鳴き声、時折聞こえる風の音だけ。
ロギアの途中経過の報告メールを見て、冬一は居ても立っても居られなくなった。関係者リストに記された名前は、冬一が十四年間ずっと探し求めていたものだったからだ……ダン・エヴリコット。彼が十四年前に親しくしていた貴族、ナルシス・エヴリコット伯爵の娘。公爵夫妻が殺されたあの事件で、ただ一人誘拐されて以来、行方不明になっていた少女…。

「ハァ、ハァ……」

貴族街の中でも一際大きな屋敷の前に立つ。ロギアの報告にあった、番人から脅迫を受けたゼウス・ロックハート公爵の屋敷。もし、報告メールの中にあった、この家の娘であるダンが冬一の探していたダンと同一人物なら、話を聞かなくてはならない。何故、あの事件以降、行方がわからなかったダンがロックハート公爵家の養子になっているのか。十四年間の間に何があったのか。冬一は知らなくてはいけない。
しかし、実際に来てみると、その呼び鈴を鳴らすのを躊躇う。時刻は深夜に差し掛かっていて、屋敷に明かりは灯っていない。普通の人間ならとっくに寝ている時間帯だ。こんな時間に突然尋ねていくのはあまりにも不躾だろうが…。本当は一刻も早く、ダンの姿を確認したいが…。
冬一が迷っていると、屋敷を囲む柵越しに屋敷の庭が見え、そこに一人の人影がぽつんと立っているのがわかった。一瞬、泥棒か何かかと思ったが、よく見ればその人影は立派なスーツを着た若い男で、特に焦った様子も周りを警戒する素振りも無い。ただ、その表情は暗く、屋敷を外からぼんやりと見つめている。

「…オイ!アンタ、屋敷の人間か?」
「!…あ、あなたは…」

声をかけると、男は一瞬ビクリとしてからこちらを見た。随分と柔らかい雰囲気を持った青年風だ。男はこちらに近付いてくると、門を内側から開けて冬一を招き入れる。こんな時間に突然の客を招き入れて大丈夫なのか?とも思った。男は使用人にしては身なりが良く、だが屋敷の子息には見えない。第一、ロギアが送ってきた関係者リストの中には公爵の息子は居なかった。ってことはリストの中にあった公爵の秘書ってところだろうか。

「…あなたはクラウンの方ですね?」
「ああ。副司令の陣川冬一だ。そういうお前は公爵の秘書か?」
「!…はい。既にご存知なんですね…」
「この屋敷にウチのロギアっていう特務の隊長とオズボーンファミリーが厄介になっているだろう。そのロギアが連絡を寄越してな、そこでこの屋敷の人間のことを知った」
「…そうでしたか。…ご明察通り、僕は公爵の秘書のクリス・ミッドナイトと申します」

丁寧に頭を下げた男、クリス。だが、どことなくその顔色は暗い。

「…なあ、頼む。無礼で申し訳無いが、今から公爵に会えないか。あと、公爵の娘の……ダンにも」
「…あなたは何も知らずにここへいらっしゃったのですか?」

急にクリスが驚いた顔になる。何も知らずに、ってのはどういう意味だ?まさか…屋敷に居るはずのロギア達に何かあったっていうのか?

「オイ、それどういう意味だ」
「とにかく、今は歩きながら説明します。こちらへ…!」

何が何だかわからないが、クリスは冬一を屋敷の中に入れた。報告書通り、豪華な屋敷。けど、やけに静かだ。夜とはいえ、使用人の気配も感じられないのは何だか妙だった。屋敷の玄関は暗く、所々に壁に掛けられたランプが灯っているくらいしか明かりが無い。

「ロギアさん達は今、地下室に監禁されています」
「!?監禁!?ロギア達が…!どういうことだ!」

冬一は思わず詰め寄ってしまう。ロックハート公爵の屋敷にロギア達が監禁されているというのか。ということは公爵が…番人事件の黒幕という事実。

「…申し訳ございません。僕は公爵を止めることが出来ませんでした。…番人というシステムそのものは、公爵が作り上げ、今まで裏で彼らを管理していたのです」
「管理…だと?」
「番人は依頼を受け、法で裁けぬ罪人を抹殺する殺し屋組織。ですが、それはあくまでも名目上。言うなれば、彼ら番人とは、公爵の私設兵。公爵が真に望む『ある目的』の為の戦力となる手駒なんです……」

クリスは冬一を地下室へ案内しながら重々しい口調で言う。やはりロックハートに届いたあの脅迫状も嘘か。だが、クリスの言う「ある目的」という言葉が気になった。

「ある目的ってのは…何だ。ロックハートは何を企んでいる…!」
「公爵の目的…クラウンの司令、陣川鼎さんの持つ『女神の力』で、全人類の心から負の感情を消し去ることです。その為の人質としてロギアさん達を捕らえました」
「!鼎の女神の力…!」

鼎の女神の力。この世界に伝わる創世の女神伝説に登場する最強の体質者「女神」が持っていた、万能の体質能力。鼎はそれを受け継いでいる。今までもそれを狙ってきた敵と何度も冬一達は戦い、鼎を守ってきた。今回のロックハートも同じ目的だったか。しかも、全人類の心から負の感情を消し去るという。なんて大それた計画だ。今までの敵の誰よりも規模がでかい計画だが、そんなこと絶対に認められる訳が無い。そう思っているとクリスは続ける。

「番人は全員、犯罪の被害に遭い、心に深い傷を負った者達で構成されています。だからこそ、自分と同じ目に遭った人々の為にも番人の仕事を引き受けている。ですが、それさえも公爵の思惑通りなのです。元々、悲痛な過去を背負った者達を事前に調べて集め、自分に従順になる戦力となるように言いくるめた…」
「待て…まさか、その番人のメンバーの中に…ダンが居るのか!?」
「…え、ええ。あなたは…ダンを以前から知っているようですが、どういうことでしょうか?」
「俺はアイツの両親が死んだ事件以降、ずっとアイツを探してきたんだ。お前は知っているのか?番人の中に居るダンって女は…俺の知る…エヴリコット伯爵の娘だったダンなのか…」

冬一がそう言うと、クリスは前を歩きながらも、切なそうに俯きがちになった。その表情が答えになっている気がする。

「…はい。ダンは…間違いなく、今は亡きエヴリコット伯爵の令嬢です」
「やっぱり…そうだったのか…!」

予想していた通りだった。ダンは生きていた…!生きていてくれた安心感と、さらなる疑問に心が満ちていたが、そうしているとクリスの足が止まった。目の前には地下へ降りる階段があり、その前にはやたらと無表情な執事とメイドが見張りのように立っていた。冬一を見るなり、突然格闘術の構えになり、冬一も腰にさした愛刀、黒帝に手を伸ばしたが、すぐにその二人が人間ではないことに気付いた。

「こいつら…自動人形か」
「はい、屋敷の使用人は番人以外が全員自動人形です。『戦闘態勢解除、この先へ通してくれ』」

クリスが一言言うと、二人の自動人形はピタッと動きを止め、元の体勢に戻り、まるでマネキン人形のように瞬きすらしなくなった。

「成程な。お前の言葉には従うように設定されているのか」
「ええ。ただ、最優先命令マスターはロックハート公爵となっていますが。公爵はどうやら警備として配置したようですが、僕が相手だったので通してくれるようです。さあ、この先にロギアさん達が居ます。恐らくは公爵やダン達も…」

この先がロギア達が監禁されているという地下室。そこにはロックハートも、ダンも…。

「ここにダン達が…」
「どうか皆さんを助けてあげて下さい…僕には…助ける力はありません…」
「…そういえばお前は…どうして俺に全てを話した。それに俺をここまで案内して…」

罠かとも思ったが、初めて会った時からずっとこの男…クリスからは殺気や邪気を感じない。むしろ、クリスの顔は常に迷いに満ちている気がした。

「僕は…生きる目的も行く宛も無く彷徨っていたんです。そんな時に公爵に秘書として雇われ、公爵が望むままに彼の計画を手伝ってきました…。…人の感情を操作するなんて良くないことだってわかっていたのに…」
「…お前は…」

コイツは流されるままにロックハートに従っていたのか。だが、本心ではロックハートのやり方に疑問を感じていた…。恐らく、色々な葛藤があって、冬一をここまで案内したのか。どちらにせよ、冬一はダン本人と会って確かめたい。それにあのロギアが捕まるっていうのがいまいち信じられなかった。ロギアはクラウンでも屈指の強さだ。普通なら捕まるはずが無いんだがな…。

「…お願いします!陣川さん。どうか公爵を止めて下さい…」
「……わかった。この自動人形を一体借りて行くぞ」
「構いませんが…一体何に?」

他の任務でもよくやる手段を思いつき、メイド型自動人形を前に立たせる。

「公爵達の隙を突く作戦だ。コイツに前を進んで地下室の扉を開けるように命令を出してくれないか」
「は、はい!…『彼の前を歩いて、地下室の扉を開けてくれ』」

クリスが命令するとメイド型自動人形はゆっくりと階段を下りていく。冬一もそれに続き、振り返ってクリスを見て叫んだ。

「お前はここで待ってろよ!」
「…はい!」

クリスの、少し明るくなった声色の返事を聞いて、冬一は自動人形と共に地下室への階段を下りていった。その間に、黒帝を抜き、いつでも剣技が放てるようにして。



「………」

残されたクリスは冬一の姿が見えなくなっても、ずっと階段を見つめ、呆然とした顔で立ち尽くしていた。自分がしたことが正しかったとは思うが、ロックハート達を裏切った事実は消えない。

(結局、僕は……正しいことをしたのだろうか…。人間としての正義を選び…これが……)

そこまで考えた時、突然、第三者の声がした。

「『ダンの為になるのか?』とか考えてんのかよ、テメェ」
「!」

クリスは突然、現実に引き戻されて背後を振り返る。先程まで居なかったはずの人物がそこには居た。屋敷の廊下に窓からの月明かりを浴びる若い黒髪の男。髪の毛先がところどころ温かみのある黄色のメッシュが入っていて、血痕を模したシャツに、首にファーが付いたロングコートを羽織り、シルバーアクセサリーを装着した全体的にパンク調のファッションを身に纏っている。

「…!どうして、ここに…」
「俺様を誰だと思ってんだ。つーか、お前の思考は簡単に読めるんだよ。だいたい、クラウンの副司令を地下室に案内するってのはどういうことだ。公爵を裏切ってんだぞ」

二人は顔見知りらしく、男はやたら馴れ馴れしくクリスに言う。その目には呆れと怒りが宿っているようにも見えた。クリスはぐっと押し黙りかけたが、それでも男に対して自分の意見をぶつけた。

「それはわかっている!でも、もう僕は…自分の思いを押し留めたくないんだ。このまま、公爵の計画が実行されたら…ダンは……感情を消されても、きっと苦しむはずだ!」
「負の感情を消されるなら、苦しむことも無いだろうが」
「違う!例え、『苦しみ』という感情が消えたとしても、きっとダンは心の奥で泣くことになる!僕は今まで目を逸らしてきたけど…やっぱり、僕は公爵の計画に賛同することは出来ない…!」
「……テメェよぉ。さっきから自分はダンの為を思って、みてえに言ってるがな」

男がクリスの言葉を聞いて少し苛立った態度になる。そしてクリスに近付くと、胸倉を掴んだ。

「良いか!!ダンは俺のモノなんだからなっ!!テメェの良い子ぶってダンに気に入られようとする態度は飽き飽きだ!」
「ぼ、僕は…!」

男はクリスを殴り捨てるようにして胸倉を離すと背を向けて歩き出す。彼はダンにぞっこんだった…。

「ま、待って…」
「うるせェな。俺は俺でやることがあんだよ!」

怒鳴りつけて男は歩き去って行く。クリスは悲しげな表情でその背中を見送ることしか出来なかった。



********************************



そして、数分後の地下室。冬一はメイド型自動人形を盾にした状態でそのまま奇襲を仕掛けた。カルメンを吹き飛ばした一撃を放ち、冬一は一同の前に姿を現す。ジーザスがその名を叫んだ。

「と…冬一!」
「本当に捕まってたか…とにかく、そっちの話は後だ!」

椅子に縛られているジーザス達を見てから、改めてロックハート達を見つめる冬一。だが、その視線は一人の女に注がれていた。

「……!!お、お前………ダン…!!」
「…?…あなた、私を知っているの?」

その姿を見た瞬間、冬一の脳裏に走馬灯のように流れていく光景。笑いかける幼い美少女。その面影が色濃く残る、目の前の美しい女は…。

(間違いない……コイツは…俺が探していた…ダン・エヴリコット…だ…)

その場の状況についていけないのはダンだけではないようだ。ジーザス達も、冬一がダンのことを知っているのが不思議だった。ルーナがロギアに慌てて尋ねる。

「ね、ねえ、ロギア。冬一さんってダンと知り合いなの…?」
「そんな話…聞いたことないけど…」

驚くことにロギアも冬一とダンの関係を知らなかった。だからこそ報告メールの中の関係者リストにダンの名前を普通に記載したのだが…。

「い、一体どういうことだ…?冬一のヤツ…!」

ジーザスも困惑したように冬一を見つめた。隣のハザードは黙って状況を見ているばかり。ハザードにとっては冬一とダンが知り合いだろうとどうでも良かった。とにかく、彼の登場でこの状況が打開できれば良い。
肝心のダンの方は冬一をじっと見つめてはいるが、不信感を抱いた目をしている。無理もない。何年も前のことで覚えていないのだろう。

「覚えてないだろうな…だが、俺はずっとお前を探していたんだ!」
「…何ですって?あなた……前に、どこかで…?」

ピクリとダンが反応した。自分の過去を知る男に興味を持ったようで、冬一とダンの目がそこで初めて合う。その時、冬一は思わず息を飲んだ。今まで、女嫌いと言われ、本人も言い寄ってきたり、喧しい女に対してはひどく拒否感を示してきた冬一だったが…純粋に、この瞬間は本当にある一つの感想しか浮かばない。

(……あの小さかったダンが……こんなに美人に育っていやがる…)

あの頃の面影を残しつつも、本当に美しい大人の女に成長していた。一種の感動と共に、一人の女を美しいと思えた。冬一には時が止まったかのようにさえ感じる時間。目を見開いてしばし呆然とダンを見つめていたが、突然その時間を割くようにロックハートが咳払いをして声をかけた。まるで、冬一とダンがこれ以上会話をすることを望んでいないような…。

「ゴホン。…あなたはクラウンの副司令…陣川冬一殿だね?まさか、あなたが単身乗り込んでくるとは意外でした」
「お前がゼウス・ロックハートだな!お前には聞きたいことが山程ある!だがまずは、お前が女神の力を狙って企んでることを阻止させてもらうぜ」

冬一は黒帝を構え、ロックハートを強く睨み付ける。しかし、ロックハートは余裕そうに笑った。

「企むとは人聞きの悪い。あくまでも無血交渉を望んでいたのですが…仕方ない。ダン、彼を捕縛しなさい」

わざとらしく溜息をついたロックハートがダンに命令を下す。それに対し、ダンは少し不意を突かれたようだった。

「えっ…で、でも、お父様。…あの男、昔の私を知ってるみたい…」

ダンは自分の過去を知る冬一に僅かながらに興味を抱いているようで、話もせずに捕縛することに若干の躊躇いがあるようだった。ダン自身も冬一のことが気になる様子ではあるが、ロックハートは被せるようにして温度のない声で再び命じる。

「ダン。彼の話は後だ。今は彼を捕らえるのだ、ダン」
「……わかったわ…」

普段とどこか違う態度のロックハートに疑問を抱きつつも、やはり養父の判断は間違っていないはず。そう納得したダンが何もない空中から剣斧ブレードアックス型の武器、ベルヌイユを出現させて構えた。その姿に冬一はぎょっとする。

(ダンが体質能力を…!あれは番人の殺人現場にあった痕跡の…幽Kの体質能力!!ってことは…ダンが幽Kの体質者か!)

ずっと探していたダンが世間的にも希少で、なおかつ殺人現場に残っていた痕跡の幽Kの体質者。ということはダンは間違いなく、番人として殺人に手を染めていたということだ。

(ダン…お前に一体、何があったんだ…!)

ダンは最早、ただのお嬢様ではないのだ。冬一が苦い顔をしていると、先程吹き飛ばした大男のカルメンが起き上がってきて、さらに残りの番人の二人、チェーンと刃矩も武器を構えてきた。
さすがの冬一でも四対一は厳しいのではないか、とルーナはハラハラした表情でロギアに言う。

「ロ、ロギア!冬一さんが危ないよ!」
「大丈夫だよ、冬一さんなら」
「で、でも!相手はあの番人だよ!?」

ジーザス達も番人達とそれぞれ渡り合ったが、強敵だった。ダン以外の男性陣三人も体質者ではないのに、十分に強く、殺し屋としての実力は一流。そんな相手を冬一一人で捌ききれるのか。ジーザスも不安そうに冬一の姿を見る。

「冬一の剣がすごいってのは知ってるが…!でも、やっぱり無謀だって!」

だが、ハザードは冬一の構えをじっと見つめて観察するように呟いた。

「……恐らく、何とかなるはずだ」
「何とかって!ハザード、お前っ…」
「あの男は世界最強だの言われているだろ。その呼び名は…伊達じゃないはずだ」

本人は絶対に同意しないだろうが、ハザードは冬一の構えや気配を見てある意味「信頼」していた。

(あの男の構えには…まるで『刀との絆』を感じるようだ…)

妖刀との間に友情さえあるかのような不思議な繋がりを感じる。ハザードから見ても冬一はそこらへんの一階の剣士というわけではないと思えた。
そしてチェーンが鎖鎌の鎖を冬一に向けて放ったことで戦闘が始まる。

「アンタには悪ィが、オズボーンファミリーと一緒に揃って捕まってもらうぜ!」

鎖が冬一の右足に絡まり、チェーンが強くそれを引っ張り、体勢を崩そうとする。同時に刃矩が愛刀の神無で斬りかかり、カルメンがナックルを装備した大きな拳で殴りかかる。だが、冬一はそれを見越していたかのように黒帝を真下に刺し、足に絡んでいた鎖を斬ると同時にそのまま横に大きく振るうと刃矩とカルメンが弾かれたように飛ぶ。驚いているチェーンへ向かい、走っていくと斬撃を放って中距離から彼へ攻撃した。

「うわっ!」
「遅いな!」

冬一はチェーンを斬り捨てる。チェーンは倒れこんだが、どうやら命までは取っていないようで、小さく呻いた。刃矩とカルメンも同様らしい。そのあまりの強さにジーザス達は唖然とした。

「す、すげぇ…」
「番人三人をたった一人で…」

ジーザスとルーナは思わず声に出して呟く。世界最強の剣士の腕前を目の当たりにして驚きに満ちている声色だ。
ロギアは既にクラウンで旧知の仲である為、慣れた様子でその光景を見ており、ハザードは相変わらず表情を変えずに冬一の動きの一つ一つをしっかりと目で追っていた。

「冬一さんの流派はジャポンの古い流派『皇穹一刀流こうきゅういっとうりゅう』っていって、現在の継承者は冬一さんだけなんだよ。アタシが自動人形として生まれる前に継承したって聞いたけど…冬一さんの剣の腕はアタシから見ても最強…」
「……」

そして冬一はダン以外の番人をとりあえず倒したところで戦闘を止めて彼女と対話しようと考えていた。

「ダン!俺は…」
「まだ戦いは終わっていないわよ!」

言い終わる前に物凄いスピードでダンがベルヌイユの巨大な刃を振り下ろしてきた。冬一はぎょっとしたが、すぐに黒帝でベルヌイユを止める。ダンが持つ得物にしてはかなり大きな重量武器に見えるが、ダン自身の幽Kの体質能力で生まれたものだから重さは調節できるのだろう。しかし、その威力は強く、冬一は黒帝で抑えたが、ギリギリと丈夫から押し込められていく。

「ぐっ……ダン…俺の話を聞け!」
「悪いけど、あなたの話は大人しく捕まってもらった後で聞かせてもらうわ!」

ダンはロックハートの命令を守り、今はまともに話を聞いてくれそうにない。

「あのロックハートに忠実なのは…養父だからか!お前、一体何があったっていうんだ!!」
「あなたに関係あるかしら!私はお父様の作る未来の為に戦うだけよ!」

冬一の黒帝を強く弾くと、ダンはその僅かな隙に距離を取り、詠唱を始めると同時に彼女の足元に紫色に発行する陣が浮かび上がる。ハザードと戦った時と同じ…幽Kの体質能力による、遠距離技を放つ為の準備だ。

「輝ける紫苑の光よ……『ヴィオーラフォトン』!!」

ダンのかざした右手から紫色の光が放たれたかと思うと、ある程度離れた冬一の目の前に突然、紫の光が花開くようにして小規模爆発を起こす。本物の炎ではないが、至近距離で闇の爆発が起きたという感覚だった。

「くっ!」

直撃は避けたが、冬一は軽い火傷のようなものを感じ、怯む。これが幽Kの体質能力。相当な攻撃性を持っている危険な能力だが…同時に感じたことは、「美しい」ということ。体質者本人がそうだからなのか、今の術技も芸術のような美しさだった。
だがダンは怯んだ冬一に向かって再びベルヌイユで斬りかかってくる。遠距離からの体質能力攻撃と、近距離でのベルヌイユの直接攻撃を使い分けた戦闘術。ダンはもう冬一の知る幼く無邪気な令嬢ではなかった。

「終わりよ!眠ってもらうわ!」

ダンが軽やかな動きでベルヌイユを振るってくる。だが、それでも…冬一は…。

「…負ける訳にはいかねぇよ!お前に全てを聞く為に…お前に全てを話す為に!!」

叫びながら、冬一も黒帝を握り直し、ダンに真正面から向かっていく。今、ここで負けたら捕まる…ロックハートはダンと話す機会も与えずに、自分も人質となって鼎を脅す材料になるだけだ。

(俺は今…妹を狙う敵を捕まえるのと…長年探していたダンを見つけて話を聞くっていう二つの目的がある!どちらも叶える為に、俺は負ける訳にはいかない!)

冬一とダンは互いにそれぞれの武器をぶつけ合う。勢い良く振り下ろされた刃と刃は火花を放ち、装備者に凄まじい衝撃をもたらす。

「っ!」
「く…!」

威力は互角。その様子をロックハートは冷たい目で見つめ、ジーザス達はハラハラしながら見守っていた。どちらが勝つのかわからなくなってきている。しかし、冬一は明らかにダン相手になった途端、手加減したように思えた。冬一がダンと顔見知りなのは先程の会話からわかったが、恐らく冬一にとって傷を負わせたくない程の大事な存在なのだろうか…。冬一が本気を出せばダンを押さえ込む力はあるのかもしれない。

「ダン!俺はお前の過去を知ってる!話を聞いてくれ!!」
「…ダン!陣川冬一の戯言に耳を貸すな!その男を捕まえなさい!」

冬一の叫びに、それを上回る大声でロックハートが怒鳴りつける。起き上がりかけていたチェーン達もビクリとしてロックハートを見るほど、その怒鳴り声は奇妙なものだった。普段は冷静で穏やかなロックハートがここまで感情を露わにするなんて。ダンも驚いた様子で養父の方を見る。

「お父様…」

特にダンにとっては優しく、大きなる夢を持つ誇れる父であった。だが、まるで今の父は、クラウンのナンバー2とはいえ、自分の過去を知る特別な人間である冬一の話も聞かずにさっさと捕縛するように命令するなんて。ダンは僅かな違和感を感じていた。
勿論、ジーザス達は違和感というよりも、ロックハートの豹変ぶりにただただ驚くしかなかった。明らかに冬一が現れた瞬間から様子が変化している。

「お前…よっぽどダンと俺を話させたくないらしいな…。一体、何を知ってるんだ……ゼウス・ロックハート!」
「……」

冬一がロックハートを睨みつける。それに対してロックハートは返事をせず、両手を後ろで組んでただ氷のような目を向けるだけ。答えるつもりはないようだ。

(ダンが誘拐されて行方不明になっていたこの十四年の間に…コイツはダンを養子にして…なおかつダンは体質者として目覚め、番人になった…!これは一体何がどうなっているんだよ…!)

むしろロックハート自身を斬らなくてはいけないかもしれない。冬一がそう思った時だった。
突然、椅子に縛られているジーザス、ルーナ、ハザード、ロギアの四人と、立っていた冬一の足元に白い光の陣が浮かび上がる。

「!」
「これは…!」

あたりを見渡すルーナとロギア。ジーザスも思わず番人の攻撃かと思ったが、ダンやチェーン達もその現象に驚いた顔をしてこちらを見ている。チェーンが思わず叫んでジーザス達の足元の陣を指差す。

「あっ!な、なんだあれっ!?」
「…あれは転移術式の紋!…逃げられるぞ!」

ハッと気付き、刃矩がジーザス達の元へ走っていこうとする。だが、次の瞬間にはフォン…という音と共に五人の姿が一瞬で消えてしまった。これは転移術だ。しかも、あの五人の誰かが発動したものではない。ロックハートが五人の消えた後をじっと見つめていたが、カルメンが話しかける。

「公爵!あれは…転移術ですか」
「…ふむ。そのようだ。…あれだけの人数を僅かな時間で転移させたということは、恐らく相当の術師。…陣川鼎か」
「!陣川鼎が…仲間を逃がしたってのかよ」

ロックハートの言葉にチェーンが大袈裟に驚いた。いまいち、チェーンは体質能力や魔術関連に詳しくない。

(…『堕天使・・・』め。遠距離からの転移術とはやってくれる。…まあいい。近いうちに決着は付く)

少し考え込んでから、ロックハートは目を伏せ、また普段の穏やかな笑みを浮かべる。そして未だ呆然としているダンに近付くと優しく頭を撫でた。

「ああ、ダン。怪我はなかったかい?私の美しい娘よ」
「…お父様、ごめんなさい。陣川冬一を仕留められなかったわ…」

しゅん、と叱られた子供のようにダンは俯きがちに謝罪する。優しい父があそこまで怒鳴ったのだから、確実に冬一を倒して捕まえなくてはいけなかったのに逃がしてしまった責任を感じていた。それでもロックハートは優しく笑ってダンの髪に手を絡めて微笑む。

「私も無理を言った。チェーン達でも敵わなかった世界最強の剣士をお前一人で仕留めさせようなんて…許しておくれ、ダン」
「お父様…」

ロックハートはダンを抱き寄せ、まるで妻を愛でるかのように抱きしめる。その腕の中でダンはただ、冬一のことを考えていた。

(あの男……陣川冬一……私が失くした過去を…知っている…)

ダンの脳裏に一瞬、幼い頃の記憶が過ぎり、ダンは必死にその情景をかき消そうと強く目を瞑った。

(ダメよ…あの時のことを思い出しては…ダメ…)

同時にあることを考える。

(あの男と…話をしたい…お父様にも内緒で…)

きっとロックハートはダンが冬一と会うことを許しはしない。だからこそ秘密裏に彼と会うことができたら…。

(あなたは一体…私の何を知っているの…?…陣川…冬一…)


33.邂逅するプリマドンナ






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