夢の続き
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 またひとつ、掌から零れるほどの息差しが漏れ聴こえて、ネジは瞼を開けた。
 的にひとつ、手裏剣を投げ込んだままの光景は先ほどから寸分も変わってはいない。
 元来から自分に甘く、面倒事や努力を避ける嫌いがあるテンテンだが、割り方、鍛錬には意欲的に取り組む方だ。
 今も肩の丸まった立ち姿で、的に向かいつつ疲れた長息を吐く様子は、ネジが瞑想を中断するに至る理由となった。

「何だか今日は、身が入らないようだが」

 傍まで来てよくよく顔を見ると、テンテンの虚ろな眼の下には薄らと隈が引かれている。
 夜更かしでもしていたか? 単純に向けた問い掛けに、普段の溌剌な様子とは程遠い、力ない声が返される。

「ちょっとねぇ……最近、眠れなくって」

 言葉の間で、テンテンはまたひとつ掌で欠伸を受けた。













「悪夢?」

 ムニャムニャと寝言のように呟くテンテンの声を拾って、ネジは不可思議な顔様で聞き返す。
 テーブル代わりにした切り株の上で、そっと水筒の茶が置かれる配慮に、項垂れていたテンテンがやっと顔を上げた。

「そ……、フアァ……何かいっつもおんなじ夢でさぁ……」

 喋り終える前から盛大に息を吸い込み、テンテンは会話もそこそこに欠伸の息継ぎに忙しい。かと思えば、両手にコップを包んだまま、今度はうつらうつらと舟を漕ぎ出す姿にネジは言葉を忘れる。これでは端から鍛錬どころではなさそうだ。

「その様子では、普通に生活するにも支障が出るだろう。大丈夫か?」
「うん……そうね……」

 手元の茶を案じて伸ばしたネジの手に、気付いたテンテンは、ゆっくりと自力で器を持ち上げて一口含む。
 テンテン自身も認めているようで、ネジの言葉にけろりと言い返す勢いもなかった。ふう……と一息吐くと、これじゃあ任務もままならないわね……とどこまでも沈み込むように声がおちていく。酔い潰れたかの如く、飲み掛けの茶を片手に、テンテンは力なく切り株に凭れていく。

「……もしかして、ずっと寝ていないのか?」

 萎れたテンテンを包み込むような、優しい声がおとされた。テンテンは暫く口を閉ざしていた。ただ、いつもとは異なる輝きの失せた眼差しが、答えに惑っていて、やがて観念したように睫毛が伏せられた。

「……ちょっとね……いざ夜になるとさ……恐くなっちゃって」

 自身の肩を抱き寄せながら、らしくもなくか細く胸から絞り出すテンテンは、多分今、心底ネジの存在に救われている。
 その悪夢というものに、魘されて眠りが妨げられるのではなく、最近は夢を見ることに怖気て、意図的に眠ってさえいないのだという。
 テンテンは理屈をつけて言い訳を連ねることはあっても泣き言は口にしない。だから、仮令、子供に笑い飛ばされてしまうような理由であっても。きっとそんな彼女を全力で庇うのだろうネジは、十分に深刻な事情として受け止めている。事実、何日も寝ていないような危ういテンテンを、このまま帰す気持ちにはなれなかった。

「分かった。今日はオレの家に、泊まっていけ」
「うん……そうね」

 大胆に持ち出した提案にテンテンはあっさりと頷いた。
……少しして、え? と眠気の冷めたような顔を持ち上げるテンテンを、頼れる面持ちでネジは迎えた。

「今夜は、ちゃんと眠れるように。オレも協力する」


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