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「彼がリーガン家を継いでいくことになる、次期盟主だ。さ、名前。ご挨拶を」
「名前=フォン=コーンウォールと申します。よろしくお願いいたします」
「クロード=フォン=リーガンだ。よろしく」

随分と薄っぺらい笑顔だな、というのが第一印象。リーガン公の嫡男、ゴドフロア卿が不慮の事故で亡くなって以来、後継ぎ問題の件で度々話題に上がっていたことは知っていたが、本人と会うのはこれが初めてだった。

「次期盟主って、まだ正式に決まったわけじゃありませんよコーンウォール伯」
「私は君が適任だと思っている。協力も惜しまないよ」
「そりゃ心強いですね」

父が随分と肩入れしている様子に驚いたものだ。怖気づくことなく軽い口調で返す彼を見て、妙に納得した部分もあった。父がこれほどまでに気に入ってるということは、大層色々な面において優秀なのだろう。でなければ次期盟主ともなるリーガン家の後継者に選ばれるはずがない。
歳は、同じくらいだろうか。父と対等に話すその姿に、やけに自分との距離を感じてしまって少し嫌になった。

場違い感が否めない空気に、胸がつかえて気分が悪い。自室への戻りたさに視線を落としていると、父が折角だからと私と彼を一つの部屋へと押しやられる。どこの貴族のご子息とあっても大体こういう流れになるので分かってはいたが、あまりの話したくなさに部屋へ入る足の重たさといったらなかった。

だがそうも言っていられないのが世の常だ。席について傍仕えの者が運んできてくれた紅茶に口をつけながら、令嬢として心を切り替え、にっこりと微笑んで二周り高い声。

「正式に決まっては、いないんですね」

目の前にある菓子の話や社交界の話は彼にふさわしくない気がした。一番彼がつまらない顔をしなさそうな話題を選ぶと、案の定彼の反応は色良かった。彼はわざとらしく肩を竦めると、好戦的に口角を上げる。

「ご存知の通り俺はぽっと出の立場なんでね。反対する輩も多いみたいだぜ。まあ、当然だよな」

ぽっと出、と言われれば確かにそうだ。リーガン公の一人娘(父曰くじゃじゃ馬娘)が駆け落ちの挙句できた子が彼だ。駆け落ちしたその先で生まれた子である彼は、最近までその存在すら知られていなかった。私の家は代々リーガン家と関わりが深い家のため、私の父は彼の出生について深く知っているようだが。
少なくとも私は彼が駆け落ちた先で生まれた子、という程度の情報しか把握していない。恐らく他の同盟諸侯は私以上に彼のことを知らない人の方が多いだろう。
同盟諸侯を取りまとめるリーガン家の跡取りなのだから、同盟全体に関わってくる話である。そうなると、身元すら怪しい彼に反対する輩がいるのは当然だった。

だが、私にとってはどこか他人事で。彼が盟主になろうが、その他の誰かが盟主になろうが、さして興味はなかった。そういう気持ちを取り繕うのが殊更下手な私の口からは「大変ですね」なんて空虚な相槌が漏れる。さすがにもう少し他の返しがあっただろうか、と慌てて彼の顔を窺うと、彼は私の相槌に似つかわしくない伸び伸びとした声で答える。

「ま、乗り越え甲斐もあるってもんだ」

あまりにも私とはかけ離れた考えに思わず絶句した。
乗り越える、目の前の壁を?周りに敵視されながら、様々な要因が邪魔をする中、それらを乗り越えるというのか。なってからも面倒である盟主になるために。

諦める方が、早いのに、楽なのに。
そうまでして彼は、

「盟主に、なりたいんですか」

他所行きの声は、いつのまにか素に戻っていた。からからに乾いた喉から本音が零れる。言った後でしまった、と自身の軽率な口に嫌気がさした。私の不躾な質問に、丸くなった翠緑の瞳が物珍しげに瞬く。

「…面白いこと訊くなあ」
「す…みません。私だったらめんどくさがっちゃうなって…はは、」

雑談のノリになるように適当に笑って誤魔化すが、彼は態度を崩さない。空気は、うっすらと緊張の糸を持ったままだった。

「今までも乗り越えなきゃいけないもんばっかだったし慣れたっていうか、面倒と思ってる余裕が俺にはなくてね。…それに、」

薄っぺらい笑みがほんの一瞬、剥がれる。

彼の、顔が見えた。

「盟主になる方が近道なんだ。俺の野望には」

野望。彼はその内容は話さなかったが、何かとてつもなく規模の大きいものであることは言われずとも分かった。盟主になるのは近道であって到達点ではない時点で、それが窺える。

この短時間で距離が縮まったなんて欠片も思っていなかったが、更に突き放された感覚に陥る。きっと彼には、本当に目の前の私なんて見えていないのだろう。私には知りえない未来を、透き通る翠緑の瞳は捉えている。なんて、遠い。

彼と話していると恥ずかしくなった。ちっぽけな自分を思い知らされているようで。私には父にあれほど認められるほどの才覚も、何かを成し遂げようとする志もない。何もかもをそれなりにこなしてきた自分とは大違いだった。
今まで自身の生き方をどうこう思ったことなんてなかった。良くも悪くも、貴族の娘として無難に生きてきたことを恥じたことなどない。
それなのに、初対面の彼が私の心をこんなにかき乱すのは何故なのだろう。急に私が積み上げてきたものの頼りなさ突き付けられたようで、ひどく不安になる。

出会いたく、なかった。

「というわけで、今の俺には味方は一人でも多いほうがいいわけだ。ぜひとも、よろしくお願いしたいね」

さっきと打って変わって明るい声音。薄っぺらい笑みがいつのまにかまた彼の顔に貼り付けられていた。目の前に差し出された大きな手を一瞥して、私も混沌な胸の内を飲みこんで笑顔を向ける。

「こちらこそ、よろしく。次期盟主さん」
「おっと、父親に似てあんたも気が早いな」

できればこれ以上会いたくない、と思っているのは確かな事実。しかし、彼の瞳を見ているとちりちりと心の端が燃える感覚がした。これは焦燥だろうか。

何かが変わっていく、そんな予感がした。

これが彼、クロードとの出会い。


まばゆいひと 1話


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