星合い
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夏の陽光が射して明るい、屋敷内の或る茶室にて。
カチャリと、茶器の擦れる音を偶に出しながら、ヒナタは畳の上に残された客人達の器を、盆に集めていた。
先程まで、数名の客を招いて細やかな茶会が開かれていたのだが、無事に何もなく事を終えて、ヒナタはほっとしていた。
人の帰った後の茶室はがらんとし、そこらに点在する、取り残された座布団や茶器類が、どことなく侘しく思える。
心なしか室内が広々として見えるのは、緊張感から解放されたというのも、あるかもしれない。
今この部屋には、ヒアシとその娘のヒナタ、二人しかいない。
護衛の従者と退席するでもなく、ヒナタに話掛けるでもなく、何となく腕を組んだままその場に残って佇んでいるヒアシに、気付いていながらも、何か口にしてはいけないことだと思い、ヒナタは黙々と茶室の片付けを続ける。
後から考えたら、自分に話があったと察するのが、普通だったのだろうが、如何せんこの時は、茶器の扱いの方に神経を遣っていたのだ。
ヒアシを気にせず、盆を持ち上げて次の“席”に行き、ヒナタが使用済みの茶器を下げようと手を伸ばした時、唐突に彼は口を開いた。

「……ヒナタ」
「はい」

呼び掛けに動きを止めると、直ぐに顔を上げて父を視界に入れる。
黒色の、夏物の着物に袖を通した、それはいつも通りの、気難しい顔をした父だった。
しかし今日の彼は、何かそれとは違う類の、難しい顔をしている。
特に今日は、ヒアシの注意を受けるような失敗は、していない筈。
だからこそじっと、自分を見つめてくる彼の態度が不思議で、ヒナタは無意識に顔を傾けてしまう。

「……いや、何でもない」

無垢なヒナタの瞳から逃れるようにして、ヒアシはやがて顔を逸らす。
只一言、頼んだぞ、と部屋の片付けを言い置き、結局何も切り出さずに襖を開け、明るい日差しの注ぐ廊下へと出る。

「……? はい……」

襖が閉められ、ヒアシが退室した後、障子に映る去りゆく影をヒナタはぽかんと眺める。
そしてそれと入れ替わるように、反対側から何者かの影が、飛び跳ねるように障子に近付き、再び茶室の襖が開く。

「姉上、姉上!」

まるで待ってましたと言わんばかりのタイミングで、嬉々として登場を果たすハナビに、ヒナタは片付けもそのままに彼女を見遣る。
茶室に入り、襖を閉めると、妹のハナビは口元を綻ばせて、小走りにヒナタへと近付く。

「どうしたの? ハナビ……」
「聞きました? 良かったですね!」

ヒナタの側に来て、何やら意味ありげな笑顔で佇むハナビに、益々ヒナタは首を傾げてしまう。

「え……? なにが……?」

何だかやけに機嫌が良さそうだが、そう言えば、彼女とコウは、あれからヒアシからの咎めは受けていないようなのだが、大丈夫なのだろうか。
宗主に無断で、屋敷の結界を解き、ヒナタを外に連れ出したりもすれば、理由がどうであれ、何らかの罰が下されると考えるのが妥当。
途端に不安になってヒナタが見つめる、目の前の少女は、そんなことには1ミリも気付いていないといった様子で、何故か怪訝な顔をする。

「うわ……父上ったら、言ってないの? 自分で言うって言ったのに、もう……。その様子じゃ、謝られてもないんだよね?」

何だか先程から、会話が噛み合っていない。
茶室の片付けよりも、ハナビの処分よりも、どうにもそれが気になってしまったヒナタは、困った顔付きで妹に尋ねる。

「あ、あの……何のこと……?」

はあぁ、と大きな溜め息をついたハナビは、では、良いですか?、と意気地なしな父親の代わりに、その言葉をヒナタへと告げる。


伊達に宗主は務めていない。
ヒアシには、昨夜のコウとハナビの連携プレーも、ネジとヒナタの逢瀬にも、当然気が付いていた。
しかし様々なお仕置きを恐れるハナビらには――コウに至っては呪印の発動も覚悟していた、予想外にも、何のお咎めもなかった。
只、一応書斎に二人を呼び出したヒアシは、今後一切、このようなことを起こすことはないようにと、しっかりと釘を刺した後、ぽつりと漏らしたのだ。
――少し、度が過ぎたのかもしれん。
年若い恋人達に、酷い仕打ちをしてしまったと。
そう、昨夜の離れ難いネジとヒナタの様子を“視て”、自らの強引な言動を省みたのだろう。


明るい報せですよと、前置きしてから、ハナビはヒナタの前で、襟を正す。
えっ、と思わず目を丸くしたヒナタの、あどけない表情を、微笑と共に見つめ返す。
僅かに言い知れぬ期待感を浮かばせるヒナタへと、ハナビが齎したのは。



ネジが、遠方任務の役を急遽解かれ、木ノ葉に帰って来るというものだった。




(了)










何でしょうこの長文は(^-^;一ヶ月も掛かりました。
途中ヒアシ様がヒナタ大好き親ばか野郎になってしまいまして、2000字くらい消して書き直しました。
それに伴ってヒアシを敵視するハナビとネジも修正……
結果このような形になりましたです。
次のお題はもっとさらっと書ける予定ですので、コレだけちょっと異質なやつなので(^^;
また懲りずに目を通していただけたらなと思う次第です。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。
2014.7.22 志麻
2019.3.14 加筆修正

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