樹木の蔭(Ombra Mai Fu)
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「サクラさん、危ない!」

 突如上がった切迫した声、それと同時にサクラの視界が塞がれる。かぎ針が転がり落ちてそれまで数えていた編み目など吹き飛んだ。窮屈な囲いの中、わけも分からずじっとしていると頭上で何かがぶつかるような破裂音がした。
 腕の中に包んだ細い肩がびくりと強張って、リーは益々サクラの頭を深く胸に埋めた。大木を直撃し、萎んだサッカーボールがほどなくしてペタリと地面に落ちてくる。

「いっやぁ〜〜悪ィ悪ィ! ちょっち足元が狂っちまっ……でえええぇぇぇぇぇ!?」

 あがが……と落ちた顎が戻ってこないでいる彼はサクラのチームメイトだ。取りに来たボールをそっちのけで、そこで見つけた光景に目を白黒させている。『ナルトの兄ちゃん下手クソすぎだぞ、コレ……』と後から呆れた弟分が来るが、彼はもう抜け殻のようになって動かない。
 そんな周りのさわぎなど最早リーの耳には入らず。つとめて冷静でいる彼の意識はサクラの無事だけにそそがれる。
 抱き寄せたサクラを確かめるように、そっと手をすべらせれば彼女の薄紅色の髪が、さらりと指をくすぐった。サクラの髪は絹糸のように細く、想像以上に柔らかい。思ったよりもずっと華奢で小柄なサクラを、リーはしっかりと抱え守っていた。

「す、すみません、サクラさん……お怪我はないですか?」

 心なしか彼女はリーのベストに埋もれるような状態であった。腕を緩めると、収まっていた顔が離れて、ほう……とベストに息が吐かれる。頬を淡く桃色に染めて、サクラはどこかぽやーとして何を見ているのか分からない。

「う……うん……大丈、夫……ありがとう、リーさん」

 遠慮がちにベストの裾を握って、俯き加減に目も合わせようとしない。単に息苦しかっただけではないのか、サクラの顔は熱を帯びたままだ。
 不思議そうな顔つきでいるリーが、何かに思い至る前に――サクラがスルリとリーの腕から抜けだした。
 覚束ない手付きで、サクラは周りに散らばったレースや編棒をかき集めて、バッグを抱えると脇目も振らずにその場をあとにする。
 向かう先にいる、呆然と立ち尽くしたままのナルトを突き飛ばして、サクラは瞬く間にリーのそばから離れていった。花の蜜のような香りをあとに残して。
 
 ほんの少しだけリーの元に舞い降りた、彼女は蝶のように軽やかに、また手の届かぬ蒼空へと飛びたちぬ。もう二度と、触れられないほど、遠く――。
 快晴の空の下、髪を靡かせるサクラの後ろ姿を眩しそうに見送って、リーは火照った首元に滲んだ汗をぬぐった。


樹木の蔭に於いて
これほどいとおしく優しく愛らしいものはなかった




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