二人はそのまま無言でクラウンの病棟フロアへ戻ってきた。ただ、その手は繋がれていて、すれ違うクラウンの隊員達がざわついたが、冬一とダンの表情はどこか暗い。
そして、ダンの病室の前には待っていたかのようにガイストが腕を組んで壁に凭れかかっていた。
「!ガイスト…」
「よう。デートは楽しかったかい?」
親友を前にして冬一は少しだけ顔を歪ませ、ガイストはニヤリと笑った。
ガイストがここにいるということは…。
「…どうやらお呼ばれのようね」
「ガイスト…!ダン達の処遇が決まったのか…」
「お前抜きで会議したのは悪いが…お前は弁護側だろうからな。冷静な判断ができねえだろうし。とりあえず、このまま司令執務室に来てもらうぜ」
やはり、ダン達番人の処遇が決まったとのことだ。本来であればこれほどまでの大ごとを起こした関係者の処遇決定なら、副司令である冬一も会議に出席するのが当然。
だが、今回はその冬一がダンに惚れ込んでいることもあり、恐らく中立な立場で意見できるとは考えられず、会議には参加できなかった。というよりも、ダンの側についていたいと冬一自身が辞退したのもあるが。
そして鼎とガイスト、他の幹部達によって会議が行われ、ようやく処遇が決定されたという。
「…ええ、わかったわ」
「…俺も行くからな」
ダンと冬一は手を繋いだ状態のまま、意思を決めたようだった。ガイストはそれを見て、この二人はようやく想いを告げ合ったんだな、と察し、口元に笑みを浮かべた。
「じゃ、ついてきな」
そのまま三人は鼎のいる司令執務室に向かう。執務室まではエレベーターに乗っていくが、一同は無言で冬一とダンは固い表情のままだ。恐らくダン達番人は逮捕され、クラウンが管轄する体質能力関連の犯罪者を収容する刑務所に送られる。
(それでも…生きていてくれることには変わりない。何年かすれば出てこられるだろうし…俺はこの先いつだってダンに会いに行ける。罪を償えば一緒になれる…)
ダンの想いがわかった今、恐れることはない。ダンの愛さえ得られれば、離れていても辛くはないのだから。
すると、手を繋いだダンがそっと呟いた。
「…ねぇ。冬一」
「!…どうした?ダン」
「…私が逮捕されたら…リンゴ飴、差し入れに来てくれる?」
「……!……ああ…ああっ…絶対に…届けてやるさ…毎日面会にだって行く…だから……」
「…大丈夫よ、冬一」
ダンはそう言って優しく笑った。その笑顔がとても辛く感じる冬一…。
そうこうしているうちにエレベーターは到着し、執務室の前までやって来た。ガイストが扉を開けると、鼎がデスクに膝をついて手を組みながら笑って冬一とダンを見ていた。
「やあ、いらっしゃい。デートは楽しかった?」
「…鼎…」
「ごめんね、帰って早々。…でも早めに伝えておいた方がいいと思ってね。とりあえず、座って」
鼎はダンを見ながらソファーに座ることを促す。ダンの隣には冬一が座り、その向かいに鼎とガイストが座った。
「…さて。早速だけど…。会議の結果、ダンちゃん達番人の今後が決まった」
「………」
「今後、番人はクラウンと同盟関係を結んでもらう。有事の際に無償でアタシ達に協力してくれること。それがあなた達への処分ね」
「!」
「えっ」
鼎の告げた言葉に対し、冬一は目を見開き、ダンは思わず声を漏らした。その処遇は想像していたものとかけ離れていたことに驚きを隠せない。
「鼎…それってダンを逮捕しないってことか…」
「まあね。番人が始末してきたのが全員、法で裁かれずに野放しになっていた凶悪犯ばかりっていうのと、ロックハートの計画を何も知らずに利用されていたこと。それに今のダンちゃん達を見てると敵対意思も見られないしね。それに番人の戦力は
手放すには惜しい。だから、仲間になってもらおうと思って」
ニコニコと笑いながら語る鼎。唖然とする冬一とダンを見て、ガイストも想像通りの反応といった様子で笑っていた。
「やっぱりな。いい反応だぜ、二人とも」
「ガイスト、テメェ先に知ってたな…」
「まあなぁ」
冬一はジロリとガイストを睨むが、さらりと受け流された。
クラウンは今回のロックハートの一件のように、体質能力絡みで起きる事件を捜査し、時には戦闘になることがある。その時に番人はクラウンに協力して戦力となる。それが番人達が自由になるための条件。一種の司法取引だ。
「ただし、もう一つだけ言っておくことがあるよ。番人の暗殺の仕事を続けるかどうかはダンちゃん達次第、任せるよ。暗殺という裏の仕事…それを止める権利はアタシ達にはない。ただ、もし現地警察に 逮捕されることがあってもクラウンは関与せず、助けたりはできない。それをふまえて、他の番人達と相談してね」
「……わかったわ」
ダンは静かに鼎を見つめ、頷いた。クラウン側で逮捕されることはないが、それぞれの国の警察に番人の暗殺容疑で逮捕された場合は自己責任というわけだ。それでも殺し屋を続けるかどうかはダン達の自由。
冬一は心から安心した。実質、無罪になったようなもの。制限はあっても、ダンは本当の意味で自由になれた。
「ダン…!よかったな…!」
「ええ…ありがとう、冬一」
二人は笑い合う。その様子に鼎とガイストも笑みを見せたが、それは長い付き合いの冬一がようやく愛を知ることができたという安心感からだった。鼎にとっては兄、ガイストにとっては親友のようやく訪れた春を祝うような気持ちで。
すると、冬一は笑みを少し減らし、再びダンを真剣な目で見つめる。
「…ダン。あと…もう一つ。確認しておきたいことがあるんだ」
「……何?」
首を傾げるダンとは裏腹に鼎、ガイストはピンと気付いた。「あのこと」だと。
「…ダン。俺は…お前の親父さんやお袋さんと親しくしていた。その時にもずっと『目についていた』モノがある。そして今もだ。…お前が持つ、ローズダイヤのペンダント…エヴリコット家の家宝だ」
「…!」
それだけのことで、ダンはこれから冬一が話す内容がすぐにわかり、少し険しい顔になる。今もダンの剥き出しの胸の谷間にはキラキラと輝く大粒のローズダイヤのペンダントが下がっている。角度によって深い赤にも鮮やかなピンクにも見える希少なダイヤモンド。それはダンの父ナルシスの遺品でもあった。
「……それと同じものはこの世にもうひとつだけ存在する。同じ宝石だが、もうひとつは…ペンダントじゃない。指輪だ」
「…そこまでわかっているのね…」
「お前の持つペンダントと対になる、ローズダイヤの指輪。それは…ミュゼールの国王が持っているものだ。俺達は以前、ロックハートがお前の両親を殺した証拠を探すため、過去の古い写真を見た。そこにはお前の父親やロックハート、そしてミュゼールの国王が映っていたが……」
「……」
そう、ロックハートがダンの両親を殺した黒幕であることを突き止めるためにジーザス達と共に見た古い写真。あそこにはダンの父ナルシスやロックハートがミュゼール国王と映った集合写真があった。そこでもナルシスはローズダイヤのペンダントを身に付けていたが…同時に冬一はあることに気付いていた。実は鼎やガイストも…。
「あの写真でお前の親父さんは紅色のローズダイヤを身に付けていた。それがローズダイヤだとわかったのは、過去に親父さんや、今のお前が身に付けていていたのを見ていたから形状を知っていたということもあるがな。…問題は、同じ写真に写っているミュゼール国王の指に嵌められた赤い宝石の指輪。一見するとルビーかガーネットかと思うくらい強い赤色の宝石だが……これは…お前が持っているのと同じ、ローズダイヤだ。…そうだろ」
「……その通りよ…」
やはり、と冬一は思い、そのまま続ける。
「お前の親父さんから聞いたことがある。ローズダイヤは代々エヴリコット家に受け継がれる家宝で、同じ宝石はほとんどない。現存しているのはもう一つだけだってな。それにローズダイヤは光の角度によって色が変わって見える。赤やピンク、色の濃度も…。この写真では全く別の宝石に見えるペンダントと指輪…それは同じ宝石…ローズダイヤだ。王族と同じ宝石を家宝として受け継ぎ、さらには国王に何かと目をかけられていたエヴリコット家は…ただの貴族じゃない」
「……さすがね。…もう隠し事にはならないわね」
既にダンは冬一が確認したいことの内容がわかっているようだった。冬一は核心を突く。
「ダン。お前の血筋…エヴリコット家はミュゼールの王族と親しい…いや…恐らく親類関係。この世に二つしかない宝石を互いに持ち合い、お前の親父さんに関しては国王が偉く気に入ってたっていうのも…親戚なら納得がいく」
冬一はあの写真を見た時からずっと思っていた。角度によって色が変わる希少な宝石。別の宝石だと思っていたそれは同じもの…だというなら、答えは一つ。いくら貴族とはいえ、王族が持つ宝石と対になるものを持っている意味は大きい。
「ミュゼールの王族は三十年近く前に国内で蔓延した流行病の影響で現在の国王、王妃を残して病死した。だが、家系を調べてみると…今の国王には兄がいる。記録上では不自然な形で『失踪』という扱いになっていたが…もし生きていれば…」
淡々と続ける冬一に鼎が補足する。
「兄さんが必死になって調べてたからね。アタシも見たけど…。現国王は金髪に紫の瞳が特徴的だけど、何でも失踪した国王の兄上は…黒髪に紫の瞳だったらしいよ。その黒髪はまるで夜空のような深い濃紺がかった色だったって…」
「…どこかで見たような外見だな…」
ガイストの言葉もあり、ダンは苦笑いにも似た表情で肩を竦めた。
「……あなた達には何も隠せないわね。…その通り…私達エヴリコット家は王族の『分家』。正確には現国王ステファン七世の兄が私の祖父…セルヴァン・エヴリコット。本来であれば私の祖父は長子として国王の座を継ぐはずだったらしいわ」
ダンが語り出したエヴリコット家の真実。やはり、彼女の一族はローズダイヤで繋がった、王族の血筋だということ。それはダン自身が誰にも語らなかった絶対の秘密でもあった。
「でも私の祖父は根っからの自由人でね。国王という縛られる生活を嫌い、国王の座を弟に譲って王家を抜けることを選んだ。そして母方の一族だったエヴリコット家の当主の座を受け継ぎ、自分は世界を旅する冒険家になったの。それでも、王族とは親しい関係が続いていたって訳…」
「…それがエヴリコット家とラインハルト家の関係か…」
ダンの話を聞き、冬一が呟いた。鼎とガイストも国家の秘密を聞いたことで少し張りつめたような表情をしている。
「でも私自身は一族のことは何も思ってないし、王族と深い関わりを持つ気はないわ。だからこそ殺し屋なんてことをしてるのだけど」
「王族はダンちゃんが番人をやってること、知ってるの?」
「知らないと思うわ。お父様…ロックハートがうまく隠していたんだと思うけど」
鼎の問いかけにダンはそう答える。もちろん王族関係者はダンが暗殺を行なっていることを知れば大騒ぎしそうだが。
「でもスッキリしたわ。このこと…今までロックハートだけしか知らなかったの。誰にも言うなって言われていたけど…もう私は何にも縛られない。自由な存在だから…。できれば、オズボーンファミリーの彼らや、番人の仲間達にも本当のことを言いたい」
「…いいのか?ダン」
「ええ、いいのよ。だって私の人生を歩むのは私自身…もう私は自由だって教えてくれたのはあなただもの」
心配する冬一に対してダンは優しく笑って言った。ダンはもう隠し事はしたくないのだろう。それがたとえ自分の出生の秘密でも。
「…わかった。ジーザス君達もチェーン君達も傷は浅いからそろそろ退院できるだろうしね」
鼎も笑顔でダンを見つめた。療養が決まってからダンはチェーン達と顔を合わせていないだろうから、話もあるだろう。そこでガイストが提案する。
「だったらこれから顔を見に行ってくればいいんじゃねえか?病室に三人揃って入ってるぜ」
「そうだな。ダン、俺が案内するから行ってみるか」
「ええ、ぜひ。今回のこと、説明も相談もしたいし」
冬一に対し、ダンも頷く。チェーン達とは家族同然に育ち、彼らの傷や体調のこと、そして番人の今後のこと、出生のことも話しておきたかった。
********************************
一方、その頃のチェーン達。病棟フロアの病室内にはチェーン、刃矩、カルメンが療養していたが…。
「お姉さん、ほんと可愛いね!ナース服の似合う女性ってすごい魅力的だなー」
「やだもう、チェーン君ったら!お世辞がうまいなあ」
「俺は本当に可愛い女の子にしかそういうこと言わないんだぜ?」
「本当にもう〜!調子にのるんだから〜!」
何故か病室ではナンパが行われていた。患者用の浴衣姿のチェーンがベッドに腰掛けながら、担当のナースを思いきり口説いていた。しかもナースは満更でもない。その様子を仮面をつけていない刃矩とカルメンがそれぞれ自分のベッドに座りながら呆れた目で眺めている。
すっかり傷の癒えた三人だったが、チェーンは初っ端からナース相手にちょっかいを出していた。番人としても、男相手に力を発揮するのがダンなら、女相手に力を発揮するのがチェーンだった。若くて飄々とした若者のチェーンは年上の女性に人気があったが、それはこのクラウンのナースにも通用するようだ。
「もうすぐ退院になると思うし、それまでおとなしくしてなさいよー!」
「はーい!」
ナースはチェーンに釘を刺し、病室を出ていく。チェーンはニコニコと笑いながら手を振りそれを見送ったが、刃矩が深い溜息をつく。
「…お主、いい加減にその女癖は何とかならぬのか」
「何だよ別にいいだろー?世界中の女の子に優しくするのが俺の役目だからよ」
「けど本命がなかなか出来ないだろうが」
「うっ…痛いところ突くなよ、カルメン!」
一番上の兄貴分であるカルメンに言われてグサリと心に何かが突き刺さるチェーン。チェーンは女性の扱いはうまいが、これまでに本命の恋人が出来たことがない。モテはするが、彼女が出来ないということだったが、チェーンはそれが若干恥ずかしかった。
一息つくと、刃矩は改めて話題を出す。それは全員、頭の端で考えていたこと。
「…それよりも。そろそろ退院と言われたな」
「ああ…その後、どうするか、だよな」
「…だよなぁ」
ロックハートが死に、今後、番人はどうなっていくのか。そしてダンは…。
「…ダン、どうしてるかな。あれから会ってねえけど」
「…陣川冬一がいる。悪いようにはなっていないだろう」
チェーンがベッドに横たわり、頭の後ろで腕を組みながらダンのことを口にすると、カルメンがそう答えた。あの戦いで陣川冬一がダンのことを愛していること、ダンも恋をしていることはすぐにわかった。ダンは精神的にも療養が必要とのことで別室にいるらしいが、恐らく冬一がいる限り酷い目にはあっていないはず。クラウンがそんなことをする組織とも思わないが。
「これから俺達…どうすんのかなぁ…」
逮捕か、処刑か。そうなってもおかしくない自分達。チェーンの呟きが病室に響いた。
その時。小さくノック音が聞こえる。それは病室の扉だ。一瞬警戒した刃矩が冷たい声で尋ねる。
「誰だ」
そして、聞こえてきたのは可憐な声。
「あの…わたし。ルーナ・グレイシアです…」
それはルーナだった。先日まで敵同士だったため、少し緊張したような声色。それを聞いてすぐにチェーンが明るい声で招いた。
「いいよいいよ!入っておいでー!」
(チェーン…やっぱ女相手だからか…)
女相手だと構わずデレデレと鼻の下を伸ばすチェーンに呆れるカルメン。刃矩はそれを無視して扉をじっと見つめている。
チェーンの声を聞いてゆっくりと扉を開き、入ってくるルーナ。水色のミニ丈のワンピースが鮮やかで、彼女の雪のように白い肌と柔らかな金髪を映えさせていた。ダンとは全く違うタイプの美人だ。
「よく来てくれたね!キミ、オズボーンファミリーと一緒にいた子だよなっ!?」
「え、ええ。色々あったけど…今はもう敵じゃないから。怪我の具合、どう?」
「お見舞いに来てくれたの!?優しいし可愛いしすごくいい子だね、キミ!」
「わっ…」
チェーンはルーナの手をガシッと掴んで万遍の笑みを浮かべる。ルーナは困ったように苦笑いしていたが、彼らを心配して見舞いに来たのは本当だった。
刃矩はルーナを見て、問いかける。
「…我らは敵同士だったのだぞ。それでも我らの様子を見に来たと言うのか」
「…ええ。今回のこと…大変なことばかり起きたけど、あなた達は悪人じゃない。勿論、ダンも…」
「ダンがどうなっているか、聞いているか?」
カルメンがルーナにダンのことを尋ねてみる。ルーナであれば知っているかもしれない。
「ダンは別の個室で療養してるけど…よく病室を抜け出して冬一さんに追いかけられてる」
「ああー…ダンのやつ、閉所恐怖症っぽいところあるもんなー。ま、どっちかっていうと外に出歩きたがりっていうか」
何となくその様子が想像できた三人の番人達。チェーンはルーナの手を握ったまま、ダンの閉所恐怖症に近い症状を説明した。
「でも今はちゃんと許可が出て、冬一さんと外に散歩に出たみたい」
「そうか…陣川冬一と…」
ダンが優しく微笑みながらそう言ったのを聞いて、カルメンはどこか満足そうに呟いた。やはり冬一はダンを想っている。ロックハートの呪縛から解き放ってくれたのも冬一だった。あの男は自分達の妹分を心から大事にしてくれる。
(あの男にならダンを任せられるかもしれないな…)
カルメンはそう感じた。最初は冬一を信用できなかったが、ダン自身の変化や彼女を救済したことをふまえれば、兄貴分として思うことは一つしかない。
刃矩を見ると、彼と目が合う。番人の年長者として、考えていることは同じなのだろう。しかし、チェーンはわかっているのかいないのか、ルーナの手を握ってテンション高く話した。
「いやーダンもあの野郎とイイ感じだし、俺もルーナちゃんとイイ感じになっちゃおうかなー!!」
「ええっ!?何でそうなるの!?」
(このバカ…!!)
(こいつ、状況をわかってないのか…!)
早速、チェーンはルーナへナンパを決行。ルーナはこういった状況に慣れておらず、どうしていいかわからないといった表情で焦っている。その様子にカルメンと刃矩はキレかけていた…。
……が。いきなりチェーンの頭に鈍い痛みが二つ。誰かに殴られたのだが…。
「痛ッ!!!」
「この野郎!ルーナにちょっかい出すんじゃねえ!!」
「……やはり殺しておくべきだったか」
「ムキュゥゥ!!!」
「ああっ!すみません、皆さん…!」
「ったく、またナンパしてやがるのかよ」
聞き覚えのある声が複数。いつの間にか、病室には怒りの表情で拳を握るジーザス、冷たくも恐ろしい表情でチェーンを睨むハザード、ジーザスの肩に乗って威嚇?する雪、申し訳なさそうに頭を下げるクリス、呆れた表情で病室の扉に凭れかかるファントムがいた。どうやらルーナの後に病室に入ってきたらしいが、チェーン達は全く気付いていなかった。ルーナを口説くチェーンを見てジーザスとハザードがそれぞれ一発、頭を殴ったらしい。
「ジーザス、雪、ハザード…!」
「俺達は先に退院できたからよ…ルーナを探してたら…こんなところにいて、よく見りゃあソイツがルーナをナンパしてやがって…」
「んだよ、お前らか。いいだろ別に!ルーナちゃん可愛いし!」
「よくねえよ!!」
ジーザスは苛立った様子でここへ来た流れをルーナに対して説明したが、チェーンは頭を押さえつつ反論し、また一触即発の雰囲気に。その間に雪はジーザスの肩からルーナの腕の中に飛びつき、擦り付き、クリスの方はペコペコと頭を下げて何とか穏便に済ませようとする。
「ジーザスさん、ハザードさん、ルーナさん、すみません!チェーンは女性であれば誰彼構わず声をかけてしまう性質なんです…!!」
「クリス!俺がヤベェやつみたいに言うなよなー!!」
クリスと番人達はロックハートの屋敷で共に生活をしていた仲。彼らのことはよくわかっているが、クリスの言い方もわりとひどい。
そんな様子をわりと冷静に…というより少し見下したような目つきで見つめるファントム。彼もまた、ダンに付き纏い&番人への情報提供のため、屋敷に出入りすることが多く、チェーン達のことはよく知っている。
「ケッ。そんな真っ白い女のどこがいいんだか…」
その言葉を聞き捨てならないのはジーザスとハザード。すぐにファントムに食ってかかった。
「ああ!?テメェ今なんつった!!!」
「………ぶった斬る」
「キュゥゥゥ!!!」
今までで一番恐ろしい形相だったが、ファントムも売り言葉に買い言葉で一気に突っかかる。雪も大好きな主人をけなされて怒っているらしく、全身の毛を逆立てて鳴いた。
「あー!?なんだテメェら!!世の中の女なんざダンに比べたら格下なんだよ!!」
「ふざけんな!!ルーナの方が百倍可愛い!!」
「いーやダンが世界一美人だ!!」
特にジーザスとファントムの言い争いがひどい。ハザードの方は殺気を飛ばしていつでも腰の鬼神を抜けるようにしているが…。
その状況にクリスとルーナが慌てふためく。
「ちょっと二人とも!落ち着いて!!」
「ジーザス!ハザード!喧嘩はダメでしょ!」
そして完全にジーザスVSファントムの図になったことで置いていかれ気味のチェーン、刃矩、カルメンは呆れ顔でそれを見守っている。
ジーザスもファントムもそれぞれ好きな女が一番、という主張のもと言い争っているが、結論が出るはずがない。
その時。
「ハァ…病室で騒ぐなんてマナーがなっていないわよ」
これまた聞き覚えのある声。涼しげで、けれど妖艶で、美しい声。ファントムはすぐに反応した。
「!!ダーン!!」
「!ダン!」
「冬一も…!」
先程までの喧嘩腰から一変してヘラヘラと表情を崩してハートマークを飛ばしまくるファントム、ずっと安否を気にしていたチェーン、そして彼女の後ろにいる冬一の存在に気付いたジーザスの声がほぼ同時に響く。
病室に入ってきたのは司令執務室から移動してきたダンと冬一だった。
「全く、廊下にも聞こえてるわよ。恥ずかしいったらないわ」
「ダン!!大丈夫だったか!?何もされてねえか!?」
「何もないわよ。というかあなたもこっちでおとなしくしてたのね、ファントム」
うんざりした表情でダンはファントムを見るが、彼は気にせず、素早い動きでダンの側に近付くとその手を握る。
「当たり前だろ!俺はダンのために生きてるんだからな!!」
「ああ、そう…」
明らかにダンが迷惑そうな顔をしているのに全く気にしていない様子のファントム。ある意味、心が強い…。そこにクリスも入り、ダンの姿を見て安心したように笑った。
「ダン、よかったよ…元気そうだ」
「クリス。あなたも無事で何より。チェーン達も傷は治ってるようだわ」
「ああ。全員大丈夫だ」
ダンはクリスやカルメンの言葉を聞いて胸をなでおろしたようだった。ダンもチェーン達のことがずっと気がかりだったため、胸のつかえが取れた様子。
「オズボーンファミリーの皆さんもお揃いで。よかったわ、まとめて話ができるし」
「話?」
ルーナがダンに問いかける。ダンは全てを話すことを決めていた。そのためにもオズボーンファミリーと番人達、および関連する人物達がまとまって同じ場所にいたのは好都合。
そしてダンは冬一の顔を一度見て、彼が頷いたのを確認すると話し始めた。鼎が番人の処遇を決めたこと、そして自らの出生の秘密を…。
********************************
全ての話を聞き終えたジーザス達オズボーンファミリー、チェーン達番人、そしてファントムとクリス。一同は驚きのあまり無言が続いた。
「…わかってくれた?」
「…要するに俺達番人は自由で…ダンは…王族の血筋って……なんか、展開についていけねえ…」
少し唖然とした表情でチェーンが呟く。刃矩とカルメンも同様らしい。
「しかしよく鼎さん、番人を無罪にしたなあ…」
「番人そのものの行いはクラウンでは問えない。それに敵対する素振りも見せない上、クラウンに協力してもらえれば良い戦力になるからな」
ジーザスの疑問に冬一が副司令として答える。司令の鼎の考えは副司令としても兄としてもわかっていた。
「じゃあ、わたし達とも一緒に戦う機会があるかもね!これからは敵としてじゃなく、味方として過ごせるんだね」
展開をポジティブに捉えたルーナがにっこりと明るく笑って言う。ルーナはダン達番人が味方になるのが嬉しいらしい。
オズボーンファミリーにはクラウンの隊長格であるロギアがいて、なおかつクラウンとは友好関係にあるため、今後も番人と顔を合わせることは増えるだろう。少なくとも敵対することはないはず。
「…ダン。お主はこれからどうしたい。我々番人はこれからも暗殺を続けるかどうか…」
「………」
その刃矩の一言でダンは押し黙る。今まではロックハートに言われるがまま、「弱き人々を救うため」という信念のもと、犯罪者達を手にかけてきた。ロックハート亡き今、番人を続けるかどうかはダン達の自由。
「そうだよな…俺達、これからどうしたら…」
「ダンの意思はどうなんだ」
チェーンとカルメンが続けて言い、ダンは返答に困った。
(私の意思…)
すると、悩むダンの肩を冬一が優しく抱く。
「!冬一…」
「…お前の好きにしたらいい。もう生き方は自由だからな」
「……そうね」
少し口元に笑みを浮かべ、ダンはチェーン達をまっすぐ見て言った。
「…私は番人を続けたい。もう二度と、私のような悲しい人間を生まないために。恨みを晴らしたい、そんな思いを抱く人達の声を無視することはしたくない…たとえそれが人道的でなくても。いつか私達番人を世間が必要としなくなるその日まで…」
ダンは番人として生きていく道を選んだ。世間には許されざる犯罪を犯しておきながらそれを償わずに気楽な人生を生きる悪人がいる。その断罪を望む人々や、悪人によって犠牲となる善良な人々がいる。そんな人々の声を受けて刃を振るう番人。
「…そうか」
「俺も…やっぱり番人を続けてえって思ってた。カルメン、刃矩。お前らは?」
「……俺には戦うことしかできねえからな。それに苦しむ人間を放置することもできねえ」
「俺も同じ意見だ。民衆の声を放っておくことはできない」
「だってさ、ダン」
刃矩、チェーン、カルメンもダンと同意見だった。元刑事のルーナは複雑そうな表情でその様子を見ていたが、過去に見てきた犯罪でも非道な犯人はたくさんいた。更生したと思っても再犯し、人の命をどうも思わない犯人もいて、被害者が増えた事件もあった。
(番人が正義か悪かはわたしにはわからない…でもはっきり言えることは…ダン達本人が悪ではないってことだけ…だったらわたしはダン達を止めることはできないな)
番人を糾弾することも、存続を止めることもしない。ダン達という人間そのものと付き合っていけばいい。
それが伝わったのか、横にいたジーザスが優しくルーナの手を握った。
「!ジーザス…」
「…ルーナ、大丈夫か?」
「…うん。ありがとう、大丈夫だよ」
優しく笑うルーナ。ジーザスも安心したように笑い返す。とりあえず、番人の存続も決まった。だが、もう一つの話題もやはり気になる。
「…ところで、もう一つの…ダンの一族が王族のっていうのは…本当にわたし達に話してよかったの?」
ルーナがダンにおずおずと尋ねると、あっさりと彼女は答えた。
「いいのよ。家柄なんて問題じゃないけど、一応話しておきたくて」
「んなこと、俺でさえ知らなかったっつーのに…ロックハートの野郎、知ってやがったな。それで隠してたっつーのか」
ファントムがギリリと歯ぎしりしそうな勢いで悔しがる。裏の情報通だった彼でさえ知らないダンの秘密をロックハートだけが知っていたのが許せなかったらしい。
「じゃあダンは…本物のお姫様なんだね…」
「祖父が王家を出た時点で正式な王族じゃないけどね」
ルーナが目を輝かせてダンを見るが、ダンは苦笑いしている。確かに正式な王族ではないといえ、血筋からいえばダンはいわゆるお姫様…王女かもしれない。
(ダンが王女……)
何となく、絵本に出てくるような冠を乗せ、ふんわりとしたドレスを着たダンを想像してしまう冬一、ファントム、クリス。
(それも結構…)
(悪くねえかも…)
(ダンがお姫様…似合う…)
妄想に浸るダンに恋する男三人。ダン本人が言っているが、非公式の王女とはいえ今後のダンが何か変わる訳ではない。しかし、ジーザスは不安そうな顔をする。
「曲がりなりにも王族が暗殺とかしてるのバレたらやばそうだけど…」
その発言に対し、隣にいたハザードが言い放つ。
「その女自身が言っているだろうが。バレなきゃいい話だ」
「そ、そうだけどよ」
それを言ったら元も子もない話だ。バレなければ問題ない、というのは当然だが、バレたら怖いということなのに。しかし意外にもダンも同意する。
「その通り、『死神』さん。まあ、最悪バレたら色仕掛けで誤魔化せばいい話よ」
「ダン!それはダメだろうが!!」
思わず冬一が突っ込んだ。先程の外出の時もそうだったが、ダンはすっかり『揉め事はだいたい色仕掛けで解決』という考えが染み付いてしまったらしい。
その様子を見てハザードは小さく「魔女が…」と呟いて舌打ちをした。彼からしたら、ダンは体質能力も使えて、色仕掛けも使うヤバイ魔女に見えるのかもしれない。ダンは「ひどいわね」とだけ言いつつ、あまり気にしていないように笑った。
「でも私としてはファントムとクリスが体質者で、しかも兄弟だった方が驚きよ」
「隠していてごめんね…随分会っていなかったんだけど、ロックハート公爵を通じて再会して…少し色々あったんだ」
「…その話は別にいいだろうが」
クリスがいきさつを話そうとしたが、ファントムが強制的に遮る。どうやら過去に何かあったようだが、それを話すつもりはないらしい。
「そう…まあいいけど。でも、これでとりあえずは収束ね」
ダンはクリス達を追求することなく、話をまとめた。ダン達の未来にはまだ問題はあるかもしれないが、今はとりあえず全てが終わった。そして残るのは…
「…貴様らもそろそろ療養が終わるだろう。いつ帰る予定だ」
「そうだな…屋敷もそのままだろうし、赦しが出ればすぐにでも帰還し、体制を整えたいな」
(帰る…か)
ハザードと刃矩の会話を聞いて冬一は物思いに耽る。そう、ダンが番人を続けると言った以上、帰らなくてはならない。ずっと一緒にいたいと思っているが、それはダンの自由を妨げることになる。
(でも大丈夫だ…いつだって会いに行ける)
少し寂しいが、もう冬一はダンと相思相愛になったのだからいつだって会える。彼女の愛を得たのなら怖いものはない。
そう思いなおし、冬一はダンの手をぎゅっと握る。
「!冬一?」
「…会いに行くさ。お前の顔を見に、な」
「……嬉しい。私も会いに行くわ…」
心から嬉しそうにダンは微笑み、冬一の胸板に頭を預けた。二人の纏う雰囲気は本当に温かく、怒りの表情を見せるファントム以外の一同も優しく見守っていた。
するとさらに来客が…。
「ヤッホー、勢揃いだねぇ」
「!ロギア!」
病室の扉が開き、顔を覗かせたのはロギアだった。ルーナがロギアの登場に少し驚いた顔をする。
「ダンとルーナ、ここにいたんだね。先生が呼んでるんだけどいいかな?」
「鼎さんが?」
「…私も?」
ロギアはルーナとダンを呼びに来たらしい。しかも呼んでいる相手は鼎だという。ダンはルーナだけでなく自分も呼ばれたことが気になったらしい。
「うん、すごく…大事な話だよ。ジーザスと冬一さんも来てほしいって」
「え…俺も?」
「!…まさか、鼎のやつ…」
ジーザスは自分の同行に驚いているが、冬一は鼎の意図がわかったようだ。明らかに重要そうな話だが…。
少し緊張した面持ちのルーナとジーザス、怪訝そうな顔をするダン、真剣な表情の冬一。
戦いが終わった今、鼎は二人の女性にあることを話そうとしている。それはまさに世界を変える決断でもあった。
44.幸福トゥモロー
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