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TopMain36℃の愛じゃなくて
合戦に赴くような心持ちで覚悟を決めて、ドアを開ける。家の前には見慣れたロシーの車。これからだと言うのに、緊張で気分が滅入ってしまって仕方ない。でも一歩踏み出さなければ始まらないのだ。私はロシーの車のドアに手をかけて、助手席に乗り込んだ。

「おはよう、名前」
「おはよう」

初っ端からロシーの和やかな笑顔をくらって、ウッと言葉に詰まる。とにかく顔を合わせると照れるので、俯いたままシートベルトをつけて、バッグを膝の上に乗せる。

「名前と出かけるなんて久しぶりだな!」
「そうだね」

ロシーは嬉しそうにニコニコしながら、車を発進させた。ほんのりタバコの匂いとロシーの香水が混ざった香りがする車内に、確かにこの車の匂いに包まれるのは久しぶりだなと思う。

私が遊園地のチケットを持って決死の覚悟でロシーを誘ったとき、最初は驚いた顔をして「友達と行かなくていいのか?」と恐る恐るといったように私を見つめてきた。その反応にいけるかもしれないと勢いづいた私が「ど、ドフィにチケット貰ったし、せっかくだからロシーと行きたい!」と言い切ると、それは嬉しそうな顔をして承諾してくれたのだ。あの時全てをやりきった感に満ちていたが、本番は今日である。

ドフィが背中を押してくれて掴んだこの機会、私はどうにかロシーとの関係を一歩進めたい。だがその焦りが緊張となって心を重くしている。これから楽しい時間を作っていきたいというのに、こんな気持ちで楽しめるのだろうかと更にナーバスになるという悪循環。まだ着いてすらいないというのに、いや逆に着いていないからだろうか。気は重くなっていくばかりだった。

「名前?大丈夫か?」
「えっ、うん、大丈夫。ちょっと眠いだけだよ」
「昨日楽しみで寝れなかったのか?」

からかうようなロシーの言葉に頷くのも恥ずかしかったため、私は曖昧に笑って「違うよ」と答える。楽しみでというより、緊張で今日の会話の色んなシミュレーションをしてたら目が冴えて眠れなかったのが真実だ。

「着くまで寝てていいからな」
「大丈夫、起きてるよ」

車の中でさえロシーとの貴重な時間だ。寝るわけにはいかない。しばらくロシーと他愛もない話をしていると、段々と緊張もほぐれて和やかな雰囲気になってきた。それに伴って、ロシーの変わらない妹扱いにため息も出たが。

遊園地につく頃にはすっかり私の心はロシーとのデートへの緊張感ではなく、久しぶりの遊園地に浮き足立ち始めていた。遊園地の駐車場に車を止めて、ロシーとゲートへと向かう。ドフィが用意してくれたチケットでスムーズにゲートを潜って、周りの歓迎するような曲やカラフルな風景に、緊張はどこへやら私はわくわくでいっぱいになっていた。

「名前はどれから乗りたいんだ?」

ロシーがゲートを潜る時に貰った園内のマップを広げて、私に見せながら優しく訊いてくる。

「ん〜、私はどれからでもいいよ。近くのから行ってみる?」
「そうだな、じゃあそうしよう」

軽快な音楽が流れる園内を二人でゆったりと歩いていると、店頭に飾ってあったキャラクターもののカチューシャに目を取られる。

「…ちょっと見てもいい?」
「おう、もちろん」

ロシーは私の指さした方向を見て何に目線を奪われたのかすぐに分かったのか、笑って快諾してくれる。店の中に入っていくと、様々なキャラクターグッズに舞い上がってしまう。その中でもやはりキャラクターの身につける系のグッズを見つめていると、ロシーが「何かつけるか?」と私の顔を覗き込んでくる。

「うーん、どうしよう…」
「名前はかわいいし、きっと似合うぞ」

ロシーの言葉につい満更でもない態度が表に出てしまうが、それでもやっぱり素直に頷くのが恥ずかしかった私は、ロシーをちらりと見上げた。

「ロシーもつけてくれるならつける」
「えっ、おれか?いやァ、おれは…」
「似合うよ絶対!ね、つけよ?」
「えェ……いい歳したおれがつけてるって恥ずかしくねェか?」
「恥ずかしくない!みんなつけてるし!」

私が駄々こねていると敵わない思ったのか「じゃあ選んでくれるか?」と恥ずかしそうにロシーが言うので、心の中でガッツポーズをする。ロシーに似合うと思っていたものと自分でつけたかったものを手に取ると、ロシーが「選べたか?」と私の手の中のものを掬い取ってレジへと向かう。あっと思った時にはお会計を済まされて、私はおずおずとロシーの服の裾を引いた。

「お金…」
「ん?いいんだよ、久しぶりに名前と出かけられたしな。今日は気にするな」

有無を言わせない声音で優しく頭を撫でられては「…ありがとう、ロシー」と返さざるを得なかった。今までもドフィやロシーと出かけて私がお金を出したことなんて一度たりともなかったが、もう私も大人に近い年齢だ、それなりに気にする。このように当たり前のように払われると、やはりどこか妹ととして世話をされている感が拭えなくて、なんだか複雑な気持ちになった。

買ってもらったカチューシャを身につけると否応なしにテンションが上がって、キャラグッズを身につけながらいたたまれなさそうにしてるロシーも面白くて、心の靄はすぐに吹き飛んだ。そこからは色んなアトラクションを回ったり、軽食を食べたりして久しぶりの遊園地を完全に心から楽しんでいた。

「荷物、持つぞ」

食べ物やらグッズやらで両手が埋まった私にロシーが笑いながら手を差し出す。そのスマートさに何だか断ることができなくて、私はどぎまぎしなら荷物を差し出した。
ロシーは昔から私にとって年上の男の人だったが、こんなにも…大人の男性だっただろうか。どこかおっちょこちょいでドジっ子のロシーの印象が強くて、エスコートもしっかりできてしまう大人っぽさを見せつけられた私の胸中は暗雲が立ち込めた。これが私でない女性でも、きっとロシーは優しいから手を差し出すんだろうな、なんて考えれば視線は下へ下へと落ちて行った。

「そろそろ腹減ったな。どこかでお昼食べるか?」
「うん、そうだね」

時刻はもうお昼過ぎで、朝から来てもう既にかなりの時間遊んだのだと実感する。ロシーと一緒に地図を見つつ、近くにあった軽食屋に入ってお昼を注文する。お昼を過ぎてだいぶ経つ店の中は、人はいたもののごった返して混んではいなかった。

「飯食いながらちょっと休憩だな。名前は足痛くなったりしてねェか?大丈夫か?」
「大丈夫だよ、ちょっと疲れてはいるけど」
「じゃあゆっくり休んでから次行こう」

確かに足は疲れていたが、楽しさでそれもあまり苦ではない。ロシーと過ごす時間はやはり特別楽しいなと噛み締めていると、ロシーが疲れた体を解すように伸びをして「いや〜」と息をつく。

「久しぶりに来たけど、楽しいもんだな」
「ロシーは来たのどれくらいぶりなの?」
「どれくらいだろうな。でも、多分小さい頃家族と来た以来だと思うぞ」
「えっ」

思わず驚きの声をあげると、ロシーが不思議そうに首を傾げる。

「そんなに意外か?」
「うん…。てっきり……彼女とかと来てるかなって」
「か、彼女?」

動揺したらしいロシーは目をぱちぱちと瞬かせて、視線が忙しなく動く。私からそんな話を振られたのは初めてだから、戸惑っているのだろう。

「いや、おれはそんなドフィみたいにモテるわけでもねェからなあ…」
「……でも彼女いたことはあるんだよね」
「まァ、人並みにはな」

ロシーは曖昧に言葉を濁す。やはりいた時期はあったというのが事実のようで、分かってはいたもののショックだった。現実味を帯びたダメージは容赦なく私の胸をえぐる。ロシーは私がお年頃だからロシーのそういう女性関係にも興味を持ってると思ったらしく、自分の話からすり替えて私に話題を振った。

「名前は好きな人とかいないのか?」
「……いないよ」
「そうなのか?あ、いたとしてもおれに言うのは普通に恥ずかしいよな」

この瞬間想いを伝えて、その後も何事も無かったかのように遊び続けられる大層な自信なんて持ち合わせていない私は口を噤む。どんな想いで私が普段をロシーを見つめているかなんて、本当に分かっていないんだなと改めて思い知らされて少し泣きそうになってしまった。ロシーはそんな心情なんて露も知らず、私の反応が良くないことに慌てて「次はどこ行こうか?」と話題を逸らしていた。

ご飯を済ませた後、何とか気分を切り替えて全力で楽しもうと努力をしたが、ふと先程のことや、迫る帰り時間を思いだして、度々胸に重石が埋め込まれたかのように気分が悪くなった。だが、表に出してロシーに嫌な思いはさせたくなくて、何とか取り繕って笑顔を浮かべるように頑張った。

ふと見上げた空はすっかり日が落ちてきていて、帰らなければいけない気配を匂わせ始める。縋り付くように、最後の追い込みで色々なアトラクションを乗ったが、乗れば乗るほど迫る今日の終わりに切なさと焦りが積もった。

「そろそろ土産買うか。アトラクションはもう乗らなくて大丈夫か?」
「うん、平気。混む前にお土産買わないとね」

お土産屋さんは既に若干混み始めていたが、それでもピークに比べればマシな方で、ロシーと適当にお土産を選んでいく。ドフィにはキャラクターもののグッズを買っていっても、いらないと一蹴されそうだとロシーと二人で結論づけて、甘くないチョコを選んだ。

ふと、お土産を見て回っているうちに、ぬいぐるみのコーナーに置かれた大きいぬいぐるみをじっと見つめる。触ってみると思ったより手触りが良くて、私はそれを抱き上げてみた。

「ふわふわ…」

心地よい感触を楽しんでると、いつの間にか後ろにいたロシーが「気に入ったのか?」と声をかけてきて、びっくりしながら慌てて売り場へと戻す。

「いや、気に入ったというか、ちょっとかわいいなって…」
「そうかそうか、じゃあこれも買おうな!」
「えっ!い、いいってば!そんなに欲しいわけじゃないから!」

すっかり買う気でぬいぐるみを抱えてるロシーが私のストップも聞かずに会計へと行ってしまう。大きいぬいぐるみかわいいが、値段はかわいくない。私はロシーに高い買い物をさせてしまった罪悪感でいたたまれなくなった。だがロシーはそんなこと気にもしてないようで、純粋な笑顔で「かわいいなこれ!」と買ったぬいぐるみを抱えていた。

お土産を買い終えて、荷物がいっぱいになっているロシー。せめてぬいぐるみくらい私が持つといったが、いいからと押し切られて殆どの荷物をロシーが持っている。お土産屋を出ると、ちょうど帰宅ラッシュで沢山の人が溢れていた。

「土産も買ったし、そろそろ帰るか」
「そ、だね」

辺りも帰りを促すようなしんみりした曲が流れていて、否応なしに寂しくさせる。もう見慣れてしまったロシーの頭の上とのカチューシャともお別れの時間だ。
外に出るゲートへと向かって歩き出したが、人がごった返していて目の前のロシーを見失いそうになり、思わずロシーの服の裾を掴む。それに気づいたロシーが服の裾を掴んでいた私の手を解いて、ロシーの手で繋ぎ直される。唐突に私の手を包んだロシーの熱に、私は硬直した。

ロシーと手を繋ぐのは別に初めてではなかったが、それは小さい時の話だ。大きくなってからはそんな機会滅多になくて、久しぶりに包まれたロシーの手の温もりに訳もなく涙が滲んだ。それに相まって今日の終わりを告げるような周りの空気や、楽しかった気持ちが溢れて、更に目の奥が熱くなる。私は悟られないようにそっと目尻を拭って、遊園地のゲートをくぐった。

車に戻るといよいよ終わってしまったのだという実感が湧いてきて、同時にまだ何も伝えることが出来てない現状に焦りが滲む。

「いやー、今日は楽しかったな!」
「そう、だね。凄い楽しかった」

お土産をトランクに詰めて、車に乗り込んだロシーがゆっくり車を発進させる。今日の感想をぽつぽつと話しながら、やがて静かな道を走るようになって、車内に沈黙が落ちる。

「疲れただろ?寝てていいからな」
「…うん、」

この状態で起きてられる勇気がなかった私は瞳をつむる。確かに体は疲れていてすぐ寝れそうだったが、頭の中は今日の楽しかった思い出と、まだ伝えられていない想いをこれからどうしようという考えで頭がごちゃごちゃになって寝るどころではない。
だがこんなに楽しい時間を過ごせたのも今のポジションにいられるからなのであって、だったら関係を無理に進めようとしなくてもいいんじゃないか、といった思いも湧いてきて、私の思考は混沌を極めた。

どうしよう、どうしよう。ドフィがくれたチャンス、無駄にしてしまうのか。私はこのままずっとロシーの妹のままなのか。口を閉ざし続けたこの十何年は自分が思うよりも重くのしかかってきて、私の口は中々言葉を紡ごうとしない。ぐるぐると考えて寝れもしないでいるうちに、車はあっという間に家に着いてしまっていた。

「名前、着いたぞ」

私が寝てると思っていたであろうロシーの穏やかな声に、瞼を持ち上げる。ゆっくりと体を起こすと、こちらを見つめているロシーと目が合った。

「名前、今日は誘ってくれてありがとな。名前も随分大きくなったから、こうやって出かけることはもうねェと思ってたけど、今日一緒に出かけられて楽しかった」

その台詞は完全に妹の私に宛てられたもので、いとも簡単に私の想いをボロボロに打ち砕いた。告白を断られるよりも私の恋心を酷く否定されたような気がして、怒りとか悲しさとか色んな感情が渦巻いて、涙として私の視界を滲ませる。ロシーの顔は滲んだ視界ではよく見えなかったが、瞬きをしてはらりと涙を落とすと、ロシーが狼狽えたように私の名前を呼んだ。

なんて言い訳しよう、なんて考えも横切ったが、きっともうどうやったってこの場は収まりがつかない。私は昂った感情のまま半ばやけくそで身を乗り出す。困惑するロシーの瞳と涙に濡れた私の瞳が交錯して、私はそのままロシーの唇を掠めとった。
キスというには一瞬の事だったが、その感触に声を上げて泣きたい衝動に駆られる。喉はからからに乾いて言葉を紡ぐには痛みさえ感じたが、私は全て吐き出すように口を開く。

「ロシーは私のこと、妹みたいにしか思ってないだろうけど、私は好きだよ、ロシーのことが男の人として好きなんだよ…っ」

もはや私の中で留まり続けたその言葉は石のようだ。吐き出すと、堰を切ったように色んな感情がごちゃごちゃと私の中で暴れて、どうしようもなくなった私は車から飛び出して家に駆け込んだ。

靴もおざなりに脱いで、玄関で蹲る。声をあげて泣きたかったが、外にいるロシーに聞こえてしまうかもしれないと思い、声を殺して泣いた。ロシーの驚きに満ちた表情ばかりが瞼の裏にこびりついて離れない。
きっと前までのように接してもらうことも、なりたかった関係になれることも、もうない。もっとやりようがなかったのかと後悔でいっぱいだったが、だからといって他の道があったようには思えなかった。

私がその場で蹲ってしばらく泣いていると、外で聞こえていたロシーの車のエンジン音が止む。それにつられて私も涙が少し落ち着いて、外の音に耳を澄ませていると、ドンキホーテ家の玄関からドンガラガッシャーンといった派手な音が響く。
あまりの音にビクッと肩を震わせて固まっていると、それに続いてドフィの「うるせェぞロシー!!」という怒号が聞こえてきて、私の涙はすっかり引っ込んだ。

しばらくぽかんとしていたが、やがてじわじわと笑いがこみ上げてくる。私がキスをしたロシーが動揺しているのだと分かっただけで、何故か少し救われたような気がした。きっとこれで何事も無かったかのように大人の対応をされていたら、完全に失恋していたのだろうけれど、動揺してもらえただけまだ戦いようはあるのかもしれない。ふと、そんなポジティブな気持ちが湧いてくる。

うん、そうだ。ロシーの心だっていつか諦めて私に転んでくれるかもしれない。きっとまだ泣くには早い。私はとりあえず泣いて酷くなった顔を洗いに、洗面台へと向かった。

その夜はドンキホーテ家からロシーのドジが暴走したらしい音と、ドフィの怒号がひっきりなしに聞こえてきて、私の失恋の涙はすっかり出番を無くしたのだった。


36℃の愛じゃなくて (2/2)


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