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TopMainトワレに揺れる
派手な水柱が打ちあがり、一隻の海賊船が目の前で沈んだ。若い海兵たちがあんぐりと口を開けてその様子に釘付けになっていると、甲板にカツンと靴を打ち付ける音。いつの間にかそこに降り立っていた一人の女に、皆の視線が一気に集まった。

「お久しぶりです、ガープさん!目に入ったからアレ片付けちゃったんですけど、大丈夫でした?」
「ぶわっはっはっは!相変わらず若いモンらに手柄を残さんのう、お前は」
「手柄は早い者勝ちってガープさんに身をもって教えられたんですよ」

ガープにバシバシと肩を叩かれながら溌溂とした笑顔を浮かべるその人は、名前少将。ヘルメッポ達にも馴染み深い、というか。新人の頃からよくこちらのことを振り回してくる先輩であり上官の一人であった。

「私の方の仕事片付いたんで、しばらくまたガープさんとご一緒させてもらいます」
「そうかそうか!また後で稽古つけてやるわい」
「え〜!本当ですか〜!」

先ほどまでの年相応な女性らしい表情が崩れ、無邪気に喜ぶ名前。ガープに稽古をつけてやると言われて、あんなに喜々としていられるなんてまさしく変態だ。近くで聞いていたヘルメッポが顔を顰めていると振り返った名前と、ばちっと音がしそうなほどがっつり目が合った。
やばい、とは思ったが行動が遅かった。半ば突進してきた名前に為す術もなく、隣にいたコビーと一緒にその腕に捕まる。ふわりと、花の匂いが柔らかく掠めた。

「久しぶりだなコビメッポ!またデカくなったか!」
「お久しぶりです名前少将!」
「だーっ!離れてくれません!?」

わしゃわしゃと雑な手つきで頭を搔き乱されて、ろくな抵抗もできず為されるがまま。この細い腕のどこにこんな力があるというのか、と辟易するほど乱暴なかわいがり方も変わっていない。名前が満足された頃にようやく解放されたヘルメッポは、乱れた髪を直しながら名前に詰め寄った。

「もうおれもコビーもガキじゃないんでやめてくださいよ本当に!」
「確かに図体だけはデカくなったな」

そう言われて真っ向から反論できないのが悔しいところだった。あの頃から成長したとはいえ、名前にはまだまだ追いつかない。強くなりました、なんて私に勝ってから言えよと一蹴されるのが目に見えていた。ヘルメッポが言い返せずにいると、一歩前に出たコビーがピッと背筋を伸ばす。

「図体だけと言われないよう、僕たちも日々鍛錬を重ねています。名前さんがお手すきの時に、久しぶりにお手合わせしていただけますか?」
「相変わらず真面目だな〜…。ま、言われずともいっぱい相手してあげるつもりだから楽しみにしてて」
「ありがとうございます!」
「逃げるなよメッポ〜」
「逃げません!!」

挑発に対して反射で言い返してしまったが、本当のところはげんなりしている。ガープやボガードのしごきに並んで厳しい名前との手合わせを受ける日々に、久しぶりに戻るのかと思うとため息をつくことぐらいは許されたいものだ。ここで逃げては目の前の背中が更に遠のくことが痛いほど分かっているため、最初から逃げるつもりなんてものはないのだが。

「気が付けばコビーも大佐か、早いもんだな」
「これも皆さんのご指導のおかげです。これからも頑張ります!」
「追い越されないよう私も気張らなきゃじゃないか。そんなに頑張るなよ」
「えっ!えっと、」
「とっとと追い越せるよう、めちゃくちゃ頑張らせてもらいますんで」

よく口が回るこの人は部下をからかって遊ぶのが大好きだ。真面目に受けて持て余すコビーに代わり、ヘルメッポが大口を叩けば名前が軽やかに笑った。

「そうか、楽しみにしているぞメッポ」

こつん、と額を小突かれたかと思うと、颯爽と船内の中に消えていく名前。ヘルメッポの気持ちも、葛藤も、全て見透かしたかのような言葉の響きに立ち尽くす。余韻を味わえば味わうほどじれったい気分になり、ヘルメッポはそれを振り払うように髪をかき上げた。
あれでいて、やはり女性だからだろうか。人の機微には鋭いところが、ヘルメッポは昔から苦手だった。

「全然お変わりないね、名前さん」
「ああ、まったくだ。少しは変わっていてほしかったんだがな」

そう悪態をつけば、コビーが小さく笑う。純粋にヘルメッポの言葉に笑ったのとは違う気がして隣を見たが、特にこれといって変な顔はしていなかったため首を傾げる。そして何事のなかったかのように「稽古、楽しみですね」と言うものだから、思わず「そんなわけないだろ」と返してしまった。


トワレに揺れる 1話


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