捨てスネコスリにご注意を

 巷では最近、スネコスリを飼うのが流行っている。スネコスリ。その名前を一目見れば、スネをコスルなにかなのだろうか、と想像するかもしれない。そう。その通りである。スネコスリとはスネをコスル――と言っても動物のグループに属する生き物ではない――妖怪の類なのだ。
 そんな小妖怪をお金を出して買う人もいれば、もう飼えないと言って捨てる人もいる訳で。捨てスネコスリにご注意を、なんて書かれた回覧板が回ってくるぐらいだ。
 捨てスネコスリ。初めてその存在を知った時は舌を噛みそうな呼び名だなと思った。
 スネコスリは、何度も言うようだが脛を擦る小妖怪である。あいつらは、いつだろうがどこにいようが、脛を見つければ擦ろうと寄ってくる。それはあいつらの習性なので仕方がないと言えば仕方がないのだが、捨てスネコスリのその習性が街中でとある事件を起こしていた。
 事件と言っても、まあ、殺人だとか強盗だとか言う物騒なものではなく、転ぶ、のだ。脛を擦りに来たあいつらに気が付けなければ高確率でこちらが転ぶ。歩きスマホかなんている奴らは当然、足元を見ていないので転ぶ。友達と楽しく話しながら歩いていたとしても、あいつらに脛を狙われ足元に潜り込まれてしまえば最後、愉快な会話は転倒直前の変な声と共に強制的に終わらされる。
 そんな事件と言うか、なんと言うか分からない現象が街中で引き起こされていた。兎に角捨てスネコスリは、中々に迷惑な存在である。



 深夜。コンビニに行った帰り道に、僕は空き地でそれに出会ってしまった。

 猫のような体。その体を覆う柔らかそうな長い毛。猫よりも毛の量が多いらしく無駄にもふもふとしていた。そして大きくて垂れた耳。ふさふさの尻尾。
 街灯の灯りの中でそんな特徴を確認すれば――大きさが明らかに平均以上なのは置いといて――ああスネコスリだとすぐに分かった。
 それは僕から数メートル離れた先で、ボールと遊んでいた。ころころと、ボールと一緒に転がるスネコスリ。少し気になったのでじっと見てみる。と、あることに気が付いた。
 スネコスリと一緒に転がっていたものは、ボールではなくキャベツだったのだ。そのスネコスリはキャベツを抱え込み、ころりころりと転がりつつも、むしゃむしゃとそれに齧りついていたのだ。それも至って真剣な表情で。
 もふもふの塊が一心不乱にキャベツを食べている。そのおかしな光景に気付いた僕は、それを眺めるしかなかった。
 じいっと眺めていると、キャベツはどんどん小さくなっていった。スネコスリはキャベツの中心にある芯をかぷりと咥え、真上に放り投げる。芯は食べないのかと思いながら見ていれば、スネコスリは当然のように飛び上がり、その放り投げた芯を見事にキャッチした。大きく太い体でバク宙をしながら。

 思わず声が出た。
 動けるデブか、と。

 今思えば、その何気なく、心無い言葉のせいで、僕はこの大きなスネコスリと一緒に暮らすことになってしまったのだ。
 デブと言った瞬間に、キャベツを一玉完食したスネコスリは僕の方をぎっと睨みつけすごい速さで駆け寄ってきた。脛を擦られてしまう、と一瞬身構えたが、冷静に考えれば擦られたとしても脛がジーンズ越しにもふもふするだけだ。歩いてもいなかったので、転ぶ心配もない。なので、僕はされるがままに脛を擦られた。

 ごしごしごしごし。脛を擦る。
 烈火の如く怒ると言うのはこのことを言うのだろうか。怒りのままに、滅茶苦茶に脛を擦っている。こんな習性があるんだな。ただ擦りたいから擦るんじゃなくて、感情を込めて行動することもあるんだな。なんて考えながら、脛を擦るスネコスリを観察した。
 ごしごしごしごし。ごしごしごしごし。
 ごしごしごしごし。ごしごしごしごし。
 と言うか。なんだか熱い。燃えるように。烈火の如く脛が熱い。呑気に観察なんてしていたせいで、とんでもない熱量の摩擦熱が僕の脛を襲う。熱い。本当に。馬鹿みたいに、

「熱い!!!」

 堪らずに、擦られていた右足を引っ込めた。が。
 それは離れなかった。しっかりと脛にしがみつき、且つ尻尾を脛に巻き付けてごしごしと脛を擦り続けている。
 なにが小妖怪だ。なにが脛を擦るだけで事件と言うほどではないのか。こんなに脛を擦り上げてくるスネコスリを僕は知らない。体が大きいから力があるのか。しかしそんな事は今どうだっていい。今大事なのは脛、いや脛の皮である。脛の皮が剥かれるのは傷害事件だ。だがきっとスネコスリに被害届を出すような事態に陥っているのは世間でも僕以外いないだろうし、被害届を出したとしても受理すらされない。なんだこれは。完全犯罪じゃないか!

 僕は考えた。この状況から逃げる手を。気を逸らすもの。ご機嫌をとれるもの。

 
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