〈冬一視点〉
「はぁぁ……」
やっちまった。
俺はダンと別れてバーから戻り、明け方にはクラウン本部の自分の部屋に戻ってきていた。クラウン幹部の上着と
外套を脱いで、壁のハンガーに掛けておく。中に着た黒いハイネック姿になり、腰に下げていた愛刀の黒帝をベッド脇に立て掛けると、黒を基調にした部屋の奥に配置されたシンプルな黒いシーツのベッドにごろりと転がって深い溜息をつく。
ダンと会って、誘拐された後の真実を教えてもらったが、あまりにも酷い経験をさせていて、胸が締め付けられた。
……が、俺はそんな状況でやっちまった。ダンのことを想って辛くなって、同時に本当に愛おしくて。…キスしちまった。あんなの、絶対に嫌がるに決まってんだろ。ダンは警戒心剥き出しだっつーのに。…いや、でも…抵抗しなかったけど……。
だが、今のダンは俺を敵として見ている。俺の想いは伝えたが、受け入れてくれるはずないだろ…。
でも…俺はようやく気付いた。確かに最初は、子供だったダンを可愛がっていたからその行方が心配で探していた。そして再会した時、もうアイツは子供ではなく…本当に美しい大人の女に成長していた。そしてその心は暗い過去に縛られて、無理をして生きているような顔をして……ロックハートの言いなりだった。俺はそれが許せなくて、ダンを解放したくて…その気持ちが、ダンを愛していると気付いたんだ…。
「…ダンっ……俺が必ず…」
ロックハートがやろうとしている、鼎の持つ女神の力を使って全人類の心から負の感情を消し去る計画は絶対に間違っている。人間の感情は生まれながらにして持った大事なもの。後から他人が弄って消すものじゃないんだ。
それにダン自身がそんな世界を望んでいないように思えた。そう、養父であるロックハートがやりたがっているから従っているだけ…俺にはそう思えたんだ。…まあ、真意まではわからないが…。
開け放たれた窓からは既に日が昇り、朝と言っていい時間帯。朝特有の心地良い涼しい風と共に、キョウの街の住民達やクラウン本部の隊員達が活動を始めた声がちらほらと聞こえてきた。いくら百階とはいえ、風向きの関係で、さすがに何と言っているかまではわからないが、人の賑わいなんかは聞こえてくるもんだ。何だかんだ、自室に戻ってからダンのことばかり考えて、四時間以上経っていたらしい。
…今まで鼎を守る為に生きてきたが、世の中じゃ俺はすっかり「女嫌い」で浸透しちまったようだ。別に女が嫌いって訳じゃないし、女の経験だってある。子供の頃からうるさい女は苦手だったが、決定的になったのはクラウンに入隊して数年経ってからだ。
俺は十五歳でクラウンに入隊し、その六年後には鼎もクラウンに入隊した。その頃には俺は特務部隊の隊長になっていたが、鼎はその実力と「兄が隊長」ということで女隊員達からイジメに近いものを受けたようだった。鼎は俺に何も言わなかったが、その事態に気付いて俺が対処するまで、鼎は辛い目に遭っていた。それから、俺は徹底的に女に嫌悪感を示すようになり、今に至る。
……俺は絶対に女と恋愛をすることはないと思っていた。…それが、まさか……可愛がっていた子供に惚れるなんてな。
そんなことをぼんやりと思い、ベッドに横たわっていたが、扉の外の廊下を走る足音が聞こえたかと思うと、ドンドンと激しく俺の扉が叩かれた。
「兄さん!兄さん!起きて!!」
「……鼎?」
聞き慣れた妹の声。急かしているような声色だ。鼎は俺が寝ていると思っているらしく、大声で叫んでいる。何かあったのかと思い、ベッドから降りて扉を開けると、息を荒げた鼎が寝間着用の白い浴衣姿で立っている。
「どうした、鼎」
「諜報部から連絡が届いたのよ!ゼウス・ロックハートの経歴を調べて…とんでもないことがわかったよ」
「!なんだと…」
ロギア達を救出して皆で話し合った後、すぐにクラウンの諜報部にゼウス・ロックハートの調査を依頼した。一日で結果が出るとはな。
「ジーザス君達も会議室に呼んでるからすぐに来て!」
「わかった!」
ジーザス達も念の為に本部に一泊させておいてよかった。朝っぱらから呼び出されるってことはかなり重要な内容だったんだろう。
俺は上着も着ることなく、ハイネック姿のまま、腰に黒帝を下げて鼎と共に会議室へ向かった。
会議室に着いて五分も経たないうちに、ガイストがジーザス、ルーナ、ハザード、ロギアの四人を連れて駆けつけて来た。皆、俺と同じように説明を受けたのか、朝だというのに緊張した表情をしている。ジーザスが勢いよく鼎に尋ねた。
「鼎さん!ロックハートの調査結果がわかったってマジですか…!」
「うん。ここに調査結果の書類が来てる。皆、席に着いて…一から話すね」
鼎は既に書類の内容を読んだらしく、険しい顔をしている。俺達は話を聞く為に会議室の円卓テーブルの前にある椅子に座った。それを確認すると鼎はテーブルの上に書類を広げる。その中には書類だけでなく、複数枚の写真が混ざっていた。
「これが諜報部が調べた調査結果報告書。確かにゼウス・ロックハートは生前のエヴリコット伯爵と親しくしていたようね」
「エヴリコット伯爵…ダンのお父さんですね」
ルーナの言葉に鼎は頷いた。
「そう。それも、ミュゼールの王様経由だったみたいだよ」
「…ミュゼールの王?」
俺が思わず聞き返した。ミュゼールは代々続く王家が治める王国だが…。鼎は書類を見ながら続けた。
「エヴリコット家はミュゼールの国王一家と親交がある上流貴族で、度々、王宮にも招かれたりする程だったようね。そして、ロックハートもまた国王一家と親しい…そこで知り合ったらしいわ」
「確か、ロックハートは身内に王室関係者が居るって話だな。その繋がりもあるのか」
鼎の言葉を聞いてから、ガイストが顎に手をかけて言う。ロックハートとエヴリコット伯爵は国王を中心にして繋がっていた…。そもそも、ロックハートは身内が王室関係者っていうことで国王に近付けたんだろうが、エヴリコット家はどうして国王とそんなに親しいんだろうか。
そんなことを感じていると、鼎は写真の中の一枚を指差す。そこには、三十人程の人間が写っている。男女様々だが、どうやら高貴な身分の人間達が並んで記念撮影したもののようだ。それが、今までの話にどう関係しているかわからず、ジーザスとルーナがハテナマークを浮かべる。
「これは…記念撮影?」
「ど、どういうことですか?鼎さん」
「ここを見て」
鼎が写真の中央付近にいる人間を指差して、俺を含め、ジーザス達もギョッとする。
写真の最前列中央に写っているのは白髪の老人。頭には輝く王冠が載っていて、立派な赤い服を着て、指には大きな赤い宝石の付いた指輪が嵌っている…本人の顔は知らないが、間違いなくミュゼールの国王だろう。隣には小さな冠を頭に載せ、薄水色のドレスを纏う気品のある老婦人が佇み、微笑んでいるが、それは恐らく王妃だ。確か、前にもミュゼールの国王夫妻は既に高齢で、子供である王子はまだ十代の少年だと聞いたことがあったな…。写真には王子は写っていないが、王子が生まれる前の写真だろうか。
よく見ると鼎の指差している場所は国王夫妻の右隣だった。そこに立っていた人物は……。
「!ロックハート!」
「そう。ゼウス・ロックハート。…それと…」
鼎の指が移動して右端にひっそりと立ち、微笑む眼鏡の男。夜空色の短髪に特徴的に跳ね返った前髪、立派なスーツを纏い、男だが首元に紅色の宝石のペンダント…ダンが付けていたものと同じ、エヴリコット家の家宝であるローズダイヤだ。
間違いない。この人物はダンの父親。俺は叫ぶように声に出す。
「…ナルシス・エヴリコット伯爵……!ダンの父親だ!」
「えっ!こ、この人が…」
「やっぱり、そうだね。これで本当にロックハートとエヴリコット伯爵の繋がりが証明できた」
俺以外、ナルシス・エヴリコット伯爵の顔を知らなかった為、ルーナが驚いている。ロギアも納得したように頷いた。ロックハートとダンの父親の繋がりはこれで証明されたが…。だが、俺は何か違和感を感じた。いや、違和感というより既視感に近い。エヴリコット伯爵と…ミュゼールの国王。伯爵は国王から遠い位置に立っているが、この二人の姿はどこか共通点があるような気がして……。だが、鼎はさらに話を続ける。
「そして、これからが本題よ。実は、今まで公にされなかった数々の目撃情報があったらしいの」
「!?俺が調べた時、目撃情報どころか…手がかりなんて何もなかったぞ!」
「兄さん、落ち着いて。確かに事件発生当時、何の手がかりもなかった。何一つ…おかしいくらいにね。今回、諜報部隊は昔と違い、犯人やダンちゃんの行方ではなく、ロックハート本人の周辺を調べてみた。そもそも彼は何者でどんな経歴があるのか。いつ、どこでダンちゃんを養女にしたのかとか…。そうしてみると…ゼウス・ロックハートは何故か老年になる前、若い頃の記録が一切ないんだよね」
「えっ?」
「…どういうことだ」
ルーナとハザードが鼎に対して聞き返す。
「生まれた場所、子供の頃、青年期…それがどう調べても浮かんでこない。過去の痕跡を一切残してないんだよ。はっきりしてるのは、由緒正しい家柄の大貴族だということ、そして…裏社会の人間と関わりがあるということ」
「!?裏社会の人間…!?」
ジーザスがひどく驚いた顔をしていた。確かに貴族であるロックハートが裏社会の人間と繋がっているなんざ、普通は考えつかないな。今度は広がった写真の一枚を見たガイストが言う。
「どうやらジジイ、裏では結構悪どいことをやってたみてえだな。見ろよ、有名なマフィアやギャングのボスと連れ立って歩き、麻薬や武器の商人から金を受け取ってる」
ガイストが言ったように、写真にはロックハートが厳つい男達と談笑し、中には頭を下げられているものもある。コイツら、見た顔だな。
「オイ、コイツら…前に別の殺人事件で殺された奴らじゃねえか」
俺が言うと、ロギアが思い出したように追加で発言した。
「そうです!マフィアやギャングのボス……世界各地でこの数年間に殺されたヤツですね。事件データを前に見たんで覚えてます。……まさか、ロックハートが口封じに殺した……もしかしたら番人を使って!!」
まさか。だが、もしそうだとしたら…。ジーザスが慌てたようにして、だが自分自身も冷静になる為に情報をまとめる。
「ま、待ってくれ!じゃあ何か?ロックハートは裏社会の人間とつるんで…いや、むしろロックハートは裏社会を支配するくらい権力がある人間だった…。で、そいつらが邪魔になると、番人を使って『犯罪者』として始末させてたっていうのかよ!?」
「そ、そんな…!」
ルーナが唖然としながら呟く。
ちくしょう…ダン達は何も知らずに利用されていたっていうのか。
番人のターゲットの条件は「法で裁けぬ犯罪者」。依頼で動くって話だったが、そんなものはロックハートであれば簡単に偽装できる。確かに犯罪者は憎むべきものだが、ロックハートは自分の都合で裏社会の人間を利用し、いらなくなったら娘達に殺させるなんざ…!
鼎は悲しそうにルーナを見て言った。
「多分、ダンちゃん達はロックハートの真の正体を知らないまま、自分達の正義を信じて番人をやっているはずだよ。この写真も、謎の不審死を遂げた裏街のチンピラの家にある床板の裏から発見されたんだ。多分、そいつはこの写真でロックハートを脅して始末されたんだろうね…だけど、ロックハートはこの写真達には気づかなかったんだ」
やっぱウチの諜報部隊は一流だ。この短時間でここまで見つけてくるとはな。
全員の顔を見ると暗い雰囲気とより一層、険しい顔つきになっている。ロックハートの正体がここまでのヤツだとは…。マフィアやギャングさえ支配する、まさに裏社会の帝王か。
だが鼎はまだ話を終わらせない。
「ここからが本題よ。エヴリコット伯爵邸の事件が起きた日、ロックハートはミュゼールの国王に謁見していて、完璧なアリバイがあったんだけど、事件後すぐにロックハートが事件の捜査を担当していたミュゼール騎士団と急に何回も接触していたみたいなんだ」
捜査担当の騎士と…?普通なら、事件の捜査状況を知りたがっていたのかと思うが、さっき聞いたロックハートの裏の顔のことを考えると、次第に嫌な予感がしてきた。
「該当する騎士を問い詰めた結果、白状したよ。ロックハートから金を受け取って、事件に関する様々な証拠を丸ごとロックハート本人に売り渡したって。つまりは…証拠の隠蔽だね」
「!?証拠の…隠滅…」
鼎の言葉が頭にこだまする。
…ずっと考えていた。エヴリコット伯爵夫妻の殺害とダンの誘拐、その黒幕はまさか…と。だが、明確な証拠はなかった。それが今…ついに形となるのか。
「ロックハートは事件発生の数日前から裏街に出入りする姿を裏街のチンピラ達から何回も目撃され、さらに事件当日、貴族街には似つかわしくない怪しげな三人組の男がミュゼールではなかなか出回っていない高級車に乗り込んで走り去った証言もあった…。そして……ダンちゃんがロックハートに保護されたのは誘拐から約一年。たまたま、ロックハートが使用人達を連れて裏街の廃工場を訪れた際に彼女を発見して保護し、後に養女として迎え入れたと…」
「は、はぁ?た、たまたま廃工場を訪れる…?そんなの有り得ないだろ…」
全員が思ったであろうことをジーザスが代弁した。
「ジーザス君の言う通り。普通、上流貴族であるロックハートが使用人を引き連れて裏街の廃工場なんか行かないよ。だけど、実際に彼はそこで一年間監禁されていたダンちゃんを保護した。保護されてすぐ受けた医師の診察でわかったみたいだけど…監禁されていた間に彼女は……とてもひどいことをされていた」
昨晩、ダンから聞いた事情と同じように…ダンは監禁生活でひどいことをされてきた。ダンと会って話をしたことは鼎達にも言っていないが、地下室に居たジーザス達も本人から聞かされているからな…。全員、渋い顔をして、ルーナは泣きそうな表情だ。
そして鼎は俺達の長年の疑問の結論に辿り着く答えを言い放つ。
「ロックハートは『自分が裏街に出入りしていたこと、貴族街に現れた不審な三人組、ロックハートがダンちゃんを保護した場所が裏街の廃工場だった』という三つの証言を公にしないよう、担当の騎士に金を渡した。その結果…事件の真相は『未解決』のままになり、ロックハートはダンちゃんの存在を一切外部に漏らさずに十四年間、ひっそりと育てた。だから兄さんやアタシ達もダンちゃんが生きていてロックハートに保護されていたのを知らなかったんだよ」
全部…ロックハートが隠していたっていうのか。本当にエヴリコット伯爵の事件を傷んでいるなら、ダンの為を思うなら、隠蔽なんかしなかったはずだ。
つまり…それは…。
「結果として、たくさんの目撃証言があったのに、公になることなく、それは揉み消されていた。そして彼はダンちゃんの生存を隠し、自分の屋敷で暗殺者に育て、自分の邪魔になった犯罪者を殺させてきた……全部、ロックハートが明らかに悪意を持ってやったことだよ。隠蔽の事実を含めても…多分、ロックハートは……」
鼎も同じ気持ちなんだろう。そしてジーザス達もハッとして俺の顔を見つめている。
…今、わかった。すべてが。長く胸に抱いていたものが明るみに出たような気持ちだ。
裏社会を陰で支配していた証拠写真、事件前から頻繁に裏街に出入りしていた事実、そして金で揉み消された目撃証言。数々の証拠が犯人を物語っている。…俺は怒りに震えた。
「…ダンの…家族も、思い出も、未来も奪った犯人……それは……ゼウス…ロックハートだ……!!」
すべての元凶。すべての因果。あいつに繋がっていたとしか思えない。
エヴリコット伯爵を殺し、ダンを誘拐した真の黒幕。ダンの幸せな生活を壊したあいつを……俺は…!!
「ロックハートがダンの家族を………まじかよっ…許せねえ!」
「あの様子を見る限りじゃ、奴はダン・エヴリコット自身にかなり執着しているようだったな。狙いは……幼少期のあの女だったのかもしれん」
ジーザスとハザードの声も最初はあまり頭に入ってこなかったが、ハザードの言葉の終盤が気になった。確かにあの頃からダンは人を惹きつける美しさと愛嬌があった。ロックハートはエヴリコット邸に出向くうちにそんなダンを自分のものにしたいと思ったのかもしれない。
だが、それならおかしい。俺が言う前にガイストが言った。
「しかしまあ、妙だぜ。ダン・エヴリコットを欲しかったんなら、実行犯の三人組を使って自分の元に連れてくればいいだろ。なのに実際にはしばらくの間、ダン・エヴリコットは一年間、三人組に監禁されていたらしいじゃねえか」
確かにガイストの言う通り。実行犯を雇ったのはわかるが、本当にダンが欲しければ、誘拐させてすぐ自分のもとに連れてくるはず。実行犯が勝手にやったのか?それとも、何か目的が……?
ロギアは真っ直ぐガイストを見つめ、自分の考えを述べる。
「そればっかりはわかりませんが、ただ、可能性としてロックハートがダンの事件の黒幕であることはかなり信憑性が高いですね」
「ダンは…ロックハートのことをとても慕っていました。ダン本人をも騙してるなんて…ひどい…」
「ルーナ……」
目を伏せ、本当に悲しそうに俯くルーナをジーザスが慰める。ダンのことを思ってくれているんだな…。ルーナ本当に優しい女だ。女嫌いとか言っている以前に人として俺は敬意を抱く。
ルーナの言葉通り、ダンはロックハートを父として敬い、あの男の為に女神の力を悪用しようとする計画に協力している。あいつは…お前の両親の仇だっていうのに!だが俺の言葉ではきっと信用しないだろう。決定的な証拠を掴めれば…。
そう思っていた時、会議室の扉が凄まじくノックされ、全員の視線が扉に向けられた。向こうからよく書類を運んでくる、聞き慣れた男の隊員の声がした。
「しっ、司令!!大変です!!緊急事態です!」
「入って!何事!?」
鼎の許可が下り、慌てた顔で隊員が入ってくる。手には封の空いていない、緑色の封筒が握られていた。
「せ、宣戦布告です!!差出人は…ゼウス・ロックハート!!封筒に『神戦の開催と参加要請』と!」
「!来たわね……」
「神戦だと…!あのジジイ…!」
「よりによって、か……」
その報告に、鼎と俺とガイストが声を上げ、ハザードとロギアがピクリと反応した。ジーザスとルーナだけは状況がわかっていないようだったが…そうか、神戦のことを二人は知らないのか。
「か、神戦って何だ?」
「神戦ってのは、遥か昔から行われてきた神前決闘だよ。ロマーナにある専用の闘技場で、神精に誓って戦うの。『決闘の決着はどんなことがあっても変えてはならない』。それがルールだよ」
ジーザスの問いに、厳しい表情でロギアは答えた。そう、神戦は神精の前で己の目的の為に戦う最高峰の決闘だ。ロックハートのやつ、まさか神戦で決着を付ける気とはな。
今じゃ神戦の存在自体知っている人間は長生きしている俺ら神クラス以外では少ないはずだが、その存在を知っていたハザードが続けて言った。
「神戦は太古には多く行われ、その決着によって国の王を定めたり、財宝を取り合ったといわれているが…現代において、ロマーナの闘技場は残っているとはいえ、神戦が行われたことは過去百年近くないはずだ。そんな古代の文化を持ち出して……何のつもりだ」
「多分…アタシの女神の力を確実に手に入れる為だよ」
隊員から封筒を受け取り、封を開けながら鼎は言った。そして中の便箋を音読していく。
−−親愛なる能力統制情報管理協会トリニティ・クラウン、並びにオズボーンファミリーの諸君。
この度、改めて宣言しよう。我々は女神の力を利用させてもらいたく、君達に神戦を申し込む。
古くからのしきたりに則って、ロマーナの神戦闘技場で三日後の夕刻五時ちょうどに勝負を始める。
女神の力を賭けて、それぞれ四対四で戦おうではないか。こちらは番人四人を戦わせる。そちらも四人を選出しておきたまえ。
そこで全ての決着を付けよう。
ゼウス・ロックハートより。
「……神戦で付いた決着は覆せない。絶対の勝負…。つまりアタシ達が負ければ、アタシは嫌でも女神の力を使わせなきゃいけない…。いや、もしかしたら女神の力を吸収するつもりかもしれないけど」
「!」
鼎の言葉にガイストが眉間にシワを寄せた。女神の力を吸収するという意味は…俺達なら誰もが知ることだ。けど、それを知らないであろうジーザス達の前で口にすることじゃねえ…。
ジーザスは神戦というものが普通の決闘とは違うことをわかって慌てたように鼎に詰め寄る。
「そんな勝負!受けるって言うんですか!負けたら絶対に女神の力を使わなきゃいけないなんて…そんなリスクの高いことを!」
だが、代わりに答えたのはロギアだった。その口調は重い。
「神戦じゃなくったって、負けたら同じことだよ。どちらにせよ、ヤツの言う通り、決着は付けないといけないんだ」
「ロ、ロギア…」
確かに、神戦を受けなくたっていずれは戦うことになる。大事な妹の鼎の力を狙う連中は今まで倒してきたんだ。やるべきことは変わらないし、それに…ロックハートがダンの両親の仇だという可能性が強く出てきた今…俺はもうロックハートをすぐにでも倒してダンを救い出したい。ダンはまともに話を聞いてくれないだろうが…その為にも正面から戦って、ロックハートの悪事を暴いてみせる。
「…兄さん、やる気でしょ」
鼎も既に決意をしている目で俺を見た。ああ、さすがは俺の妹だ…。
「ああ。鼎の力を守る為にも、俺は…この戦いに参加するべきだ。だから、四人のうちの一人に立候補するぜ」
そうだ、俺はダンとこの手で戦って、そして初めてダンをロックハートの呪縛から解き放てる。
そして俺の言葉を聞いてからジーザスとハザードが意を決したように言う。
「…俺も参加するぜ!俺だってロックハートの計画を易々と受け入れる訳にはいかねえ!」
「番人とは因縁が出来た。俺も参加させてもらうぞ」
そんな二人を心配そうに見ていたルーナだったが、そんな中でロギアも頭を掻きながら決断したのを見てぎょっとする。
「だったら最後の一人はアタシだね」
「ロ、ロギア!」
「大丈夫だよ、ルーナ。このメンツなら問題ない。それに番人相手にもう負けたりしない」
「……っ」
ロギアはルーナの手を握り、言い聞かせるようにしていた。まるで子供と親のような目だな。ルーナは心配した目は変わらないが、納得したらしい。
鼎はグルリと一同を見て、改めて言った。
「じゃあ、神戦では…兄さん、ジーザス君、ロギア、ハザードが参加。それでいいね」
「ああ!やってやる!」
「……フン」
「わかりました!」
ジーザス、ハザード、ロギアがそれぞれ答えて…そして俺も。
「…ああ。俺は必ずロックハートを倒して…ダンを助け出す。俺は絶対に…絶対にやり遂げる!!」
俺はもう迷いはしない。やるべきことは決まっている。この神戦は、妹の鼎を守ることと同時にダンを助けること。二つの意味を持っているんだ。
決着は三日後。ロマーナにある、神戦専用の闘技場で行われる。そこで全てを終わらせてやる。
いや…始まらせるんだ。ダンの奪われた未来を、一緒に歩んでいく道を…!
37.決意のエネルジコ
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