5月 カモミール

地面を這うように生え

どんなに小さくても

何度も何度も踏まれても

それを糧に更なる成長を遂げるあなた。

逆境に耐えて咲くその姿はとても力強くて。



わたしもあなたのように、そうでありたい。





***



5月。日差しの少し強くなってきた気候の頃。

わたしはとある王都のセレモニー広場で花の装飾の仕事をしていた。

先月、ナイルさんに依頼された、王家一族の末娘様のご出産をお祝いするパーティー会場だ。

一人では到底仕上げられる広さの会場ではないので、わたしの他に何名かチームとして一緒に働くことのなった方々と仕事をしている。



スザンナさんは、わたしと歳も近く、話は弾み意気投合。

恋愛話もする。



リーダー格のエマさんは、わたしよりひと周りほど歳上の、しっかりしたお姉さん。

落ち着きの装った、物知りで、それでいてとても美人なひと。

わたしも、いつかこんな人になりたいな、なんて。



装飾に関しては、4月にナイルさんから依頼のあったすぐメンバーを集められ、エマさんの先導の元どんなデザインにするか会議が行われた。

時には、お花を飾るわたしたちだけでなく、その時に出される食事を用意する調理人たち、来客を誘導する憲兵団の人たちも一緒に話し合いをする。

週に2回・・・多ければ3回、シーナに召集を掛けられ、会議に出席する日々。

もちろんその度にわたしのお店はお休みを頂いて・・・

自分のお店はすっかり休みがちになっている。

だけど、わたしの店が所属する商店街ではめっきり話題のタネ。

凄く大きな仕事だし、知り合いの方々も応援してくださってて、臨時休業をしていることを知らないお客さんに丁寧に説明してくれるものだから、お客さんにお叱りを受けることもない。

むしろ応援してくれる人が大半で、閉店していることは気にせず、思いっきり仕事して来るといいよと言ってくれる。

そんな好意的な周囲の反応にとても有難く思いながら、今回の仕事に精を出していた。





実はあの日、ナイルさんがわたしに依頼を持ちかけてくれた1週間後。

わたしは悩みながらも王都での仕事を引き受けることにした。

滅多にないお話だし、きっと見たこともないくらい立派な装飾を施すだろうし、お花をこれでもかとふんだんに使われる会場を一度見てみたいと思ったから。

それに、それだけじゃない。

エルヴィンさんほどとは言えなくても、何か大きな仕事をやり遂げたいと思ったのも正直なところ。





不安なことがないわけじゃない。

王都といえば・・・

エルヴィンさんと出会うもっと前。

わたしは貴族のロイスさんに依頼され、彼の経営するレストランの装飾に仕事に行っていた。



というのは表面上の話。

花を生けた後は、お決まりのようにロイスさんはわたしを抱きに来る。

それがわたしに課せられた仕事だった。

両親が突然事故で他界し、まだ経営のノウハウもなかったわたしには、救世主のような人だった。

普通ではあり得ないほどのたくさんの予算で、その仕事は当時のお店の売り上げの半分以上を占めていた。

そしてそれとは別にお小遣いを与えられ、それらがないと今のわたしとお店はなかっただろう。

だから、それにはとても感謝している。



だけど・・・

わたしには男性と交わる経験がそれまでなくて。



だから、ロイスさんがわたしの初めてだった。

初めての日、それを知ったロイスさんはとても気を良くされ、それから定期的にわたしに仕事を依頼するようになった。

好きでもない人に身体を好きに触られ・・・

身の毛がよだつほど嫌悪感を抱き、とにかくその時間が早く過ぎ去ることをただひたすら祈り続けていた。

生理的に流れる涙は、ロイスさんの興奮を更に高めるものだったようで、痛いと訴えるも全く聞き入れてもらえず、その欲深いロイスさんの欲望をただひたすら受け入れ続けるしかなかった。



セックスは気持ちいいもの・・・

そんなこと、誰が言い出したのだろう。

とてもわたしには信じられることではなくて。

それ以来、わたしにはそれは只のまやかしにしか過ぎなかった。





エルヴィンさんと付き合うことになってからは。

憧れていた人とお付き合いができることになって、とてもわたしは舞い上がった。



花屋の店員としてではなくて、わたし自身を見てくれる彼の眼差し。

紳士的な振る舞いに

時々見せる悪戯なところ

いつだってわたしの心は踊り、彼を近くに感じる度、胸は締め付けられるほど幸せなトキメキを与えてくれる。



と同時に訪れる不安。

少しずつ近付く距離に、たじろぎそうになる。

手を繋ぐだけの関係じゃ済まされないことぐらい、子供じゃないんだから、わからないわけが無い。

いつか訪れる大人の関係は、わたしを億劫にさせる。

それでも

この人なら大丈夫・・・

何故かそんな確信に似た自信が最近のわたしを埋め尽くし、それなりの準備ができてきたように思える。



それは、エルヴィンさんのわたしへの気遣いがあってこそ。

彼は、誰よりもわたしのことを親身になってくれる。

だから、きっとこの不安なわたし自身も、優しく受け止めてくれるんじゃないかな・・・

そんな期待がわたしを埋め尽くす。





ナイルさんに仕事の依頼の返答をしなくてはいけない日は、まだエルヴィンさんは壁外調査から帰って来たその日だった。

今回の調査はエルヴィンさんも言っていた通り、とても大規模なものだったらしく、被害も想像もつかないほど甚大だったらしい。

王都での仕事の依頼を受けることにしたと伝えに調査兵団を訪れようと門の前まで行ってはみたものの、今まで見たことのないような異様な緊迫した雰囲気に、とても中へ入る勇気は出ず、エルヴィンさんには直接話すことは出来ず、帰ってから手紙で伝えることにした。

だから、あれからエルヴィンさんには会えていない。

多忙なエルヴィンさんになかなか会えないなんて、今に始まったことじゃないけれど、やっぱり少し寂しい。

そんなことを思いながら、わたしもまた、忙しい日常へ自ら足を踏み入れようとしていることに、小さな葛藤が生まれる。



今まで、仕事一筋で生きてきたし、それについて何も疑問に思うことはなかったけれど、果たしてそれでよいのかな、という不安にも苛まれる。

自分のしたいことを優先させること・・・

それが最善であるのかというと、はたまた疑問に思えてくる。





慌しく毎日が過ぎ、祝賀会当日。

とても忙しい1日が始まった。

朝早くから、打ち合わせ通りの花のセッティングを施し、手際よく会場を仕上げていく。

図面上での華やかな装飾が、みるみるうちに目の前に再現されていく。

見たこともないような豪華な装飾。

そんな夢のような華やかな仕事に、心は踊らないはずはない。





パーティーが始まってからは、とても賑わいを見せ、花の装飾も会場を盛り上げるひとつの役割をしっかりと果たしていた。

パーティーの最中、花屋のわたしたちは、ひっそりと控え室に通され、会場と同じ料理がもてなされた。

小さな打ち上げみたいなもの。

そして、パーティーが終わると、会場の片付けが待っている。

今までひとりでお店を切り盛りしてきたわたしにとって、仲間とともに過ごすこの時間は、とても楽しい。


「ねぇ、ミーナ!
あなた、今度の秋に結婚を予定しているんでしょ?」


エマさんが唐突にわたしに問い掛ける。


「う・・・うん。」

「式場の手配はもうしているの?」

「それが全く。相手の人も忙しい人だから、小さく教会で挙げる程度になりそうです。」

「えっ、花屋の娘なのに、憧れの結婚式がそんな質素でいいの?」


信じられない!といった様子で驚くエマさんを眺めながら、確かにそうだなぁとは思うけれど、最近会えていないエルヴィンさんと式のことを話す余裕なんてものは当然なく、それは仕方ないことなのかなと溜息が溢れる。


「そりゃ、お花に囲まれた結婚式って憧れるけど、でも・・・」

「なら、次のチームの仕事はミーナの結婚式だね。」


わたしの憂鬱な返答をよそに、エマさんは続ける。

そして、それを聞いていたスザンナさんもまた、賛同するかのように続ける。


「うんうん!花嫁さんは花を触る暇もないだろうから、私たちが綺麗にしてあげましょう!」


そんな勢いある二人の会話に、ぷっと笑みが溢れ、同時に嬉しさが込み上げた。





「ところで、お相手はどんな人なの?」


エマさんが問い掛ける。


「えっと・・・」


そっか、わたし、エマさんには話してなかったんだっけ。

きっとエルヴィンさんのことは知ってるよね?

どう伝えるのが良いのだろう・・・

そんなことを思いながらもじもじしていると、わたしの代わりにスザンナさんが答える。


「えっ、エマさん知らないんですか?」

「え、誰々?有名な人?」

「有名も何も、調査兵団のエルヴィン団長なんですよ!」


エマさんは声も出せない程驚くので、異様な沈黙が辺りを流れた。















「それは本当か?ミーナ。」


沈黙を破ったのは、背後から聞こえてきた聞き覚えのある少し年配の男性の声。

ゾクリと冷や汗が身体中を駆け巡る。

恐る恐る振り向くと、今一番顔を合わせたくない人物が、お酒を片手にその場に立っていた。





目の前でニヤリと不気味な笑いを浮かべるその人は、ロイスさんだった。

今日のパーティーに出席しているのか、燕尾服を身に纏っている。


「それである日突然私の仕事を断ったのか。」

「・・・」


身体が硬直して動かない。

なるほどな、と顎鬚を片手でさすりながら、何か考え込むようなロイスさんに、身体が震える感覚が駆け巡る。


「ミーナ、知り合い?」


わたしの異様な態度に気付いたのか、エマさんはわたしの前にはばかり、庇うように立ち振る舞う。

だけど、ロイスさんはそんなエマさんの行動には目もくれず、エマさん越しに小さくなっているわたしに続ける。


「エルヴィン団長といえば、調査兵団の資金集めのために、様々な卑劣な手も使っていると聞くが、君はそんなことも知っているのか?」

「え?」


ロイスさんの口から出てくるわたしの大好きな人の名前に、自然と強張る。


「まぁいい、そんなことは。
それより、君が今の様な立派な花屋としてやっていけてるのは、誰のおかげだということは忘れてはいないよね?」

「・・・はい。とてもよくしてもらい、感謝しています。」

「それなら、また今度、」
「ロイスさん!」


後に続くであろう今はとても受け入れられない言葉を察知し、思わず声を上げてロイスさんを遮る。


「良くしてもらったことは、本当に心から感謝しています。
だけど、もう、わたしも自立してお店を経営したいと思っています。
だから・・・もう甘えることはできません。」


ギロリと光る彼の目。

とても直視出来ず、目を逸らす。


「そういうことか・・・それなら、私も君の進む道を応援させてもらおう。」


溜息交じりのどこか怒りをも纏ったようなその声は、目を逸らして俯いたわたしを強張らせる。





「だが・・・」





何か付け加えようとしたロイスさんだったが、なかなか続きの言葉を発しないことを不思議に思い、恐る恐る顔を上げる。


「ロイスさん・・・?」

「いや、何でもない。せいぜい頑張るといい。」


そう溢すように呟くと、彼は持っていたアルコールをぐいっと飲み干し、横目でわたしを一瞬睨むと、パーティー会場へと戻って行った。

帰り際、不敵な笑みを浮かべるロイスさんに一抹の不安を覚えながら、わたしはただそんな彼を見送る以外に術はなかった。





「なに、あいつ。」
「感じわる〜い!!」


ロイスさんが去った後、エマさんとスザンナさんは苛立ちを露わに声を揃えて口走る。

だけど、わたしにとって無下には出来ない存在であることには変わりなくて。

思わず弁解の言葉が溢れた。


「でも、本当にお世話になった人なの。
あの人の援助がなければ、わたし花屋としてやっていけなかった。」

「え、なに?ミーナ。
あいつ、本当にパトロンだったの?」


エマさんは驚いた声色でわたしに問い掛ける。


「・・・その・・・、言い方、」

「あ、ごめん!でもそうなんだ、意外。
ミーナ、そんなことするタイプに見えないから。」

「・・・うん」


決して自分は清純派を装っているつもりはない。

だけど、やっぱりロイスさんとの関係は後ろめたくて。

そして、自分自身も思い出したくない過去であって。

折角できた仲間に、そんな事を知られてしまったことに、言いようもない悲しみと不安がわたしをいっぱいにする。


だけど、そんなわたしの気持ちとは裏腹に、エマさんはあっけらかんとした態度で続ける。


「なんだ、ミーナも普通の人間なんだ!」

「え、それ、どう言う意味ですか?」

「いやー、だって仕事一筋で、羽目外したりするタイプだとは思わなかったから。」

「いや・・・羽目、というか・・・」


そう言葉を交わすと、エマさんはニカっと笑って続ける。


「まあね。ダメだとは思っても、流れに逆らえないことって、生きてたらいくらでもあるからね。
でも、ミーナ。
ああいうタイプは気をつけた方がいいよ。
案外しつこいからさ。
何か困ったら、いつでも相談に乗るからね。」


そう言うと、わたしの頭をポンポンと撫でる。

思わず涙腺が刺激される。


「ありがとう。」


わたしの今にも泣きそうな顔を覗き込んだエマさんは、優しい笑顔で応えると、発破をかけるように手を叩いた。


「さてと、もうすぐパーティーも終わりそうだね。
最後の仕事、頑張りますか!」





白い花びら、そして黄色い花。

フルーティな甘い香りを漂わせるカモミール。

とても小さくて頼りなさそうだけど、その存在はとても力強くて。

踏まれても踏まれても

逆境に耐え忍びながら

その困難をもさらなる糧にしてしまうあなた。

そんなあなたのように力強く生きていけるかしら。

弱いわたしに、あなたのその力強さを

どうぞ

分け与えてください・・・





【5月 カモミール FIN】

花季 -hanagoyomi-