言葉を教えて

「普段は何させてるの?」
「日が暮れたら上に連れ出して、ヨハネと遊ばせたりしてるよ〜。他は僕の部下たちとも何度かジャレさせたり。でもすぐに終わってつまらないんだ。今日クローリー君を呼んだ僕は間違ってなかったね」
「戦わせる以外は?」
「えー…どうだったかなぁ?好きにさせてるからよく分からないや。呼んだら来るから困らないでしょ?」

と、予想はしていたがフェリドに質疑応答をしても全く役に立たなかった。
聞けば聞くほどめんどくさそうな顔になるクローリーを置いてご機嫌に去っていく屋敷の主。
残された静かな部屋にドサリと腰を下ろした。

とりあえず、好きにさせて観察した結果。
これまた驚く事ばかり。

「まさか全く無反応だとはねぇ」

半日以上放って置いたら、何と、ずっとそこから動かなかった。
ただ一点を見つめて、時々瞬く。
たまに身じろぎをするが、姿勢や顔の向きは変わらない。
「おい」と試しに声を掛ければ反応して寄って来る。
だが、こちらが関心を失ったと見るや離れて同じ場所に戻る。
また同じ姿勢で部屋の隅に蹲って虚空を見つめる。

(本当にお人形さんだ、これは)

クスリと笑って、足を組み直しながら本をめくった。
真正面にいるはずなのに、気配は感じられない。
生きているという空気を発していないように思えるからだろう。
これでは人間とは言えないなと、クルルが納得する理由も分かった。

ただ、と思って足を組み直す。
先ほどとは違って、動こうと意思を込めて見た時だった。

「!」

先ほどまで虚空を見つめていた少女がピクリと視線だけを動かす。
虚な瞳がクローリーを真っ直ぐに捉えていた。

「むしろ、動物というべきかな?」

音を立てて本を閉じると、手に持ったまま立ち上がって歩く。
部屋の隅にうずくまっている少女の前まで行って膝を折った。
それでもまだクローリーの視界の方が数段上だ。
見上げる少女は抱えている刀を離さない。
次に、持っていた本を前へ差し出した。

「さて、まずは言葉からだ」

それから始めた出来事は、思っていたよりも大変では無かった。
与え、示し、口にしてやれば、その通りにする。
それを覚えて忘れず、ちゃんと物にした。
簡単なものから手順を踏んで難しくしていってやれば良い。
何冊も積み上がった本の数が時間を示していたけれど、嫌では無かった。

「“Crowley Eusford”」
「そう、クローリー…僕ね。これが、フェリド君の名前」
「“Name”?」
「名前」
「ナマエ。“Ferid Bathory”…フェリド」
「様も」
「“Master”?“Lord”?」
「どちらかと言うとマスターかな?」
「フェリド様」
「うん」
「クローリー様?」
「そう!良く出来ました」

口端を上げれば、スペルをなぞっていた手が止まる。
少女が次になぞり終えて、クローリーを見上げた。

「“I am Doll”」
「!」

お人形、と呟いて首を傾げてくる。
そうだろうと言いたいのだろう。
少し沈黙したが、ふと笑いを漏らして指で示した。

「いや。“Human”。君は人間だ」
「ニンゲン」
「そう。愚かで、傲慢で、哀れな生き物さ」

笑い掛けると、言葉を繰り返す少女が頷く。
それは単語になのか、後の説明なのか分からなかったけれど。
また単語を紡ごうとした時、足音が聞こえてきた。

「何してるの?クローリー君」

現れたのはずっと出掛けていた屋敷の主だった。
机に顔を寄せるように何冊も本を広げている光景に目を丸くしている。
珍しいフェリドの表情に面食らいながらも答えた。

「何って君が言ったんだろ。だから、こうして世話してるんじゃないか」
「フェリド様」
「わお、しゃべった!」
「そう、コレがね。覚えが良くて楽なのが救いだよ…こんなの僕の柄じゃないんだけど?」
「あははっ、まさかね!」
「?」

次には噴き出して笑い続けるフェリドに理解できなくなる。
涙目になりながら、「僕わね」と続けられた。

「人形が踊れるように世話をしてくれって頼んだんだよ」
「!?…なっ、じゃあ僕の勘違いかよ!」
「君、昔は軍で人間たちの戦闘を教わってたんだろう?ちょうど良いって思ってたけど、そういう才能があるとは思ってなかった」
「いや、これは!」

せっかく強力な武器と才能を持っている人形を手に入れても、きちんと仕込まなければ意味が無い。
と、思っての意図だったのかと理解するが後の祭り。
引きつり顔で弁明しようとするも、楽しそうなフェリドは高らかに宣言してくれた。

「その人形の“お世話”よろしくね!」

拒否権は無い。
唖然としているクローリーの頭が不意に後ろから力を受けて上を向いてしまう。
振り返れば、三つ編みを掴んでいる手は少女のものだった。

「“educate”、クローリー様」
「あぁっ分かってるよ!」

ウンザリした顔で返して、引っ張っている少女の手から三つ編みを離させた。