「体質者…だと…?」

ジーザスは目の前の男を睨み付けながら必死に頭を働かせていた。

「そう。この世でも希少な、特異体質の人間のことさぁ。生まれながらに凡人とは違う、いわゆる特殊能力を持った人間。世界には何人か、体質者が存在する。そういう奴らで裏社会に生きてる連中はよぉ、いろんな組織から引っ張りだこにされるんだ。いくら金を積まれると思う?考えただけで最高だぜぇ!!」

見下したように笑うギース。体質者の存在は知っていた。この世界では稀に居るという特別な人間。裏社会にも体質者が絡む事件があるとされていたが、ジーザスの身の回りには居なかったため、ギースが初めての体質者であった。
だが、状況は最悪だ。風の刃で人を殺すという常人では出来ないような芸当だが、目の前で見た光景が事実。世界には何が起きるか分からない。目の前で倒れた部下の体がそれを物語る。

「…特殊能力だかなんだか知らねえが……大事な部下を殺したお前を許さねぇ!!」

叫ぶと同時にジーザスは構えていた銃を発砲する。だがほぼ同じタイミングでギースも風の刃を放ってくる。よく見れば突風の中に無数の小さな風の衝撃派のようなものが見えた。それが容赦無く、ジーザスの発砲した銃弾をも切り裂いてジーザスに向かってくる。部下達のやられた様を見ていたジーザスは咄嗟にそれを避けたが、頬と腕をわずかに風の刃が擦る。

「すばしっこいなぁ、お坊ちゃん!だがいつまで保つかな!?俺の風刃から!!」
「クソッ…!」

体質者。なんて厄介な相手だ。昔からジーザスは銃撃戦や、殴り合いといった戦いは得意な方ではあった。オズボーンファミリーとして、世界のマフィアやギャングからチンピラとやり合う事も多かったし、本人が若気の至りか、喧嘩好きといったこともある。
ところが今回は分が悪すぎる。訳の分からない体質能力とやらで一方的だ。

(なんなんだよ体質者ってのは…!こんなにもすげぇ力持ってんのかよっ!!部下も守れず…自分の本当にやりたいこともわかんねぇで…こんなところで…殺されるのかよ…!?)

悔しい。部下の仇も取れないまま、風を操る体質者とやらに殺されていく。結局は何の力も無い、無力な人間として…。
――風を操る?

(…待てよ、こいつの攻撃…風を操れるんなら、最初から俺達をまとめて殺せばよかったんじゃねえか。…何故そうしなかった?)

ギースはまずはじめに部下を一人、風の刃で殺した。そして次に自分を庇って前に出た二人を。最後は自分。一度に攻撃してしまえばそれで良かったのではないか。そこでジーザスはハッとあることに気付いた。

(こいつの能力は……単発でしか風の刃を出せない!!連続して出すことはできねぇんだ!)

あとはがむしゃらだった。ジーザスはあろうことか、ギースに向かって一直線に走り出して行った。ギースはそれを命を捨てたと思い、小馬鹿にしたように笑う。

「馬鹿が!!死ぬ覚悟が出来たって事かな?お望み通り!!」

何度目かの突風を引き起こすギース。手のひらをジーザスに向ければ、風の刃が彼の体を刻む……はずだった。刃が当たる直前にジーザスは路地裏に転がっていた木箱に素早く上り、そのまま前方の宙へジャンプする。風の刃は木箱を破壊するが、ジーザスにはギリギリで当たらなかった。

「何!?」
「お前の能力は…直線上にしか向かわず、一度発動するとすぐには使えない……これで終わりだ!!」

ジーザスはジャンプした状態で地面に着地するまでの間に拳銃を構えた。まるでスローモーションのように見える、なんてジーザスは頭のどこかで考える。引き金に手をかけ、路地裏に銃声が二発響いた――……。



********************************



曇天が広がり、ポツ、ポツポツ…と水音が増えて行き、次第に静かな雨が降り始める。路地裏に広がる血を洗い流す為のような雨。ジーザスは倒れたギースを前に立ち尽くしていた。銃弾はギースの腕と足を貫いており、もう戦えない。

「ハ、ハハ……俺の風刃を敗るたぁ…」
「てめぇ…よくも…」
「よく聞けよ、ジーザス・オズボーン…てめえらオズボーンファミリーは世界中に恨まれてるぜ…なんせ、てめえのひいじいさん…初代オズボーンファミリーのボスは元々カタギの貿易会社だった…だが、ヴェルヌ政府をメインに世界中のお偉いさん達が絡んでる人身売買に気付き、その売り物だった奴隷達を解放し、人身売買組織を潰しちまった…それが政府の怒りを買い、てめえのひいじいさんとその会社は『危険なマフィア』として世界中に広められた…それが…てめえらオズボーンファミリーだ…」

ギースが言った事は事実。ジーザスの曾祖父ジェイムズ・オズボーンは元々、「オズボーン貿易」という貿易会社の社長。誰からも好かれ、正義感の強い人物だった。
彼は貿易で得た金でヴェルヌ北西の孤島ブリタナ島を購入し、そこに希望する社員達も住まわせた。自らを含めた私設護衛部隊も作り、日々貿易で世界中を飛び回っていたある時、ジェイムズは世界中の政府が愛人や奴隷目的に関わっていた人身売買の噂を聞く。元より正義感の強い彼は、それを見過ごせず、奴隷達を集める本拠地を襲撃し、奴隷達を全て解放し、望む者はブリタナで仕事を与えたのである。それを、世界の政府達が許すはずが無かった。
「オズボーン貿易は恐ろしく、残忍で、様々な犯罪に加担する非合法組織である」という偽りの噂を流し、世界中で「危険なマフィア」と認定させた。それにより貿易は出来なくなり、人々も恐れをなす。政府は社会的にオズボーン家を抹殺したのであった。
ところが、政府達にとって誤算だったのはジェイムズのもとに、想像していたよりも多くの人々が味方についたことだった。今までジェイムズに救われた奴隷達や、長年仕えた社員達はオズボーン貿易がマフィアと認定された後も彼を支え続けたのだ。全てが陰謀だと知っており、それでも優しく人格者であったジェイムズを裏切る事なんて出来なかった。
社会的にもう貿易会社は出来ない。だが、人々を救うことはこれからも続けていける、とジェイムズは笑った。その日から、オズボーン貿易はブリタナを中心にして世界中で人々を救う組織「正義のマフィア」オズボーンファミリーを名乗り始めたのである。その意思はオズボーン家当主がボスを引き継ぐことで代々受け継がれていった。

「結局…てめえらオズボーンは政府に忌み嫌われた挙げ句、社会的地位を無くした偽物マフィアだ……カタギにもなれず、マフィアにもなれず…なんのために生きてる?どんなに正義ごっこをしても誰もてめえらに感謝なんてしねえ……それを永遠に続けて何になる?」

口から血を流しながら嘲笑うギースの言葉にジーザスは何も言わない。その通りだ。誰も感謝なんてしない。理解してくれるのはブリタナに住む人々くらいだ。だが、世界の連中は誰もわかってくれない。

「………」
「精々、あがいてみやがれ……だが俺のような…体質者や…もっと厄介な連中がいるってことも…知らずに…いつか…取り返しがつかなくなる、ぜ……」

ギースはそこで出血のためか気を失って倒れた。しとしとと降る雨は部下の亡骸と、気絶したギースと、立ち尽くすジーザスにも容赦なく降り注ぐ。

(……結局、俺は…何も守れなかった……俺はやっぱり…迷ってばかりの未熟者だ…)

結局は今まで、オズボーンファミリーという大きな権威に守られていたのだ。自分一人で生きていけるが、しないだけ。今までそう思っていたが、自分は何も知らなかったのだ。
もし体質者のことをよく知っていればもっと対策を練れたのではないか。部下達も守ることができた。自分を励ましてくれた彼らを無意味に死なせて…

(部下も守れず何が次期ボスだ!!俺はあいつらを無駄に死なせたんだ…!)

降り止まぬ雨の中、ジーザスは濡れるのも気にせず、ただ自問自答を繰り返す。何故救えなかった、何故救わなかった。その問いかけに答えてくれる人は誰もいない。




「………あなたが」

ギースが息絶えた後の無言の空間に突然響いた鈴の鳴るような声。思わずジーザスはその声のした路地裏の入り口を見つめる。聞き覚えのある声。いや、こんな時に聞きたくなかったかもしれない。
そこには薄い桃色に花柄の傘をさし、昼間出会った時と同じ白いブラウスに青いスカート姿のルーナが唖然とした表情で立っていた。その左手には近くの食材店で買って来たであろう、袋が下げられている。

「………ルーナ……」
「あなたが……ジーザス・オズボーン…なの…?」

名前を知られている。恐らく、ギースが死ぬ直前に語ったことを聞かれていたのだろう。信じられない、といった表情で自分を見つめてくるルーナ。

(最悪だ…どうしてここに居るんだよ……どうして…もう一度出会っちまったんだ)

確かにもう一度会いたいと思ってはいた。だが、このタイミングで。そんなことを考えていた時。ルーナは傘を放り出すと、バッグから携帯用の小さな拳銃を素早く構えた。ジーザスが驚いている間に、その表情は驚きから…強い敵意の眼差しに変わっていた。

「特別警戒組織…オズボーンファミリーの息子、ジーザス・オズボーン!あなたを……逮捕します…!」
「…逮捕……まさか…お前は…」
「……ヴェルヌ警察、捜査一課のルーナ・グレイシア巡査です。……あなたを…絶対に逃がさない!!」

最後のセリフはまるで、口説き文句にも聞こえて。雨の降る路地裏で、一人の女が拳銃を構えて叫んだ言葉は男の胸を射抜くような気がして、驚いてわずかに開いた口が閉じなかった。



05.逃れられない宿命に口付けを





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