140字SS*nejihina
2/2



兄さんが本当は優しいの、知っています。
厳しい言葉の裏で、みんなを密かに思い遣っていること。
みんなに分からないように、そっと、密かに。
私だけに、特別な優しさをくれていること。
「……何を下らぬことを」
ほら、そういうの。
兄さんはただ、人よりちょっと不器用で、恥ずかしがりなだけなの。

『やさしいひと』








私、絶対自分を諦めたくないんです。
何度だってあなたに立ち向かって見せる。足掻いて見せる。
「どうしました、ヒナタ様。終わりですか」
冷たい瞳の奥に、私を力強く見つめる、光が見える。
「まだ……まだ」
体中に走る痛みを抱え、私はまた立ち上がる。
落ち零れの私を、兄さんが、諦めていないから。

『諦めない理由』








「言っておきますが、こんなこと、柄じゃないんですからね」
「はい」
「恥ずかしいんですからね。もうこれっきりですからね」
「はい」
「……一度しか言わないから、良く聞いていなさい」
「……はい……!」
恭しく跪くと、真剣な顔で兄さんは私を見上げる。
どうしよう……私もう、泣いてしまいそうだよ。

『あなたを愛しています』








「オレが倒れたってこと、言わないでくださいね」
どうして? と尋ねると、恰好悪いからと兄さんは言う。
でも、私を守って倒れたなんて、恰好良いと思うの。
分かってくれない兄さんの、湿布を貼っていない方の頬に、そっと口付けた。
兄さんは素敵だよ。
世界で一番恰好良い、私のネジ兄さん。

『せかいで、いちばん』








道の先に見える目印に、オレに寄り添うヒナタ様の体が強張った。
あの木が見えたら、もう其処でお別れ。オレ達はそれぞれの家へと帰る。
「……少し、遠回りしましょうか」
今夜はとても、月が青いから。
光に白く浮かび上がるヒナタ様の顔が、嬉しそうに綻ぶ。
……もう少しだけ二人きりで。さあ、帰ろう。

『月がとっても青いから』








ヒナタは優しいね。

「……あなたがあげた優しさはね、回り回って、自分に返ってくるから」
キバ君の手当てをする私を見て、先生が目を細めて言う。
でも、それなら……。
「……私は、いらないです」
それなら……昔、優しくしてくれた、今は遠い、遠い人に。
私のあげる沢山の優しさが、回り回って、全部兄さんの元に行きますように。

『やさしさをありがとう』








「ここが苦しいんです」

どこですか? 心配そうに兄さんが私を覗き込む。
ここ。胸が、苦しいの。
「……それは、オレには治せません」
少し悲しそうな顔をして、兄さんは告げた。
あなたは私の、何を分かっているの?
この苦しみが治せるのは、ココにいる、あなただけなのに。

『恋煩い』








「胸が苦しいんです」
嘘くさい言葉に、ええっ! と彼女は目を丸くした。
普段とは反対に、大胆にオレの胸をぺたぺたと触って尋ねる。
「どこ?どんな風に苦しいの?」
心臓に当てられた手を押さえ、オレは心底安心した顔を作る。
「ああ……大丈夫、和らぎました。ヒナタ様、ずっとこうしていてください」

『恋煩い』ver.2








終礼までもう少しなのに……私は酷い貧血で椅子ごと倒れてしまった。
直ぐに兄さんが駆け寄って来て、私の体を抱えて教室の外に飛び出した。
良いの……大丈夫と繰り返す私に、兄さんは優しく笑い掛けた。
今まで辛い目に合わせてしまったからと、朦朧とする私に囁いた。
「オレが、優しくしたいんです」

『ざわめきの残る放課後、優しく笑って「優しくしたい」』(お題)








「見て、兄さん。可愛い」
無表情の兄さんの瞳が、私の手の中の歪なトマトを注視する。
ああ、何だか子供みたいなことを言ってしまったかな……。
俯いた私の手が、そっと取られる。摘み持つトマトをまじまじと眺め、兄さんはにっこりと微笑んだ。
――本当だ。可愛いですね。

『ハート型』








「寒い筈です。もう師走ですから」
かじかんだ手に息を吹き掛ける私に、鍛錬を中断して兄さんが歩み寄る。
冷えた道場の窓辺に立ち、二人して寒々しい早朝の景色を眺めた。
取りとめのない言葉を交わして、頷いて。
そんな些細なことが、恋しくて――。
誰もいない窓辺に立ち、冷えた朝に、あなたを想う。

『例えば、師走の朝の』








ああ、みんなが見ている。こんなの大したことないのに。
熱で朦朧としながらも、私は兄さんの胸に縋り、下ろしてと頼んだ。
平気だから……こんなの恥ずかしいよ――。
兄さんは私の声なんか聞かず、却って私の体をしっかりと抱え直して、前を見据えたまま言った。
「全然平気ではないし、オレは少しも恥ずかしくない」

『お姫様抱っこ』

- 2 -

*前次#


アイノカンザシ
花籠