賽の河原に居る子ども
「黒い衝動をぶっつぶす」
花垣は言う。彼の、星のように青い瞳は命を燃やしていた。
視界が霞む。人肌でぬるくなった液体が、頬を伝う。その時春千夜は、静かに涙していた。
漠然とした不安が、見ないようにしていた未来が、最高で最悪の結末が、影からぬるりと現れて、春千夜の脳を支配した。こんなにも心臓がうるさく思えるのは、生まれて初めてだった。気持ちが高揚して、頭が真っ白になる。血が滲むほど強く、口内を噛みしめる。暴れまわる思考を、どうにか止めたい。
「黒い衝動をぶっつぶす」それは、明司春千夜と三途春千夜が、これまでのすべてを賭けて叶わないと悟り、切り捨てた選択肢。それ以外の道を選んだ春千夜は、修羅へと身を投げた。マイキーを取り囲む誰も彼もみんなが居なくなる中で、せめて自分だけは何があっても彼の側に居ようとした。それが今は亡き友人へ、春千夜ができることだと思ったから。なのに、アイツは!それをいとも簡単に口にして、掴み取ろうとする。春千夜は、花垣が心底憎かった。自分では届かない結末に、手を伸ばせるアイツが羨ましかった。
春千夜では、マイキーを助けられない。
それは、受け止め難い現実だった。でも止めなかった。「挑戦しますよ」と、いつもみたいに。春千夜は負けず嫌いで、諦めが悪い性格だったから。何度も何度も試みて、最善を探した。ただ、春千夜の働きに反して、時間が経つごとにマイキーの周囲に死人が増えた。それはつまり、彼らは春千夜の知り合いでもあったわけで。
春千夜はひとりだった。唯一の居場所は自分で捨てた。王に置いて行かれないように。
言葉の形にすらならない、漠然とした思いがくるくると回る。めくるめく。脳が急激に回転して、目が回って、頭が痛い。今までのすべてが、塊となって押し寄せた。アイツに希望と期待を抱く自分を、押し殺すのに必死だった。アイツを否定しなければ、これまでの三途春千夜が崩れ落ちて、無意味で空っぽなガラクタになる。誰かに言い訳をしなければ、自分を保てなかった。
もしもここでマイキーが救われたら、オレはどうなる?
口を大きく開けて、喧騒の中でも届くように、言い聞かせるように、必死で声をかけた。陶酔していたのだって、嘘ではないのだ。あれも、これも、それも全部、決して嘘ではない。いつだって、春千夜にできることをしてきたはずだった。
乾いた涙の跡が、頬にへばりついて皮膚が引き攣る感覚がする。そこで初めて、春千夜は自分が泣いていたことに気がついた。「また弱い奴だと思われちまう」なんて。幼い記憶が、白いキャンバスを塗りつぶす絵の具のように、鮮烈に蘇る。
「君は一生オレの友だちだ」
その台詞には覚えがあった。
あいつは一生友だちだ、って。
どれだけ同じ言葉を使っても、同じ目的でも、同じ想いでも。それでも、春千夜の手は、声は、心は、彼に届くことはない。
三途春千夜はヒーローになれない。
「じゃあせめてオレも助けてくれよ、ヒーロー」
そんなふざけた言葉を口にするよりも前に、この嵐のような時間は、ぷっつりと終わりを迎えた。
佐野万次郎と花垣武道が、共に倒れた。唐突に気を失ったように、二人は力なく横たわる。まるで死んでいるようにも見えた。
タイムリープ。
それは、荒唐無稽な話のようで、この世界に確実に存在する事象。世界はまた創り変わる。
ああオレは、どこから間違えていたんだろうな。