Vampire3/3
仄かに明るみが差すのを瞼の裏で感じて、リーは微睡みから帰ってきた。
つい数刻前まで続いていた、延々と血を貪る欲求は、昇り出でる朝陽と共にやがて消えていった。立ち込めていた臭気がふと蘇って、天井がぐらりと回った。酷い頭痛がする。
目覚めてみれば、清潔な白いベッドで身体を休めていたリーは、檸檬色に染まる眩しいカーテンをぼんやりと眺めた。あの後どうやって戻って来たのか、よく思い出せない。
「大丈夫か?」
最初から側にいたような気配が、長い間を置いてリーを案じる。何だか久しく会っていないような懐かしさがある。
ゆっくりと、声の方に顔を向けると、反して数刻前に見たままの風貌が佇んでいた。
「ボクは……」
何故だか、ひどく怒っていると想像したその貌は、いつも通りの無表情ではあるが穏やかに見えた。
話をするのに起き上がろうとすると、肩に触れた掌一つでリーは動きを封じられる。無暗に逆らっても今度は点穴を狙われ兼ねない。
密かに心得て大人しくベッドに横たわると、離れゆくネジの手元にリーは小さな切り傷を見つけた。全身が逆立つようにぞっとする。
「……任務のことは、気にしなくていい。それより……本当にもう、大丈夫なんだな?」
もうリーを苦しめていた“血”の毒は抜けたのかと、訝るネジだが、外見的にリーに特異な変化はない。それでも警戒を怠らず、僅かな兆候も見逃すまいとじっとリーの顔色を覗き込むネジは、所謂尋問部隊のそれに近い。
「……どうして」
わなわなと微かに震える唇が言葉を押し出して、ネジが目を留めた。リーにはもうネジの話が耳に入ってこない。
「どうして君は……ボクの為に、そこまで」
知らないそぶりをしていたかったが、やはり夢でも幻術の類でもなかった。紛れもなくこの自分がネジに襲い掛かった事実。あれは昨夜リーの為にネジが作った傷だ。
身体の横に置いたネジの指先が視界に入る。ネジの方こそ思い出したくもない悪夢だろう。その気があれば袖の中に仕舞うこともできる筈だが、ネジはそうしなかった。
「……それを言うなら、お前の方こそ。“何故、オレの為に、そこまで?” ……多分、理由は同じなんじゃないか?」
あの細い月の懸かった夜――――。
リーは結局、身体の変異により手に入れた牙で、最後までネジを傷付けることはなかった。指を滴るほんの僅かなものを、貪った後、渇きに喘いだ末ネジの皮下の脈動を延々と確かめた。そこにどんなに凄絶な覚悟が必要であったか。ネジにはとても計り知れない。
何故己の危険も顧みず、助けた? 躊躇った? 拒絶した?
この傷跡を隠す必要はない。理由は明確だ。
同じ……? とリーは直ぐには咀嚼できない言葉を、目の前の押し黙った眼差しと重ね合わせた。
血を抜かれたように白い貌をしたネジは、あの時本当に首を掻き切るつもりだったのか。
深層に思考を沈める、リーの視線を、ネジは興味がなさそうに往なした。
「医療忍者を、呼んでくる……」
恐らくリーが目覚めたら、そうする運びとなっているのだろう。此処までリーを連れ帰って、それから少しも休んでいないように急に予感して、リーは布団を剥がして起き上がる。
呼び止めた背中は、一度、立ち止まり掛けて……だが、何も言わず、リーを残して病室の外に出た。
(了)
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