ヴェルヌ首都ノイシュベルツの路地裏で、夜になってから見つかった三人分の死体。そばには気絶した男が倒れていた。警察は遺体の三人はオズボーンファミリーの構成員、気絶していた男は裏社会で情報屋として名が知られているギースという男であることを特定し、ギースを三人の殺害の罪で逮捕した。
また、同じ日の昼間に近隣でひったくりの事件が起きており、逮捕に協力したのがオズボーンファミリーの次期ボス、ジーザス・オズボーンと、ヴェルヌ警察の女刑事ルーナ・グレイシアであったことも判明する。そして、ルーナが現在行方不明であること。このことはすべて繋がっているのではないかとヴェルヌ警察は慌ただしく動き始めた。
凶悪マフィア、オズボーンファミリーのジーザス・オズボーンがルーナを誘拐した。ヴェルヌ警察はそう解釈していた。

「…グレイシア課長!!ルーナを一刻も早く助け出さなくては!!」

ヴェルヌ警察庁。ノイシュヴェルツの中でも目立つ立派な石造りの建物の最上階の大きな部屋に、十数人の刑事達、ルーナの父であり捜査一課課長の鬼刑事ジムが今後の方針についての議論を交わしていた。
刑事達は、娘が誘拐されても冷静さを失わないジムに向かい叫んだが、ジムは刑事達の声に返事もせず、ただ広いデーブルの上で手を組み、考え込んでいる。
その時、部屋に入ってきた人物にその場の全員が思わず固まり、慌てて敬礼する。この国の警察のトップ、ヴェルヌ警察長官、ネレイド・デルスフィアであった。ネレイドはジムとは反対に細身で眼鏡をかけ、いかにもインテリ風の中年男性である。ジムのことを理解し、色々と便宜をはかってくれる人物だった。

「落ち着きなさい、皆。こちらもルーナ君が誘拐されたのは非常に心苦しい。だが、そう簡単にオズボーンファミリーに手を出す訳にはいかないのだ」
「何故ですか!!いくら極悪非道なマフィアであろうと、ルーナを見捨てる訳にはいきません!!」
「そうです!ルーナは俺達の仲間なんです!」
「皆。わかっているだろう」

そこで初めて、ジムが口を開いた。重く、諌めるような声。

「娘の事を案じてくれるのは非常に有難い。だが、長官の言う通りだ。オズボーンファミリーは規模が大きく、戦力もある組織だ。ここで娘一人の為にこちらから争いの火種を生む訳にはいかない」
「娘さんが心配ではないのですか!!」
「娘が攫われて心配しない親は居ない!!!」

部屋に響き渡る怒声。今までの冷静な発言からは考えられないほどの声だった。

「……娘だって承知していたはずだ。危険のある仕事であると…。おそらく連れて行かれたのは奴らの本拠地であるブリタナ島。あそこは周囲を海に囲まれた孤島、しかも奴らのホームであり、こちらが乗り込んでも簡単に囲まれて潰されるだけだ…」
「それでは……どうするおつもりですか!」
「…今はただ、情報を集めるしかない。もし身代金が目的ならば向こうから接触してくるだろう。…それ以外の目的ならば……手を出しようがない…」

ジムのその言葉に呆然とする刑事達。ジムの言う通り、オズボーンファミリーの本拠地で戦いになれば地の利は向こうにある。すぐに返り討ちにされるだろう。
静まり返った場で、長官のネレイドが声を発する。

「路地裏で発見された死体を調べた結果、情報屋の男がやったと見える。情報屋は体質者だった…おそらくそこで揉め事が起きたのだろうが…それを非番だったルーナ君が目撃し、口封じの為に誘拐したと見るのが妥当だろう。しかしその場で殺さなかったということは生かしておく理由があるはずだ。ルーナ君には申し訳ないが、しばらくは情報収集し、時を待つのが一番だ」
「……そんな…」

巨大な組織ほど、安全を取る。たったひとりの刑事の為に動けはしないのだ。刑事達も今までの経験でわかっていた。
ルーナは無事なのか。ひどい目にあっていないか。ふとジムを見れば、その拳はわずかに震えていた。鬼だ獣だと言われる彼にとって、一人娘のルーナは厳しく接するものの、大事な存在であることに間違いはない。同じ職場で、部下として接しているがその内心では娘が心配で仕方なかった。そして不安が現実になってしまう。
相手は凶悪なマフィア。本当はジムだって今すぐ助けに行きたいのに。

「……とにかく、諸君。向こうからの接触を待とう…そして秘密裏に、しかし迅速に、オズボーンファミリーの情報を集めるのだ」

ネレイドの言葉に上層部の面々、刑事達
ジムは黙ったまま。彼らの無言は納得した、という意味を保つ。ジムと表情は暗く深淵のように濁っていた。




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「ジーザス坊ちゃん、そろそろ着きますぞ」
「おお、悪いな、マクスじいさん」

一方、ジーザスとルーナはマクスの個人が所有する船で海上にいた。マクスは普段、ヴェルヌの本土からブリタナを含む近隣の島を行き来する船便会社を経営している。ブリタナとヴェルヌ本土の連絡船もマクスの会社の船だ。老いた現在はほとんど息子に経営を任せているが、今でもこうして自分の船を持っており、かつて世話になったオズボーンファミリーの為ならば、定期連絡船とは別で船を出してくれる。
ジーザス達はあの後、マクスの会社の社員が運転する車に乗り込み、港までやってきた。そこで今乗っている船を出し、ジーザスとルーナをブリタナまで送り届けてくれると言ってくれたのである。
現在、ブリタナに向かい船は海上を進む。ヴェルヌの港からブリタナまでは約三十分、北西へ進むと見えてくる。雨はすっかり上がり、初秋であるにも関わらず、夏のように少し暑い日差しが波をきらきらと輝かせている。その日差しで濡れていた服や体はすっかり乾いたが、ブリタナに帰ったら着替えてしまおう、とジーザスは考えていた。

「ルーナ。船酔いしてないか?」
「…うん、大丈夫」

船の甲板でルーナは海を眺めていた。ジーザスはさりげなく隣にやって来てルーナの様子を伺う。連れて来てしまってから気付いた、ある重大な事。

(…これってやっぱ…誘拐、か…?ああああやっちまった…いくらマクスじいさんの言う通りに現場から離れたとはいえ、ルーナをそのまま連れて来ちまうなんて…あああああこれって嫌われたかな〜…やっぱりまずかったよな、ルーナを一度も帰らせずに連れて来ちまうなんて本当にまずいよな…ああああ俺の馬鹿ぁ…もしかしてルーナ、本当は怖がって俺の言いなりになってるだけなんじゃ…うわあああどうしたらいいんだ…!)

彼は内心、非常に不安でいっぱいだった。あれほど犯罪は犯さないなんて言っておきながら、これは立派な誘拐罪ではないだろうか。ちら、と不安げにルーナを見ると、いつの間にかこちらを見ていた。

「……どうかしたの?」
「あ、えっと……わ、悪い…無理矢理連れて来ちまって…」
「…これはわたしが自分で決めたの。だから無理矢理連れてこられたなんて思ってないよ。…お父さん達にはあとで連絡するから」
「そ、そうか…」

ルーナにだって家族がいる。無断でこんなところまで来て、きっと心配するだろう。だが、ルーナは苦笑いしているくらいだ。少し緊張がほぐれたのか、口調も軽いものになってきている。

「だからそんなに悩み込まなくていいよ」
「……勢いで連れて来ちまって…お前だって色々準備とか…」
「この身ひとつあれば十分だよ」

手荷物はあの時銃口を向けた拳銃が入った小さなバッグと…買い物途中の食材が入った手提げ袋。母クレアを待たせたままだった。だが、ブリタナに着いたらきちんと連絡しよう、とルーナはまだ軽い気持ちで考えていた。

「……でもほんと、お前って変わってるぜ」
「そうかな?」
「ああ。女でそんなに若くてかっ………か、か細いのに…刑事で、俺の事を信用してくれるなんてよ…」

思わず、さらっと「可愛いのに」と言おうとしてジーザスは咄嗟に言い回しを変えた。その様子に若干きょとんとしたルーナだが、くすっと笑う。

「……刑事の勘、かな。やっぱりあなたは優しい人だと思うから」
「お、俺は優しくなんてねぇよ…!喧嘩好きだし…」
「でもわたしには優しいよ」
「…ッ!」

ジーザスは顔を真っ赤に染め、顔を反らして海を見た。これ以上ルーナの顔を見ていられない。可愛い!
そんな二人のタイミングをはかったように、船内からマクスが顔をのぞかせる。

「お二人さん、ブリタナが見えたぞ」
「!あれが……ブリタナ?」

ぱっとルーナが船の前方を見る。そこにはわりと大きな島がぽつりと浮かんでいる。白い壁の民家らしき建物がいくつも並び、島の中央に向かって小高い丘になっている。ところどころに森のような木々も確認でき、自然に恵まれた海辺の街といった雰囲気だ。

「ああ。あれが俺の故郷……『希望の地ブリタナ』だ」
「…希望の地…」

それが誰にとっての希望なのか。その島の名前の由来をルーナはまだ知らない。だが、不思議と、子供の頃のような……冒険を前にした時のような気持ちがルーナの中には確かにあった。




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ブリタナの港に着いた時…ルーナは想像以上の光景に驚いていた。凶悪マフィアの本拠地…とは思えない、笑顔で賑わう人々。漁師達が活きのいい魚介類を船から下ろしつつ、笑顔で談笑し、港から見える街の広場には美しい噴水を中心に様々な出店が並ぶ。商人も、買い物客も皆明るく生き生きとして活気がある。
世界中の名産物が並ぶ出店、大声で人を呼び込み笑う商人。中には親子連れが美味しそうなフルーツを前に今日はデザートにこれを使おう、なんて会話をして幼い子供が嬉しそうに手を挙げて喜ぶ。
島の構造としては、空から見て円形の島になっており、島の中央が高い丘になっていてそこにオズボーンファミリーの屋敷がある。そこに向けて島の東西南北に緩やかなスロープ状の坂があり、そこから屋敷へ向かうことができる。途中には多くの商店や病院、学校、図書館などの施設もあって生活するのに苦労は無い。

「これが…ブリタナ…」

想像していたのと全く違う街。何より驚いたのは人々が皆、幸せそうに笑っている事だった。無機質に生き、犯罪に巻き込まれるのではと警戒しているヴェルヌ本土の人間よりも何倍も幸せそうだ。

(これが…マフィアの本拠地?……違う…まるでここは…楽園…)

そう、人々が求める楽園そのものじゃないか。争いもなく、皆が手に手を取り合って生きる世界。それは…ルーナが目指していた犯罪のない世界のようだった。

「…いいところだろ。今日は市場も出てるから余計活気が……ってルーナ!?ど、どどどうした!?」
「え………あ…」

ぎょっとしてジーザスがルーナを見ている。自分でも何がなんだかわからなかったが……ルーナは無意識に涙を一筋こぼしていた。自分が何かしたのかと慌てているジーザスと、呆然と街を見ながら涙を流すルーナ。

「ごめん……自分でもよくわからないけど…」
「な、なにかあったか!?」
「……ううん。……いいところね…本当に…っ」

涙を指で拭い、ルーナはにこりと笑った。その笑顔にジーザスはまた頬を染める。だが、ルーナがブリタナを気に入ってくれて安心した。自分の境遇は不満だが、このブリタナは彼にとって自慢できる場所でもあった。

「オズボーンファミリーは代々、この島の領主をつとめている。だから俺もボスの座を継げばここの領主になるってわけだ」
「…この島を守っているんだね」
「まあな……この島には…過去に犯罪に巻き込まれた奴らが主だって住んでる。だからみんな人を助け、互いに支え合って生きてるんだ…」
「……そっか…だからこんなに…」

二人は街の広場へ歩いていき、まわりを見て回る。するとジーザスの存在に気付いた野菜を売る出店の主人が声をかけた。

「おお!ジーザス坊ちゃん!」
「お、商売はかどってるみたいだな」
「まあねぇ!おかげさまで!……お?これまた別嬪さん連れてるねぇ〜」
「え、あの」

声をかけられてルーナは戸惑った。よくよく考えれば年頃の男女がふたり連れ添い合ってるなんて、そういう関係に見えなくもない。急に恥ずかしくなって白い頬が赤く染まった。

「ばっ、ち、違うって!言うなれば…客だよ、客人!これから親父に会いに行くんだ」
「へぇ、ボスにかい?しっかし可愛いお嬢さんだ、ほら、これ選別だから持って行きな!」
「え、あ、あ…りがとうございます…」

店の主人は陽気に笑うと、店先に並んでいる瑞々しいトウモロコシをルーナに渡してきた。彩りも良い、艶のある黄金色の野菜。売り物を無料で見知らぬ女に渡していいの?とルーナは一瞬考えたが…主人の笑顔が眩しい。彼は本当に好意でくれたのだ。

「悪いな、おやっさん…」
「いいってことよ。ジーザス坊ちゃんが連れてるってことは『良い人』だろ!それに美人に優しくするのは当たり前だしよ!」
(良い人……)

はからずも、それはルーナがジーザスに抱いていた第一印象と同じであった。横目でジーザスを見れば主人に感謝の意を伝えながら無邪気に笑っている。

(……彼の心からの笑顔…初めて見た…)

今まで、頬を染めて恥ずかしがっている顔、悔しげに顔を歪ませる顔、真剣な顔、柔らかく微笑んでいる顔は見た。けれど、今の彼の表情は初めて見る。少年のように、心から安心しながら笑っている顔。彼にとってもここは特別な故郷で、ここにいる人達は家族同然なのだろう。

(……素敵な、笑顔……)

正直にそう思ってしまった。彼の笑顔を見ていると胸がざわつく。ドキドキして止まらない…。
すると、そこへ軽く走ってくる足音が聞こえ、その人物がジーザスに声をかけた。

「よう!別嬪さんを連れてご帰還のお坊ちゃん!」
「!ムイ!」

にっ、と笑った時に見える八重歯が特徴的。そこに立っていたのは赤毛に眼鏡をかけた、ジーザスと同年代くらいの青年だった。

「マクスのじいさんから連絡があってな。ジーザスが女の子連れ帰ってきた〜ってな」
「別に変な意味じゃねぇぞ…とりあえず親父と話をするから屋敷に連れて行こうと思ってさ」
「じゃあ俺も同席しようかね〜幼なじみとしてさ♪」

ムイと呼ばれた青年はニコニコと笑い、ルーナを見た。

「ごめんねぇ、コイツ結構めんどくさいでしょ?あ、俺はコイツの幼なじみで、ムイっていうんだ。メカとかプログラムとか、オズボーンファミリーのインテリ担当でーす♪」
「!あなたもオズボーンファミリーなの?」
「まあ、俺の親父がジーザスの親父さん…今のボスのアーロンさんとこで幹部やっててさ。コイツと俺は昔っから一緒にいるんだよね。で、ジーザスがボスを継いだら俺もコイツの元でサポート役をすることになってるわけ。ま、俺は幹部って柄じゃないからセキュリティとかそういうの担当ってことで内定済み。そう!次期オズボーンファミリーの頭脳ってこと!!」
「頭脳かどうかはわかんねぇけど、そういうことになってる」

若干ジト目でムイを見つめるジーザス。
ムイ・カルヴァス――彼の父はアーロンの元でプログラマー兼ハッカーとして重宝されている人材で、息子のムイもまた父と同じ技術を受け継いでいる。
また、個人的に物作りも得意で昔から様々な発明をしては周囲を驚かせて来た。飄々としているように見えるが、彼自身かなりの天才……なのかもしれない。発明する物は小型電素通信機ビビットから、ネズミ取りまで様々。時々、スケベ心丸出しなおかしな発明もするが……。
とにかく、ムイという人物はジーザスにとっての友人であり、将来のオズボーンファミリーの一角を担う存在であった。

「わたしはルーナといいます…」
「ルーナ!名前まで可愛いね♪」
「おいっ、ルーナはダメだからな…お前は女と見れば誰彼構わず…」
「ジーザスちゃん、嫉妬かな〜?」
「だっ誰が!!つうか、ちゃん付けするな!!」

よく、アーロンと一緒になってジーザスをからかってくる、ムイの悪い癖だ。その様子にルーナは苦笑いするしかない。

「で、アーロンさんに会いに行くんだろ?俺も行くわ」
「……はぁ……わかった、親父には俺から説明するから…」
「?」

父親と会うのが近付くにつれ、ジーザスは深い溜め息をついた。相当会うのが面倒なのか。そしてジーザスは未だ腕にトウモロコシを抱いた、ちょっとだけおかしな図のルーナを心配げな目で見つめた。

「とりあえず…これからオズボーンファミリーの屋敷へ向かう。そこでボス…俺の親父と会ってほしい」
「…わかった」
「その前に二人とも着替えなよ。何、雨にでも降られた?」

ムイの言葉にはっとする二人。そういえばヴェルヌの路地裏で雨に降られ、その後の晴天の日差しである程度乾いたとはいえ、少し薄汚れているような。ルーナは着の身着のまま来たから着替えも無い。

「ああ…っと、ルーナの服はこっちで用意するから…それでいいか?」
「ええ、ありがとう…」
「ジーザスのセンスはカケラも無いからな!」
「お前なぁ…」

だが正直なところ、若い女性の服選びは自信が無い。昔からそのルックス、オズボーンファミリーの次期ボスという事で女性にモテてはいた。が、未だ女性との交際経験は無く、デートの経験なんかも皆無であった。




三人でブリタナの中央にある小高い丘の上の屋敷まで歩いていくが、屋敷へ向かう道でもすれ違う人々がジーザスとムイに声をかけてくる。中には「ジーザス様」「ムイ様」と崇めるかのような人々もいて、彼らがどれほどこの島内で慕われているかわかった気がした。
そして丘の上の、クリムゾンカラーの外壁の大きなコの字型の屋敷へと辿り着く。ここがオズボーンファミリーの拠点、ブリタナ領主邸である。

「お、……大きい…」

あまりの巨大な屋敷を前にルーナは唖然とする。ごく普通の一軒家に住む一般人のルーナにとって、そこはまさに豪邸。生活レベルが違いすぎだ。

「ひいじいさんが建てたものだから結構古いんだけどな…」
「空き部屋は結構あるだろうし、君の泊まる部屋もすぐ用意できるから安心しな〜」
「そっか…わたし、ここに泊まるんだ…」

そういえばブリタナに着いてからのことは考えていなかった。頼る宛といえばジーザスしかいない。つまりはオズボーンファミリーのアジトに寝泊まりすることになるわけだ。

(こんなこと…お父さんが知ったら大目玉だろうな)

そもそもブリタナに来た時点で父の逆鱗に触れるだろう。ここまで来たらむしろどうにでもなれ。
屋敷の前に来ると、ジーザス自らがその大きな扉を開く。まず目に飛び込んで来たのは漆で塗られた深い木目の大きな大階段だった。玄関ホールの真っ正面に、二階に上がる為の階段があり、少し上がったところにある踊り場から左右にさらに階段が伸びている。結婚式場とか、古い宮殿とかにありそうな光景だ。天井も高く、壁には高そうな絵画が飾られていたり、チェストには壷やら彫刻やら……全体的に黒を基調としたまさに豪邸だった。

「………」
「あれ、ルーナ固まってるぜ」
「ルーナ、だ、大丈夫か?」
「……なんか……世界が違うなって……」

ルーナの目がなぜか諦めたような、ぼけーっとしたものになっていてジーザスは心配そうにわたわたと慌てる。ほとんど写真でしか見た事の無いような大豪邸に入れば、たいていの人間、今までの自分の暮らしと比較し、唖然とするのは当たり前。オズボーンファミリーは貿易業で得た先祖の遺産と、ブリタナの街での商売する商人達の売上のいくらかを得ているため、かなりの資産を得ていた。本当にジーザスはお坊ちゃんなのである。
三人が足を踏み入れると、すぐさま黒服の男女が十数人現れて、ジーザスに頭を下げる。オズボーンファミリーの構成員達だろう。

「おかえりなさいませ、若!ムイ様!」
「ああ、ただいま。親父を呼んでくれ。それと、コイツは俺の客人だ…コイツに何か、着替えの服を着せてやってほしいんだが…街で何か見繕ってきてくれ」
「かしこまりました」
「じゃあルーナはこいつらが買ってくるまで待っててくれ」
「え、そんな、悪いよ」
「いいからいいからー!ほら連れてってあげて。あ、彼女の持ってるトウモロコシはシェフに届けてディナーにしてあげて」

若い女構成員が街へルーナの服を買いに行き、ルーナが戸惑っていると、ムイの指示で別の構成員がルーナを客間へ導く。その際にルーナはトウモロコシを構成員に渡したので今夜のディナーはトウモロコシ料理が並びそうだ。ルーナは一度ジーザスをちらりと見て、ぺこ、と小さく頭を下げると部下達と共に玄関ホールから左に伸びる廊下へ向かって行った。

「…で、ジーザスくーん?あの子とどこで知り合ってどういうつもりでブリタナに連れ帰って来たのさ?」
「………ルーナはヴェルヌの刑事なんだ」
「はぁ!?馬鹿なの!?お前馬鹿なの!?『マフィアの坊ちゃんだけどヴェルヌの女刑事と仲良くなってお持ち帰りしたけど許されるよね☆』的な感じなの!?ラノベなの!?」

どこぞのライトノベル系のタイトルのような言い回しは、ムイが所謂オタクだからである。彼は天才ハッカー兼発明家であると同時に、二次元のサブカルチャーを愛する生粋のオタクであった。がくがくとジーザスの襟を掴んで揺さぶりながら叫ぶムイ。

「お前やばいって!さっすがにあんなに可愛くても刑事はまずいって!変な悪評また流されちまうよ!!それとも何!?マフィアの坊ちゃん×可愛い女刑事な展開を望んでる訳!?」
「なっ……そ、そそそんな訳ないだろうが!!」
「うーーーわーーーめっちゃ動揺してんじゃん!お決まりのパターンじゃん!気にしてないって言ってるフリしてめっちゃ気にしてるパターンだよこれーーー!!あーあーアーロンさんがなんて言うかなーーー!!」
「馬鹿っ、んなこと言ったら……」

ジーザスが途中まで言いかけた時…

「お前…何をしたって…?」

思わずその場にいた全員がゾクリとする殺気を感じた。まるで背筋に氷を入れられたような恐ろしい感覚。ジーザスがハッとして大階段を見ると、そこにはマフィアのボスにふさわしい殺気のこもった目でこちらを見つめるアーロンが立っていた。

「……お前…刑事を連れてきた、だと…?」
「………っ………親父…」

マフィアの息子が女刑事を連れ帰ってきた。しかも無断で。
なんて言い訳をするか…ジーザスの帰還後初めての修羅場が始まる。



08.希望の地ブリタナ





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