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TopMain叡智に寄り添う
※注意
・郭嘉と結ばれてないです
・郭嘉の死後の話
・空箱ネタあります
・本当に色々と注意
・どんな展開でも許せる方のみ閲覧してください


【荀ケ】

「荀ケ殿ってやっぱり凄いなあって」
「え?」

突然の名前からの賞賛に、荀ケは気の抜けた声が出た。

「主君が間違った道を進もうとした時に諌めてこそ忠臣、って言いますけど、まさに荀ケ殿のことですよね!」

何のことかと思えば先程の軍議で荀ケが曹操に意見したことを名前は言っているようだった。荀ケとしてはいつも通りのことをしたまでで特段褒められるようなものではなかったが、名前の言葉を素直に受け取る。

「分かってても私のような米粒みたいな肝をしてると、曹操様に何か意見なんて死んでも無理です」
「ふふ、おねだりは上手なのに不思議なものですね」
「荀ケ殿……あれが私の処世術だって分かってるくせに」

名前は普段から曹操に甘やかされ、のびのびとわがままを言っている。ように見えるが、実のところ名前は曹操に許される範囲をしっかり見極め、その一線は決して超えないように振る舞っている。根っこのところは他の将と同様に主と家臣であり、名前は曹操と楽しく会話をするために甘やかす爺とわがままな孫のような関係性を模していた。荀ケはその振る舞いこそ自分には到底できるものではないと、名前をある意味尊敬しているところもあるのだが、おそらく名前には伝わってはいないだろう。

「私、曹操様に進言する時の荀ケ殿のすっと伸びた背中が好きなんです」

名前は無邪気な笑顔を浮かべてそう言った。背中、など一度も気にしたことがなかった荀ケはそんな所を見られていたのかと、よく分からない羞恥がじわじわ押し寄せる。

「自分ではなんとも…」
「綺麗でかっこいいんですよ?」

純粋な眼をした名前に追い討ちをかけられた荀ケは、勘弁してくれと言わんばかりに顔を逸らした。

「も、もうよしてください……」
「……いけないことしてる気分になってきました」
「郭嘉殿に似てきましたね…」
「そう言われると萎えるのでやめてください」



そんな会話をしたのが遠い昔のように感じる。名前や他の軍師たちとも別れてどれくらい経ったのか。もう荀ケには分からなかった。ただ、今ふいにあの時の名前の言葉を思い出した。
あの瞬間はただ気恥ずかしいばかりだったが、どこか自身の信念を保ち続けるにあたって後押しをしてくれたようにも思う。名前から貰った言葉が今更きらきらと自分の胸のうちで輝くようで、荀ケは目を伏せた。
名前が好きだと言っていた荀ケの姿を、信念を、最後まで貫いた結果がこれだった。本当にこれが正しかったのかどうかも分からない。後悔をしていないと言ったら嘘になるような気はした。だが、時を戻すことが出来たとしても、きっと自分は同じ行動を取る。

荀ケは間違っていたのかもしれない。けれど、あの時の思い出が今はほんのひとさじの救いとなるようで。

「名前殿……ああ言っていただけて嬉しかったです。ありがとうございます」

今更名前に届くわけもなかったが、荀ケは心を込めた感謝を口にした。

そして、手にしていたものをひといきに飲み込んだ。


【荀攸】

「知ってます?巷では私と荀攸殿って恋人同士なんじゃないかって噂が」
「ぅえっほごほ!!!!」

あまりの衝撃に荀攸は激しくむせた。その原因を作った張本人である名前は「うわあ〜…大丈夫ですか?」とどこか他人事だ。一頻りむせて落ち着いたあと、第一声として正しい台詞を考えに考え抜いた結果、荀攸は口を開いた。

「何故…?」
「最近仕事の関係上、一緒にいることが多かったからじゃないですか?」

確かに荀攸が受け持っていた案件をしばらく名前に手伝ってもらっていたので、一緒にいる機会は思い返せば多かったかもしれない。だが、まさかそんなことで噂になるとは夢にも思わず、荀攸は開いた口が塞がらなかった。

「荀攸殿、時代が変わりつつあるんですよ多分」
「は…?」
「今の若い世代は知らないんです。あの人のこと」

そう、荀攸は何故自分と名前が、と思った。昔から名前との関係が噂される人物は決まっていたからだ。昔は、同じ城内で仕事をしていればあの二人の関係がまず目についた。そしてあの人がいなくなってからも、その時代を知る人々は名前と他の誰かが…なんてことは夢にも思わないのだ。
だが、名前の言葉に荀攸は納得した。昔の名前の姿を知らない者も今は多い。そんな中、城内で一緒にいる機会が増えればそういったこともあるのかもしれないと。

「それはそれとして迷惑ですよね。なんかすみません」
「いえ…、名前殿のせいではないでしょう」
「とりあえず賈詡さんに解決を頼んでおきました」
「……賈詡殿に頼んでどうにかなるんですか?」
「あの人城内の噂操るの得意ですよー。知らなかったんですか?」
「知りませんでした……」

そんな方面の暗躍も得意なのか、と荀攸が驚いていると、名前がにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。

「荀攸殿の愛しのあの子の耳には入らないように私が手を回しておいたので、心配しないでくださいね」

予想してなかった角度からの攻撃に、荀攸はまた手元が大幅に狂う。

「は…、なんで知っ……、まさか、酒の席で…!?」
「荀攸殿って仕事の情報は絶対漏らさないのに、恋のことになると口が軽くなるんですね」

瀕死状態まで追い詰められた荀攸は、数拍おいて逆に腹をくくった。

「もうこうなったらとことん相談に付き合ってもらいますよ名前殿」
「おっ、望むところです!賈詡さんも呼びましょう!」
「それは絶対やめてください」


【賈詡】

「曹操殿から後宮入りの話が出たって?」

名前は何てことないように顔を上げた。だから賈詡も気兼ねなく尋ねた。

「受けるのか?」
「うーん、もうちょっと引き延ばしてもらおうかなって。まだみんなと仕事してたいし」

後宮入りといっても曹操に嫁ぐ、といった話ではない。元々、名前は軍師たちの補佐をしながら後宮の管理もしばしば手伝っており、そちらに本腰を入れて後宮で仕事をしないかという曹操からの打診だった。名前の性格上、確かに後宮での仕事も向いていると賈詡は思う。それに曹操が名前にその話を持ち掛けたのは意図があった。
名前は曹操が拾ってきた人材である。そして今のところ誰にも嫁いでいない。このまま曹操が亡くなってしまうと後ろ盾がなくなるのだ。後宮に入って名前にそれなりの役職を与えてしまえば、とりあえずの身の保証はできるだろうという考えあってのことだった。
引き延ばすのはあまり曹操はいい顔はしないだろう。曹操としても、自分が根回しをできるうちに名前を後宮に入れてしまいたいという気持ちがあるからだ。
曹丕と名前の関係は希薄だ。もし急な代替わりでもあろうものなら、曹丕が名前を切る可能性は大いにある。曹操はそれを心配していた。

「……だめかなあ」

賈詡が考えていることを名前は察したようだった。先ほどまでいつも通りに見えたが、だんだんと気落ちしていくようで頭が垂れていく。

「いや……まあ、曹操殿も名前殿の気持ちはよく分かってると思うがね。ただ時間的制限があるのも事実だ」
「……みんなと離れるのはさびしい」

名前は珍しく何も取り繕わずに素直にぽつりと呟いた。

「それに、みんなと話さなくなって後宮にこもっちゃったらさ、郭嘉殿や荀ケ殿との記憶もあっという間に薄れちゃいそうで」

記憶は思い出話をしてこそ自分の記憶と強く紐づく。それをする相手も後宮だといなくなるのは確かだ。
二人が亡くなってからも、皆二人を忘れたくなかった。ので、なかったことにはしないようにしている。酒が入るともっぱら二人の話をすることが多かった。
名前が後宮に入れば賈詡たちと容易に会える間柄でなくなるのも事実だ。名前は考えるうちに悲しくなってきたのか、自分の膝を抱えて丸まってしまう。そんな様子を賈詡がじっと見ていると、膝の中で呟かれたくぐもった声が響いた。

「後宮でみんなを忘れて一人で死んでいくのは……こわいなあ」

それを聞いた瞬間、賈詡の腹が決まった。長らく切り出そうかどうか悩んで、しまいこんでいた案を実行することにした。

「うちに来るか、名前殿」
「……え?」

名前は顔を上げた。

「要は後ろ盾さえありゃあいい話だ。うちに来ればなんとかなるだろう」
「……いっ…たん色々聞きたいことあるけど、まず、夫人は…?」
「あいつが発案だ」
「ええええ」

名前は賈詡の妻とも仲が良かった。そしてこれについては賈詡が考案したのではない。名前の後ろ盾がない問題について賈詡が家で話したら「あなたが娶ってしまえばいいのに」と何でもないようにぺろっと言われたのだ。
その手があったかとは思いつつも、これについては名前の気持ちの問題もある。今まで同僚として友好的な関係を築いてきたというのに、果たして受け入れることができるのだろうかと悩み、賈詡は切り出すことができずにいた。
しかしそうも言ってられない事態だ。名前が後宮に入ることが嫌なのであればこうする他ないとも言える。賈詡の提案に名前はひとしきり目を回したあと、名前もそれが最善なのではないかという答えに至ったようだった。

「いいのかな…?」
「名前殿次第だ。まあ、うちに来るんだったらあいつは飛んで喜ぶだろうよ」

名前が決断しやすいように賈詡が促せば、名前はやがて目に涙をため込んで必死に頷いた。

「お願いします……」
「よし、承った」

名前はべそべそと泣きながら「賈詡さんはなんで…」とまだ不安そうな瞳で見上げてくる。

「名前殿を独りで死なせるのは、さすがに目覚めが悪い」
「賈詡さあん…」
「あと郭嘉殿に祟られるかもしれん」
「んふふ」

と言った後で名前を娶った方が祟られるのでは?と一瞬思ったが、まあしょうがないだろう。郭嘉も名前を一人にするよりかは、と納得してくれるはずだ。賈詡としても最良の結果に収まったことに安堵するのであった。
ちなみに、この報せを受けた荀攸は卒倒した。


【満寵】

「息災で何よりだよ、名前殿」
「満寵殿もね」

久しぶりに会った名前は昔より雰囲気が柔らかくなったような気がした。

「すみません、なんかおつかいみたいなことさせちゃって」
「私から言い出したんだ。久しぶりに名前殿に会いたかったからね」

満寵は司馬懿から預かっていた竹簡を取り出し名前に渡す。とはいっても差出人は司馬懿ではない。その妻である張春華からだ。春華と交流がある名前は頻繁にやり取りをしているようで、普段だったら司馬懿が部下に使いを出すところを満寵が名前に会いたいがために引き受けたのだった。

「私も会いたかったです。なんか満寵殿に会ってない間にあっという間に老け込んだ気がしますが」

名前は賈詡の子を三人産んでいた。子を産めばそれだけ体もすり減っていく。満寵は名前が老けたとはあまり思わなかったが、それでも疲労の色は見てとれた。

「最近はどうですか?仲達がうるさいっていうのは相変わらず聞いてますけど」
「はははっ!でも、名前殿がいなくなってからは司馬懿殿も言い合う相手がいなくなってなんだか物足りなさそうだよ」
「ええ?そうかなあ」

司馬懿と名前の言い合う姿はもはや名物と化していたため、周りの人間も火が消えてしまったかのような空気にどこか寂しげだ。満寵もその一人ではある。
名前と言い合う姿といえば、昔は郭嘉ともよく言い合っていたが、あれとはまた違う。名前と司馬懿の言い合いは児戯のような、お互いに遠慮なく吠え合うようなものであった。

「私もできることなら戻りたかったですけど、もうさすがに」

昔は子を産んでからもなるべく宮中に復帰するようにしていた名前だったが、三人目ともなるとさすがに歳もあり体力的な限界がある。名前が宮中に戻ってくることはもうないだろう。そう考えると、やはり満寵は特段寂しくなった。

「残念だよ。私は昔から名前殿の声が響いている軍議場が好きだったからね」

満寵の言葉に名前は「ええ〜?」と照れたような反応を見せた後、じわじわと黙ってしまう。そして次の瞬間には少し涙ぐんでいた。

「す、すみません、なんか子供産んでから涙もろくなっちゃって……」
「昔が懐かしくて恋しいのは私も一緒だよ、名前殿」

そう言いながら満寵が手拭いを差し出すと、名前はそれを受け取って目元を覆ってしまう。どうやら涙が止まらないらしい。

「満寵殿は人妻を泣かせる悪い男ですね……」
「ええ、それはまいったな」

満寵は名前が落ち着くのをゆったり待ってから、屋敷の中をぐるりと見渡して口を開いた。

「賈詡殿はずるいよ。自分は帰ったら名前殿に会えるから、一人だけ平気な顔をしているんだ」
「ずるい…ですかね…?」

主人だからそうなるのは当然では…?と名前が首をひねる。すっかり賈詡との関係に慣れ親しんだ様子に、満寵はなんだか笑えてくるのであった。

「あの時代、我が軍には天才と言われる軍師が何人もいたわけだけれど、誰一人として名前殿と賈詡殿がこうなるなんて当てられなかったね」
「……まあ、荀攸殿は最後まで信じられないって言ってましたね。子供の顔まで見たのに」

報告を聞いた時には卒倒し、その後も延々に「この気持ちを満寵殿としか共有できないのが許せないです。どうにかにして郭嘉殿と文若殿にも話したい」と言っていた荀攸。今頃、空の上で思いの丈を二人にぶつけているのかもしれない。
皆、結局名前は郭嘉とどうにかなるのだろうと思っていたため、賈詡は大穴すぎたのだ。勿論満寵とて予測していなかった。昔から、郭嘉と並ぶ名前をお似合いだとも思っていた。

「……郭嘉殿とは何故?」

時折、人の気持ちに鈍いと指摘されることもある満寵だが、さすがにこの事については今までずっと触れずに来ていた。今なら訊いてよいのではないかと口にすれば、名前は「うーん」と思ったより穏やかな声音で応えた。

「こうなったのはあの人の優しさでもあり、弱さでもあるんでしょう」

不思議と名前は先ほどと違い涙は見せなかった。

「置いていくのも、置いていかれるのも耐えられなかったって話です。私も郭嘉殿も臆病だったんですよ」

別にこれを聞いて満寵はどうするつもりでもなかったが、名前がすっきりとした顔を見せるので訊いてよかったとも思った。

「今度、賈詡さんとまた三人で吞みましょうよ」
「喜んで。そうとなったらいつでも駆けつけるよ」
「今や大活躍の満寵殿を呼びつけることができるなんて大層な身分ですね私って」

茶化すように言った名前に、満寵は迷いなく頷く。

「ああ、大事な同僚だからね。当然だよ」
「…………ぅう…今やそう言ってくれるのは満寵殿だけなんですからぁ…」

再度泣き出してしまった名前に、満寵はいささか困りながら笑った。

「また悪い男になってしまったようだね」
「ええ、極悪人です」


叡智に寄り添う 後日談


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