ライデンさんと私

 友人の誘いで合コンに参加することになった。誘いと言うか、それはどちらかと言えば懇願に近かった。
 数が合わない。と、友人から電話がかかって来たときは何のことかと思った。何がとかどういう意味だとか、私がわざわざ聞かなくても、友人は次から次に、まるで投げつけるようにその詳細を教えてくれた。
 なんでも合コンの前日に女の子の一人が風邪を引いてしまい、泣く泣く不参加になったらしい。欠員が出た、と友人は私に何度も訴えてくる。女が足りないからと言って盛り下がる様な合コンは中止にすればいいよ。なんて、幹事として頭を悩ませていた友人に提案してみたが、そんな案が通る筈もなく、そして、通らないだけでなく。なぜか私がその合コンに参加することになってしまった。

 奇しくも人生初の合コンとなったので若者らしく浮かれてみたいところだが、なにせ私は中途採用で、正規メンバーではない。知り合いもいないので浮くのは必至だろう。正直、面倒くさい。折角の休みにどうしてこんな面倒な集まりに参加しないといけないのか。朝起きて夜寝るまでの間だらだらと、怠惰に過ごそうと決めていたのに。
 ため息を吐きながらスマホを机の上に置き、椅子から立ち上がる。とりあえず着替えよう。待ち合わせの時刻まで数時間はあるが、なにせ初めての合コンだ。服選びで死ぬほど迷うのは目に見えている。
 別に、期待なんてしていない。私は数合わせの人員なのだから。そう、無難に。いかに無難に切り抜けることが出来るかだけを考えていた。

 服を仕舞い込んでいるチェストを漁っていると、ふと母から言われた言葉を思い出した。彼氏は?結婚は?待っていても誰も迎えには来ないんだよ。と、実家でご飯を食べる度に言われる定型文。折角のトンカツもハンバーグも、味がしなくなる魔法の言葉だ。
 散々言われすぎて聞き飽きていたし、何度聞かれても同じ答えしか返せない。はいはい分かった。それしか言えないし、言いたくもない。
 私ももういい年をした大人だ。白馬の王子様を夢見ていい年じゃない。そんなこと分かってる。十分すぎるほどに理解している。見苦し言い訳になるかもしれないけれど、これだけは言わせてほしい。私はこの二十四年の人生の中で、毛並のいい白馬に悠然と乗り、きらきらオーラを纏ってドヤ顔している王子様が迎えに来るなんて妄想をしたことがない。
 そもそも、容姿端麗で女と見間違えるような男性が、颯爽と現れてお待たせマイプリンセスなんて言いやがる場面を想像する時点で頭がおかしい人だ。と以前友人に伝えたら、ドン引きしたような顔され、比喩って言葉知らないの?なんて言われてしまった。知ってるよそんなこと。

 脱パジャマを成功させ、気持ち程度に化粧を施し終わった頃にはそこそこ時間が過ぎていた。出掛ける準備をして最寄りの駅へと向かう。
 駅まではそんなにかからない。アパートを出て十分程度歩くと見慣れた駅が見えてきた。スマホで時間を確認する。向こうの駅についてから、店を三十分かけて探したとしても余りが出るぐらいの時間があった。
 まあいいや、と思いながら改札の付近で立ち止まる。その時初めて、電子マネーをチャージしたカードがない事に気が付いた。仕方なく切符を買い、電車に乗り込む。四人掛けボックス席の車両だった。空席が目立つがらがらの電車。時間が時間だし、世間は平日だし、少なくて当然か。そう思いながらドアから近いシートに座る。何駅かを通り過ぎると目的の駅に着いた。小さな駅だったので迷うことなく改札口にたどり着くことが出来た。

 スマホの案内に従って歩く。道順と店の外観写真を見ながら慎重に。歩き始めて数分、意外にすんなりとその店を見つけることが出来た。

 そこは写真通り妙に小洒落た店だった。曇りも汚れも一切ない大きな窓に、白いマジックでメニューが書いてある。窓から店内をちらりと覗いてみると、インテリアも小物も、グラスも何もかもが女子ウケしそうな雰囲気だった。
 兎に角オシャレ度がすごい。私の中の洒落っ気判定メーターが振り切っている。振り切っていると言う事は、私が入っていい店ではない。こんな素敵なお店に、私のような、オシャレのオの字も碌に分からないような女が踏み入れていい場所ではない。
 聖域。そう、聖域だ。きっと踏み入れたら私はたちまち浄化されてしまう。私の中のおっさん力が消えるのなら喜ばしい事だが、そう上手くはいかないだろう。上手くいって消し炭。悪ければ消滅。
 そんな口に出すことが絶対に出来ないような馬鹿げた事をドアの目の前で考えていると、後ろから声をかけられた。振り向くと、友人の蛯谷朱里が手を振っていた。雪が降りそうなほどに寒いと言うのに、膝丈スカート黒タイツに黒のロングブーツを装備していた。装備なんていうから女子力がないと言われるのだろうか。

「蒼ー!急に呼び出してごめん!」

 開口一番に謝られた。出会い頭に深々と頭なんて下げられたらもう何も言えないじゃないか。こいつ、私の性格をよく分かってる。

「…うん。いいよ、うん」
「今度何か埋め合わせするから。あ、今日の会費はいらないからね!もう好き勝手に飲み食いしてよー!」
「え?お金払わなくていいの?」
「うん?メンバー足りなくて無理矢理連れ出したんだから当然でしょー」

 明るく笑いながら、朱里は私の両肩に手を置いた。そしてそのままくるりと回転させてきたせいで、私の目に再び店の外観が映る。私一人では入りにくい店。素敵でおしゃれな聖域。
 とても、入りにくい。
 私の思いを知ってか知らずか、朱里は右手で私の背中を、左手でドアをぐいぐい押してきた。半ば無理矢理だが、私はようやく店内に入る事が出来た。店員さんの相手は朱里に任せ、店内を見渡してみる。 
 店内をしっかり見てみれば、外観よりもオシャレ度が高かった。ああ消滅する。遺言でも書いてくればよかったかな。女子力が足りないので巷のオシャレに殺されます。さようならありがとう。…とか書きたい。いっそテーブルにでも刻んでやろうかと考えていると、朱里が戻ってきた。

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