みにくいアヒルの子

まずは言葉を、それから知識を。
戦闘を繰り返す合間に少しずつ。
規則性は無い、思いついた事を取り留めも無く。
最初は退屈しのぎにはなるが、めんどくさいだろうとばかり思っていた。

(面白い、ねぇ…)

チラリと後ろを見やると、テクテクと歩いて来る。
今や、どこを移動するにも呼ばなくてもついて来るようになった。
「まるでアヒルの子みたい」と、フェリドが笑ったのは記憶に新しい。
クローリー自身も同感ではあった。

足を止めれば、絶妙なタイミングで同じく足が止まる。
振り返れば、こちらを見上げて動かない顔がある。
そこには表情が無く、感情も無い。
世話を始めて、すっかり生活に慣れるくらいには日数を重ねたが、その点は変わらなかった。

「もう失くしたものだと思っていたけど」

伸ばした手を少女の頭にのせて漏らした呟き。

「これだけ生きてもこんな感情、まだ残ってるもんなんだ」

吸血鬼になって、かれこれ800年以上の月日を重ねてきた。
人間を止めてから、吸血衝動以外に感情が揺れ動く事は無い。

本来、吸血鬼という種は血以外には興味が無い生き物だ。
それ以外に興味を持つものは、よっぽどの変わり者と同族に揶揄される。
筆頭はフェリドであり、「面白いから」「遊びになる」と無意味な道楽を重ねる考えは長い付き合いでも理解できない。
今回の事も付き合っているのは、いつもと同じで「退屈しのぎ」だったから。
それでも、フェリドの笑いの意味が今は何となく理解できた。

「ハル」

紡げば、少女が瞬いて首を傾げた。
対して口端を上げて、頭から手を離す。

「僕がつけて良いってさ、フェリド君に許可も貰ったんだ」
「ハル?」
「そう、君の名前さ」
「私の名前…?」
「今日から君はお人形じゃなくて、ハルだ」

「その方が良いだろう?」と笑うクローリーに、ハルは頷いた。