花屋の花子さんA

「はぁぁぁあ、疲れた・・・」


午後4時。
ようやくお昼にありつけた私は、百貨店内の社員食堂の端の席で盛大な溜息を吐いた。

今日は遅番なので、順番制の休憩は私が一番最後。
とはいえこんなに遅くなったのは、突然降って湧いたような配送のご注文のせい。
明日は何かあるのかしら?
そう思慮してしまうほど、次から次へと配送のご依頼が入ったのだ。
明日の配達に間に合わせようと思えば、配送の締め切る夕方までに準備を済ませなくてはいけないので、必然的に休憩は遅くずれ込んだという訳。



遅くなったお昼ご飯にと、注文した醤油ラーメンをずるずるとすする。

社食とはいえもう閉店間際だったため、定食類は流石に売り切れてしまって、残っていたのは定番の麺類。
ラーメン屋さんで食べるような美味しいラーメンとは言い難いけど、このなんとも言えない家庭的な味と、だだっ広い社食に腰掛ける社員は僅か数える程、という開放的な贅沢を存分に味わった。


「はぁ、生き返る〜〜」

「豪快な食べっぷりだな。」


ラーメン丼を両手で持ち上げ、スープを最後の一滴まで飲み尽くした私の目の前に立ちはだかったのは、まさかの外商のエルヴィンさんで。


「!?!!!?、??」


こんな所で会うような人ではない筈なので、自分の目を疑った。


「相席いいかな?」


混乱している私を他所に、エルヴィンさんは私の斜め向かいの席へと腰を掛ける。
そして、手に持っていた紙コップのコーヒーをことりとテーブルの上に置いた。


「お、お疲れさまです!」

「あぁ、お疲れ。」

「まさか、エルヴィンさんが社食にいらっしゃるなんて思いもしなかったので、びっくりしました。」

「はは、よく言われるよ。
だが、この時間の社食は人が少ないからね、事務所より落ち着くんだ。
休憩がてら、よくここでコーヒーを飲むんだよ。」


そう言葉を交わすと、エルヴィンさんは持って来ていた紙コップのコーヒーを一口すすった。




大衆食堂さながらの安物のテーブルと椅子には似合わない、艶のあるきめ細やかな織りのスーツを身に纏うエルヴィンさんは、どこからどう見ても品があって。
チャコールグレーのスーツの袖口から覗く腕時計だって、体格の良いエルヴィンさんを引き立たせるように、さりげなくキラリとそのシルバーを光らせる。

それなのに、その腕時計を着けているゴツゴツした男らしい手の添えているものが、“紙コップのコーヒー”というアンバランスさに、なんだか目が離せずにいた。


「何か?」


じっと、エルヴィンさんの手元を見つめていたからか、疑問に思ったエルヴィンさんはそう首を傾げる。

うわ、やばい・・・
ちょっと視姦し過ぎた!!

そんな後悔とともに顔に熱がすぐさま集まって来たので、慌てて取り繕う。


「あ、いや!大きな、手だな、と思いまして、ですね・・・」


なに言ってるの、私!!
もっとほら、いい言い回しとかなかったのかよ・・・!!

そんな風に心の中で大きくつっこむ。


「そうか?まぁ、君の手よりは大きいがな。
手と言えば、花屋の手は職人の手だよな。
いつも尊敬しているよ。」


そんなことを言われ、思わず自分の手に視線を落とす。

バラの棘で付いた傷に、手荒れでカサカサした状態の指は、もはや20代の女の手とは到底思えない。
もはや、おばあちゃんの手みたいで。
咄嗟にひた隠ししてしまう。


「や、ひどく醜い手で・・・、恥ずかしいです!!」

「そうか?働き者の手だと思うがな。」


それだけ言うと、ふわりと緩く微笑んだエルヴィンさんは、再び紙コップのコーヒーを一口すすった。





「それにしても、遅い昼飯だな。」

「はい、今日は突然の注文が多くて。
おまけに今日私は遅番なので、休憩も最後になったものですから。」

「そうか。なら、終わりまでまだあと数時間はあるのか。」


遅いお昼ご飯を心配してくれたエルヴィンさんは、さっきからチラリと袖口から覗いていた腕時計で時間を確認する。

なんだか、そんな仕草さえ格好良くて。

ただでさえ憧れのエルヴィンさんと食堂の相席というラッキーな状況なのに、エルヴィンさんの一挙手一投足にときめかされてしまえば、私の心臓はもちそうにない。


「わ、私、そろそろ時間なので、お先に失礼しますね。」


そわそわと落ち着かない私は、このままこの場所で休憩を終えてしまえば、この後の仕事に差し支えがある気がしてならなかったので、お手洗いに寄って、苦いブラックの缶コーヒーでも飲んで、気持ちを引き締めよう!と、ラーメン丼の乗ったトレイを手に取り、席を立った。


「ああ、お疲れ。休憩の邪魔して悪かったね。」

「とんでもないです!
お声掛け、ありがとうございました!」


そう言い、頭を下げた。





「あ・・・、そう言えば。」


ふと、何かを思い出したようにエルヴィンさんが言葉を発したので、踵を返していた私はふと振り返る。


「来週、また頼みたい花があるんだ。
急な注文になると、君のお昼が遅くなりそうだからな、後で店に寄るよ。」


そう言ったエルヴィンさんは、控えめにふわりと微笑み、それはやっぱり殺人級の格好良さで。





ああ、ぼーっとしてて、仕事ミスして先輩に怒られないようにしないとな・・・

そんなことがチラリと頭を過りながら、遅番のお昼休憩はそうして幕を閉じた。





【花屋の花子さんA FIN】

花季 -hanagoyomi-