夢の続き
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「……ここって、何?」

 想像よりも、歴史と威厳の刻まれた古風な門を潜ると、テンテンは母屋の手前にある別の建物に案内されて、ぽかんと立ち尽くした。
 目の前に佇むのは、玄関も何もないがらんとした板張りの部屋だ。使われた形跡はあるが、忠実に綺麗にしているのか、磨かれた床がしっとりと艶を帯びている。壁には真っ新な胴着が、衣紋掛けに掛けられており、所謂ネジの“修行部屋”と言うべきところなのか。

「……オレの部屋だと、色々とあるだろう」

 履き物を脱ぎ、先に中に入ったネジがひっそりと告げる。別にこんな所で寝るのかと、不満があった訳ではないが、純粋にテンテンはどこか視線を逸らす様のネジに首を傾げた。

「……え、何かあるの?」
「問題があるだろう」
「ええ?」

 背中に投げるもかわされて、追い掛けるようにテンテンも入り口で履物を脱いで中に上がり込んだ。
 此処ならばテンテンと『修行』していたということが明確だ。母屋に招き入れるよりも自然で、周りから掛けられるあらゆる憶測を排除してくれる。一体誰に対しての予防線なのかが良く分からないが。分家出身者というのは日頃から、このように神経を使いながら暮らしているのだろうか。
 取り敢えず、座ってくれーー要らぬ気を回しているようなそうでもないようなネジを、一頻り観察していたテンテンは、思考を切り替えて何もない床にぺたりと座り込む。向かい側に腰を下ろしたネジの側には、幾つかの本が積んであり、その内の一冊をネジは手に取った。

「悪夢について、少し調べていたのだが……同じ夢を繰り返すと、言っていたな?」

 図書処で万年埃を被っていそうな、分厚い専門書の頁をネジは事も無げに捲っていく。知性的な指先に選ばれた傍らの本が、その密かな馳駆を物語っていた。
 急にネジの家に行くことを押し切られて、テンテンは混乱する頭で、諸々の準備を整えて向かったのだったが、この短い時間にネジは、独りで資料を集めて悪夢に対抗する手立てを探っていた。

「どんな夢か、具体的に教えてくれるか? 些細なことでもいい。いつも出てくるものとか、風景とか……何か印象に残っているものはあるか?」

 気付けば此方を窺う白眼に、テンテンは慌てて本から眼差しを上げた。ええと……と眉間を寄せて、ネジの知りたいことに応えるべく、いつも見る風景を思い起こしてみる。

「うーん……私がいるのは、どこだろう……この辺じゃ見たことない、知らない場所よ。で、何故か私は追っ手に追われていて……それから目が覚めるまで、そいつらから必死に逃げている、って感じなの」

 頭の中に情景は浮かぶのだが、いざ話そうとするとよく思い出せずにテンテンは首を捻る。目に見えない感情は蘇っても、多分ネジの求めるような情報ではない。

「そうか……」

 落胆とも取れぬ静かな声付きで返して、最後まで話に耳を傾けていたネジは、少し考え込む素振りをする。

「なら、今日はその追ってくる奴らに、反撃してみろ」
「え?」
「何をしても良い。オレが許す」

 ネジらしからぬ突飛な発言に、テンテンは大凡目が点になりつつある。ネジは至極真面目な顔様でふざけている様子はない。
 任務となればその遂行に徹するが、ネジは大体が普段仁義道徳な精神の持ち主だ。それは先程の、頑なにテンテンを自宅に上げなかった彼の行動で分かる訳だが。

「む、無茶言わないでよ。だって私、夢の中では、クナイも何も持っていないのよ。素手でやり合えっての?」

 アンタじゃないんだから……と呆れ息巻くテンテンは同班のネジの能力については熟々了知している。ネジやリーとは違って、その辺りの腕っ節については平凡だという自覚もまああった。
 それに相手というのも、得体が知れなくて何だか近付きたくない。夢の中とはいえ、大事な我が身に何かあったら助けてくれるのか。そんな困惑混じりに向けるテンテンの眼差しを、ネジは眉一つ動かさず大人の態度で往なした。助けに入る気はなさそうだ。

「無茶はしなくていい。とにかく、いつもと違う行動を取るんだ。それで夢の内容が変わる可能性がある。つまり……上手くいけば、その悪夢から抜け出せる」

 揺るぎない確信を纏ってテンテンを見据える白眼、その意図にやっとテンテンは気付いた。それこそがネジの見出した“悪夢の攻略方法”。
 つまりは、自分で、片を付ける。この手で――。
 今はあまりにか弱く無防備な手を、膝の上でそっと握り込んで、硬いテンテンの表情に影が差す。ネジは飽くまで、出来得る限りの助力は惜しまない姿勢でいるが、結局テンテンの見る夢にまでは手を出せない。たった独りきりで立ち向かえるその覚悟が、悪夢からここのところ逃げていたテンテンには中々抱けない。
 じっとりと緊張を握る手元を静かに見つめて、ネジは懐を探ると、見慣れぬものをテンテンへ差し出す。

「オレのチャクラ糸で繋がれている。一応、持っていろ……御守りだ。何かの役に、立つかもしれない」

 ネジの手が引いて、テンテンが持たされたのは、黒壇の珠を小さな輪状にしたものだった。
 掌に伝わる、僅かな重さと乾いた感触。繋がれた珠のところどころよりネジの微細なチャクラが感じ取れた。鈍い光を湛える、神秘的な風貌は何か特異な力を宿しているのか。
 如何なる任務に赴く時も、ネジがこのようなものを用意した例はない。忍具を何一つ持たない、弱腰のテンテンに宛がわれたそれは果たして。ネジの代わりに、その役目を全うするのだろうか。

「ねえ……これって、あれなの? ユウレイとか、関係ある? 私、大丈夫なの?」

 頼りなく下から見上げてくるようなテンテンに、無表情だったネジの目元が心なしか和らいでいく。
 どこか違う方向に心配の種を見つけたテンテンは、ネジの自信溢れる言葉に送り出された。

「テンテンなら大丈夫だ」















 暗くした室内で、ぼんやりと暖色のひかりが灯って、テンテンはくるまっていた布団からそっと顔を出す。

「ネジ……?」

 部屋の隅で、小型の紙灯を用意しているネジの背中が見える。微かな声に、手元から目を離したネジの、淡く照らされた横顔がテンテンを気遣う。

「……大丈夫だ。これで少し、眠り易くなる」

 普段通りの穏やかな声音が、テンテンの脳に心地良く満ちていって、やがて仄かな香の匂いに包まれる。時折ネジから香ってくるような憶えがある。
 鎮静作用があるのか、それは段々と波立ったテンテンの心身を落ち着かせるようだった。元より満足に睡眠の取れていなかったテンテンには、覿面で、そのうち思考が切れ切れになって、抗えないほどに瞼が重くなってきた。
 手首に嵌めた、黒壇の念珠が徐々にぼやけていくのを、最後まで視界に認めて……テンテンは程無くして意識を放した。



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