一方その頃、実は鼎やルーナ、ガイストは観客席にはいなかった。ロックハートが冬一の元へ乱入した直後、それを察知した鼎はルーナとガイストに声をかけてその場から離れた。てっきりルーナは冬一の手助けに行くのだと思ったが、鼎はそうはしなかった。
今、三人は闘技場の地下通路を走っている。ここは神戦に参戦する戦士達が広間に出るための通路だ。暗い通路で所々に掛けられている、かがり火しか明かりがない状態で全体的に薄暗い。

「か、鼎さん…冬一さん、大丈夫でしょうか…?まさかロックハートが体質者だったなんて…」
「…兄さんを信じてるから。例えどんな敵でも、ダンちゃんを守るために…兄さんは負けないよ」

通路を歩きながら鼎はルーナに答える。その表情は少し固いが、平静を装っているようにも見えた。冬一の相棒であるガイストもそれに同意する。

「俺はアイツの力を知ってる。アイツは絶対に負けたりしねえよ」
「ガイストさん…」

二人は冬一のことを信じている。ルーナも勿論、冬一を信じてはいるが、やはり完全に不安は拭えなかった。だが、これ以上口を挟むのはやめようと思い、もう一つの疑問を口にした。

「そ、それで鼎さん…私達、今どこに向かっているんですか?」
「ロックハートは神戦の規定を破った。本来、決められた戦士以外は戦いに乱入してはいけないの」
「えっ!?それじゃあ…」
「…番人が負けそうになって、なりふり構わなくなったんだね。だから、アタシ達ももう手出ししたって文句は言わせない。今、アタシ達は闘技場の地下にいるんだけど、この先には闘技場の防衛機能っていうのがあるんだよ」
「防衛機能…?」

聞き慣れない単語に対し、思わず聞き返すルーナ。

「神戦の闘技場には万が一問題が起きた時のための防衛機能が備わっていてね。闘技場内で暴走しかけた人間のクロノや神精の力を弱めることができるんだよ」
「す、すごい…でもそんな昔の機能がまだ使えるんですか?」
「だからイチかバチかで確認しようと思ってね」
「ま、壊れてたら壊れてたで…力ずくであの野郎を止めるしかねえがな」

ガイストもそう言って深刻そうな顔つきになる。ルーナはこれからの目的地がわかって少し安心したように息を吐くが、その時だった。

「!待って、誰かいるわ」
「えっ…」
「!あれは…」

ふと、先頭を進む鼎が通路の曲がり角から何者かの気配を感じた。すぐにガイストが銃を抜いて構え、鼎もルーナを背に庇ったが、その人影を確認してガイストを止める。

「待って、ガイスト。彼らは…」
「!!」
「!?お前ら…!クラウンの司令!!」

なんと、曲がり角から現れたのはファントムとクリスだった。二人ともかなり驚いたようだが、二人もこちらの気配を察知していたらしい。
ルーナはクリスのことはロックハート邸で会っていて知っているが、ファントムとは初対面だ。明らかにガラが悪そうでルーナは少し怯える。

「あの人…ロックハートの秘書のクリスさんだけど…もう一人の人は…?」
「…あなた達、ロックハートの部下?」

ルーナを守るようにしながら鼎はファントムとクリスに尋ねる。クリスが何を言おうとしたが、ファントムがやたらと大声で叫ぶ。

「はぁ!?このファントム様があの野郎の部下ぁ!?ふざけんな!俺はダンに惚れてるからロックハートに協力してやっただけだっつーの!」
「!ファントム…!まさかテメェがあの有名な…」
「まさか本物に会えるなんてね…」

ファントムの名前を聞いた瞬間、ガイストと鼎の顔色が変わる。彼の名前を知っていたらしいが、ただ一人、ルーナだけは全く知らないために二人の顔を見比べるようにして状況を伺っていた。

「え、えっ…?鼎さん達、あの人のことを知ってるんですか…?」
「ああ、まあ裏の世界じゃ名が知れてるな。『ファントム』は裏世界であらゆる情報を知り尽くしているプロの情報屋にして犯罪のブローカーだ。通称『裏のカリスマ』。あらゆる事件にアイツが関与してると言われているが…まさかあんな小僧だとはな」
「…!そんな人が…」

ガイストの説明を受け、ルーナは改めてファントムを見る。名が知れたプロの情報屋であり、犯罪のブローカー。派手な格好で、歓楽街にいそうな若者ではあるが、ジーザスやクリスより少し年上くらいの美青年で、クリスと並ぶと対照的な印象ではあるがイケメン二人と思われるくらいだ。こんな彼が裏のカリスマと呼ばれる存在とはとても思えない。
元刑事であるルーナにとっては捕まえなくてはならない存在ではあるが…今はそれどころではない。
ファントムはあからさまに人を見下したような視線でジロリとルーナ達三人を見て言う。

「お前ら、クラウンの司令と総隊長……それにオズボーンのところの女だな。この先の防衛機能を作動させるつもりだろーが」
「邪魔するっていうなら…仕方ないけど、ここで倒させてもらうよ」
「あぁ?やってみろよ、クラウンの堕天使…」

真剣な表情で鼎が言うと、ファントムは苛立ったようにこちらに向かってきそうな勢いだったが、それをクリスが必死に止めた。

「落ち着いて!今は争ってる場合じゃないよ!!ダンのためじゃないか!!」
「うるせぇなクリス!……ったく…まあ、それもそうだが…」

クリスに抑えられてファントムはしぶしぶ落ち着いた。それを見てルーナは違和感を感じる。ロックハートの刺客とも考えたが、どうやら彼らは自分達を阻むために現れたのではないらしい。

(どういうことだろう…『ダンのため』って…?)

ルーナが考える中、鼎は警戒を少し緩め、尋ねてみた。

「…あなた達、一体何をしたいの?」
「フン。俺達もお前らと同じ考えで動いてるんだよ」
「つまり、ロックハートを裏切るってか」

ガイストがファントムに言うと、クリスは悲しげに俯きながらも自分の意思を告げる。

「…もう僕は公爵に着いていくことはできない。ダンを苦しめることはもう…したくないんだ」
「クリスさん…」

ルーナはクリスを切ない表情で見つめた。彼は本気でダンを愛し、彼女のために立ち向かおうとしている。ルーナにはその気持ちが痛いほどわかった。

「じゃあアタシ達と協力できるってことね?」
「一時的にだよ。テメェらは気に食わねえがな、ロックハートの野郎の目的は…ダンを操り人形にして自分の好きにしてえってだけだ。んなことさせるかよ!!絶対にあの野郎許さねえ!」

鼎に対してファントムは強く叫ぶ。ダンを愛するからこそ、ロックハートが自分の欲望のままにダンを弄ぶことが許せなかった。クリスとは違う形でも、ダンを愛している。

「ま、そういう形でいいんじゃねえか。で、とにかく防衛機能を作動させるのが先だな」
「ガイストの言う通り。今はとにかく奥へ進もう」
「は、はい。そうですね…」

ガイスト、鼎、ルーナが言うと、クリスも頷き、ファントムは「ケッ」と呟いて顔を背けたが、異論はないらしい。
一同は再び通路の奥へ向かって走り出す。防衛機能はこの先にあるはずだ。
通路を進んでくると、再び鼎が足を止める。

「!待って、何か…聞こえない?」
「えっ?」

鼎は先程、クリスとファントムの気配を感じた時よりも険しい表情をしていた。鼎には何かの音が聞こえた様子だが、ルーナは何も聞こえてこない。すると、ガイストも何かを察知したらしい。

「!こりゃあ…魔物の気配だぜ」
「魔物!?どうしてこんなところに…」

まさかこんな闘技場に魔物がいるとは。ファントムは予想がついたように話し始める。

「なるほどな。恐らくロックハートの野郎、防衛機能のことを知っていやがった。で、万が一動かされないように『番』を用意しておいたんだろうぜ」
「公爵が…!」

クリスが悲痛な表情を浮かべる。彼にとっては少し前まで主人であり、自分を拾ってくれた恩人でもあった男がここまで企んでいるとは。
鼎はデスサイズを構え、一足先に進む。
すると開けた空間に出て、その声と気配の主はすぐにわかった。

「グリフォン…!!」

空間の奥には明らかに古代の作りであろう、古く巨大な装置が置かれている。中心部分にはスイッチのようなものがあり、あれを押せば防衛機能が発動して闘技場に乱入した不届き者のあらゆる魔力を削ぐことができるはず。
しかし、問題はその装置の前にずっしりと立ち塞がり、こちらに向けて威嚇の表情を浮かべている獣。ワシの上半身、ライオンの下半身を持つ魔物の一種、グリフォンだ。
この闘技場がある国、ロマーナの山間部などに生息しており、滅多に人は襲わないはずだが、ロックハートが何らかの手を回し、凶暴性を増した状態でここに配置したのだろう。
鼎がデスサイズを構えるとグリフォンは凄まじい雄叫びをあげた。

「ギャァァオオオ!!!」
「コイツ…!」

そこへルーナ達も駆けつけ、グリフォンの姿を見てすぐに状況を理解する。

「鼎さん!!」
「ガイスト達はルーナちゃんを守って!ここはアタシが!」

だが、それに対して意外にも制止の声をかけたのはファントムだった。

「ふざけんな、堕天使!!テメェらはさっさと装置を動かして防衛機能を発動させろ!」
「はぁ!?どういうつもりよ、ファントム!」
「いいからさっさとやれ!その鳥野郎は俺がやってやるって言ってんだよ!!」
「!兄さん…」

つまりはファントムがグリフォンと戦い、代わりに鼎達に防衛機能を作動させるように言っている。これにはクリスも驚いていた。クリスの中ではファントムはそんなことを言い出すような人柄ではないのに。そう思っているとファントムはクリスを見てビシッと指を差す。

「ただしクリス!テメェも手伝え!」
「えっ、僕も!?」
「さっさとやるぞ!!ウダウダ言ってんじゃねえ!」

言い訳することも許さず、ほぼ命令のように言うファントム。その言動にルーナや鼎、ガイストは唖然としていた。そしてそもそも…。

「ま、待って!クリスさんは秘書でしょ…あんな魔物と戦うなんて無理よ!」
「ああ?何言ってんだテメェ?」

ルーナが必死にそう言うも、ファントムは眉を顰める。何やら会話が通じない。
クリスはロックハートの秘書で、番人とは違って戦闘能力ではないはず。少なくとも、今まででそういった一面は全く見られなかった。
だが、その瞬間、痺れを切らしたのか、グリフォンがたまたま視線の先にいたクリスに向かって飛びかかってきた。鋭い爪がクリスに振りかざされ、ルーナは思わず叫んだ。

「クリスさん!!!危ない!!」

だが、瞬きした後。ルーナは思いがけない光景を目の当たりにした。

「…イリス…展開!!」

それはクリスの声。だが、その声は先程よりも強く、何かを決めたようなまっすぐなものだった。そしてその声と共にクリスの手には一瞬で巨大な光り輝く弓が構えられ、同時に弓と同じように光る矢が現れた。そのまま瞬時にクリスは光の弓矢をグリフォンに向かって放ったのだ。

「えっ…!?」

ルーナが驚く間もなく、クリスの放った光の矢を受けてグリフォンは咆哮をあげて吹き飛ばされた。それは明らかに体質能力であることを示している。つまりは…

「クリス君…君は体質者だったのね…」
「…はい。そうです」
「クリスさんが…体質者…!」

鼎が推察し、クリスはそれを認める。ルーナはそれを聞いてさらに驚きを増した。今までその素ぶりがなかったクリスは、なんと体質者であった。だから先程、ファントムは一緒に戦うように言ったのだろうが。

「だからさっさとやれって言ったんだろうが!!」

そう叫ぶと、ファントムは走り出し、立ち上がろうとするグリフォンに向かっていく。ファントムは走りながら両手を広げると、鈍い金色の光と共に彼の両手には赤と黒、黄色と黒の二振りの双剣が握られていた。間違いなく、これも体質能力。

「さあ、見せてやるぜ!!俺様の実力をよ!!」

ファントムは双剣で凄まじい斬撃をグリフォンにお見舞いする。傷を作ることはできたが、致命傷には至らない。だが、ファントムがニヤリと笑った瞬間、グリフォンの体に青白い稲妻が落ちる。その衝撃にグリフォンは叫びながら再び倒れ込んだ。

「す、すごい…!」
「ありゃあ…『雷殿』とはまた違った電気系の体質能力だな」
「とにかく彼らが時間を稼いでいる今のうちに!!」

ファントムの実力にも目を見張るルーナとガイストだったが、鼎に促されて急いで装置の方へ回り込む。
何としても急いでロックハートの魔力を削がなくてはならない。時間がかかってしまえばしまうほど、冬一が危うくなる…。



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しかし、肝心のロックハートと直接戦う冬一はかなり苦戦を強いられている状況になっていた。
目の前には強大な邪の神精デリストスを従えたロックハートが不気味な笑みと共に立ちはだかっている。冬一は黒帝を構えながら、ロックハートから放たれる邪悪な気配を感じて険しい顔つきで対峙していた。

「コイツ…!神精持ちの神クラスだったか…!」
「どうした、怖気ついたかね?」
「誰がッ!!」

冬一はナイトメアの力を借りながらロックハートに斬りかかる。しかし、ロックハートは先程よりも威力を増した電撃を手のひらから放つ。それは黒帝に当たり、あたりに凄まじい閃光が広がった。
側で見ていたジーザス達も思わず目元を手で半分覆うようにして冬一とロックハートの戦いを見る。

「ロックハートの野郎…神クラスだったのかよ…!」
「今までノーマルの人間のフリをしてたということだな…」

歯ぎしりをするジーザスと、淡々と呟くハザード。その側で番人達は複雑な表情で戦いを見守るしかなかった。

「っ……」

特にダンはロックハートと冬一の戦いを切なそうな、そして辛そうな顔で見つめている。そんなダンの隣にロギアがやって来てニカッと笑った。

「どう?今でも大好きなお父様の方を応援してる?」
「……いいえ。ただ今は…状況に着いていけないだけ…」
「…ねえ、ダン。君さ、自分では気付いていないみたいだけど…」

そこで一旦区切り、ロギアはダンを見つめる。そしてダンもロギアの顔を見た。

「…ダンは、冬一さんのこと好きでしょ」
「…私が?」

言われたダンは不安げな顔色を残したまま、驚いた顔をしていた。その様子はジーザス達も番人達も見ていたが、ダンのその表情が意外だった。

(ダンも冬一が好きなのか…やっぱり冬一と何かあったみたいだが…それを自覚してないってのは…)

ジーザスはそう考えていた。自分もルーナに惚れた身としては恋する気持ちはよくわかる。しかし、ダンは自分自身が恋をしているという自覚はないのだ。
ロギアは座り込んだままのダンと目線を合わせるようにしてしゃがみこむ。

「ダンは今までたくさんの男を虜にしてきたでしょう?でも、『恋』をしたことは一度もないんだよね…きっと」
「…恋…」
「恋っていうのは相手の人を想うと胸がドキドキしたりあったかくなったり…人を守りたいっていう気持ちなんだよ。ダンが冬一さんを見る目…そういう感じに見えたから」
「……」

ロギアの言葉を聞いてダンはじっと考える。

(私が…冬一に…恋を…している?これが…恋だっていうの…)

確かに、冬一の話を聞いて、彼の声を聞いて、そして今こうして養父と戦っている姿を見ていると、このまま死なせたくないと思う。むしろ、その後は…。
そう思っていた時。ロックハートの声が響く。

「そろそろ終わらせてやろう!!デリストス!!我が雷に邪神の力を込めよ!!」
『…グワアアアアア!!』

邪の神デリストスは主への返事として怪物らしい咆哮で答える。それと同時にロックハートのかざした手から浮かび上がる電撃がどす黒く濁り始めた。

(なんだ…あれは…!?)

冬一が警戒する中、黒い電撃は凄まじい風圧を巻き込むようにしてどんどん巨大化していく。

「貴様にダンを渡すものか!!消えろ!!陣川冬一!!」
「!!」
『主様!!』

ナイトメアが冬一に向かって叫んだのも束の間、黒い電撃がまるで太いレーザービームのようにして発射される。ロックハートはニヤリと笑い、その電撃に冬一が巻き込まれたのを確認した。
あたりにレーザーの衝撃波が起こり、同時に粉塵が舞い、視界がふさがれる。冬一とナイトメアの姿は粉塵の中に消えた。
その光景に唖然としたダンが思わず身を乗り出して叫ぶ。

「!!冬一!!」

その声は悲痛なまでに響き、ダンが冬一を失いたくないという想いを抱いているという、はっきりとした証拠でもあった。しかし、ロックハートは確かに冬一を抹殺したという確信があり、狂気的な高笑いをする。

「…フハハハハ…フハハハハハハッ!!ようやく潰えたな!!ダンに手を出したのが運の尽きというものだ!!愚かな男め!」
「お…お父様!!」
「ああ、ダン、心配しなくていいのだよ!お前には私しかふさわしい男は存在しない!!私以外の男を愛することなどなくてもいいのだ!フハハハ…!!」
「っ……お父様…」

そこでダンはロックハートの狂気的な愛を改めて感じた。もう、彼は優しい父ではないのだ。

(違う…お父様はずっと昔から…初めから…私をそういう目でしか見ていなかったんだわ…)

ダンは悲痛な目でロックハートに訴えかけるが、彼は不気味にダンを見つめて笑っているだけで彼女の心など全く気にも留めない。
ロックハートは一方的にダンを愛しているだけでダン自身の心はさほども考えていないのだから。

「っ……テメェのその愛ってのは…ダンを縛り付けるだけだ…!!」
「!何だと!」

突然、声と共に粉塵の中から素早い剣の一撃が閃光のように走り、ロックハートに向かっていく。

「!!くっ!」
「テメェの想いは愛なんかじゃねえ!!束縛だ!!」

そこにはススを被った冬一が黒帝をロックハートの腹に刺していた。その側にはナイトメアも浮遊している。
冬一は生きていたのだ。その姿にロックハートは憎悪と驚愕に満ち、ダンは目を見開きながらほっとした表情を浮かべていた。

(冬一…よかった…!)

ロックハートは隙を突かれて腹を刺されたが、すぐに至近距離で電撃を放つ。冬一は距離を取り、すぐに黒帝を構え直した。

「っ…貴様、あの攻撃をまともに食らって…」
「俺の持ち神、ナイトメアが結界を張ったんでな。まあ、危なかったが…テメェなんかに負けるか!!」

冬一は寸前でロックハートの攻撃を結界で防いだのだった。冬一を仕留めきれなかったロックハートは憎々しげに顔を歪ませる。
その瞬間だった。

「調子に乗るな…貴様如きが…ダンを…ダンを私から奪おうなどと…!!」
(!ロックハートのクロノが…勢いを増していく…!)

体質者はノーマルの人間よりもクロノを感じやすく、体内に取り込むことで強大な体質能力を発揮する。たった今、ロックハートが体内に取り込んでいたクロノが勢いよく広がり、対峙していた冬一はその変化を肌で感じた。明らかに何か起こそうとしている。

「デリストス!!」
『ググ………グアアアアアアア!!!』

ロックハートが持ち神であるデリストスの名を叫ぶと、デリストスから赤黒い光が発生し、それがロックハートの中へ吸い込まれるように入っていく。途端にロックハートの目つきがまるで地獄の炎のように禍々しく光り、全身からは老人とは思えないほどの邪気と殺気が溢れる。全身が燃えるように歪んで見え、冬一だけでなく戦いの様子を見ていたジーザス達やダン達さえ思わず恐怖を感じた。

「な、なんだあれっ…!本当に人間かよ…!?」
「もうアレは人間の域を超えてるね。邪神デリストスの凶暴性と神性を自分に与えたんだ。代わりに人間の理性なんてほとんど奪われてしまうのにね…」

唖然と呟くジーザスに対し、ロギアがどことなく悲しそうに言った。最早、ロックハートは人間性を失ってでも冬一を抹殺しようとしている。それほどまでにダンへの執着、冬一への嫉妬心が強いのだ。
かつての上司、そしてかつての養父の変わり果てた姿に番人達も呆然と、そして強い衝撃を受けた表情で固まっている。

「公爵……」
「っ……!」

小さく声を漏らすチェーンのそばでダンは一際絶望的な表情をしていた。この場で一番辛い思いをしているのは彼女だろう。
自分の人生を変えた黒幕が愛する養父で、今は最早人間とは呼べない存在へ変貌しているのだから。
その間にもロックハートは禍々しい殺気と共に唸り声をあげ、手をかざす。その手には赤黒い血のような炎が集まっていく。

「消えろ!!消えろ!!今すぐに消えろ!!消え去れ!!ダンは私のものだぁああああ!!」

唸り声とも叫び声とも呼べない邪な咆哮と共にロックハートが炎を発射する。それは地獄の使い魔のような竜の姿に変化し、冬一に襲いかかる。
しかし、冬一も信念を以って立ち向かう。愛刀、黒帝を構え、炎に向かって走っていく。

「ふざけんなっ!!ダンはお前のものじゃねえ!ダンの生き方はダン自身が決めるものだろうがっ!!」
「!」

その言葉を聞いたダンがハッと反応した。今まで誰も言ってくれなかった言葉を、冬一が言ってくれたのだ。

(私の生き方を決めるのは…私自身…)

今までダンの人生は別の人間によって翻弄されてきた。両親を奪われ、強盗達をはじめとした多くの男達に弄ばれ、その裏で糸を引いていたロックハートによって狂気的に愛された人生。
だが、冬一はダン自身に人生を歩ませようとしている。突き放すのではなく、自分と一緒に隣で歩むために…。

「知った風な口を利くなぁぁぁぁあああ!!!」
「ダンを解放しろ!!もう充分だろ!!」

冬一が叫びながら思いきり黒帝から斬撃を放つ。凄まじい斬撃が風圧と共にロックハートの炎の竜に向かっていくが、完全に消滅させられない。それほどまでにデリストスの魔力が強いのだ。

「チィッ!」
「貴様の力如きで倒せる訳がない!!我が邪神の力は負けぬ!!」

その声さえも元のロックハートの声とは比べ物にならないほど深く、不気味に轟く。絶対に負けない自信があるらしく、不敵に笑っていた。
冬一もこの先さらにどうやって倒すべきか、迷いを感じ始めている。

(どうする…ヤツの魔力は桁違いに上がっている…俺一人の攻撃でどうにかなるか…)

冬一が歯を食い縛り、再び向かってくる炎の竜に向かおうとした時だった。

「…させないわ!!」
「!」
「!?ダン…!」

冬一の前に長い髪を靡かせた人影が現れたかと思うと、襲いくる炎の竜が目の前で真っ二つに斬られた。
それはベルヌイユを振るったダンだったのだ。その表情は既に迷いも絶望も消えて、強くロックハートを見据えている。

「…お父様!」
「ダン…何故だ…何故邪魔をするのだ…!」

ロックハートは攻撃を邪魔したのがダンであることに驚いているようだった。だが、ダンは表情を変えずに距離を取り、冬一の側に立つ。

「ダン…お前…!」
「冬一、私が手伝うわ。お父様を…ロックハートを…止めましょう。あなたと…私で!」

冬一はダンの言葉に強い意志を感じた。もうダンは決めたのだ。自分の意思も、自分の未来も。

「……ああ。わかったぜ、ダン…お前の決意…!一緒にアイツを倒そう…そして…切り開くんだ!」
「ええ…!あなたが教えてくれた…自由への道を!」

ついに最終決戦が終局へ向かっている。邪神と一体化しつつあるロックハートを前に、冬一とダンが向かっていく。
夜が深まっていくと共に戦いもさらなる深淵へと誘われていった…。


41.切り開くフュテュール






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