クラッカーは飛べない


「嶺奈ちゃん、今日もお疲れさま」

後ろ手にエプロンの紐を解きながらにこりと笑うこたさんの“お疲れさま”が、私の終業のチャイム。
勿論、こたさんが“お疲れさま”を言うまでお仕事が終わらないなんてそんなブラックなお店という事はない。
朝9時から開店準備をして、お昼にはきちんと45分の休憩があって、午後4時に退勤。


「じゃあ僕は先に帰るね」

「はい、お疲れさまです」

「帰り道気をつけてね。雨、まだ降ってるみたいだから」


じゃあね、と事務所のドアから足早に出て行ったこたさんはこれから4歳の弟を保育園までお迎えに行かなくちゃあいけない。
いつもこたさんを見送ってから、事務所でシュガーと2人で一息ついてから帰宅するのが日課だ。


「嶺奈って、結構ぼーっとしてるよね」

「そう?」

「自覚あるでしょ」

「あるけど、そんなにかなあ?」


私は昔から空想をするのが癖なのだ。
今日は“みんなが空を飛べる世界だったら”についてずっと考えていたから、きっと考えているあいだはぼーっとしてるんだろうな。


「みんなが空を飛べたら、きっと日本も無電線化を徹底してたと思うんだ」

「ううん、そもそも高いところに電線を張るという発想をしなかったろうね」

「高所恐怖症のりっちゃんは陸を歩くのかな。陸を歩く人って、バカにされちゃうのかな。それとも脚力が発達していて尊敬される?」

「どうだろうね」


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