花束

「うーん、いいお天気!
今日も一日頑張るぞっ!」


わたし、ミーナ。花屋の娘。

両親は3年ほど前に事故で他界してしまったので、わたし一人でお店を切り盛りしている。

両親が遺してくれた、小さな小さな花屋。

本当に小さな花屋だし、儲けもほとんどないけれど、わたし一人食べていくには十分のお店。

大好きなお花に囲まれて毎日を過ごせること。

両親には本当に感謝しています。






「こんにちは。
今日もお花お願い出来るかな?」

「あ、こんにちは!
もちろんです。今日はどんな感じにしますか?」


ここ1年ほど、1〜2ヶ月に一度の頻度で、喪服を着た素敵な男性がお悔やみの花を買いに来る。

名前も知らないお客さん。

金色のサラサラした髪に、透き通ったブルーの瞳の彼。

とても穏やかな表情をしているけれど、その瞳はいつも悲しそう。





わたしはいつも、捧げるお方のエピソードを彼から聞きながら、精一杯その方のイメージの花束を作る。


「またどなたか、お亡くなりになられたのですか?」

「あぁ、今回は私の直属の部下でね。
後輩思いの優しい青年だった。」

「お若くして亡くなられたんですね・・・」

「そうだな。」

「どんなお方でしたか?」

「物腰の柔らかい、笑顔の似合う青年だったよ。
だけど、情熱も兼ね備えていてね。
男の私から見ても、魅力的な男性だったと思うよ。」


わたしは、白とブルーのお花を手に取り、そして凛と真っ直ぐに伸びる葉っぱで、柔らかい色合いの中に力強さを表現してみせた。


「そしたら、こんな花束はどうでしょう?」

「たいしたもんだな。
君は彼に会ったことがあるんじゃないかと思ってしまうよ。
それに、“情熱”と聞けば、素人的にはつい赤色を手に取ってしまいそうだが・・・」

「そうですね、お祝いなら赤でもいいかもしれません。
けど、お亡くなりになったご家族へ赤色は、時と場合によっては“血”を連想させてしまうので、避けた方がいいんですよ。」

「なるほど。
花屋という職業は、そんな配慮も必要なのか。」

「えへへ、両親の受け売りですけどね。」

「君の花にはいつも驚かされてばかりだ。」


そう言って、彼は優しい笑顔をわたしに向けて花束を受け取った。

いつも彼はそうやって私の花を受け取ってくれる。

ただの店員とお客さんとのやりとり。

だけど、いつもその笑顔を向けられるたび、わたしの心の中には温かい灯火がともるのを感じてるの。






「ところで、お兄さん?」

「なんだい?」

「あの、こんなに頻繁にお悔やみの花を買いに来られるなんて、どんなお仕事をされているのですか?」


わたしが質問すると、彼は気まずそうに目を逸らして苦笑いする。

前に、もっとさりげなく違う形で質問した時も、そうやって苦笑い。

今回はちょっと直接過ぎたかな・・・

本当に困った顔してる。

あぁ、わたしやっちゃったな。


「ご、ごめんなさい・・・
言いたくないことだったなら、今の質問は忘れてください。」

「そうだよな。
こんなに頻繁に悲しい花ばかり買いに来る客なんて、そうそういないか。」


目を逸らしたまま話す彼の瞳は、やはり悲しみを背負っているように見える。


「・・・すみません。」


その表情に、つい謝りの言葉が溢れてしまう。

ねぇ、綺麗なお顔なのに、そんな表情似合わないよ?

気付けば、ぼんやりと彼の顔を見つめていた。


「いや、またそのうち話すよ。」


すると、不意にそんな一言が出てくるからハッとする。

わたしったら、ほんと踏み込み過ぎちゃったな・・・


「いいえ、私のことはお気になさらないでください。」


わたしがそう言うと、彼は再び優しく微笑み、花束を抱え直してお代をわたしの手に握らせては言う。


「ありがとう。
また来るから、その時はよろしく頼むよ。」


やっぱり・・・
あなたには笑顔がお似合いだと思います。

何に辛い想いをしているのかは解らないけれど、せめてここに居る時くらいは、笑っていてくれたらいいな・・・
なんて、わたし密かに想っています。


「はい!お待ちしてますね。」


わたしに出来ることといえば、笑顔でお出迎えして、笑顔でお見送りすること。

ホント、またいつでも待っています。






彼が帰った後・・・

あの悲しい苦笑いを思い出して胸が痛くなる。

いつも気になって仕方がないけれど、あんな風に答えられると、それ以上踏み込めない。


人に言いたくない仕事なのかな・・・

部下が亡くなるなんて、きっと危険な仕事をしているんだろうな。

命をかけてまでやり遂げなきゃいけない仕事だなんて何なんだろう。

気になって気になって仕方がないけれど、余りしつこく聞きすぎて、あの喪服の彼に会えなくなるのは、もっと嫌だな・・・


そんなことを考えながら、わたしはぼんやりとその日の店番を続けていた。






ある日の夕方。

近くのレストランの飾り付けを頼まれていたわたしは、お店を早めに閉め、沢山のお花を抱えてそのレストランに仕事に来ていた。

明日は週末。

きっと沢山のお客さんで賑わうことだろう。

その豪華なレストランでは、赤を基調としたお花を沢山あしらって、大人の雰囲気たっぷりに装飾を施していた。


「よしっ!今日も完璧っ!」


出来上がった店内の飾りを見渡しては、満足気に一人頷く。

豪華な飾り付けの高級なお店には、仕事柄よく出入りする。

だけど、自分がお客として訪れたことはない。


“こんな素敵なレストランに、素敵な男性と食事に来れたりしたら、本当に幸せな気分になるんだろうなぁ・・・”


そう小さく溜め息を溢しては、帰る準備をする。


「さてと、お店に荷物を置きに戻ったら、今日は家に帰ってゆっくりしよっと。」






レストランの外に出ると、雨がしとしと降っていた。


「わぁ、やだ。
傘持ってくるの忘れちゃった。」


バケツやらハサミなどの小道具やら、荷物の多いわたしは、いつの間にか降り出していた雨にがっくりと肩を落としていた。

まぁお店までそんなに遠くないし、仕方ないから濡れて帰るか・・・

そう諦めていた時。


「やぁ、こんな所で仕事かい?」


聞き覚えのある声が聞こえてきた。

振り返るとあの喪服の彼。

でも今日は喪服じゃなくて、黒のパンツにラフなジャケットを羽織った私服姿のお兄さん。

いつものカッチリとした姿とは違う様子に、目を見張る。

閉じていないジャケットの前から覗く薄手のシャツの下は、鍛えられた身体の線がうっすらと見え隠れして、男らしさが際立って見える。

そんな姿についドキッとしてしまう。

やっぱり、素敵なひと・・・






「こんばんは!
今日はお仕事じゃないんですか?」

「あぁ、珍しく早めに仕事がひと段落着いたので、少し買い物をね。」


そう言うと、今買ったばかりだという万年筆を、ジャケットの内ポケットから取り出しては見せてくれた。


「わぁ、素敵な万年筆ですね!
お仕事で使うのですか?」

「君はそんなに私の仕事が気になるのか?」


そう言いながら、彼は肩を小さく震わせて笑っている。


「あ・・・いや・・・
そんなつもりじゃ・・・」


確かに会うたびにそれとなく聞いてる気がするけど、今のは純粋な疑問というかなんというか・・・
でも、そんな言い方されちゃうと、わたし、いつもあなたのこと探ってるみたいじゃない。





「君の言う通り、仕事で使う万年筆が使い物にならなくなってしまってね。」


わたしが困った顔をしていたからか、わたしの戸惑いを解いてくれるかのように簡単に説明してくれる。

いつもそう。

お店で私が花のことを話すのに夢中になってしまっている時、タイミング良く話を切り上げてくれたりもする。

だけど嫌味もなくて、わたしに何ひとつ気後れさせることはないの。

そんな絶妙なタイミングで会話してくれる彼は、きっと聡明な人なんだろうな。

接客業をしているといろんな人に会うけれど、そんな人、なかなか居ないものですよ。






「君はまだ仕事かい?」

「えぇ、今終わった所なんです。
ここのレストランの飾り付けに行ってました。
後は荷物を片付けに店まで戻るだけなんですけど、傘を忘れちゃって。
雨降るなんて思ってもなかったから。」


ペロリと舌を出しておどけてみせると、彼は提案してくれる。


「そしたら、店まで送るよ。」

「いやいやいやいや!
そんなの申し訳なさ過ぎます!
店に戻ったら家に帰るだけですし、濡れても平気なので。」


流石にそれは図々しい!と大きく手を振り後退りしながら断ってみるけど、そんな提案してくれるなんてちょっぴり嬉しいな、なんて考えるわたしは無意識に頬が緩んでしまう。


「そしたら、送ったお礼にその後食事に付き合ってくれるというのはどうかな?
私も一人で食事を摂る予定だったから、話し相手がいれば嬉しいんだが。」

「え?送ってもらう上に、そんな厚かましいお礼でいいんですか?」

「厚かましくなんかないよ。
私が誘っているのだから。」

「え、どうしよう・・・」


わ、本当にいいのかな・・・

まさかの提案に固まってしまうわたし。

そんな予定全くなかったから、思考が完全に止まってしまってる。





「迷惑だったかな?」


わたしの戸惑いを察知したかのように、顔を覗き込んで問い掛ける彼。


「い、いえ!
とんでもありません!!」


急に顔を覗き込まれて、恥ずかしいのと嬉しいのと困ったのと・・・

いろんな感情がひしめき合って、つい大きな声で返答してしまう。


「じゃあ決まりだな。」


わたしの叫びにそう笑いながら答えると、彼はどこか楽しそうに持っていた傘を広げて、わたしに入るように促す。


すみません・・・

そしたら少し、甘えさせて頂きますね。





ひとつの傘の中に、肩を並べて歩く。

背の高い彼は、濡れないように少しわたしの方に傘を傾け、歩調を合わせて歩いてくれる。

そんな紳士的な行動に、胸がドキドキと高鳴ってしまう。


「あ、あの、お兄さん?」

「なんだい?」

「お名前、伺ってもいいですか?」

「あぁ、そう言えばまだお互い名前を知らなかったね。」


横目でわたしの顔を確認しては、無邪気に笑う彼。

わたしより幾分か歳上だとは思うけど、大人の雰囲気の中に紛れる無邪気さはとっても魅力的で、わたしの胸はさらに高鳴ってしまう。


「私の名前はエルヴィンだ。君の名は?」

「エルヴィンさんですね。
私はミーナです。」

「ミーナか。
1年以上顔見知りなのに、今初めて名前を知るなんてな。」

「うふふ、店員とお客さんとなれば、そんなものですよ。
何年も顔見知りなのに名前の知らないお客さんなんて、沢山いますから。」

「そうか。」


名前を聞いただけなんだけど、ちょっぴり彼に近付けたような気がして嬉しくなる。

雨降りの外仕事。

いつもなら鬱陶しいだけの状況だけど、今日はこっそり神様にお礼を言わなきゃね。






程なくして、お店に到着。


「本当にありがとうございます。
助かりました。
少し荷物を片付けてきます。
あと、着替えたり準備してくるので、少し待っていて貰えますか?」

「あぁ、私のことは構わなくていいよ。
ここでお店の花を見ながらゆっくりと待たせてもらう。」

「すみません、すぐ戻るので。」


パタパタと急いで奥の小部屋に入る。

小道具を簡単に片付けていると、鏡に自分の姿が映っているのが目に入ったので、まじまじとその姿を覗いてみる。

汚れたエプロンに、百合の花粉が付いたシャツに、膝は潰れた葉っぱの汁が染み込んだ汚いボトムス。

作業着とはいえ、全身汚れた格好で紳士なエルヴィンさんの横を歩いていたのかと思うと、なんだか情けなくなる。

私服のワンピースに着替え、髪を結び直し、軽くお化粧直しをして、出掛ける準備をする。

とはいえ、まさか仕事の後に男性と食事に行くなんて考えてもいなかったから、本当に地味な普段着のラフなワンピース。

どうしよう、もう少し綺麗な服を着てきたら良かった・・・

だけど今更どうしようもないし、これ以上待たせてしまうのも申し訳ない。

わたしは意を決して店の奥の小部屋をあとにした。






「すみません、お待たせしてしまって。」

「いいや、普段ゆっくりと花を見る機会なんてないから、私は楽しく待たせてもらったよ。
逆に急がせてしまって悪かったね。」

「そ、そんなことは!」


わたしが慌てて答えると、余裕たっぷりの笑顔で応えてくれる。


「ところで、この花は何て言うんだい?
花びらが沢山付いてて存在感のある花だね。」

「それはダリアです。
私の大好きな花です。
赤にピンクにオレンジに・・・
いろんな色がありますよ。」

「そうなんだね。
私もこの存在感に惹かれてしまったよ。」

「お目が高いですね!
普通の人なら、たいてい薔薇とかガーベラに目が行くのに。」


お花のこととなると、なんだか自分のことのように嬉しくなる。

わたしの悪い癖。ついつい夢中になっちゃう。


「はは、ありがとう。
さぁ、どうしよう?何が食べたい?」

「どうしましょう?
わたしはお腹ぺこぺこなので、何でも大丈夫ですよ。
エルヴィンさんは何か食べたいものありますか?」

「そうだな・・・
さっき君が飾り付けをしていたレストランはどうだい?
君のお花も見てみたいし。」

「えっ!?それは、ちょっと・・・
わたし、あんな高級なお店に行けるような格好してませんし・・・」

「そんなことはないよ。
十分綺麗だよ。」


サラリとそんなことを言ってしまうエルヴィンさん。

きっと女性慣れしてるんだろうなぁなんてことも思いながらも、図らずも顔が火照ってきているのが、鏡を見なくてもわかってしまう。


「嫌ではないかい?」

「も、もちろん嫌ではないですが・・・」

「なら、そのレストランにしよう。」


そう言うと、エルヴィンさんはわたしの手を取り、先程のレストランへ足早と道のりを進めた。

握られた手が自分のものじゃないみたいに熱い。

これは、何の夢なんだろう?






ウエイトレスさんに案内されてレストランに入る。

いつも仕事で来るお店にお客で来るなんて、変な感じ。

しかも、素敵な男性がわたしをエスコートしてくれている。





軽くワインで乾杯して、美味しいお食事を食べて、会話はわたしの花屋のこと。

ここのお店の飾り付けのこととか

常連さんの面白い話とか

困ったお客さんの話とか

ほのぼのとした注文のエピソードとか

他愛もない話。

そんな話を、エルヴィンさんは軽く相槌をしながら、優しい笑顔で聞いてくれる。

なんだろう・・・

とっても心がホクホクする。

それでいて、なんだか胸がトキメクわたしがいる。





「本当に花屋の仕事が好きなんだな。」


さっきからずっと相槌を打っていたエルヴィンさんが、ふとわたしに問い掛ける。


「そう見えますか?」

「あぁ、さっきから仕事の話をする君は、笑顔が絶えないからね。
羨ましいくらいだよ。」


やだ、そんなこと考えながら聞いてたの?

また顔が火照ってくる。


「だけどね、花屋で働いているから、“お前に花はプレゼントしにくい”って、今までお花を貰ったことがないの。
誰よりもお花が好きなのに、お祝いの日でさえもお花を貰えないなんて、皮肉な話でしょ?」

「そんなものなのか?」


驚いた顔でエルヴィンさんは言う。


「そんなものみたい。」


でもね、今日はお花よりも、あなたとこうやってお食事していることの方が、何倍も何十倍も嬉しく思っているんだけどね。

そんなこと、決して言えないけれど・・・






食事を終え外に出ると、相変わらずのしとしと雨。

時間も少し遅い時間。

楽しくて、あっという間の時間だった。


「ついゆっくりしてしまったな。
雨もまだ止んでないし、送って行くよ。」

「近くなので大丈夫ですよ。」

「いいや、夜になると一気に治安も悪くなるしね。
それに私が送りたいんだ。いいかな?」

「えへへ、そんなこと言われたら断れないです。」


少しアルコールの入ったわたしは、嬉しさの感情を抑えることが出来ず、終始ニヤついていたかもしれない。

やだな、気持ち悪いじゃん。

そう思いながらも、ついつい顔が綻んでしまう。





二人並んで傘をさして歩いていたけど、家の前に着いたのでエルヴィンさんの前に向き合いお礼を言う。


「今日は、ありがとうございました。
とても楽しかったです。」


そうわたしが言うと、エルヴィンさんはニコリと微笑み、わたしの傘をそっと取り上げ、自分の傘の中へ一緒に入るよう誘導する。

突然、向き合って傘ひとつ分の距離に近付いたことにあたふた・・・

横並びにひとつの傘の中に入るのとじゃ、緊張感がまるで違う。


「あ、あの・・・、もう着きましたよ?
酔っ払ってますか?」

「はは。そういうことにしておいて貰おうかな。」


そう言うと、ぎゅっと抱き寄せられる。

ふわりとエルヴィンさんの優しい香りと暖かい体温がわたしを包む。

胸がきゅーっと締め付けられる。


「エ、エルヴィンさん・・・?」


しどろもどろになりながら、突然のエルヴィンさんの行動に身を任せてしまう。

とっても良い香りがする。

思わず目を瞑ってその香りを大きく吸ってしまうわたし。

心地いい・・・


「今日はありがとう。私も楽しかった。」


エルヴィンさんは、わたしの耳元で低い声でそう囁くと、少し距離を取り顔を覗いては、優しく微笑み触れるだけのキスをした。


「おやすみ。」


そして、そう一言溢して、わたしの頭を軽く撫で帰って行った。






エルヴィンさんの姿が見えなくなるまで、その後ろ姿を見送った後、家に帰ってさっき起こった出来事を思い出す。

両手で頬を触ってみると、今まで感じたことない位火照ってる。

どうしよう、胸が締め付けられる。

エルヴィンさんにキスされちゃった・・・





優しく微笑んでわたしの話を聞いてくれる彼。

そして抱き締められる体温。

耳元で響く低い声。

思い出すだけで顔が熱くなる。





どうしよう・・・

好きになっちゃったみたい。

お客さんなのに。





わたし彼のこと何も知らないのに・・・






「こんにちは。」


いつものように喪服を着て花を買いに来るエルヴィンさん。

あれから始めて顔を合わせる。

やだ、好きって自覚しちゃったら、緊張して震えちゃう。





ドキドキしながらも、意気揚々と話しかけようとした時、エルヴィンさんの背後の人影に青ざめる。

少し小太りの年配の貴族のお客さん。

慣れた様子でわたしに近付いて話しかける。





やだ・・・

なんでこんなタイミングで・・・





「今週末、シーナの○○へ仕事に来てくれ。
お礼はいつもの通りだよ。
宿は△△だ、頼むよ、ミーナ。」


耳元で甘い吐息交じりに囁く。





やだ・・・、やめて。

エルヴィンさんいるのに。





見ないで・・・






「あれは・・・貴族のロイス公か。」


去っていく貴族のおじさまの後ろ姿を見つめながら、エルヴィンさんが呟く。

その姿を見て、わたしの黒い部分を見られてしまった現実に、目を背けたくなる。

そう、ロイスさんはわたしの上客。

もう何年もお世話になっている。

いつも、抱えきれないほどのお花の注文をしてくれては、わたしの花を褒めてくれる。

それは、花屋の経営を支えるためだけど、その見返りとして、彼はわたし自身を求める・・・


「幻滅した・・・よね。」


もう、溜め息しか出ない。


「君が理由もなく身を売ることをするとは思えないんだが。」


振り返りわたしを見つめるその瞳はやっぱり透き通っていて、そんな綺麗な瞳で見つめられると、自分の置かれている状況が尚一層惨めなものに思えてくる。


「理由?そんなもの、簡単。
両親が他界して、私ひとりになっちゃった時、彼がこの店の上客になってくれたの。
その時に迫られて、今もそのまま・・・
でもその時のお陰で、今も花屋として仕事ができてる。」

「だが、もうそんなことしなくても、やっていけるんじゃ、」
「ごめんなさい、エルヴィンさん。
やなとこ見せちゃった。
これ、今日のお花。もう閉めるわね。」


とても向き合っていられない・・・

わたしは、手早く作ったごく普通のお悔やみの花束をエルヴィンさんに手渡すと、背中を押して帰るように促した。





これ以上、惨めな気持ちにさせないで・・・






「もうやだ・・・」


エルヴィンさんを早々に帰した後、涙が次から次へと溢れてくる。

きっと、わたしのことなんてもう見向きもしてくれない。

こんな汚れたわたし。

もうお花だって買いに来てくれないわ。

こないだ好きだって気付いたばかりなのに。





神様。

酷いよ。

少しくらい、夢を見させてくれたって良かったの
に・・・






それからしばらく経ったある日。

メガネをかけたお姉さんがお店にやってくる。

このお姉さんも、喪服を着てお悔やみの花を求めている。


「君がミーナかい?」

「はい、そうですが?」

「そっか、エルヴィンから、君の花は選ぶ花に相手を重ねてくれるから、いつもイメージ通りの花を作ってくれるって聞いてね。
私も注文してみようと思って。
お願いできるかい?」


お姉さんから不意に出た名前に驚く。


「エルヴィンさんのお知り合いですか!?」

「あぁ、そうだよ。
エルヴィンは私の上司。」





「わたしの花のこと・・・
そんな風に言ってくれてるんですか?」

「あぁ、凄く評判いいよ。」


そう言って、メガネのお姉さんは微笑んでくれる。


「嬉しいです。」


そんな仕草に、ついわたしの頬にも笑みが溢れる。

と同時に、ひとつの疑問が浮かび上がる。


「あの・・・失礼ですが、何のお仕事をされているのですか?
いつもお悔やみの花束ばかり注文されるから、気になって。」

「エルヴィンから聞いてない?」

「それとなく聞くんですけど、いつもはぐらかされて・・・」

「そっか、なら私からは言えないな。」


困ったように頭を掻くお姉さん。


「でも、もう来てくれないかもしれないから、関係ないですね・・・」


先日のことを思い出したわたしは、随分落ち込んだ顔をしていたのかな。

お姉さんは、わたしを励ますかのように言った。


「そんなことは絶対ないよ!
エルヴィン、いつも君のことを嬉しそうに話してるんだ。
あんな穏やかなエルヴィンなんて、そうそう見ないからね。
あ、私の名前はハンジ。
ミーナ、代わりにいい事を教えてあげよう。」


そう言うハンジさんは、意気揚々と続けた。





「来月・・・」






ある日、鐘の音が聞こえてくる。

この音は調査兵団が壁外に調査へ出る時の音。

わたしの働く花屋のある小さな商店街の近くを、人が多く通る。

きっと調査兵団の一行が通るのだろう。

普段興味なんてないんだけど、なんとなく今日は覗いてみる。

するとそこには驚くべき姿。

いつもの喪服の彼・・・
エルヴィンさんがそこに居る。

しかも集団の先頭を、先陣切って堂々とした姿で周りを率いている。


「エルヴィン団長〜!
巨人どもを蹴散らしてきてくれ〜!」


誰かが声援を送った。





あ・・・、エルヴィン団長・・・





何処かで聞いたことある名前だとは思っていたけど、エルヴィンさんって調査兵団の団長さんだったんだ。







ふと、先頭を馬に乗って歩くエルヴィンさんと目が合う。

一瞬驚いたように目を見開いていたが、目を逸らし少し伏目になると、また力強く前を見据える。


「壁外調査を開始する!前進せよ!」


エルヴィンさんの雄叫びが辺りに響き渡った。

聞いたことない勇ましい声。

見たことのない険しい表情。

そんな姿に身震いさえも沸き起こる。





エルヴィンさんは、調査兵団の団長さんってことを言いたくなかったのかな。

いや、気付かなかった私も、随分世の中のことに無知過ぎるんだけど・・・

でもこれで、お悔やみの花を頻繁に買いに来る訳がわかった。

きっと壁外調査の度に、亡くなった兵士の家族の元に花束をお捧げしてたんだ。

いつも悲しそうな顔をして花を買いに来るエルヴィンさん。

どんな想いでうちに通っていたんだろう。





「どうせ今回も散々な結果で帰ってくるんだろうぜ・・・」

「あぁ、俺たちの税金は、奴らによって巨人に喰わせてるようなもんだからな!」


ぼんやりと考え事をしていたら、街の人が好き勝手に言っている声が耳につく。

そんな配慮のない言葉に、ついカッとなってしまった。


「そんな!何も知らないくせに!」


仲間が死んで、何とも思わないわけないじゃない!

いつも、あんなに悲しそうな顔をしているのに・・・


「な、なんだ?この女!」

「ほっとけ、ほっとけ。
稀にいる、調査兵団のファンの奴だろ。
“勇敢でカッコいい”とかふざけたこと言いやがる奴もいるみたいだからな。
生活が苦しくなれば、そうも言ってられないってのによ。」


そう言うと、その人たちはわたしの前から姿を消した。

いつも調査兵団の世間の風当たりは冷たい。

エルヴィンさんは、どんな想いで調査兵団の団長を務めているんだろう。






エルヴィンさんの胸の内は解らない。

解らないけど・・・

きっと沢山の試練を乗り越えて、団長さんを務めているんだよね。





わたしもそろそろ決意しなきゃいけない。

流されてばかりいちゃいけない。

もうロイスさんのお世話になるのはやめなきゃ。

エルヴィンさん、ありがとう。

あなたの勇敢な姿を見たら、わたしも覚悟を決めることができそう。

次にあなたに会える日までに、わたし、頑張ってみるよ・・・






お店の片付けを始めていたある日の夕方。

そこへいつもの優しい声。


「もう店じまいかな?」


声の元へ振り返ると、調査兵団の兵服を身にまとった、エルヴィンさんが立っていた。

その背中には“自由の翼”を背負っている。


「エルヴィンさん!おかえりなさい!」


久しぶりに会えた嬉しさから、ついつい顔が綻んでしまう。


「黙っててすまなかったな。
私が調査兵団の団長だと知ると、身構えられるかと思って言い出せなかった。
失望したかい?」

「そんなことないです!
人類の未来を背負っててくださって、とても言葉には言い表せないですが、感謝の気持ちでいっぱいです。」


少し気まずそうに話すエルヴィンさんを見て、つい強い言葉で否定すると、彼は優しい笑顔を向けて答えてくれる。


「ありがとう。」


ありがとうは、わたしの方なんです。

あのね、エルヴィンさん・・・


「それに、エルヴィンさんの勇敢な姿を見て、わたしも逆境でも負けずに頑張らなきゃと思って・・・
ロイスさんのお仕事、今後お断りすることにしました。」


真っ直ぐな瞳を向けてわたしの話を聞いてくれたエルヴィンさんは、ただ一言小さな声で呟く。


「そうか。」


そして、どこか安堵に似た笑顔で微笑んでくれた。






「ところで、ハンジに言われてここに来たんだが、何か聞いているかい?」

「良かった、ハンジさん覚えててくださったんですね。」

「なんだい?」

「あの・・・
エルヴィンさん、今日お誕生日って聞いて。
いつもお悔やみのお花ばかりお捧げしてるだけだから、今日は私からお花をプレゼントしたくて。
ハンジさんに、エルヴィンさんに来て貰えるようにお願いしたんです。」

「これ・・・貰って頂けますか?」


それは白いダリアの花束。

わたしの大好きなお花。

優雅で気品溢れたこの大きなお花は、わたしの憧れ。

まだまだそんな女性には程遠いけど、あなたも好きだと仰ったこのお花のように、わたしもいつかなれるといいな・・・


「ダリアの花、この大きなお花に惹かれたって仰ってたから。
あと、白いダリアの花言葉は“感謝”の意味があるんです。
ささやかですが、今日はわたしから感謝の気持ちを伝えたくて。」


そう伝えたエルヴィンさんは、とても穏やかに答えてくれた。


「ありがとう。」





エルヴィンさんのその表情に、わたしも心なしか舞い上がる。


「あとね・・・
わたしのこだわりも聞いてくれますか?」

「あぁ、お願いするよ。」

「このフワフワのお花はね“スモークツリー”って言って、煙のようなお花だから、煙に巻くのが上手、賢明な人って意味があるの。
なんだか、エルヴィンさんにぴったりでしょ?」

「このブルーのお花は“ブルースター”って言って、エルヴィンさんの瞳みたいだし、だけどこのままじゃ可愛すぎる花束になっちゃうから、柳の枝で力強さを表現したつもり。
柳の枝はね、柔らかくてしなやかで、固いものより折れにくいから忍耐強くて・・・」


話すことに夢中になってしまって、つい早口で言葉にしてしまう。

そんなわたしの話を、エルヴィンさんは目を細めて聞いてくれていたけど、突然話を遮ってわたしを抱き寄せる。


「ありがとう。
こんなに心のこもったプレゼントは初めてだよ。」


突然抱き締められたのでびっくりして、早口で話してたさっきとはうってかわって、赤面しながら答えるのがやっとだった。


「良かった。喜んでもらえて。」






「まだ注文しても構わないか?」


ふと抱き寄せていたわたしと距離をとっては、エルヴィンさんは問い掛ける。


「はい、大丈夫ですよ?」


今から注文?

なんだろう・・・


「じゃあ、」


真剣な眼差しでわたしを見つめながら言った。


「ある女の子に感謝の花束を渡したいんだが、それを作って貰えるかな?」

「え?」

「彼女はこのダリアの花が好きなんだ。
仕事熱心で、一人気丈に振る舞っているけど、どこか危なっかしくて。
夢中になると、周りが見えなくなるところがあるんだが、笑うとあどけなくて、そんなところが可愛らしくて・・・
全部、君の好きな花で作ってくれたらいい。」

「・・・わかりました。」





エルヴィンさん、





その女の子って・・・






「あの・・・、出来ました。」


わたしが花を選ぶ様子から、それを組み込んでいく姿まで、じっくりと見つめていたエルヴィンさん。

ちょっと緊張しながら出来上がった花束をそっと差し出すと


「ありがとう。」


そう言って、サーモンピンクを基調とした、ダリアが沢山入ったまあるいブーケ風の花束を受け取る。

わたしの大好きな色と形。

グリーンも沢山あしらって、この上なく自分好みの花束。

そして、その花束を満面の笑みで受け取るや否や、わたしに向き合い力強い眼差しで見つめては言う。


「ミーナ、この花束を貰ってくれるかい?」

「・・・やっぱり、そうかなと思いました。」


だって『ダリアが好き』って話す女の子だなんて、そうそういないもの。

よっぽどの花好きか、花屋の娘でない限り。


「自分の花を作るのは、嫌だったか?」

「ううん、こんなドキドキ初めて。
嬉し過ぎて、どうしたらいいのかわからない。」


そう正直に答えると、エルヴィンさんはふふっとはにかむ。


「もう一度聞くよ。
この花束、貰ってくれるかな?」

「もちろんです。
ありがたく、いただきます。
生まれて初めて、自分へのお花を貰います。」


そっと差し出された花束を受け取って、わたしはその香りを堪能する。

生まれて初めて貰う花束は、恋の香りがした。

わたしの大好きを詰め込んだ花束。

こんな幸せな花束を貰ってもいいのかな・・・






「ねぇ、エルヴィンさん。
お礼してもいい?」


わたしは、貰った花束から一輪のダリアを取り出し、彼のジャケットの胸ポケットへそれを差し込んだ。

その意味なんて知られなくてもいい。

ただこの喜びを、彼に伝えたくて。

初めて貰った花。

しかも好きな人から。

それがわたしにとって、どんなに大きなことなのか・・・

ありがとう。

そして、大好きです。





不意に自分の胸ポケットに一輪の花を差し込まれた彼は、みるみるうちにその頬を赤らめていた。


「ミーナ・・・
俺が何も知らないと思ってのことだろう?」

「えっ?」


ハッとその言葉の意味を汲み取ると、頭のてっぺんから足の先まで熱が駆け巡るのを感じる。


「う、嘘・・・
エルヴィンさん、知ってた・・・?」


呆れたように、だけど少し嬉しそうにして、エルヴィンさんは言う。


「今日はそこまで言うつもりは無かったんだが、君がそのつもりなら、改めないといけないな・・・」

「や・・・、わたし、催促してるみたいっ。
ごめんなさい、今の忘れて!」


エルヴィンさんの胸元のダリアの花を取り返そうと手を伸ばしたが、彼はその手をぎゅっと握り返し、わたしを抱きとめる。


「ミーナ、好きだ。結婚しよう。
答えはこのダリアの花でいいかな?」


悪戯っぽくそう言うと、わたしの顔を覗き込んだ。






「ご、ごめんなさい。
わたし、そういうつもりじゃ・・・」

「そうか、なら俺のプロポーズは失敗か。」


わたしを抱き締めながら、わざとらしい溜め息を吐きながら呟くエルヴィンさん。

だけど、その腕の中は、とても優しくて温かくて・・・


「あ、やだ、そんな意味じゃなくて!」


エルヴィンさんの返答が本気でないとは解ってはいても、ついムキになって答えてしまうわたし。


「ならどんな意味だ?」


わたしの心の内を見透かしたかの様に、エルヴィンさんは余裕たっぷりの笑みを浮かべながら、再びわたしの顔を覗き込む。


「えっと・・・、その・・・」


あたふたするしか出来ないよ。


「俺の気持ちは本気だと捉えてくれて構わないよ。」

「・・・ほんと?
名前も最近知ったばかりなのに?」

「あぁ、名前は知らなかったが、1年前、君に初めて会った時から俺の一目惚れだから。
そして、話すうちに君の内面にも惹かれていた。
調査兵団の団長だと言えなかったのは、何も知らない君に身構えて欲しくなくて・・・」


先程の茶化したような態度から一転、エルヴィンさんは真剣な表情で話してくれる。


「わたしも・・・
あなたがお花を買いに来るのを、いつも心待ちにしていました。」


そんな真剣な態度をとられたら、わたしも素直になるしかないじゃん・・・


「あの・・・
不束者ですが、よろしくお願いします。」


顔が熱い。

エルヴィンさんの胸元のダリアをそっと触れてみる。

なんだかとっても恥ずかしいけど、この上ない幸せに顔が綻んでいた。


「あぁ、こちらこそよろしく。」


エルヴィンさんも、わたしの顔を覗き込んで優しく微笑んでくれた。





「しかし、まさか自分の誕生日にプロポーズをするとは思わなかったな。」


そう楽しそうにエルヴィンさんはわたしに言うと、頬を優しく撫で、優しく深い口付けを落としてくれた。






一年後。

たくさんのお花があしらわれた教会で、わたしとエルヴィンさんは小さな結婚式を挙げていた。

わたしの手にはダリアのブーケ。

そして、エルヴィンさんの胸元には、ダリアのブートニア。





どうして、花嫁さんはブーケを持っているのか知ってる?
 
昔、男性が愛する女性のもとへ行く途中、野に咲いた花を摘んで行き、それを女性に手渡し捧げたものが、ブーケの由来と言い伝えられているからなんだよ。

そして、女性がその中の一輪を抜いて、愛を受け入れた証として男性に返して胸に挿したものがブートニア。

いつか両親から聞いたエピソード。

まさかそのエピソードがわたしたちを結んでくれるなんて。

花屋の娘としては、この上ない幸せです。





今日は10月14日、あなたの誕生日。

いつまでもあなたに、この白いダリアの花を捧げ続けます。





【花束 FIN】

花季 -hanagoyomi-