〈ジーザス視点〉

正直に可愛いと思った。まるで雪の天使のような女で、その白さに吸い込まれそうになった。だが同時に俺とは違う世界を生きてる女だとも思った。

「……あなたは……一体何者なの…?」
「……悪党さ」

本当のことだ。世間一般では俺達は悪党。誰も本当の事をわかってくれない。俺がオズボーンファミリーのボスの息子に生まれた時点で俺の人生は決まってるんだよ。
どうして親父やじいさん達はそんな人生で満足してるんだ。どんなに、時には怪我をしてでも、人を助けてるのに世間の奴らは俺達の活動を知らないんだ。どうして認めてくれないんだよ。なんで俺は悪党なんて名乗ってるんだ。
もし、俺がオズボーンファミリーじゃなかったら。オズボーンファミリーが悪党だって噂が流れてなかったら。それこそ目の前で銃口を向けるルーナと恋が始まったかもしれない。だけど、もう無理だ。だってルーナは「正義」の刑事で、俺は「悪党」のマフィアだから。

「……どうした、撃たないのか。たとえ殺したとしてもきっと上の連中は…何にも言わないだろ。むしろ、平和を乱すマフィアの跡取り息子がいなくなって喜ぶだろうよ」
「…………わたしは…自分の目で見た事実しか信じたくない。それにわたしは犯人であろうと殺さない……本当の悪人ならね」
「言ってるだろ。悪党だって」
「…じゃあどうしてわたしを殺さないの?」

どうしてって。殺せる訳ないだろ。…思わず一目惚れしちまった相手を。

「……その銃でわたしを撃って逃げればいいことでしょ?」
「…人殺しはしないってのが信条だ」
「やっぱり…わたしの聞いていた噂と違う………」

どれだけ悪い噂を聞いていたんだか。いつの間にか雨も小雨になってきている。長居していると、誰かが来て面倒なことになりそうだ。部下達の死体を放置するのは本当に嫌だが、後ほどブリタナから人手を割いて安置所から盗み出す方法しかない。そしてブリタナで弔おう。
…それで…目の前のルーナをどう撒こうか。

「…お前、ここで俺を撃たないならどうする。俺もお前を撃たない。おとなしくその道を開けてくれるか?」
「………どうすればいいか、わからない」

おいおい、一応敵に対してどうしたらいいかわからないって直接言うか?刑事といっても新人かな。まだ現場に慣れていない印象。
けど、なんだ?本当にふっと、思った。もしかしたら…ルーナなら…俺を理解してくれるかもしれない。…俺達の本当の姿を知って、受け入れてくれたなら……。

「…俺と来るか?オズボーンファミリーの本拠地…ブリタナへ……」
「えっ…」

驚いたように顔を上げたルーナ。というか、俺自身驚いていた。自分が何を言っているのか。刑事であるルーナをブリタナに連れて行く。それは、余所者であり、何より自分達の敵を連れて行くということじゃねぇか。…けど、それでも…もしルーナがオズボーンファミリーの正義を認めてくれたら…。
ああ、俺は純粋にルーナに一目惚れしただけじゃなく、その清らかさに癒されたかった。母親にすがる気持ちのように、ルーナに受け入れてほしいんだ。俺達は人助けをしてる、けして人を傷付ける組織じゃない。俺達は、……俺は、外部の誰かに愛されたかったんだ。

「……あなたと…ブリタナへ……」
「…正直に言う。俺達オズボーンファミリーは世間で言われてるような犯罪は犯していない。この気絶してる男が言った通りなんだ……俺のひいじいさんが政府に嵌められてマフィアなんていう呼ばれ方をされ始めたのが全ての始まり。……それ以来、いやその前から俺達はずっと世界の犯罪を潰してきた。……それをはっきりわかってもらうには、俺達の島…ブリタナに来て見るのが一番だと思う」
「………そこに行けば……オズボーンファミリーのことが…わかるのね……」
「…あぁ。約束する。島に居る間、何か危険があってもお前のことは俺が守る。それに…もちろんだが、騙してお前を連れて行って何かするってこともしない。……信じてくれるかはわからねぇけど」

普通なら信じない。マフィアの巣窟に連れて行く、何もしないから、なんてそうそう信じられるものじゃない。けど、ルーナ。俺は期待している。お前の返事を。

「……わたしは、犯罪と戦うために刑事になった。父も祖父も、そうしてきたのを見て…そうすべきだと思っていた。たとえ自分を犠牲にしてでも犯罪を滅するために戦うと。それがわたしの決意でもあった」

…まるで氷のような正義だ。悪と戦う意思は氷の切っ先のように鋭く、だけどルーナの姿は強い悪意に負けて溶けてしまいそうなくらい儚い。そんな儚さで悪と戦えんのかよ…。何故ルーナがそこまでするのか、俺には理由はわからない。何か重いものがルーナの背中にのしかかっているようだった。

「…どうしてお前はそこまで…」
「……それがわたしの『使命』なの。だから今までたくさんの犯人を捕まえて、犯罪を減らしてきたつもり…だった。……昼間…ひったくり犯を必死に捕まえたあなたを…わたしはこの街で久しぶりに見た勇気ある優しい人だと思ったの」
「……」
「……その姿に…わたしは正義を見た。……あの時のあなたが…偽りだとは思えない…。…だから……信じてみたい。あなたを。……連れて行ってほしい……ブリタナへ」

顔を上げて俺と目が合ったルーナは……ああ、なんてきれいなんだ。真っ直ぐ俺を見つめる青い瞳。ちくしょう、本当に……胸が締め付けられる。

「……後悔しないんだな」
「…ええ。……オズボーンファミリーの事を…もっと知りたい。…そして…もしもオズボーンファミリーが本当に危険だったら…その時は…改めて逮捕するから…」
「……ああ、わかったよ。…ルーナ」

まだ完全に信用してもらったわけじゃない。わかってる。だが、嬉しいんだよ俺。お前が俺を見つめて、俺を受け入れてくれた、そんな気がして。もちろん、そんなわけじゃないけど。…ブリタナ以外の人間で初めて、俺を受け入れてくれた女だからか…。
その時だった。

「ジーザス坊ちゃん?」
「!」

突然、路地裏に響いた第三者の声。ルーナと見つめ合っていたせいで気配を感じるのが遅れた。警官か、通りすがりの一般人に見つかったかと思い、銃を手にしたまま振り返ると、ルーナが来た方向と別…俺の背後の入り口にひとり、じいさんが立っている。いや、だが見覚えがあるな…そうだ、コイツは…。

「マクスじいさん!?」
「おお、本当にジーザス坊ちゃんじゃったか。何年ぶりかのう」
「…誰?」

マクスじいさん。親父の古い知り合いで、ヴェルヌの港でフェリーの会社を経営している。腰は曲がりかけて杖を手放せない生活が続いていると聞いたが、そんな人がどうしてこんな都会に。住んでいるはずの港町からこの首都ノイシュベルツまでは徒歩では来れないはずだが。ルーナは突然のじいさんの出現に驚いているらしい。そんな顔も可愛いな…。

「あ…あぁ、俺の知り合いだ」
「おや、その娘さんは…………何やら訳ありのようじゃな。とりあえず、場所を変えようぞ。…部下の者は後で取り返しましょう」

やっぱりじいさんは親父の知り合いだけあって、わかってる。ルーナの事も気になったようだが、足下に倒れる気絶したギースと部下達の死体を見てすぐ悟ったように表情を変えた。実はヴェルヌ警察に数人、オズボーンファミリーの協力者がいる。今までも部下の死体が警察に回収されたりした後はそいつらの協力で取り返し、家族の元に帰してやったりした。じいさんはそのことも承知だった。
見れば路地裏の向こう側、じいさんの後ろには黒塗りの高級車が見える。なるほど、じいさんのフェリー会社って意外と儲かってるからな。あの車で来たわけか。

「ルーナ。行こう…」
「…あ……」

どこかぼーっとしていたのか、部下達の死体を切なげに見つめていたルーナは俺に声をかけられて弾かれたように顔を上げた。俺が手を差し出すと、迷っているのか…その手を見つめる。さっき決意したばかりなのに揺らいでるのか。…そりゃそうだな。

「……俺を信じろ」
「…あなたを……」
「……ああ。俺を信じろ。ルーナ。お前は俺が守る」
「…………」

そして、ルーナの小さくて華奢な手が俺の手に重なる。俺はその手をぐいっと引いてじいさんと共に路地裏を抜けた。二人とも雨でずぶ濡れで、握った手も互いに濡れているせいか、ルーナの手は少し冷たい。

今日から始まる。俺とルーナの新しい世界。
雨はもうすっかり止んでいた。



07.始まる世界





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