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勇気を出した行動の結果、まさかこのようなことになるとは思いもしなかった。

お守りを渡せたところまではよかったはずだ。桜木君も喜んでくれて、私も嬉しかった。それだけで充分だったのだ。決してその後家まで送ってもらおうだなんて一ミリも思っていなかったはずなのに、何故か帰路につく私の隣には桜木君がいた。
先ほどの「送ります」と言ってくれた桜木君の真っすぐな瞳を思い出して、また顔に熱が集まるのが分かる。厳しい冬の寒さすらものともしない私の顔の熱さを、早く冷ましてくれないものかと木枯らしにぼやいた。

「なんか、本当にごめんね…送ってもらっちゃって」
「いえ、これくらいどうってことないっすよ!むしろ名前さんこそ寒い中オレをずっと待っててくれて…」
「ううん、私が勝手に桜木君に渡したかっただけだから気にしないで」

むしろ待ち伏せみたいなことをして気色悪くないだろうか、と何度も考えたほどだ。桜木君はそんなこと思うはずがないと分かっていても、数え切れないほど帰ろうかどうしようか悩んで校門前をうろうろしていた私は完全に不審者だった。
確かに待っている間は寒くて死にそうだったが、お守りを見た瞬間の桜木君の嬉しそうな顔で疲労感なんてひっくり返ってどこかへ行ってしまった。私って、本当に桜木君のこと好きすぎじゃないだろうか。

「名前さんのお家はどのへんなんですか?」
「えーっと、もう少し先に行ったところに大きなスーパーがあるの分かる?あそこらへんの近くだよ」
「おお、そうなんですか!」
「桜木君、大丈夫?お家逆方向だったりしない?」
「全然ダイジョーブです!」

桜木君の回答は信頼性に欠けたが、防犯面の心配はいらない気がしてそれ以上言うのはやめた。
いつもは試合の後にしか話をしなかったものだから、いまいち何を話したらいいか分からず、脳内で話題を探してはこれじゃないと迷走を続けている。こんな予想もしてなかったシチュエーションで急に話せと言われても無理なものだ。いつもなら念入りにシミュレーションしてから話しかけているのだから。
不自然な沈黙が流れて、ますます気まずくなっていると、向かい側から走ってくる自転車に私がぶつからないようにと桜木君が前に出てくれる。

「あ…、ありがとう桜木君」
「え?何がっすか?」
「自転車当たらないようにしてくれたでしょ?」
「いえ!これくらいトーゼンですよ!」

胸を張る桜木君を見ながら、ぎゅっと胸が甘く締め付けられる。本当に桜木君は優しくて、格好よくって、非の打ち所がないんじゃないかとさえ思える。

初めて見たときはパワフルで常識破りで、常に一生懸命な桜木君のプレーに引き付けられて。オフコートの桜木君を目で追えば追うほど子供みたいに笑う顔やチームメイトとじゃれあっている姿に惹かれて。いつのまにか好きになっていた。こうやって話せるようになってからも、やっぱり桜木君は桜木君で、私の想いは溢れていくばかりだ。

「桜木君って優しいし格好いいから、モテそう」

私にとっては偽りのない本音だったが、何故か桜木君が飛び上がるほど驚いて私を見返した。

「も、モテる!?オレがですか!?」
「あれ、そんなことない?」
「そんなことないも何も…!」

勢いよく否定してくるのかと思えば、桜木君は唐突に口ごもり、至極言いたくなさそうに「……今まで50人の女子にフラれました…」と呟いた。桜木君がモテないことにも驚いたが、その数には思わず私も目を剥いた。

「ご、50人!?それはまた…すごい数だね……」
「ううっ…」
「うーん…でもどうしてだろう…。私だったら絶対断わらないのに…」

ついうっかりと漏れ出てしまった本音。目の前の桜木君がかちんと固まり、私もつられて固まった。失言だった。いくら私が桜木君のことが好きだということが周知の事実だとしても、先ほどの回答はどう考えてもミスチョイスだ。自分でも分かるくらい真っ赤に顔を染めて黙っていると、桜木君がぎこちない照れ笑いを浮かべる。

「イヤ〜…ハハハ、名前さんはお優しい…」
「……」
「……」

死にたくなるような沈黙が流れて、パニックになりながらも話題を逸らさなければと「そういえば!ふ、冬の選抜は!」と裏返りつつ声を張ると、桜木君も「ハ、ハイ!!」と意味もなく大きなリアクションをする。チームのコンディションや一回戦目の相手の話など振ってみたが、正直気まずさは全然拭えず、空気が鉛のようなまま私の家の前へと着いた。

一刻も早くこの空気を脱したかったものの、それは桜木君とさよならすることと同義ではない。むしろもう少し、桜木君の隣を歩いていたかった。別れの言葉を口にするのが惜しくて、無意識に口を噤んでいると、そわそわしていた桜木君が「あの!」と声を上げた。

「名前さん!」
「え!はい!」
「ぐ…っ、お、オレ……」

眉根を寄せてどこか苦しそうな顔をする桜木君になんだか心配になってくる。緊張で言えない、というよりは次に発する言葉をぐるぐると考え込んでいるように見えた。

「オレ!…名前さんが……」
「うん」
「……名前さんが、つ…作られたスバラシイお守りを持って試合ガンバリマス!」
「え?あ、うん。頑張って!」

ぐっと拳を握る桜木君に合わせて私も握り拳を作って応援したが、桜木君は晴れない表情のままだ。本当に言いたいことは言えてないように見えて声をかけようとしたが、桜木君は逃げるように踵を返す。

「それじゃ、あの、名前さんおやすみなさい!」
「あ、桜木く…」

お礼さえいう暇もなく走り去ってしまった桜木君を見送り、深い深いため息をついた。家の前でしゃがみこんで反省会を開くのは寒いうえに迷惑なので、いつも通り自室でしよう、と私は家の中へと引っ込んでいく。ベッドの中で大反省会は、嫌になるくらい捗った。

***

昨日の失言の数々に寝不足が輪をかけてテンションが低かったが、そんなことで休んでもいられずにいつも通りに登校する。桜木君と同じ学校だったら毎日学校へ行く足が軽いだろうに、なんて現実逃避をしながら重たい体と心を引きずって学校に向かった。

授業を受けていても、その日はどこかぽやぽやしていて、昨日の桜木君との会話ばかりが頭の中を占めた。桜木君の隣に並んで歩けた時間が、過ぎれば過ぎるほど焦がれるように嬉しくて、先ほどから顔が緩む。桜木君ともし、もし付き合えたら、あんな風に並んで歩いて一緒に遊びに行ったりできるんだろう。
付き合えたら、という妄想が詳しく展開されそうになったところで、慌ててストップをかけた。まさに捕らぬ狸の皮算用というものだ。桜木君、狸じゃないけど。虚しくなるだけなのでやめよう、と考えると、幸せだった脳内が一転し底冷えしていく。
そもそも、桜木君はあのマネージャーさんが好きなのだから、私に気持ちが向くはずもないのだ。

桜木君を目で追うようになってから、それはすぐに分かった。桜木君がプレーが上手く決まったときに笑顔を向ける相手はいつも決まった女の子だった。視線を辿れば簡単に分かってしまい、その先にいたかわいらしい女子に落胆とやっぱりという気持ち。好きな子くらい、いるよなあとやけに冷静に思えた。
他校で接点もなく、話したこともない私とは勝負にすらならない。それでも自分の気持ちを伝えないままあの時のように突如桜木君がコートへ上がることが無くなってしまったら、と思うと居ても立っても居られなくて、手紙を渡したのだ。

それから勇気を出して何度か話しかけると、桜木君は優しく応えてくれた。凄く自惚れると、多分友達くらいには思ってくれているはずだ。現状でもかなり背伸びをして掴んだ幸せなのに、これ以上高望みをしてはいけない。誰でもなく傷つきたくない自分のために、必死に言い聞かせた。

授業中なのにも関わらず全く関係のないことに思考を飛ばし続けていると、いつの間にか昼休みを迎えていた。馴染みのメンツがわらわらと席の周りに集まって、昼食を広げ始める。終わりの見えない女子トークの口火が切られたところで、早速といったように友達がこちらに身を乗り出してきた。

「昨日どうだったの!」
「え?」
「桜木君にお守り渡してきたんでしょ〜!」

桜木君事情はとっくの昔に皆に筒抜けなので、昨日お守りを渡しに行ったことも特段隠してはいなかった。訊かれるだろうとは思っていたが、案の定わくわくした様子で周りの友達全員が視線を向けてくるので、とてつもなく気まずい。

「う、受け取ってもらえたよ…」
「桜木君はなんて?」
「大事にしてくれるって」
「え〜!もぉ、良かったじゃん!絶対好感度上がったって!」

きゃいきゃいと騒ぐ皆にこれを言ったらもっと騒ぎ出すだろうと想像が容易にできたが、今まで相談に乗ってきてくれるメンツに話さないのも悪い気がしておずおずと口を開く。

「あと、その後家まで送ってもらった…んだよね」
「えっっ」

てっきりキャー的な声が上がると思ったのだが、皆驚きの声をあげた後、しばらく誰も言葉を発さなかった。水を打ったような沈黙に、逆に私が戸惑っていると一人が「いやもうそれは好きじゃん」と真顔でとんでも発言を落とす。

「や、ちがっ、好きとかそういうんじゃ…」
「脈ありじゃなきゃそういうのしないから。え、おめでとう」
「いやいやいや、だから前も言ったように桜木君は好きな子が…」
「だからそれいつの話!」

いくら皆から口々に言われようとも、どうしてもそんな風には思えなかった。皆は桜木君のあの子に向ける笑顔を知らないからそういうことが言えるのだ。どうあがいたって私は、そんな弱音を吐こうとしたとき、思いもよらぬ声がどこからともなく聞こえた。

「──名前さーーーーん!!」
「……へっ?」

くぐもっているものの、その声は聞き間違えるはずのない人物のもので。どこから聞こえたのかと冷静に考えた結果、私は教室の窓際へと急いで駆け寄る。慌てて外を見れば、いるはずのない桜木君の姿がそこにあった。
夢、幻、ドッキリ、そっくりさん。様々な可能性が瞬時に脳内を駆け巡ったが、グラウンドにいる人物は確かに桜木君で混乱に拍車がかかる。訳も分からないまま、私は桜木君の声がよく聞こえるように窓を開けた。

「名前さん!」
「桜木君!?ど、どうしたの!?」

今度は直に鼓膜を揺らした桜木君の声は、確かに本物だった。桜木君は私の顔を見ると、嬉しそうに手を振ってからもう一度よく声が通るようにと口の周りに手を当てる。

「名前さんに!伝えたいことがあるんです!!」
「…伝えたいこと……」

落ち着いてその内容を予想する心の余裕なんて持ち合わせているはずがない。ただ桜木君の元に向かなきゃという気持ちで占められた私は「い、今降りるから!」とだけ叫んで、窓を開けっ放しにしたまま教室を飛び出た。その時は正直友達、及び教室にいた人たちの呆けた顔は視界に入っていなかった。

人生史上、こんなにも廊下をダッシュしただろうかというスピードで廊下を駆け抜ける。廊下で雑談に花を咲かせている生徒たちが、全力疾走をする私を不思議そうに見てきたが、今はそんなこと構っていられなかった。階段の前で漫画さながらの急ブレーキをかけて駆け下りていく。
なぜ一段飛ばしで階段を降りる芸当を習得しておかなかったのか、むしろこのくらいの階段なら上から下まで一気にジャンプで降りられたらよかったのに、と自身の運動神経に文句を言いながら最後の二段だけジャンプで飛び降りる。
やっと昇降口までついたところで、私の脳内は靴に履き替えるステップを即座に切り捨て、上履きのままグラウンドへと出た。もつれそうになる足で、私は校庭に佇む目立つ赤色に駆け寄る。

「桜木君!」

桜木君の前で立ち止まると、急に猛ダッシュをしたせいか、これから何かが起きようとしてる緊張のせいか、膝が笑っていた。なんとか呼吸を落ち着けようと、乾いて張り付く気道を潤すために唾液を飲み込む。

「大丈夫ですか名前さん…!」
「だ、だいじょ、ぶ…。それよりっ、伝えたいことって…?」

私が見上げると、桜木君はぐっと一瞬言葉に詰まったが、やがて何かを決意しように私に向き直る。思わず私も背筋が伸びて、緊張しながら桜木君の言葉を待つ。桜木君は何度か口ごもったが、深呼吸をしてから居住まいを正したかと思うと目尻を赤くしながら私を見つめた。

「名前さん!」
「は、ハイ!」
「オレ、名前さんのことが好きです!」
「…………ぇ、」

何を言われているのか本当に理解ができなかった。言葉の意味は分かるのに、いつまで経ってもそれが飲み込めない。夢でもなく嘘でもなく、本当に私は今桜木君に告白されているのだろうか。

「う、うそ……」

桜木君の言葉を否定したいとかそんなつもりは毛頭なくて、ただ今している呼吸でさえ現実感があまりにもなくて、何だかこのあとすぐ醒めてしまう都合のいい夢を見ている心地になる。ガンガンと心臓が鳴り響いて、背中にじっとりと汗をかく感覚は、すごく私を焦らすような気持ちにさせた。

「嘘じゃないです」
「だって、だって桜木君は好きな子が……」
「好きな子?」

口に出すだけで私の醜い感情が溢れ出しそうで本当は口にしたくなかったが、言わないと話も進まないので、声を絞り出して蚊の鳴くような声で呟く。

「…マネージャーの……」
「は、ハルコさんですか!?名前さん知ってたんすか!?」

私が気づいていたことに桜木君はまったく気づいていなかったようで驚いてはいたものの、意外なことに桜木君はすぐ落ち着きを見せた。

「確かにオレはハルコさんが好きでしたけど、」

その一言だけで胸が抉られるように痛んで、息がしづらくなる。本人の口から聞くそれは威力倍増で、思ったより傷ついたらしい私の瞳には情けなくも涙の膜が張った。涙を落とさないように唇を噛み締めて俯くと、桜木君の大きな手が私の肩を掴む。驚いて顔を上げると、桜木君の真っ直ぐな瞳と視線が絡んだ。

「でも、今は!名前さんのことが好きです、オレは、名前さんのことが好きなんです!!」

桜木君のよく通る声がグラウンドに響く。先程の言葉はバカみたいに飲み込めなかったのに、今度の桜木君の言葉は自然と私の中に落ちた。そして波紋を広げるようにじわじわと私の中に染み渡り、熱を帯び、こみあがる感情。嬉しい、なんて一言で表せるようなものではなくて、積み重ねた恋心の分だけ色んなものが混ぜこぜになっていた。

「ほ…ほんとうに……?」

声を出すと同時に今まで堪えていた涙が決壊するように零れ出す。私の震える声が何よりも現実味を帯びていて、桜木君の返答を待つまでもなく私の瞳からはぼろぼろと涙が流れ落ちた。

「本当です」
「っ…ぅう……わ…わたしも……」
「……」
「私も、さくらぎくんが、好き、ずっとずっと好き…」

せぐりあげる泣き喚きたい大きな衝動に、思わず顔を覆ってしゃがみこむと、桜木君がおろおろしながら私の背をさすってくれる。桜木君に迷惑をかけてる自覚はあったが、嗚咽が胸のあたりで大渋滞して言葉が出ずに、不明瞭な呻き声をあげて蹲る。
すると、しばらくして目の前の桜木君の気配からも鼻をすする音が聞こえ、何も考えずに色々と垂れ流しの酷い状態で顔を上げる。そこには、何故か桜木君も涙目で鼻をすすっている姿があった。
驚きで吐き出そうとしていた嗚咽がすとんと体の中に落ちて、自分の感情よりも目の前の桜木君に意識が向く。

「な、なんで桜木君泣いて……」
「ウッ…すみませ……なんか、名前さんが泣いてたら、オレもつられて……」

ずび、と赤くした鼻を擦る桜木君。今の今まで力強い瞳で見つめてきて想いを伝えてくれた桜木君が、私につられて涙目になっているこの状況に、桜木君には悪いが私はつい吹き出してしまった。

「…ふ…っく、ふふ……桜木君泣かないで、」
「お、オレのセリフなんすけど!」
「あははっ、ごめん」
「……オレも…アレです、嬉し涙ってやつです」

まだ桜木君の瞳は水分を帯びて潤んでいたが、その奥には情の色が宿り、私を射抜く。改めて桜木君に想いを向けられている自覚がじわじわと私を炙って、耳先は火が灯ったかのようにぼっと熱を帯びた。お互い顔を突き合わせたまま固まっていると、空から私にとってはよく聞きなれた複数の声が降り注ぐ。

「ちょっと〜!!上手くいったのいってないのどっちなの〜!?」

二人して弾かれたように顔を上げれば、私が閉めるのを忘れた窓から友達らが顔を出して叫んでいた。また桜木君とお互いに顔を見合わせてから、私は腕を上げて大きく校舎に向けて丸を作る。
すると、友達だけではなく、他の窓からもこちらの様子を伺っていた生徒達から歓声の声が上がった。それどころじゃ無さすぎて全く気づいていなかったが、どうやら思ったよりも多くの人に注目されていたらしい。

「やっぱ、さすが桜木君だね…」
「?、何がっすか?」
「どこにいても注目浴びるなあって」
「いやぁ、天才ですから!」

ご機嫌に笑う桜木君を微笑ましく見つめてると、ふと高笑いを止めた桜木君が私に静かに笑いかける。

「でも目立つオレでよかったっす」
「ん?」
「目立つオレだから、名前さんが見つけてくれたんで!」

確かにあの大きな体育館で色んな選手達がひしめき合う中、桜木君という存在が桜木君でいてくれたからこそ、私は目を奪われたのだ。まさか、憧れにも近かった桜木君とこんな事になるとは、あの時は天地がひっくり返っても予想できなかっただろうが。

桜木君の大きな手が私の手に重なり、少しかさついた肌から伝わる温もり。不意に手紙を渡した時のことが思い出されて、死にそうになりながら手紙を渡したあの時の自分を、これ以上ないくらい褒め称えるのだった。

*捧げ物


一世一代の (2/2)


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