〈ルーナ視点〉
この荒んだ街で、久しぶりに出会った優しい人。
どうして、わたしはその人に銃を向けているの?
お母さんから頼まれた今晩の夕食。我が家でも皆が好きなポトフ。作る直前になって買い忘れた食材があることに気付いた。ふと窓の外を見れば雨が降り始めていて、お気に入りの傘を掴むとわたしは慌てて外へ向かった。
…なんとか食材も買い足せてあとは帰るだけ。その途中で通った路地裏から人の声が聞こえて、わたしは思わず足を止めた。その時…何も気付かずにいればよかったのに。
路地裏には血を流した四人の男性が倒れていて、一人だけ若い男性が立ち尽くしていた。わたしは知ってる。あの人だ。昼間会った、ひったくり犯を捕まえてくれたあの人。それに、地面に倒れている男性のうち三人はあの時、彼を迎えに来た部下の人達。
どうして?血?…死んでる?どうして。すると、黒いスーツを着た三人とは違う格好をしたもう一人の倒れている男性が立っている男性に向かって何かを話し始めた。
それは、とても信じられないようなこと。立っている男性があの危険組織、オズボーンファミリーの次期ボスであるジーザス・オズボーンで、そもそもオズボーンファミリーはヴェルヌをはじめとした世界の政府達の陰謀で凶悪マフィアに仕立て上げられた貿易会社ということ、そして今も正義の為に人助けをし続けているということ。どれも、わたしが聞いていた情報と違う。
先輩達だって先日言っていた。オズボーンファミリーはあらゆる犯罪に関与しているマフィアのはず。…それに昼間、ひったくり犯を捕まえたあの人がジーザス・オズボーンだなんて。信じられなかった。
倒れていた男性はそのまま、気絶してしまったようで。誰も声を発さない空間。ジーザス・オズボーンは何かをずっと考えているようで悔しそうに顔を歪ませていた。これは…あの男性がジーザス・オズボーンの部下を殺害し、報復したととってもいいの?目の前で殺人と傷害という犯罪が起きていた…なのにわたしはすぐバッグの拳銃を抜くことができなかった。
そして思わず声に出してしまっていた。
「………あなたが」
独り言のように言ってしまった言葉。そこで初めて彼はわたしの存在に気付いたようだった。その表情は驚愕で満ちている。…今のわたしと同じ。
「………ルーナ……」
「あなたが……ジーザス・オズボーン…なの…?」
彼は何も答えなかった。ただ雨の音がするばかり。どうして、どうして答えてくれないの?あなたは本当にマフィアの息子なの?さっきの話は事実なの?オズボーンファミリーは凶悪なマフィアじゃないの?
聞きたい事は山ほどあるのにわたしも話しかけられない。代わりにわたしがした事は……バッグから小型拳銃を出して彼に銃口を向けることだった。
「特別警戒組織…オズボーンファミリーの息子、ジーザス・オズボーン!あなたを……逮捕します…!」
違う。それを言いたいんじゃないの。彼はさらに驚いたように目を見開いた。
「…逮捕……まさか…お前は…」
「……ヴェルヌ警察、捜査一課のルーナ・グレイシア巡査です。……あなたを…絶対に逃がさない!!」
違うの。ただ、わたしはあなたに聞きたいだけなの。あなたは人助けをしている本当に『優しい人』なの?本当のあなたは…優しい正義の人か、凶悪なマフィアなのか。教えて。
「…!刑事だったのか……そうか…だから…あの時、ひったくりを捕まえたのか……」
「…あなたは本当にオズボーンファミリーのジーザス・オズボーンなの…!?」
ようやくそれらしいことを口に出来たけど、足りない。言葉が足りない。
「……あぁ。俺はジーザス・オズボーン……オズボーンファミリーの次期ボスにしてブリタナの次期領主になる男だ。……つまり、お前とは敵同士」
あ、目が変わった…。こちらを睨みつける、鋭い目。昼間見た優しい目と違う。本当に…オズボーンファミリーの息子なんだと実感した。
「っ……あなたたちオズボーンファミリーは凶悪なマフィア…この人は…あなたがやったの…」
「…こいつは俺の部下を殺した。…仇を取って何が悪い。命はとってねえ。」
「……たとえ、そうだとしても…これは傷害事件よ。警察が介入すれば法で裁けたわ!」
「お前達では捕まえられなかった。コイツは只者じゃない!」
なぜか急に口調が強くなった。只者じゃない、とは…そんなに強い相手だったのか。見たところ、武器らしいものは落ちていない。ぱっと見ると彼が一方的にこの男性を倒したように見えるけれど……。
「それは…一体どういうこと…」
「……目で見ないと信じられないだろ。コイツは…お前ら警察の手に負える相手じゃない。……俺だって……許せなかったんだよ…俺の大事な部下を殺したんだ…」
「……大事な…」
…極悪非道なマフィアなのか、わからなくなってくる。…部下を思って俯く彼の表情を見ていると、先程の話が本当に思えてくる。
「……さっきの話……本当、なの……オズボーンファミリーが…人助けの為の組織だって……」
「……信じるか信じないかはお前次第だ。だが…これだけは言っておく。……俺は…俺達は……誰が認めなくても……活動を続ける。……それしか…生きる道がないんだ」
何故。何故そんな悲しそうにわたしを見るの?
それしか生きる道がない。その言葉が胸にのしかかる。まるで、彼は戸惑っているかのようで。人助けをし続ける。それしかできない。彼の素顔が霧の中で見え隠れしているかのよう。もっと。もっと知りたい。その言葉の意味はどういうことなの?
「……あなたは……一体何者なの…?」
「……悪党さ」
あなたの本当の顔を知りたい。それは善人か、悪人か。
06.あなたの素顔
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