sweet-and-sour crepe
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「ユウリ……何しているのです」

 ストロベリーチーズ……キャラメルバナナ……アーモンドシュガー……
 謎の呪文をとなえる幼い横顔と、それに合わせて折り畳まれていく指にネズは漠然と疑問符を寄せた。
 ユウリの唇は韻の合わない不規則な音数を散らしていて、声をかけられても一心に指折る行為に耽っている。
 聴きなれない調べを飾りにして、ネズは小指から折り返しはじめた動きに目を向ける。一生懸命なユウリの邪魔をするつもりなど多分彼にはなかったが。おもむろにユウリの手が取られて夢見るカウントが中断された。
ーー怪我してます。首を傾げるユウリの視線に尤もらしく主張して、ネズはポケットから小さな絆創膏を取り出した。
 負傷したポケモンの応急処置にと、ネズは日常的にこんなものを持ち歩いている。以前ホップが尊敬の眼差しでネズを賛嘆していたことがあって、ユウリも感心したものだ。ネズは誰よりもポケモンを慈しみその癒しと共存に向き合っている。その心遣いが今回ユウリに使われるとは思わなかったけど。
 先ほど転んで手をついた時に擦ったのだろうか、自分ではなかなか目につかないような角度に軽く手首を回されると、たしかにうっすら赤く滲んですでに乾いた傷跡がある。ネズの所為ではなかったけど、触れられれば僅かにぴりっとした刺激が走る。ネズは慎重に絆創膏を充てがった。至近に身を寄せる、その繊細なまつ毛の先がユウリの目に映る。
 息をつめるような気配はやがて離れた。手首を返して小指側を見てみると、やはり的確に、傷口がぴったりと塞がれている。キレイに貼られた絆創膏の真ん中には、キリリとしたあくマークが入っている。まるで腕白な子供を戒め見守るスパイクタウンの護り神だ。
……嬉しそうにするんじゃありません。それはポケモン用ですよ。
 残ったごみをポケットに突っ込んで、さらりと流れる声で目ざといことをネズは言う。一連の動作が丸まった姿勢にやけに映える。一々格好良いのだがネズは一々マイナスに受け取るので黙っておいた(おれって格好つけてんですかね? とか言い兼ねない)。代わりにユウリは弾んだ足取りで手当てを施された手をギュッと握りしめた。

「あー、また転びますね……」

 ネズを置いて元気に飛び出していくユウリに、幸先ワルいスタートを予感したのかネズの声量は力無い。嫌味にも単なる嘆息にも聴こえるが、これは「転ばないように気をつけなさいね」と、寧ろ温かくユウリの背中を見つめるネズの親心と反転させれば良い。
 そんなひそかな配慮が伝わったのか何なのか、ポンポン跳ねるベレー帽がくるんっと振り返って、ネズはきょとんとした。
 ネズさんは何のクレープにする? とやっとここにきての、年相応の純粋無垢な訊ねだった。

「おれ……ですか。いや……甘いのはそんなに食べないんで」

 好奇心に満ちた茶色の瞳の期待に、面白くないくらいにネズの反応は乏しい。だけど彼の生真面目さは長所だ。
 ユウリの好きなもの食べるといいですよ、と親のように無欲な微笑みを向けるネズは実際、ユウリに比べて大人なのだろうけどそこでユウリは食いついた。ネズの食べられる甘くないクレープもたくさんあるのだ。これは見過ごせない。今までネズはそんな理由で美味しいクレープを食べてこなかったのかもしれない。ついそんな思いに突き動かされて、呆気に取られたようなネズに向かって両手を使って熱弁する。

「へえ……そうなんですか。おれはてっきり……色々あるんですね」

 抑揚のないいつもの調子だったが少しだけ意外そうな顔をネズはした。得意げになって更に畳み掛けるように、ユウリは知っているクレープを指折り挙げていった。
 旬のフルーツと生クリームを抱き込んだ彩り鮮やかなクレープ、ブラウニーにシナモンがけバニラアイス、コーンフレークスにヘルシーなヨーグルトソースを合わせたものなど、組み合わせも多種多様なスイーツだ。
 どれもおいしく捨てがたいのだが、中でもユウリが好きなのはベリー系のクレープだ。パリッと香ばしく焼かれたクレープ生地には、ラズベリーソースとクリームチーズが巻かれている。ふたつがしっとりとろけて織りなす甘酸っぱいハーモニーは、現在ガラルの同年代女子を虜にしている。
 ユウリの両手に渡って語られる、甘美な夢のそのひとつひとつにネズは頷き目を細めていた。男のネズには本当は興味なんてなかったのかもしれないけど。

「それはうまそうです。おれも好きですね、そういうの」

 ユウリの手に寄り添うあくマークを見つめながら、不意にネズはそんなことを口にした。
 だけどネズは、ついさっき甘いクレープは好まないように含ませていた。両手の指を曲げたり伸ばしたまま、中途半端な形で止めて、ユウリの瞳がネズを貫き不可思議に瞬いた。

「いや……きみの話を聞いていると、何だか食べたくなっちまいますね!」

 そう、いたずらっぽくくしゃりと、はじめて見るような笑顔を向けるので、やがてじわじわとユウリの口元も緩んでいく。反則級の楽しさだ。
 ーーじゃあ、ネズさんも一緒に食べようね!
 返されるのはネズに負けないくらいに眩しい笑顔。石畳を鳴らす靴音は愉快で軽快だ。とは言えユウリには前科がある。羽目を外しすぎないように、そのまま行き先である駅前のクレープ店を目指そう。

「はい」

 きみに会うのを楽しみにしていました。
 足元を見極める横顔はきっとそんな話など忘れていて、風に笑われるくらいに微笑ましい。
 ふらふら彷徨うその手元が、グローブの指先にやさしく引かれていった。



(了)
 

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