名前がいつも通りに出仕をすると、出迎えたのは荀ケの悩まし気な顔だった。
「名前殿……郭嘉殿がどこにも居られないのです」
軍議場を見渡すと確かに郭嘉の姿がない。ついでに何か知ってる情報はないかという意味を込めて賈詡に視線を送れば、何も知らないようで肩を竦められる。この状況で名前が求められている働きは一つだった。
「……昼過ぎまでには連れ帰ります」
「助かります名前殿…!」
荀ケにそう感謝されてしまっては絶対に連れて帰るしかなくなってしまった。まあ、郭嘉がこのようにふらっと姿をくらませた時に捜索を任されるのはいつものことなので、名前はため息一つ着いてから気分を切り替えて城を出た。
もう郭嘉の捜索もお手の物といえるだろう。これだけ毎回毎回探していれば逃げ場所の目星も大体ついてくる。もちろん、郭嘉が本気を出せば名前を出し抜くことなど容易いのだろうが、郭嘉はこの鬼ごっこを毎度楽しんでいる節もある。だから決して名前が探し出せないような場所には行かないのだ。
四つ目の心当たりを覗いたところで、ようやく郭嘉の姿を発見する。ずかずかと歩み寄って、あえて声をかけずに仁王立ちをしていると、郭嘉が気づいて顔を上げた。
「おや、もう見つかってしまったようだね」
「仕事が佳境になると現実逃避して抜け出すのどうにかなりません?」
「息抜きもたまには必要だよ」
「たまに〜!?どこがたまになんですか!荀ケ殿の綺麗なお顔に苦労皺が刻まれてしまったらどうするんです!」
「それもまた魅力的かもしれないね」
「〜っああ言えばこう言うの禁止!禁止です!!」
名前は郭嘉の背中をど突いてから腕を引っ張ってずるずると店内を後にする。妓女たちが名残惜しそうに見送ってくる中、にこやかに手を振る郭嘉にもう一発お見舞いしてから名前は郭嘉を連れて城への帰路についた。
帰る道すがら、また他の店の妓女たちとすれ違い、彼女たちから色めきたった声が上がる。郭嘉が律儀にその声に応えてにこりと華やかな笑みを向けると、彼女たちは一層沸き立った。そしてついでのように名前にも物色するような視線を投げ、顔を見合わせる彼女たちの様子に名前の頬が引きつる。
「いらぬ誤解を招いた気がします…」
「そうかな?私としては嬉しい誤解だけれども…」
「私としては刺されそうなんでやめてほしい誤解ですね!!」
せめて周りに聞こえるように名前は大声で否定しておいた。
郭嘉を引き連れて軍議場に戻ると、荀ケに大層感謝された。
「ああ名前殿…!さすがです。本当にありがとうございます」
「いえいえ、これくらいでしか役に立てませんから」
名前が謙遜すると荀ケがご丁寧に「そんなこと…」と否定してくれたが、それより郭嘉を叱ることが優先だと思ったのか、次の瞬間には氷のような視線で郭嘉を射貫く。
「郭嘉殿」
すっ…と流れるように郭嘉が荀ケから視線を外す。こういう時にたまに見せる子供みたいな態度をする郭嘉がどうにも面白く、名前は人知れず小さな笑いを嚙み殺す。
「あなたに加え、名前殿の作業の時間も朝から奪った罪は重いですよ。夜までに取り返していただきますからね」
「ええと荀ケ殿…、手心を加えてもらえるとありがたいのだけれど……」
「そんなものあるとお思いですか」
荀ケの絶対的な雰囲気にさすがの郭嘉も逆らうことはできずに机に張り付けられる。荀ケの監視の中、しばらく席を立つことはできないだろう。名前も今から政務を手伝うべく席に着くと、荀攸が戻ってきた郭嘉を一瞥して感心したように名前を見やる。
「名前殿は毎度どうやって郭嘉殿を見つけてるんです」
「あの人の行くところは決まってますから、それを覚えてるだけですよ」
「荀攸殿、名前殿は簡単に言ってるがその行くところは無数にある上に、郭嘉殿の体調や気分、天気などから推測を立てて探すらしい。俺たちが真似できる芸当じゃないね」
「はあ…、さすがです」
飛んできた賈詡の補足に、荀攸は感心したように頷いた。
「郭嘉殿にしか役立たないこの能力ってそんな讃えられたものなんですかね」
「少なくとも荀ケ殿の胃痛軽減には役に立ってるから讃えられていいんじゃないかな」
ははっ、と満寵が笑う。確かにそう言われると王佐の才と呼ばれこの国には無くてはならない頭脳を持ち、ありとあらゆる面で引っ張りだこである荀ケの負担軽減に少しでもなれているのであれば、捨てたものではないのかもしれない。
「じゃあなんか逆に特別手当欲しいです」
「曹操殿に掛け合ってみたらどうだ?」
「え〜そうしようかな」
曹操は名前に甘い。曹操に蝶よ花よと甘やかされている名前に、遠慮という言葉はなかった。そんな名前を曹操が更に甘やかすものだからつけあがるのだが、今のところ止める人間は夏侯惇しかいない。
賈詡の冗談交じりの提案を真に受けた名前に、荀攸はどこか遠い目をした。
「俺…名前殿のそういう所、尊敬します。本当に」
「あれ!?なんか荀攸殿が軽蔑の視線を向けてくるんですけど!?」
「いえ…、そんなことないです。俺もある意味見習わなくてはと」
「あははあ!確かに。荀攸殿は酒が入ってない時ももう少し図太くあってもいいかもしれないね」
「え、俺って酒が入ると図太いんですか」
「というか賈詡さん今私のこと図太い扱いしたよね!?」
がやがやと言い合っていると、荀ケの冷ややかな声が響いた。
「手も動かして下さいね?」
「「はい…」」
今はこの政務の山を片付けてしまわないと荀ケの雷が落ちる。荀ケを怒らせると後が怖いことを皆よく知っているため、それからは黙々と業務に勤しんだ。
皆、業務の興が乗ってきてしまえば、消化する速度は凄まじいものであった。魏の英知が集まっているといっても過言ではない面々である。その有能さは皆が知るところであった。
名前は軍師ではなかったが、軍師補佐という役職を与えられてそれなりに経つ。魏の軍師たちと仕事をするために己がしなければいけない役回りはよく分かっていた。主だった仕事は軍師たちに任せ、それに伴う雑務を一手に引き受け、奔走する。それが名前の日常であった。
「去年の税収の記録ってこの辺りにありませんでしたか」
「ああ、それなら保管庫の方に行っちゃってるので取ってきます」
名前は荀ケの言葉を受け、ぱっと立ち上がり軍議場を小走りで出る。保管庫に赴いて税収の記録の他にも、この後必要になりそうな資料をまとめて腕の中に抱えて戻ると、部屋に入ってすぐ郭嘉が駆け寄ってきて名前の腕の中から竹簡を取り上げた。
「女性がこんなに重たい荷物を一人で持ってはいけないよ」
「だ…大丈夫ですよ、別に」
「ふふ、だめ」
掴みどころのないことばかり言う郭嘉に珍しく強い言葉で断じられて名前がたじろぐ。
「次は私も一緒に行こう」
「え、いや…」
「ね」
「……はい」
名前が郭嘉に押し負けているあまり見ない光景に賈詡が面白がっている気配がして、名前はすかさずキッと睨む。だがどこ吹く風と目線を逸らされてしまった。
その場にいるのが耐え切れなくなった名前は、そろそろ皆が煮詰まってくる時間帯でもあるためお茶を淹れに再度軍議場から飛び出した。
お茶を淹れて戻ると案の定、混沌が生まれつつあった。一旦休憩を淹れる意味でもお茶を各所に配っていると、荀攸が深刻そうに頭を抱えているので手元をのぞき込む。
「何度やっても計算が合いません……」
「私が見ましょうか?第三者の方がきっと不備は見つけやすいはずです」
「頼めますか……」
「はい。他のも見直しておきますね」
「助かります……」
荀攸から受け取った資料の見直しを進めていると、自身がやっていた作業がちょうど終わったらしい満寵が立ち上がる。
「これって終わり次第、急ぎ曹操殿のところにって話だったよね?」
「ちょ、ちょっと満寵殿!待ってください!!」
今にも曹操のところへ駆け出して行ってしまいそうな満寵を止めて、名前は懐から手拭いを取り出す。満寵の頬や手は墨に汚れ、胸元の留め具もいつものように掛け違えていた。そんな見た目で曹操の前に出ようものなら、多方面からお叱りが来る。
名前は自身の手拭いで満寵の頬と手を拭って、甲斐甲斐しく留め具も掛けなおして、満寵の身なりを整えた。
「はい、これで大丈夫です」
「ありがとう名前殿。では行ってくるよ!」
「廊下走らないでくださいね」
一連の流れを見ていた郭嘉は一つ頷いて「なるほど」と呟いた。
「何がなるほどなんだ郭嘉殿。忠告しておくが、あんたが満寵殿の真似をしても名前殿に蹴っ飛ばされて終わるぞ」
「ええそうです。だから馬鹿な真似はおやめくださいね郭嘉殿」
「賈詡も荀ケ殿もそんなに言わなくてもいいんじゃないかな」
そんな会話をしていることは露知らず、名前は自席に戻り手元の資料を見て「あ、」と漏らした。
「不備見つけましたよ荀攸殿。ここが間違ってます」
「!……感謝します名前殿。今度、俺の酒は名前殿に」
「酒はいらないです」
そんなこんなで皆の死闘は続き、なんとか定刻までに政務を一通り片付けることが出来たのであった。そして、こういった日は皆で酒宴を開くのがお決まりのため、一同はいつもの店へと足を運ぶこととなった。
***
「満寵殿…もう勘弁してください…」
「おや、次が一番の楽しいところなんだけど」
各々、酔いも深まってきたところで名前は先ほどから満寵に捕まっていた。特に興味もない罠の設計について延々と話され、名前は限界を迎える。
「そもそも、私に話してて楽しいですか?別に大した意見が言えるわけでもありませんし…」
「そんなことはないよ。いつも私にはない意見を聞かせてくれるじゃないか」
「素人が適当言ってるだけですよ。私は別に皆さんのように頭がいいわけではありませんから」
名前が机に突っ伏しながらうだうだと述べていると、満寵がふむ、と顎をさする。
「名前殿はいつも自分を卑下しすぎだね」
とは言われても名前にはいまいち響かず、鈍い反応が返る。満寵はそんな名前の顔を覗き込み目線を合わせた。突然、満寵の爽やかに整った顔立ちが目の前に来て驚いた名前が飛びのいていると、満寵がにこりと微笑む。
「名前殿はとても利発的な人だよ。そうでなければ日々、我々と一緒に仕事なんてできないだろう?」
「ええ……、いや、仕事とは言いますが、私なんていてもいなくても変わらないというか…」
「うーん…私はいつもなまえ殿がいて大助かりだけどなあ。荀ケ殿にも聞いてみたらいいと思うよ。荀ケ殿!」
荀攸の介抱をしていた荀ケが満寵の呼びかけに顔を上げる。そんなに話を大きくしてほしいわけではなかった名前が必死に満寵を止めようと腕にしがみつくが、その抵抗も虚しくあっけらかんとした満寵が「名前殿がね、」と話し始める。
「自分なんかいてもいなくても変わらないって言うんだ」
すると盃を呷っていた賈詡がにやにやと話に入ってくる。
「なんだなんだ、いつもの名前殿の卑屈か?生来の気性はわがまま娘なくせにどうして変なところで卑屈になるんだか」
「う、うるさーい!!私は客観視ができるだけです!!」
図星を突かれたような気分になって名前は声を荒げて反論する。
「大体、こんな天才に囲まれて図に乗る方が無理です!」
「分かります」
「荀攸殿は分からないでくれます!?」
もう大分深酒をしていて潰れていた荀攸から突如相槌を貰うものの、天才のうちの一人である荀攸に同意をもらったとて、だった。なぜここまで来て自覚がないのかも分からない。若干、その無自覚さに腹も立つ。
名前が潰れている荀攸を腹いせに突っついていると、当初話を振られていた荀ケが口を開いた。
「名前殿。いつも細やかに気遣って動いていただいて、本当に、本当に助かっているのですよ」
「は、はい…」
荀ケが名前の両手を取って、真正面から真摯に見つめる。
「それに、郭嘉殿のお目付け役をこなせるのは名前殿しかいません。名前殿が郭嘉殿の手綱を引いてくださるだけでどれほど私が助かっているのか、こと細かに話させていただいても?」
「ま、まっ…わ、分かりましたから!理解しました!」
「もう二度といてもいなくて変わらないなどとは?」
「言いません!!」
すっかり荀ケに言いくるめられた名前はしょんぼりと小さくなっていた。そんな様子をまた賈詡がけらけらと笑うものだから憎しみが募る。満寵はうんうんと満足そうに笑顔で頷いていて、それ以上反論する気力は名前にはなかった。
こうした宴の中でも、気が付くと郭嘉はふらっと消えていることが多い。その気配を辿って名前が郭嘉の姿を見つけると「おや、」と郭嘉が微笑んだ。
「名前殿も夜風にあたりたかったのかな?」
名前の顔は先ほどのてんやわんやでほんのり上気していた。郭嘉の指が名前の頬をかすめてそう言うものだから、さらに発火しそうになるのを堪えて「まあ、そうです」とぶっきらぼうに名前が答える。郭嘉の姿を探しに来た、と答えるのも癪だった。
「では一緒に月見酒といこうか」
郭嘉の隣に腰を下ろすと酒が注がれて、盃片手に一緒に月を見上げる。吹く風が少しつめたくて、空気が澄んでいて、月が明るい。どこからか風に運ばれてきた花のにおいもした気がした。
「いい夜だね」
郭嘉がうっとりと呟く。手元の盃に映り込んだ月を揺らす郭嘉は本当に機嫌がよさそうで、名前は意外な気持ちになる。
「楽しそうですね」
「うん、こうして皆と美酒を酌み交わせるのはとても楽しいことだ」
郭嘉がいまだ盛り上がり続けている賈詡達の方を見つめて、目を細める。宴好きの郭嘉はどの宴にいても楽しそうなことに変わりはないのはそうなのだが、それでもやはり名前の目から見て軍師たちと気兼ねなく酒を呑む郭嘉は心の底から楽しそうにしている。いつもより表情が柔らかいというか、素を見せる時が多いというか。郭嘉がそうしているのは、何故だか名前も気分が良かった。
「郭嘉殿が楽しそうでよかったです」
珍しく照れ隠しもなく素直に出た感想だったのだが、郭嘉は驚いたようで琥珀色の瞳を瞬かせている。色素の薄い睫毛が上下に揺れるたび、花でも舞いそうだとぼんやり眺めていると「どうして?」と郭嘉が首を傾げる。
「私が楽しいと、名前殿も嬉しいのかな?」
「うれしい……、まあそうなのかも」
この気分の良さは嬉しいと言い換えられても、違和感がなかった。
「荀ケ殿達と話していて楽しそうな郭嘉殿を見ていると、なんか、よかったなって」
「…それは、どういう?」
郭嘉の淡い声が、静かな夜に響く。
「郭嘉殿の全てを見通すほどの叡智は、もし状況が違えば郭嘉殿を孤独にしたと思いませんか?」
「……そうかもしれないね」
「だから、あなたと同じ目線に立って話ができる荀ケ殿と荀攸殿と満寵殿と賈詡さんがいてくれて、それで郭嘉殿が孤独を感じずに日々楽しく過ごせているのなら、とても運が良いことだと思いまして」
名前がつらつらと思ったことを述べている間、郭嘉は黙って聞いていた。
「あなたが一人にならなくてよかったなーって…」
全てを言い終わった後、じわじわと何だか恥ずかしいことを言った気がしてきた名前は気まずさを覚える。目線を郭嘉に戻すことができずに地面を見つめ続けていると、郭嘉の柔らかな笑い声が響いた。
「ふふ……愛の告白みたいだ」
「なっ…、はあ!?」
確かに多少恥ずかしいことを言ったような気はするが、そこまでではないだろう。という批判の意味を込めて声を上げるが、郭嘉にはまったく効いてないようで。目を細めた郭嘉にじっと見つめられた名前は、思わず視線を空へと泳がせる。
「でも一人抜けているね名前殿」
「はい…?」
郭嘉は性別の境も曖昧になるほど綺麗な見た目をしているのに、手はしっかりと男の人なのが名前は少々苦手だった。そんな郭嘉の節ばった指が、名前の目尻を撫でる。
「あなたに出会えたことが、きっと私の一番の幸運だよ」
それこそ愛の言葉を囁くように、ひとつひとつ丁寧に紡がれた言葉に名前は混乱した。甘い手つきも相まって本当に自分は告白でもされているかのような錯覚に陥り、そして慌てて理性を引き戻す。相手はあの郭嘉だ。これくらいの軽口、何てことないのだろう。名前はガタガタと音を立てながら立ち上がって郭嘉から物理的に距離を取る。
「そ、そんなことを言っても脱走を見逃したりはしませんからね!?」
「かまわないよ。私の伝えたかった本音だからね」
すると何故か郭嘉も立ち上がって名前を追い詰めるように近づいてくるものだから「わ、わ、」と言葉にならない鳴き声のようなものを発していると、かつんと郭嘉以外の足音がした。
「郭嘉殿……あまり名前殿を困らせてはいけませんよ」
荀ケに制された郭嘉は「おや」と動じずに笑みを浮かべる。助かったと言わんばかりに名前は荀ケの背中に逃げ込んだ。
「あまりにも名前殿がかわいいことを言うものだからつい、ね」
「そんなこと言ってない!!言ってないですから!!」
「分かりましたから名前殿、落ち着いてください」
やれやれと言いたげな荀ケに宥められ、名前は多少落ち着きを取り戻す。すると、荀ケがどこか厳しい目つきで郭嘉を見据えた。
「郭嘉殿、正式な手順を踏んでくださいね。でないと、殿もお許しにはならないでしょう」
「…………」
「無論、我々もですよ」
名前は荀ケが何のことを言っているのか分からなかったが、荀ケがそんな名前を見ても分かるように説明をしてはくれなかったので自分が聞くべき話ではないのかと適当に納得した。軍師たちと話していて内容が理解できないことなどよくあるため、いつものそれかと名前は結論付けてしまったのだ。
郭嘉は荀ケの言葉にしばらく沈思していたが、やがて諦めたかのように頷いた。
「分かっているよ、荀ケ殿」
「でしたらよろしいのです」
二人の会話が終わると、荀ケが名前に上着を掛ける。
「さあ、中に戻りましょう。夜風にあたりすぎるのもよくありません」
「は、はい」
荀ケに連れられて中に戻ろうとすると、郭嘉に手を引かれる。驚いて振り返れば、郭嘉がいつになく真剣な表情だった。
「名前殿は、待っていてくれるかな」
「?、何のはなし…」
何のことについて問われているのか全く分からなかったので聞き返そうとしたが、郭嘉が有無を言わせぬ気迫を纏っていたので名前は口をつぐむ。本当に何の話なのかはさっぱりだが、郭嘉が珍しく真剣に待ってほしいと言っているのだから待ってあげた方がよいのだろう。
「ま…待ちます」
「ありがとう。それなら、励むことにしよう」
にっこりと郭嘉が笑うので、望んだ答えを返せたようだ。よく分からなかったが、郭嘉が満足そうなので、名前は気にしないことにした。あの郭嘉が励むと言っているのだから何か凄いことなのだろう。荀ケが若干呆れた目で見ていたが、名前はそれに気づくこともなかった。
名前がこの時の会話の本当の意味を知るのは、随分後の話だ。
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