それから冬一は一年の間に四回、エヴリコット邸を訪ね、親睦を深めていった。エヴリコット家は由緒正しい貴族の一家で、父のナルシスと母のオルガ、そして長女のダンの他にもう一人、生まれたばかりの赤ん坊が居る。冬一がこの赤ん坊に会ったのは二回目に屋敷を訪れた時だった。ミュゼールでは赤ん坊が生まれると、定期的に王都ティアヒルムにある大聖堂で祝福の祈りを受けることになっている。冬一が初めてこの屋敷に来た時はちょうど、老執事が赤ん坊を連れてその大聖堂に居たので不在だったことを後からナルシスが教えてくれた。初めて会ったもう一人のエヴリコット家の子供はとても愛らしく、赤ん坊である現在でさえ既に気高さと美貌を醸し出している。将来は姉や母のように美しくなるのだろうと冬一は思った。
そんなエヴリコット邸を何度も訪れた冬一だが、ナルシスとは非常に気が合い、遺跡で見つけた発掘物の中に体質者に関する記録があったりするとそれを冬一に知らせ、共に古代の体質者の存在について語り合ったりもした。ナルシスの見つける発掘物の情報はクラウンにとっても有益なものばかりで、冬一を通してナルシスとクラウンは良好な関係を築いていったのである。
冬一の話を聞いて、鼎やガイストもナルシス達のことは協力者ということで気になって、近いうちに顔を合わせて食事でもしようという話も出ていた頃。
「冬一さまー!」
「お、お嬢様!」
今日も冬一はエヴリコット邸を訪れていたが、執事が屋敷の扉を開いた瞬間、黄色いサマードレスを着たダンが冬一に飛びかかってきた。執事が驚いて叫ぶが、既にダンは冬一に向かって飛んでいる。
「わっ!…ダン、いきなり抱きついてくるなよ…驚くだろ」
「ふふふっ」
驚いたものの、冬一は無事にダンを受け止めたが、当のダンはにぱにぱと笑っている。
「冬一さま。今日も来てくれてうれしい!」
「ああ、お前の親父さんが古い文献を見つけたって言うからな。見に来たんだよ」
「ぶんけん?おとうさまが持っていたものかも!いっしょに行きましょう!冬一さま!」
「そうだな、一緒に行くか」
満足そうにダンは小さな手で冬一の黒い手袋を嵌めた手を握って屋敷の中へ入っていく。
何度もダンと会ううちに、彼女は冬一にとても懐いていた。父のナルシス曰く、ダンがここまで客人に懐くのは珍しいらしい。
ダンは嬉しそうに冬一の手を引いてナルシスが居るであろう部屋へ向かっていく。冬一は小さなダンを見て微笑みながら話しかけた。
「ダンはもうすぐ誕生日だったか?」
「うん!十歳になるの!」
「ダンは十歳になる割には子供っぽいなぁ」
「むー!もう大人だよ!」
頬を膨らませるダンに笑顔をこぼす冬一。子供の頃の鼎も似たような顔をしていたのを思い出した。冬一は割と子供好きの一面があるらしい。
冬一が指摘した通り、ダンは現時点では十歳だが、言動等はやたらと幼く感じる。恐らく、普通の子供よりも貴族として大事に育てられたせいもあるだろうが、ダン本来の性格が無邪気で明るいからなのかもしれない。
「ダンもあと数年したらお袋さんみたいな美人になるさ」
「おふくろさん……って、おかあさまのことね?うん!おかあさまみたいになりたいわ!」
「じゃあダンも女優になるのが夢か?」
「うーん……それはまだわかんない」
「ゆっくり考えればいいさ。ダンの未来はダンのものだ。親父さんみたいに、貴族の身分に縛られない生き方を選べる。お前がいつか夢の為に頑張りたいって言うなら、俺はいつだって協力してやるからよ」
そう言って冬一はダンの頭を撫でた。人より聡明な子とはいえ、まだ冬一の言っている言葉の意味のほとんどを理解できていない様子できょとんとしている。冬一はそんなダンの様子にも笑みが浮かんだ。
(クラウンは体質者だけでなく…人間の平和な生活を守ることが任務。俺はダンのような子供達が幸せな未来を歩んでいけるような…そんな世界を作ってみせる)
ダンは屋敷で過ごすことが多く、世界を知らない。いつか彼女も父親のように屋敷を飛び出して広い世界を知ることになるのだろう。その未来の為にも冬一は世界を守り続けなくてはいけない。
そう思いながら冬一はダンと共にナルシスの待つ部屋へ歩いて行った。
「陣川殿!ごきげんよう」
「お招き頂き、嬉しい限りです」
部屋の中には今日も発掘物をテーブルに乗せて待っていたナルシス。冬一を友人としての目で見ているようだった。冬一自身もナルシスのことはとても信頼していて、ナルシスの顔を見て笑いかける。
「今日も新しい発掘物の痕跡調査を宜しくお願いします」
「はい。今回はまた大量で…」
冬一が苦笑いする程、テーブルに乗せられた発掘物は石板やら、妙な古代の仮面やら、石人形やら。
ダンが興味深そうにそれを覗いていたが、突然部屋にオルガが入ってきた。今日も妖艶な美しさである。
「ダン、お父様と陣川様のお話の邪魔をダメよ。こちらにいらっしゃい。絵画の授業があるでしょう?」
「えーっ…!」
オルガの言葉にダンは物凄く嫌そうな顔をする。どうやらダンはナルシスと冬一の話に付き合っていたかったらしい。前々から感じていたが、ダンは父と同様に考古学に興味があるようで、意味はわからないながらも遺跡や発掘物を見るのが好きな様子だった。ナルシスと冬一は笑いながらダンを見る。
「オルガの言う通り。先生を待たせているだろう?」
「何だ、授業があったのか。絵画の授業、面白そうじゃないか」
「むぅぅ…絵画…きらい…」
明らかに行きたくなさそうな顔のダン。ミュゼールの貴族は学校に通わない代わりに、各分野の家庭教師が屋敷を訪れてその家の子息、息女に勉強を教えるのが一般的だ。普通の学校と同じように数学、科学などは勿論、帝王学や芸事の科目もある。ダンも屋敷に家庭教師が来ては日ごと、時間ごとで区切られた授業を受けていた。今日は絵画、つまり芸術の授業があったようだが、ダンはそれを受けたくないらしい。
「そう言うなよ、ダン。勉強が終わったらマカロン買ってやるから」
「…!まかろん…!」
冬一が言うと、ダンはピクリと反応した。やはり好物のマカロンには弱いらしい。
「…やくそくね!冬一さま!」
「ああ。約束だ。いい絵が描けたら見せてくれよ」
「…がんばる!じゃあね、冬一さま!おとうさま!」
ダンは手を振りながらオルガと共に部屋を出て行く。オルガは部屋を出る前ににこやかに微笑んで頭を下げていった。
「ダンは本当に明るくて良い子ですね」
「我が子ながら聡明な子です。ただ…私に似てしまって芸術面はあまり得意ではないんですよ」
「へえ…意外ですね」
ダンも絵画の授業が苦手だったようだが、ナルシスもその方面は向いていないようだった。冬一から見れば、ナルシスもダンもそういった分野は得意そうだったが…。頭を掻いて苦笑いするナルシス。
「はは…私の父もそうでしたので、これは遺伝ですね。……陣川殿。私は…あなたをとても信頼しています。いつか…あなたにお話ししたいことがあります…」
「…?なんでしょう…?」
いつになく真剣そうな表情のナルシス。眼鏡の奥の紫色の瞳は何か迷っているようだった。
「…いずれダンの未来に関わってくることかもしれません」
「ダンの未来に…?」
「ええ。ですが、重要なことで…私の一存では外部に漏らすことができないのです。近いうち、お話しできると思いますが…」
(外部に漏らせない…?そんな機密なのか…?しかもダンの未来に関わるっていうのは…どういう…)
だが、それを今聞くことは出来ない。いずれ話してもらえる時が来るだろう。迷いを秘めたナルシスの目を見れば、彼が自分を信頼してくれているのがわかる。その期待に応えることができたら…。
「陣川殿。今後とも、宜しくお願い致します。…ダンが困った時、どうぞ助けてやって下さい…」
「はい。勿論ですよ」
冬一は今後も、末長く…このエヴリコット家との付き合いが続くものだと思っていた。それが儚いものだと思いもせずに…。
そこで、思いついたようにナルシスは冬一にあることを提案する。
「そうです、陣川殿。来週の日曜、ご予定はいかがでしょうか」
「来週ですか?ええ、特に何もないですが…何か?」
「実は、その日がダンの誕生日なのです。誕生パーティーを開く予定なのですが、よろしければ陣川殿も来ていただけませんか。きっとダンも喜びます」
ダンの誕生日。冬一には断る理由もない。むしろ、ダンの為にプレゼントを贈ることが楽しみだった。
「ええ、是非お伺いさせて頂きますよ」
「ああ、良かった。ありがとうございます…!招待状は改めてお送りさせて頂きますので。どうぞ、これからのダンの未来を…祝ってやって下さい。陣川殿」
二人はにこやかに笑い合う。彼らの上空には青空が広がり、一羽の鳥が舞うように飛んでいる。しかし、その鳥の行先の空はうっすらと曇天が近付いてきていた。
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それは冬一がエヴリコット邸を五回目に訪れた日。空は曇天。今にも雨が降りそうな曇り空だ。
「あー…降る前に着いておきてえな」
冬一は空の様子を気にしながら小走りでいつものエヴリコット邸を目指す。今日はダンの誕生日パーティーが行われる日。前回、エヴリコット邸を訪れた日の次の日には、ナルシスからクラウン本部の冬一宛に立派な招待状が送られてきた。受け取った時、同じ部屋にいた鼎が「うわー!すごいきれいな招待状!」、同じく同席していたガイストが「やっぱミュゼールの貴族ってのはこういうもんにも金かけるんだよなぁ」と声を上げるほど、煌びやかでいて、派手過ぎないオシャレな招待状だった。立派な紙に、丁寧なお誘いの招待状が書かれ、エヴリコット邸の紋章の封蝋が押されている。むしろこの招待状だけでも売り物になってしまいそうなくらい美しい。そんな招待状を手に、冬一は屋敷へ向かっていた。
(ダン、プレゼント喜んでくれっかな…久しぶりに良い物が作れたけどな)
冬一は黒い紙袋の中に、小箱を入れて左手にぶら下げている。その中身は今日、十歳になったダンの為に冬一自らが作った誕生日プレゼントが入っていた。冬一は幼少期から、父譲りの手先の器用さで様々な物を手作りしていたが、今日の為に数年ぶりに冬一はある物を作っていたのである。
それは、金で出来た蝶の形のイヤリングだった。ミュゼールでは、耳にイヤリングまたはピアスを付けることは魔除けとなり、敵から守るとされてきた。まだ子供のダンにはイヤリングを贈ろうと思い、冬一は金の板から形の形成、器具の取り付けや細かな装飾まで全てを手作りしたのである。完成したイヤリングは美しい蝶の形が見事に再現され、一流職人の手がけた作品といっても通用するほどの出来栄え。きっとダンも喜んでくれるだろう。冬一はすっかりダンを妹のように可愛がっていた。
ダンの笑顔を想像しながら冬一が歩いていると…。
「…?なんだ?」
曲がり角を曲がればエヴリコット邸が見えてきた。だが、冬一はその光景にぎょっとする。
屋敷の前にはミュゼールの騎士が二人立っていて、それを遠巻きに大勢の人々が不安げに見てざわついていた。
ミュゼールには警察組織が存在しない代わりに、国王に仕える騎士団が治安管理や国内外の武力活動への対抗を担っている。白銀の甲冑を着た騎士が二人、屋敷の前で見張りのように立っているが、よく見れば屋敷の庭先にも数人の騎士達が何かを調べているように見えた。
(ど、どうしてミュゼールの騎士団が居るんだ…?伯爵は……伯爵はどうした…?ダンは…!?)
嫌な予感がした。思わず立ち尽くしていたが、ゆっくりと屋敷の方へ歩き出し、次第にその足は速くなり、最終的には走っていた。心臓が高鳴り、逸る気持ちだけが冬一の中にある。気付けば、見張りの騎士達に話しかけていた。
「オイ!!ここで何があった!」
「な、何だ貴殿は!ここは関係者以外立ち入り禁止である!」
騎士は冬一に警戒心を剥き出しにして立ち入りを止めた。だが、冬一は鬼気迫る表情で、上着に付けたクラウンの腕章を見せつけ、怒鳴るように叫んだ。
「俺は能力統制情報管理協会トリニティ・クラウンの副司令、陣川冬一だ!!それに、この屋敷の主人とは知り合いだ!一体何があったんだ!!答えろ!!」
「ト、トリニティ・クラウン…!」
「し、失礼しました!」
冬一がクラウンの人間だと知って騎士達が恐縮する。体質者を保護し、体質者関連の事件を捜査する巨大組織、クラウンの存在は世界的にも有名で、世界の警察や軍、騎士団とも連携を取って捜査することが多い。クラウンの影響力は大きく、その副司令ともなれば一介の騎士なら、かなり緊張する相手だ。騎士はおずおずと説明する。
「じ、実はこのエヴリコット伯爵邸で事件が起きまして…」
「事件…!?どういうことだ…!」
その後の騎士の言葉に冬一は心にヒビが入ったような気がした。それ程までに絶望的な現実だ。
「昨夜、屋敷に何者かが侵入し……伯爵夫妻と使用人が全員殺害されました」
「……な……」
冬一はあまりのことに目を見開いて固まり、手に提げていた紙袋をその場に落としてしまった。
(…伯爵が……オルガさんが……殺された…?…そんな…そんなことが…)
冬一の脳裏に蘇ったのは、幼いあの日、自分の両親が何者かに殺されて家に火をつけられた記憶。百年経っても犯人はわからずじまい。もう犯人も死んでいるだろう。だからもう二度と大事な人を失いたくない一心で強くなったというのに…また、冬一は大事な人達を殺されてしまったというのか。
気付けば冬一は騎士達の間をすり抜けて屋敷の中へ走り出していた。
「あっ!陣川殿!?」
「お、お待ちを!」
慌てて、門の見張りをしていた騎士達のうち、一人が追いかけてくる。本当は二人組で追いかけたかったようだが、関係者以外が入らないように一人が残ったようだ。
庭や屋敷内を捜査していた他の騎士達も突然現れた謎の黒い上着の男、冬一に驚きを隠せなかった。しかし、腕に付けた腕章にクラウンのマークが記されているのを見てすぐに緊張した雰囲気に包まれる。
冬一は騎士達の視線も全く気にせず、屋敷内を走っていく。ロビーは騎士達が居ること以外は特段普通と変わった感じはしない。だが、その違和感は各部屋に繋がる廊下へ出て初めて訪れた。
「……!!」
廊下にはところどころ血痕が散らばっていた。量からして、複数の人間が襲われたと想定できる程…。大量に血痕が落ちている箇所には騎士達が捜査を行なっていて、冬一を怪訝そうに見ている。
「これは……!」
「ここで二人、執事とメイドが殺されていました。遺体は既に収容し、死因を調査している最中です…。他の使用人も別の部屋で…伯爵夫妻と共に…。こちらです…ご案内します」
愕然として立ち尽くす冬一に、追いかけてきた騎士が険しい表情で言った。相当な現場だったのだろう。騎士が他の騎士達に目で合図し、冬一が不審人物ではないことを告げて、冬一をある部屋へ案内する。それは大広間だった。冬一も一度、案内されたことがある。エヴリコット邸で最大の広さを誇る部屋で、稀にパーティー等を開いたりするらしかったが…。
「……っ!」
大広間に入ってすぐ冬一は目を見開いて一歩も足を踏み出すことが出来なくなった。広がる景色は、この状況にあまりにも不自然な、華やかで明るいパーティーの装飾。だが、その装飾は一部が荒らされ、その飾りとあまりにも対照的な…壁や床に残る大量の血痕。パーティー会場で起きた殺人事件の現場というのが第一印象だった。冬一にはすぐ、その現場の意味がわかってしまった。
−−ダンの誕生日パーティー…。
「…この大広間で伯爵夫妻と使用人達が…全員…。どうやらここでご令嬢の誕生日パーティーが行われる予定だったようです」
騎士が暗い声でそう話した。冬一が被害者と知り合いだということを慮って、言い辛そうではあったが、彼はきちんと現場の状況を説明する。
「第一発見者はパーティーに招待された客人の方、数名。皆、事前に伯爵に招待された貴族の方々とお付きの方々でした。使用人が門を開けないことを不審に思い、ご自身のお付きの方々数名と共に中へ入ってみると…このようなことになっていたようで…。」
その言葉もまともに頭に入ってこない冬一。ただ、ひたすらに現場をぐるりと目線だけで見渡すことしか出来なかった。ここにナルシス達の遺体がなくて良かったのかもしれない。見てしまっていたら、その死に向き合えなくなっていたはずだ。
「…子供は………」
「えっ?」
「この屋敷の子供達はどうした!!」
冬一は騎士に詰め寄る。屋敷には子供達が居たはずだ。騎士の証言では、殺されたのは伯爵夫妻と使用人全員。だとしたら、子供達はどうなったのか。冬一の凄まじい形相に騎士は後退りするが、何とか答えた。
「は、はい!赤子のご令息は執事の方と一緒にティアヒルムの大聖堂に居て無事でした。連絡は取れていますので、現在は執事の方と大聖堂にそのまま滞在してもらっていますので…」
「ダンは!令嬢のダンはどうしたんだ!」
「その……ご令嬢は…行方不明、なんです…」
「!行方不明……だと……!」
ダンが消えた。だが、同時にエヴリコット家の子供達が生きていることに安堵したのは事実。冬一は騎士に話の続きを催促する。
「ダンはどこへ行ったんだ!手がかりはないのか!」
「そ、それが…!残された痕跡が全くないものでして…現在、必死で行方を追っていますが…」
「…っ!クソッ…!」
冬一はその場に膝を着く。頭に浮かぶのは幸せだったあの頃…。穏やかでありながら考古学に対して情熱を燃やし続けていたナルシス、妖艶な美貌と優しさを兼ね備えたオルガ、そして可愛い子供達と過ごしたあの日々はもう帰ってこない。特に頭に残るのは……花のような笑顔のダン。
(ダン……お前は…どこに居るんだ……俺が必ず…事件の全てを暴いて…お前を探し出す……!お前はきっと…生きてるはずだ……!)
********************************
「…それから十四年。俺は事件の調査をしながら、ダンを探し続けてきた。だが…事件の手がかりは何一つ見つからず、ダンの行方もわからないままだった……それが…こんなことでわかるなんてな…」
冬一はジーザス達に全てを話し終え、それを聞いた一同はシンと静まり返っていた。番人のボスであるダンは冬一が可愛がっていた少女だった。そして謎の貴族殺人事件から数年の空白の後に彼女は殺し屋となり、罪人を裁いていたなんて…。ジーザスは沈黙を破り、呟く。
「…冬一、本当に間違いないんだな…?あのダンはお前の知ってた……お嬢様なんだよ、な?」
「ああ。間違いない。印象はすっかり変わっちまったが…面影は昔のままだ。髪と目の色もそのまま…ダンだった」
どこか懐かしげに冬一は答える。ゼウス・ロックハート邸の地下室で冬一がダンと会った時の不思議な反応はこれが理由だったのだ。鼎とガイストも冬一達の話を聞いて深い顔つきになっている中、ルーナは冬一達の顔色を伺いながら尋ねる。
「あの…冬一さん。さっきのお話で…伯爵家には赤ちゃんが居たって……」
「ああ。ダンには弟が居る。今は十三か十四になるくらいだろうが」
「弟が…」
ジーザスも声を漏らす。あのダンに弟が居ることが意外な気もした。ルーナは続けて問う。
「今、その子は…?ま、まさか番人と関わってるとか…」
「いや、それは大丈夫だ」
ルーナの言いたいことがわかったのか、少し明るくなった声色で冬一は言う。伯爵夫妻が殺害された時、生き残った赤ん坊…。冬一は赤ん坊のその後も知っていたようだ。
「事件が起きた時、ミュゼール貴族の通例儀式である大聖堂の祝福を受けていたんだ。要するに子供に神の祝福を授けるっていうお祈りだな。定期的に執事に連れて行かれて通っていたらしいが、事件の日もそうだったみたいだ」
「それで…事件の被害に遭わずに済んだってことか」
ここまでは冬一の語った過去にもあった通りだ。ジーザスも状況をまとめる為に口を挟み、冬一は続けた。
「ああ。それ以来、大聖堂の司祭に引き取られて、司祭見習いとして元気に育ってるようだ。俺もあまり事件のことを突きたくなくて直接は会ってないが、司祭や、一緒に生き残った執事とは連絡を取り合ってるからな。その子が番人やロックハートと関わってるってのはないな」
「そうですか…安心しました…」
ルーナはホッと胸を撫で下ろす。ダンの弟も番人のメンバーなのではと危惧していたようだったが、冬一の話を聞く限り、弟の保護者的存在になっている司祭や執事と連絡を取り合って近況が把握できている。番人との関わりは皆無だろう。どちらにせよ、ロックハートはダンの弟の存在は一言も口にしていなかったし、屋敷に住んでいる様子もなかった。
その話を聞いてジーザスは腕を組んで、うーんと唸る。
「じゃあ、ダンの弟は十四年間、実の姉と生き別れ状態ってことか…?」
「そうだね…弟の子は、お姉さんが生きていて殺し屋になっていることも知らないんだよね…」
ジーザスの隣でルーナは暗い表情を浮かべる。物心ついた時には既に家族は居ない生活。きっと寂しかっただろう。
そこでジーザスがあることを思い出す。
「知らないといえば…冬一はよく俺達が地下室にいるってわかったな」
「ああ……ロギアのメールからダンのことに気付いて屋敷に向かった時、秘書のクリスってやつが色々教えてくれてよ」
「あの秘書か…だがそれはロックハートへの裏切りではないか」
冬一の言葉に鋭く発言したハザード。確かにクリスがやったことは敵である冬一に有利に動いたということ。つまりは裏切り行為だ。
ロギアも頷きながら強い目で考え込む。
「確かにあのクリス…番人やロックハートの正体が明らかになった時も申し訳なさそうな感じだったよね。悪意を持った人間には見えなかった」
「クリスはダンのこと知ってるのかな…本当は…クリスと話せたらいいけど…」
ルーナが溜息まじりに呟き、冬一も複雑そうな表情だったが、鼎がジーザス達の顔を見て言う。
「クリスのことは今からわからないけど…かつてエヴリコット伯爵夫妻が殺され、ダンちゃんが行方不明になった事件が起きた時、アタシ達も兄さんと一緒に調べたんだけど…不思議なことに、エヴリコット伯爵の事件の犯人はおろか、ダンちゃんの情報も一切調べがつかなかったんだよ」
「まるで誰かに事件の情報を丸ごと隠蔽されたみてえにな…」
情報の隠蔽。確かに、巨大組織であるクラウンの諜報力をもってしても十四年間、何の情報も得られないというのは明らかにおかしい。ロギアは顎に手を当てて考え込んだ。ロギア自身は冬一が調べていたエヴリコット伯爵夫妻殺人事件に関しては知っていたが、行方不明になった娘がダンであることは知らなかった。だからこそ、今回の番人事件との繋がりに様々な考察をすることが出来る。
「…それってやっぱり…ロックハート公爵が十四年前のエヴリコット伯爵殺人事件に関与してるってことですかね」
「えっ…!」
ロギアの言葉にルーナが反応し、冬一も頷いた。
「…俺もそう感じた。今のダンが番人として暗殺活動をしてるなんて、昔のアイツを思えば信じられないことだ。そして番人の背後に居るのはあの男…ロックハートだ。ってことは…エヴリコット伯爵の事件も、ダンの失踪もアイツが絡んでるとしか思えねえ」
すると、それまで黙り込んでいたハザードが口を開く。
「…俺達が捕まっていた時、あの女は言っていたぞ。自分は…かつて強盗に誘拐されて監禁されていたとな」
「!何だと!」
「それ、本当なの…ハザード」
その話を聞いた時、現場に居なかった冬一や鼎が驚愕の表情でハザードに聞き返した。ガイストも驚きの表情を隠せない。特に冬一はガタッと座っていたソファーから立ち上がり、身を乗り出す程だった。ずっと探して来たダン、しかも幼い頃の笑顔を知る冬一だからこそ、ダンの身に起きたあまりにも酷い現実に身が裂かれるような痛みを感じている…。ハザードはそれが分かった上で冷静に自分達が聞いたことを説明した。
「…あの女自らがそう言った。真偽は分からんがな。それにあの態度…おそらくは性的暴行を受けたのだろう」
「…ッ!」
ハザードがはっきり言ったことでジーザス達も薄々感じていたことが確信的になる。
ダンはかつて誘拐された時に体をも奪われたのだろうと。ダンの言動もそのように示唆していた。それが番人としての彼女を作るきっかけだったのかもしれない。
冬一もそれは予感していたらしく、険しい表情を隠すように顔を抑えたが、さらにハザードは続ける。
「他の三人も全員、犯罪被害者だとかも言っていた。そういった過去のある者を選んで番人に選出しているのかもしれない」
「た、確かにそうだった。だから自分達のような人間の痛みが分かるって…ロックハートの求める悪のない世界の計画に協力してるらしいぜ」
ハザードに続けてジーザスも補足した。あの時のダンの表情はどことなく悲しげだったのも気になっていたが、彼女自身の過去に関わることを思い出していたのかもしれない。
「兄さん。どちらにせよ、ゼウス・ロックハートと…ダンちゃん達と戦う時が来ると思う。それまでに集められる情報は全部集めておかなきゃね」
「鼎…」
鼎は冬一を気遣うように、だが確実にこれから行うべきことをしっかりと明示して言った。ロックハートの企むことは確実に止めなくてはいけない。それには、恐らくあの番人達が行く手を阻むはず。その中にはダンも居る…。
「大丈夫。兄さん。この十四年、兄さんはミュゼールの貴族に恨みを持つ裏世界の連中が犯人じゃないかと疑って色々調べてたよね?」
「ああ…」
「でも、何の手がかりもなかった。けど、今…ロックハートが明らかに怪しいって思い始めて来たよね。ってことは、これからはロックハートの周辺を調べてみようよ。多分、エヴリコット伯爵家との繋がりも見えてくるはず」
鼎の言う通り、今まで冬一はクラウンの諜報力を駆使すると共に、自分自身も何度もミュゼールに足を運び、事件を調べ、ダンを探して来た。しかし、犯人は恐らく裏世界のチンピラか殺し屋か、そのあたりだろうと思い、その界隈を念入りに調査していたのだ。元々、ミュゼールの貴族社会に対して妬みや恨みを持つ貧民は多く、過去にも何度か、貧民が貴族を襲撃する事件が起きた事例もある。事件を捜査していたミュゼール騎士団も同じ見解だったようだが、犯人を示す証拠等は全く見つからなかった。
だが、調査対象が貴族…ゼウス・ロックハートの周辺だったらどうか。確かに今までロックハートの存在を知りもしなかったから、彼のことは全く調べていない。ロックハートとダンの繋がりもこれで情報が得られるのだとしたら…。
「…そうだな。お前の言う通りだ、鼎。諜報部に依頼してゼウス・ロックハートを調べよう」
「わかった。依頼しておくね」
鼎は頷いた。冬一は手を組み、真剣な眼差しで言う。
「…そしてもし、アイツが…事件の何かを知っていて、ダンに殺しをさせていたなら……!俺は…!」
冬一は拳を握り締め、強い口調で、どこか自らに言い聞かせるように宣言した。その姿をルーナはじっと見つめる。
「冬一さん……」
冬一の純粋な気持ちがひしひしと伝わってくる。彼はエヴリコット伯爵夫妻の無念を晴らすと共に、ダンを取り戻したいのだ。そして彼女の身に何が起きたのかを知りたい…。ただ、それだけだ。
ジーザスも同じく冬一の気持ちが分かったようで、冬一に向かって拳を見せるようにして強く言った。
「冬一、俺達も手伝うぜ」
「ジーザス…」
「ロックハートが女神の力を使って作ろうとしてる世界は絶対に間違ってる。それを止めるのもオズボーンファミリーの信条『人を守る』ってことだと思う。それに、冬一がダンを救いたい気持ち、すげぇ分かるから…俺達に手伝わせてくれ!」
冬一は少しだけ驚いた顔をしてジーザスの言葉を聞いていたが、すぐにルーナ、ハザード、ロギアも続けた。
「そうです!わたしだってロックハートの計画は見過ごす訳にはいきませんし、冬一さんの強い気持ち…ダンに伝わるって信じてますから!ご協力します!」
「…別に俺はあの女のことなんざどうでもいいがな。女神の力という特別な体質能力を使って世界の人間の心を弄ることだけは享受出来ない。俺があのジジイをたたっ斬る」
「…冬一さん。アタシ達の力を使ってやって下さい。ダンもきっとわかってくれると思いますよ。あの感じだと、人の話を聞かないタイプじゃなさそうだし」
四人の顔を見て冬一はフッと笑った。自分一人で戦う訳ではないのだと実感出来たのだ。
「ああ……宜しく頼むぜ…」
その様子を見ていた鼎とガイストも顔を見合わせて微笑むと、冬一に笑いかける。
「アタシ達だって居るんだからねー、兄さん?」
「お前、時々突っ走ることがあるから俺らが見張ってねえとな」
「そりゃお前らだろうが…」
ガイストに突っ込みを入れてようやく普段通りの落ち着いた口調に戻った冬一。一同はほっと一息ついたらしい。
冬一はその空気の中で思っていた。強い意志と、決意を胸に抱きながら。
(ダン…俺はお前と面と向かって話さなきゃいけねえ。お前の真意を…知りたい…!)
35.十四年のパラドックス
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