「やあ、待ってたよ、ルーナちゃん、ダンちゃん」

司令執務室で鼎はにこやかに出迎えた。ルーナとダンの他にジーザスと冬一も部屋に入ってきた。

「鼎さん。何かご用ですか?」

ルーナがおずおずと尋ねた。

「うん。今回の一件も片付いて、ダンちゃん達とも協力関係になれたことで…アタシも一つの区切りかなって思ってさ。 ルーナちゃんとダンちゃんにはお願いしたいことがあるんだ…」
「…私とルーナに?」

ダンが鼎の言葉に首を傾げるが、冬一は既にわかったような口調で鼎に返した。

「鼎。やっぱり…決めたのか」
「うん。兄さんやガイストには前からちょっと話していたんだけどね。決めたよ…」
「それって…どういう…」

冬一と鼎の会話に対し、ジーザスも訳がわからないといった状態。そして鼎は改めて議題を口にした。

「…ルーナちゃん。ダンちゃん。アタシが女神の力を持っているのは知っているよね」
「は、はい。もちろん…」
「…古代から受け継がれてきた特別な体質能力…ね」
「そう。昔から女神の力は女性の体質者にのみ受け継がれるんだけど、その力を持つ女性自身を『女神』って呼ぶ場合が多いわね。で、その時の女神が次の女神を選び、脈々と力は受け継がれてきたんだけど…」

そこまで言い、鼎はルーナとダンを交互に見て真剣な表情で言った。

「ルーナちゃん、ダンちゃん、アタシの今の女神の座をあなた達に譲りたいと思っている」
「!?えっ!?」
「女神を…私達が……?」

それはあまりにも衝撃的な提案。ロックハートも狙っていた、鼎が持つ「女神の力」。そしてその力を持つ「女神」という座そのもの。それを持つ鼎がルーナとダンを後継者に選ぼうというのだ。

「ルーナとダンに女神を…!?鼎さん、マジっすか…!?」

ジーザスはあまりのことに驚き、確認し返したが鼎は頷いた。

「ほんとほんと。前々からルーナちゃんには素質があるなあと思っていたんだけど、今回の一件でダンちゃんの才能を見て…そして決めたんだ。女神は別に一人でなくてはいけないって決まりはなくて、過去にも一つの時代に複数人の女神がいたことがあるしね」

にっこりと鼎が笑った。本気で女神をルーナとダンに受け継がせたいらしい。

「わ、わ、わたしが…女神に……そ、そんな…」
「……なるほどね」

ルーナはなぜか頬を染めてワタワタと慌てており、ダンは顎に人差し指をあてて考え込んだ。女神というのが重要な立場なのは既にわかっている。そんな二人に冬一は厳しい意見を言った。

「…だが、すぐに決められることじゃねえ。ロックハートのように女神の力を悪用しようって連中は世界中にいる。お前達が女神になれば、その力を狙って襲ってくる奴らが必ず現れる。それもひとりじゃねえ。お前達が次世代の女神に力を譲らない限り、終わらないだろうぜ」
「そ、それは…」
「ルーナとダンが狙われるってことかよ…」

ルーナがビクリと肩を震わせ、ジーザスが食ってかかるように吐き捨てた。ダンだけは特に表情を変えずに言う。

「でしょうね。女神の力は万能の体質能力。お父様が世界中の人間から負の感情を消し去ろうとしたように…世界レベルの危機を引き起こすこともできるのでしょう?」
「うん。元は太古の昔、世界の戦争を止めた女性の体質者が持っていた力。争いから人々を守り、癒す…絶対的な最強の体質能力だったのよ。彼女が死ぬ直前に別の女性にその力を譲渡し、それが何千年にも渡って継承されてきた。だから女神の役目は、長いこと受け継がれてきた歴史ある力を守ること、そしてもう一つ。『世界の均衡を保つこと』」
「世界の…均衡?」

鼎の解説を聞いて少し呆然としたルーナが尋ねると、鼎と冬一が続けた。

「女神はその絶対的な力ゆえに世界の均衡を保つ存在とされているの。だから女神に何かがあった時、世界はバランスを崩し、争いや災害といったものが増え、世界は終わる…そう信じられているのよ」
「そうだ。だから女神にはまわりで守る守護者が必要になってくる。鼎が女神になった時、俺やガイスト、それに今は世界に散ってるが、クラウンの幹部達が鼎を守る『女神の守護者』になることを誓ったんだ」
「女神の…守護者…」
「そう。そこでその代表としてジーザス君と兄さんには女神の守護者になってもらいたい。だから一緒に呼んだって訳ね」
「………」

女神の側にいて、危険から守る役目。もし、ルーナとダンが女神を引き受ければジーザスが新たに、冬一は引き続きその守護者になる可能性が高い。
少し考え込んだルーナはチラリと隣のダンを見つめる。

「ダン……どうする…?」
「…私は決めてるわ。ルーナは迷ってる?」
「……少しは迷いはある……けど…でも、気持ちははっきりしてる…」

ダンは凛とした表情でルーナを見返し、ルーナは戸惑いの表情こそ浮かべてはいるが何かを強く感じているような顔をする。鼎は二人の表情を見て結論を問うた。

「二人の考え…聞かせてくれる?」
「…わたしは元々、自分の正義感のために刑事になりました。でも、色々あって…ジーザス達と一緒にいることを選びましたが…今のわたしじゃ何にも役に立ててない…そう思うこともあって…。女神になれば…世界を守る役に立てると思う…だったら、わたしは…自分にできるなら、やってみたい!」
「ルーナ…」

ルーナの思いを始めて聞いたジーザス。ルーナがブリタナに滞在するようになってから刑事としての仕事は 休職扱いになっていたが、ルーナが何にも役に立てていないと感じているということを聞いてジーザスは少し申し訳なく思っていた。

(俺はルーナが側にいてくれることで満足してたけど…ルーナは自分でそう思ってたのか……そんな思いをさせていたなんて…)

そして同時にルーナが女神になることで世界を守りたいと思っていること。だとしたら自分は…。

「俺も…ルーナが女神になるんだったら…ルーナを守る守護者になりたいです!」
「!ジーザス…!」
「ルーナが世界を守る役目を引き受けるなら、俺は手伝いたいと思ってる」

ジーザスの言葉にルーナは少し頬を染めた。ジーザスが自分のために言ってくれたことが嬉しいようだ。そんな二人に鼎は
クスッと微笑むとダンの方を見る。

「……うん、わかった。…じゃあ、ダンちゃんは?」

ルーナの意見も聞いた上でダンは腕を組んでいたが、すぐにフッと口元に笑みを浮かべた。

「私は最初から決まってるわ。…一度はお父様の命令とはいえ女神の力を狙い、世界を危機に晒そうとした。その贖罪もあるけど、何より私は…一人でも多く、私達番人のような辛い目にあった人を生みたくないの。番人だってそのためにやっていることだし、世界を守るなんて立場なら…断る理由はないわ」
「ダン……」

ダンは自分の信念を貫き、女神の役目を承諾した。そんな彼女を見て冬一は意外に感じる。

(ダンが女神の役目を受け入れるなんてな…意外だった…でも、やっぱり…どこか嬉しく感じる…)

かつて鼎が女神の座についた時も同じような感覚だった。そして同時に誓ったのだ。自分はそれを守る守護者であり続けようと。

(鼎が女神になって、次はダンが…。だったら俺のやることは変わらない)

冬一は一度目を伏せ、再び開くと鼎とジーザスを見てはっきりと言った。

「鼎。俺は変わらず女神の守護者を続ける。もちろん、ダンだけじゃなくルーナのことも守る。ジーザス、お前もダンを守れよ」
「あ、ああ!もちろんだ」
「うん、じゃあ決まりだね……それじゃ、ルーナちゃん。ダンちゃん。アタシの手を握って。今から女神の力を譲渡するから」
「えっ!?今ここでできるんですか?なんかこう立派な儀式とか…!」

驚きの声を上げるルーナ。まさか今、ここですぐに女神の力が受け取れるとは思っていなかったようだ。

「うん、ここでパパッとスパッとできちゃうよ」
「案外お手軽ね…」

にへらっと笑う鼎と、少し苦笑いするダン。そしてルーナとダンはそれぞれ両手を差し出す鼎の手を握り、少し不安げに鼎を見つめた。すると、鼎はそっと目を閉じ、突然聞き取れない言語を小さな声で呟き始めた。

「…アースワー…ローテマグガ・アムシュラ……」
(これは…古代クインリック語…)

ダンは鼎の言葉を聞いてそれが古代クインリック語だと気付いたが、ダン自身も詳しくは知らないため、何を言っているかまではわからなかった。
ルーナも緊張した様子で鼎を見つめていたが、次第に鼎、ルーナ、ダンの足元に魔法陣が浮かび上がってくる。
少し離れて様子を見ていたジーザスが驚いて冬一に聞いた。

「冬一…あれは一体…」
「女神の力を次世代に継承するための術式だ。最初の女神がクインリック人で、初めて力の継承が行われた時から変わらない方法らしいな」

そうしているうちに鼎の胸元が温かな金色の光に包まれ、それが二つに分かれると鼎の両手を通し、ルーナとダンの手からそれぞれ胸元に移動し、溶けるように消えた。

(…!胸があったかくなった…!)
(自分の中に何かを感じる…これが…女神の力…)

ルーナとダンは女神の力が自分に宿る感覚をはっきりと感じた。長い歴史の中で世界を守るために使われてきた強大な力。それを今受け継いだ実感。

「…ハイ!継承完了!これで名実共に今の時代の女神はルーナちゃんとダンちゃんだよ。どう?気分は悪くなったりしてない?」

鼎は目を開け、二人の手を離すと明るく笑った。ルーナとダンは未だぼんやりとしている。

「…なんだか…胸に温かいものを感じます…優しい感じ…」
「…私も同じだわ。でも…清々しい気分…」
「うんうん、懐かしいなー。アタシも五十年以上前に同じ感覚を味わったよ。すぐに慣れてくると思うし、女神の力は使うべき時に自分の意思で使えるはずだから、しばらくはいつも通りに過ごしているといいよ」

若い二人に昔の自分を重ねた鼎。彼女達に女神の力の最終的な説明をした後、先代女神としての最後の役目を果たす。

「じゃあ、最後に。女神には必ず、 『女神名めがみな』と『姫名ひめな』っていう二つの名前が付けられるの。それは先代女神が付けなきゃいけないんだけど、それをアタシからあなた達二人に贈ります」
「女神名と姫名…二つも必要なの?」

ダンが疑問を口にする。女神になったことで異名や呼称が付けられるのはまあ納得できるが、何故二つも必要なのか。鼎はそれに答えた。

「それこそ初代女神から続く伝統なんだけど、女神名っていうのは民衆から呼ばれる名前で、姫名っていうのは儀式や神精へのお祈りとかの行事の時に使う名前らしいよ。まあ、アタシはあまり儀式とかはやったことないけど、そっちの呼ばれ方もあるなあ」
「鼎さんの女神名と姫名は何なんですか?」
「よく聞いてくれました、ルーナちゃん!アタシの女神名は『時の女神』、姫名は『黄昏姫』っていうのよ!」
「わ…カッコイイ…」

鼎はえへんと腰に手を当てて言った。実はジーザスやルーナ、ダン達は女神についてあまり詳しくない状態だったから知らなかったが、鼎は女神としてその力を知る者達からは有名で、「時の女神」「黄昏姫」と言えばすぐに鼎のことだとわかるほどだった。

「実はルーナちゃんとダンちゃんの名前は考えてあったんだ。きっと役目を引き受けてくれると思って」

鼎はゴホンと咳払いをし、二人に言う。

「ルーナちゃんの女神名は『光の女神』。世界を照らす明るい光であるように。姫名は『白雪姫』。氷や雪を操るルーナちゃんはまさに白雪姫だからね」
「光……白雪姫……ちょっと恥ずかしいけど…きれいで素敵です」

恥ずかしげに白い頬をほんのり染めたルーナだが、嬉しそうに微笑む。

「そしてダンちゃんの女神名は『闇の女神』。世界の闇の中でも美しく咲き誇る花のように。姫名は『常夜姫』。美しい夜空のようなダンちゃん自身を表現したの」
「ふふっ、いいわね…まさに私らしくて。気に入ったわ」

ダンも鼎の名付けに満足したように美しく笑った。これで女神の力の継承は全てが完了したことになる。

「ルーナ…ダン。俺らも今まで以上に頑張るからさ…改めて宜しくな」
「ジーザス……ありがとう…!」
「オズボーンファミリーのボスさん。頼りにしてるわよ…あなたはもっと強くなる…そんな気がするから」

ジーザスに言われ、ルーナとダンも意気込みを強くしたようだ。冬一も優しく笑い、ダンを柔く抱きしめる。ダンは微笑みながら冬一を抱き返す。言葉はなくても、必ず守るという意思が伝わった。
ルーナとダン。光の女神と闇の女神。この二人の女神はのちのちの時代でも特に名が知られる有名な存在へとなっていく。
だが、そんなことになるとはまだ誰も思いもしなかった。ただひたすらに自らの信じる正義のため、あまりにも対象的な二人の娘は未来へ歩きだそうとしていた。


45.二人のミューズ






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