もうすでに時刻は夕刻を過ぎ、完全な夜となっている。それでもまわりが明るく感じるのはすっぽりと浮かんだ月のおかげだろう。
神戦の闘技場の観客席に余裕げに座り、ダン達の戦う様子を見ているロックハート。

(そう…これでダン達が勝ち、鼎から女神の力を奪う…そして私は女神の力を使い、全ての頂点となり…ダンを手に入れる)

世界中の人間の心を操作し、悪意を消し去る。だが、その真の目的はダンの心を操り、ロックハート自身を愛するように刷り込むこと。

(これでダンを完全に手に入れる…そのために力を渡してもらうぞ、陣川鼎…!)



ロギアとカルメン、ジーザスとチェーン、ハザードと刃矩、そして冬一とダンの戦いは既に三十分にわたって繰り広げられている。
ジーザスはチェーン相手に苦戦を強いられているが、未だに黒烏を取り戻すことが出来ずにいた。

「オイオイ、オズボーンファミリーのお坊ちゃんよ!武器がなけりゃただの人間ってか!!」
「くっ…!」

黒烏はまだチェーンの鎖に巻きつかれたままだ。チェーンは器用に鎖を操ってジーザスの手元に戻らないようにしている。

(あの野郎!どうにかして黒烏を取り戻さねえと!)

ジーザスは鎖と鎌の攻撃を避けてはいたが時々体を擦り、ところどころに切り傷が出来ている。体力も減ってきているし、これ以上逃げ続けることは不可能だ。

(となれば…!やるしかねえ!!)

逃げ続けていて勝てる訳がない。一か八か、ジーザスは鎌をかいくぐってチェーンの方へ向かっていく。

「バカが!諦めて特攻ってか!」

ニヤリと笑ったチェーンはまっすぐ向かってくるジーザスに対して鎖を振り、鎌をジーザスに向けて放った。その刃は避けられない距離にあったが…ジーザスはその鎌を左手で直接握って止めたのだ。

「何っ!?」

これにはチェーンも驚いた。ジーザスの手は勿論、血まみれになったが痛みを感じるよりも強い意志でチェーンへ向かっていく。
そのままジーザスは鎌から伸びた鎖を引っ張ると黒烏を手繰り寄せる。チェーンがジーザスの行動に驚いて隙を作った瞬間だった。

「取り戻したぞ!黒烏!!」

ようやく右手に黒烏を取り戻したジーザスはそのままチェーンを真正面から斬る。決定的な一撃だった。

「が…ッ!くそぉっ…!」
「安心しな!殺しはしねえよ!」

ジーザスの一撃はチェーンの脇腹を斬ったが、致命傷には至らない。オズボーンファミリーの掟である人を殺さないという信条どおりだ。
チェーンは尻餅をつき、座り込んで悔しげに顔を歪ませている。その前にジーザスが立ち、鎌を握りしめて出血した左手を押さえ、荒い息を吐いた。

「ハァ…ハァ……俺の…勝ちだ…!」



ロギアとカルメンの戦いはほぼ互角。正確には、体格で上回るカルメンと、身軽さで上回るロギアで絶妙なバランスを保った戦いを繰り広げていたのだ。

「うーん、やっぱり固いね!さすがの体格だ!」

ロギアはどこか笑みを浮かべつつ距離を取って呟く。今まで刀の蒼月を使わず、体術のみで戦っていたが、それは相手がナックル装備とはいえ、凄腕の体術使いであったからだった。いわば相手への流儀。
番人は根っからの悪ではない。ただ、ロックハートに自らの悲しい過去を利用された存在だ。ロギアは番人達との戦いに崇高なものを感じていた。

「お前もチビのくせに俺とここまでやりあえるとは驚きだぜ!」
「チビは余計なんですけど!!」

叫びながら二人は拳を交える。凄まじい音が響き、まるでアクション映画のようだ。カルメンに対してロギアは二周りほど小柄だが、その拳や足から繰り出される打撃はかなり重い。

「そろそろ遊びは終わりにしようぜ!!」

カルメンが拳を大きく振り上げる。そろそろ最後のトドメを刺すつもりだ。ロギアもそれがわかり、こちらも同じように拳を振りかざす。

「この拳に全てを込める!!行くよ!!」

二人が勢いよく拳をぶつけ合った。今までの戦いの中で一番重い一撃だ。
カルメンの岩のような拳に合わさったロギアの拳。だが、ロギアの拳による衝撃と風圧は見事にカルメンを吹っ飛ばした。ロギアの拳の方が強かったということが証明されたのだった。

「…これでおしまい!大男さん!!」

ロギアはにかっと太陽のように笑い、仰向けに倒れたカルメンを見下ろす。カルメンは全てを出し切ったかのような疲れた表情で星が見え始めた夜空を見上げている。彼はもうわかっていたのかもしれない。こうなるということを…。



ハザードと刃矩の一戦も終局に差し掛かっている。二人の刀による斬り合いは互いの体に傷を一つも付けていない。

「……ハザード・ディザリウス!かつて人間に絶望し、夢も愛しき人も奪われた過去を持っていながら、何故に我らの思いがわからない!」

刃矩は神無を振るいながらハザードに問いかけた。ハザードはしばらく黙って鬼神で斬撃を弾いていたが、それに答えながら振るい上げる。

「…確かに俺は人間は嫌いだ。そして絶望もした!だがな…俺は今、再び信じて生きることができた!それを教えてくれた人間がいたからだ!!」
「それは…あの娘か」

ハザードが言う、再び人間を信じられるようになった存在。それはルーナのことだった。
エリナと同じ顔をしたルーナと出会ったことでオズボーンファミリーとも知り合い、ハザードは再び表の世界へ出ていくことができた。人間を、この世界を、信じることが出来た。

「だからこそ俺はお前達の作り上げる世界を許すことはできない!!ここで止める!この刀にかけてな!!」
「…やってみるがいい!己の信念のために!!我も信念のために戦うのみ!!」

刃矩は一際大きく叫ぶと神無の構えを変える。すると、神無の刀身が青白くほのかに光り輝いた。ハザードは一瞬体質能力かと思ったが、すぐにその考えを払う。

(アレは…妖刀が持つ力か…!)

妖刀はまだほとんど研究が進んでいないが、恐らくはクロノが多く宿った物体なのだろう。ハザードも使うことができるが、そのクロノによって特殊な剣技を放つことが出来る。

「……これで終わらせる。静翔神無流せいしょうかんなりゅう奥義……『青風翔凛斬せいふうしょうりんざん』!!」
(これは…!!音もない暗殺剣…一撃で仕留める静翔神無流最強の技…)

ハザードがそう思った瞬間には遅く、刃矩の刀身が青白い光を帯びながら音もなく、ハザードの腹を切り裂いた。その一撃は音もない割には大きな一撃で、ハザードが目を見開き、痛みに声を漏らす。

「くっ…!」
「終いだ」

傷は深いようだった。神速の剣による致命傷。刃矩は勝利を確信した。
……だが、すぐに刃矩は違和感に気付いた。血が出ていない。

(!?確かに…食らわせたはず…!)

その時。背後に気配を感じた。
まさか、と思った時には遅い。

「貴様の技は確かに本物だ。まともに食らっていたら俺も勝ち目はなかった。だが、俺もお前と同じように妖刀使いだということを忘れるなよ」

背後から聞こえた声は間違いなくハザードのもの。刃矩が振り返った瞬間、ハザードの持つ鬼神が赤く光った。

「『紅破刃こうはじん』!!」

これはハザードが逃亡生活の中で会得した天城宗雷流の剣技の一つ。敵の背後に回った状態で鬼神に火のクロノを纏わせることで赤く光らせてすれ違いざまに斬り抜ける。それは素早い一瞬で刃矩の背中から脇腹にかけて弧を描くように斬り、さらに最後の一撃が刃矩の仮面にヒビを入れた。

「っ…!」

仮面に入ったヒビは進んでいき、ついには大きなヒビとなって仮面が真っ二つに割れた。

「!!」
「…それが貴様の素顔か」

ハザードは横目で見ながら呟く。割れた仮面が地面に音を立てて落ち、刃矩の素顔が明らかになった。
その顔は思っていたよりも端正な顔立ちであったが、額から鼻の横にかけて大きな古い切り傷が残っていた。あの仮面はその傷を隠すためにあったのだろう。

「……良い、剣であった…」
「…貴様もな」

刃矩は小さく、だが憑き物が落ちたかのような声で言うと、ハザードもフッと笑って鬼神を鞘に戻した。同時に刃矩はゆっくりと膝をついて座り込む。ハザードの勝利だった。



番人の三人をジーザス達が下した後も、ダンと冬一の戦いは続いていた。他の番人が倒されても、ダンを倒さなければ意味がない。むしろ、番人最強のダンであれば冬一を倒し、ジーザス達も全員倒せてしまうかもしれない。それほどまでにダンは強敵だ。

「はぁっ!」
「っ…くっ…!」

ダンはベルヌイユを振るい、近距離で直接斬りかかってくる。冬一は黒帝で何とか受け止め、斬りかかるが、ダンは身軽な動きで距離を取る。そしてその場で闇の衝撃波を放ってきて、冬一はそれを跳躍で避けた。

剣斧ブレードアックスによる近接攻撃と幽Kゆうこくの体質能力による遠距離攻撃の合わせ技…!バランスの取れた攻撃方法…これが番人最強の殺し屋…今のダンの強さ…!)

必死に戦いながら冬一は身に沁みて感じていた。ダンは戦いに慣れている。冬一がかつて見ていた無邪気な少女とはまるで別人だ。

「世界最強の剣士も大したことないわね……いえ…手を抜いているっていうのかしら」
「…っ!」
「女だからってなめないでくれるかしら!!」
「ダン…!」

冬一はダンの攻撃を弾きながら彼女の顔を見つめる。無意識にダンに対して手加減していたのは頷く。

「…そうだな…。ダン……そろそろ終わらせよう…」
「…ええ。…ようやく終結の時ね。…全力を出すわ」

冬一の目つきが変わったのを感じたダンはベルヌイユを後ろ手に構えた。

「……行くぜ!ダン!!」
「ええ…私も全てを出し切る…」

ダンは後ろ手に構えていたベルヌイユを大きく振り上げると、風を切るように横に振った。同時にダンの足元に紫色の大きな陣が浮かび上がる。

「深淵の闇よ…全てを飲み込め!『ワールドエンドレス』!!」

一際大きなダンの詠唱と共に冬一に向かって正面に巨大な黒い闇が生まれる。その闇は冬一の体を強く吸い込もうとする引力を有していた。まさにそれは小規模なブラックホールだ。
ダンの幽Kの体質能力における最強の技、『ワールドエンドレス』。その正体はブラックホールを召喚する術技だったのだ。

「これで終わりよ!!安心して、吸い込まれた後は死体となってこっちの世界に戻してあげるから!」
「っ……俺が世界最強と言われる所以を教えてやる。ダン…俺の黒帝はな!!どんなものでも斬る最強の剣なんだよ!!」

迫り来るブラックホールに向けて冬一は黒帝を構え、走っていく。そしてそのまま高くジャンプしてブラックホールを見下ろす形になると、黒帝を高く天へ振りかぶる。

「万物を斬る剣は闇をも斬り裂く!!…これが俺の決意の剣!『万哮黒帝破ばんこうこくていは』!!」

黒帝を振り上げると、そこに白い光が吸収され、黒い刀身に集まっていく。まるでエネルギーが黒帝に集まっていくかのようだ。
そして冬一はその黒帝をそのまま思いきり振り下ろす。その下にあるのはブラックホール本体だ。黒帝から放たれた一撃は斬撃と共にエネルギーを放出し、凄まじい威力となってブラックホールを両断した。同時にブラックホールが斬られたことで闇が霧散し、あたりは煙のような闇に包まれた。

「!?なんて力…」

ブラックホール本体を斬った時の衝撃波を受けるダンだったが、ベルヌイユでそれを防ぎつつも、冬一の凄まじい一撃に驚きを隠せない。だが次の瞬間、まわりに散らばった闇の中から冬一が現れ、一瞬でダンに詰め寄った。

「!!」
「ダン…愛してるぜ」
「!えっ…!」

突然の愛の言葉と共にダンの脇腹が軽く斬られる。刃を返した状態で斬られたが、その痛みははっきりとダンに伝わり、呻き声が漏れた。

「っ…う…っ!な…んですって…っ」
「これで…お前を解放する!アイツから!」

勝った、と確信した。冬一は倒れこむダンを左腕で抱え、そのまま傷に触れないように抱きしめる。

(やった…これで、ダンを…)
「そうはさせない」

突如、間近で聞こえた声。それにハッと顔を上げた冬一だったが、いきなり体がダンから引き剥がされて闘技場の壁に叩きつけられた。

「ぐっ!!な……んだ…と…っ」
「ダンが負ける訳にはいかないのだよ…陣川冬一」

冷たい声。その主はゼウス・ロックハートだった。先程まで観客席にいたはずのロックハートが目の前に立っている。ダンはぐったりとしつつも、座り込んで驚いた表情で冬一を見つめている。彼女も、何が起きたかわかっていないようだった。

「お…お父様…何を…」
「ダン。お前は負けてはいけない。負けては…何もかも意味がない」

ダンを見ずに言い放つロックハート。その声も目つきも今までにないほどの冷たいものでダンは驚いて彼を見上げる。
壁に叩きつけられた冬一は先程の衝撃であることに気付いていた。

「ロックハート…テメェ…さっきのは…体質能力、だな…」
「!?何を言っているの…お父様は体質者ではないわ……だからこそ私達番人を使っていて…」

冬一は直感した。ロックハートは一瞬で冬一を吹き飛ばしたが、老人の腕力ではそんなことができるはずがない。しかも、まるで風圧で吹き飛ばされたかのような感覚だった。それは常人にできることではない。
しかし、養女であるダンでさえロックハートが体質者だということを知らなかった。本人が体質者であれば番人という殺し屋組織を作る意味はあったのだろうか。そのこともあってダンはロックハートが体質者だと疑いもしなかった。

「……」
「お父様…どうして…どうして答えてくれないの…」

ロックハートは肯定も否定もしない。ダンはロックハートに尋ねるも、その気配がいつもと違うことに気付いた。優しく穏やかな雰囲気は消え失せ、深い闇や冷たい氷に似た感覚だった。
冬一は立ち上がり、黒帝を構える。

「ダン…今こそ真実を知る時だ…。ソイツは…全ての黒幕だ。今も…昔も…!」
「え…」

冬一の言葉にダンは驚いて彼の顔を見る。ダンには冬一の言う『過去』の意味が一瞬わからなかった。それに対してロックハートの目が僅かに反応するも、何も言わなかった。
それを見て冬一は敵意を剥き出しにしながら続けた。

「ロックハート…テメェは鼎の女神の力を狙った今回の事件だけでなく……十四年前のダンの両親が殺され、ダンが誘拐された事件…その黒幕も…テメェだ!!ゼウス・ロックハート!テメェはダンに関わる全ての事件の糸を引いている!!そうだろ!!」
「…え……」
「………」

冬一が真相を告げる。ダンは目を見開き、冬一を見つめ、ロックハートは全く表情を変えなかった。

「う…嘘よね……そうでしょ、お父様……彼の言ったこと…デタラメなんでしょう…?」
「………ああ、あれは嘘だとも。敵の言うことを信じてはいけないよ、ダン」
「!…お父様…」

ようやく口を開いたロックハートだったが、さも当たり前のように冬一の言葉を否定した。だが、その言動は違和感があるほど冷たく、ダンはそれを簡単に信じることができずにいた。
冬一はその言動にも苛立ち、真っ直ぐに黒帝を向ける。

「ダン!信じられないかもしれないが、ロックハートはお前の両親を殺し、お前を誘拐した連中と繋がっていたんだ!証拠だってある!それに今の…ロックハートが体質者だっていうことも長年お前には黙っていただろ!信じられるのか!?そんなヤツを!」
「……っ…」

明らかにダンの顔色は迷っていた。今までのダンであればロックハートを簡単に信じたはずだが、今のダンは冬一の言葉を信じかけている。だからこそ迷っている。長年信頼していた養父と、惹かれ始めている冬一の間で…。
すると、ロックハートが右手を冬一にかざす。

「…ダンを惑わす悪魔は滅せねばならん。私のダンを誑かす男は……消え去れ!!」
「!!」

その瞬間、ロックハートの右手から電気の衝撃波が飛ぶ。冬一は黒帝で斬ろうとしたが、まっすぐ飛んでいたはずの衝撃波が黒帝に当たる直前でガクリと角度を変えて冬一の体に直撃する。途端に鋭い痛みが全身を走った。

「があっ…!!な…っこれは…『雷殿らいでん
』…!?」
「冬一…!」

電気や雷を操る体質能力、雷殿。かつてジーザス達が戦ったレンツという男と同じ能力だったが、レンツよりもずっと高い能力だった。放たれた電気の威力が二倍、三倍近い。
そんな攻撃をまともに食らって体に電流が走り、膝をつく冬一に思わず声をかけるダン。先程まで戦っていた相手だが、無意識にダンは冬一を心配してしまっていた。
それを見下ろすようにロックハートは言う。

「これが『神の怒り』と称されるいかづちの力だよ。我が能力は神の落とす稲妻そのものなのだ。愛しいダンに近付き、その心を乱した君には神の怒りを以ってして消えてもらおう」
「お…お父様…!」
「ああ、心配しなくていいのだよ、ダン。体質者であることを隠していて申し訳なかったね。お前が強いからこそ、我が力を使うことはしなくてもいいと思っていた。だが…お前は陣川冬一に負けようとしていたからね…」
「…で、でも…」
「ダン」
「!」

戸惑っているダンに対し、ロックハートは今まで以上に強く、冷たい声色でダンを見つめる。笑ってはいるが、その笑みは…まるで狂気的だった。

「お前は誰にも渡さない。一生、私の側にいるのだ。女神の力を奪った後はお前にその力を入れる。そしてお前はこの世界の女王となり、私の伴侶となる存在だ」
「え……な…何を…言っているの、お父様…」

明らかにロックハートは尋常ではない。まるで精神が壊れたかのように、ロックハートは早口で呟き始めた。

「そうだ…私はお前のためにやっているのだよ…ダン…。闇に咲くお前は永遠に私のものだ……ファントムはお前に惚れて良い情報を寄越してくれるから黙って見ていたが…最後には始末する予定だ」
「そこまでして……ダンを縛り付けていたいのか、テメェは…っ」

ロックハートに対し、冬一が立ち上がりながら憎々しげに言う。まだ体に痺れはあるが、神クラスだけあってこの程度では致命傷にはならない。しかし、攻撃を受け続ければさすがの冬一も危険だ。

「何とでも言うがいい。ダンは私が大事に大事に…大事に大事に大事に愛してきた…貴様如きに渡しはしない…!!」
「この…っ…ロックハートぉぉぉっ…!!」

ロックハートは再び手をかざし、電撃を放ち、冬一は怒りに身を任せて向かっていく。飛んでくる電撃を避けながら斬りかかっていく。それに対し、ロックハートも老人らしからぬ動きで駆けていきながら距離を取って電撃を放っていった。離れて戦う二人を呆然と見つめることしかできないでいた。

(何が…起きているの…?お父様が…体質者で…私の人生を壊したあの事件の黒幕が…お父様、だなんて…)
「ダン!」

そこで後方から声を掛けられ、振り返るとジーザスが走り寄ってきた。

「ダン、大丈夫か!少し下がるぜ!」
「どうして、あなたが…」

ぽかんとしているダンの腕を掴んでジーザスは立ち上がらせると、戦う冬一とロックハートから距離を取らせる。
そして驚くことに、ジーザスの他にはハザード、ロギアもいたのだが、その側には彼らに敗北したチェーン、刃矩、カルメンも歩み寄ってきていたのだ。彼らは傷を負っているように見えない。

「ダン!大丈夫か!」
「チェーン…あなた達、彼らに…」

チェーンがまずダンに駆け寄り、心配そうに顔色を伺う。ダンは先程の冬一との戦いでダメージは受けていたが、それよりもチェーン達がジーザス達に負けたことを察して逆に心配そうな顔になっている。
さらに寄ってきた刃矩も膝をついてダンに事情を話す。

「ああ、我らは確かに負けたのだ。しかし、先程の…ロックハート公爵が陣川冬一を攻撃した時…クラウンの犬神が体質能力で我らの傷を癒したのだ」
「!犬神さんが…」

なんと、ロギアがチェーン達の怪我を回復してくれたのだという。ダンがロギアを見れば、ニカッと笑ってVサインをしている。

「勝敗は付いたし、何より今は…それどころじゃないからね」
「……ゼウス・ロックハートの正体…貴様らもはっきりと見ただろう。あれがあの男の本性だ」

ロギアの側に立ちながら未だに戦いを繰り広げる冬一とロックハートを見てハザードが呟く。それに釣られてダン達もその光景を見る。
今まで自分が信じてきた存在が突如として豹変したその姿に番人達はひどく衝撃を受けているようだった。カルメンは顔を歪ませて悔しげな表情で俯く。

「…公爵がダンを溺愛しているのは知っていた。だが、それは……養父としての想いだと思っていた…」

さらに仮面を無くした素顔の刃矩が悲しげに呟いた。

「…オズボーンファミリー、そしてクラウンの者達よ。陣川冬一は言っていたな、公爵がダンの両親を殺したと。それは…真実なのか」
「………ああ、間違いないと思う。むしろそうとしか考えられない確証があるんだ」

ジーザスの答えに顔を見合わせる番人四人。するとダンはぽつりと小さく言う。

「…お父様が…もし…本当に仇なら…どうして、そんなことを…?そんなことをする理由なんて…」
「ダン…」

ジーザスがダンを切なげに見つめる。ずっと信じていた人が歪んだ欲望を抱き、自分の両親を殺した仇だとわかったダンの心情はひどく揺れ動いている。穏やかな海が突如として大嵐に見舞われた時のように荒れて、震えて…。
そんなダンに向かってハザードはあっさりと言い放った。

「ヤツの行動理念は全てお前に直結している。ゼウス・ロックハートがお前の両親を殺したのも、番人を結成し、女神の力を使ったのも全てお前が原因だ」
「ハザード!」
「正直に言ってやった方がいいだろう。お前の父親ぶっていたあの男はガキの頃のお前に欲情して、自分のものにしようと、お前の両親も使用人も全て…帰る場所を無くした状態でお前を闇の世界へ引きずり込んだんだ」
「……!」

はっきりと全てを語ったハザードに対し、ジーザスはあまりのストレートさに口を挟むが、ダンは目を見開き、固まった。しばらくそのまま止まっていたが、次の瞬間、凄まじい音がして一同はロックハートと冬一の方向を見る。まるで雷が落ちたかのような爆音だった。

「!?」
「冬一…お父様…!」

よく見れば、冬一は俯せになって倒れている。意識はあるようで、小さく動いて起き上がろうとしていたが、ロックハートの方は無傷のようだった。

「クソッ…!テメェ…」
「これで終わりかね?…しかし、さすがにしぶといようだ」

ロックハートはニヤリと笑うと、まわりに電気の球を出現させて浮かばせる。

「貴様のような男はダンの前から消えてもらわねばならない。ダンに自由を与える男は…絶対に許しはしない!!」
「っ…ダンの自由を封じて……それでもお前は…父親かよ!!」

冬一が叫ぶと、ロックハートの表情から笑みが消えた。

「……貴様にはわかるまいよ」

そう呟いた瞬間、ロックハートから異様なクロノの気配が溢れ出す。それを察知し、冬一は起き上がり、黒帝を構え直す。明らかにロックハートは何かを発動しようとしている。

(この気配は…まさか…!!)
主様ぬしさま!』

冬一のそばにフッと現れたのは紫色の光を帯びた半透明の女性の姿…冬一が使役する悪夢を司る神精、ナイトメアだった。

『間違いございません、これは…神精の気配です!あの男…神精を憑依させている…神クラスです…!!』
「やっぱりか…ロックハートの野郎…神クラスだったのかよ…!」

冬一が呟いていると、ロックハートの背後に空から巨大な雷撃が落ちてくる。離れて見ていたジーザスやダン達も思わず身構えるほどの風圧。

「っ…!!」
「さあ…我が真の力を見せてやろうではないか…!邪の神精、デリストス!!」

ロックハートの背後に落ちた雷の中から現れたのは…ナイトメアと同じように半透明だが、禍々しい容貌の男だった。竜の骨のようなものを頭に被り、黒いローブを纏った魔術師のような姿。全体的に赤いオーラを纏って、いかにも邪悪な存在だとわかるような…。

「っ…あの神精…!なんてクロノの塊なんだ…」
『あれは邪を司る神精、デリストス…油断なされないで、主様!』

神戦は思いがけない展開となった。ついにロックハートと冬一の戦いは終局を迎え、その中でロックハートは真の力を発揮する。彼は邪の神精を憑依させた神クラスであったのだ。
夜が更けていく中で戦いは大きく荒れ狂っていく。


40.荒れ狂うコロシアム






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