4月 アネモネ

ゆらゆらと揺らめく春の風の足音。

彩り豊かなあなただけど、光のないところではその身を閉じ、手に入れてしまえば途端に儚く散りゆく。

まるで夢の中のよう。

だけど、確かにあなたの足音は存在し、希望を乗せたその風は颯爽と目の前を駆け抜ける。

そんなあなたを、わたしはいつまでも想い続けることでしょう。





***



4月。新年度。新しいことが始まる季節。



お正月とはまた違った形で迎える、新しい年。

3月が別れの季節だとすれば、4月は新しい出会いの季節。

花屋で働いていると、こういった季節の流れと人の流れを直に感じることができる。



3月の花屋はとても忙しい。

卒業、転勤、退職・・・
ありがとうの気持ちを込めて贈る花束は、依頼される側のわたしも幸せな気持ちになる。

花を贈られる人はどんな人なんだろうかとか
贈る側の人はどんな気持ちなんだろうかとか
お互いの関係性ってどんな感じなんだろうかとか

与えられた情報だけで、そんなことを色々想像したりする。

だから、ひとつひとつの花束に心を込めて作りたいし、手を抜いたものは作りたくないから、必然的に3月は大忙し。



忙しい3月が終わり4月になると、次は歓迎の花が至る所で咲き乱れる。

色とりどりの花で埋め尽くされた花壇
集会での挨拶スピーチをする壇上
初顔合わせで集まる食事会のテーブルの上

どれも、その場を和ませる役割を担い、そんな役割の花をわたしが作り上げるのかと思うと、心が弾む。

となると、やっぱり4月も大忙し。

お花を生けるために、あっちに出向き、こっちに出向き・・・

3月と違って外仕事の多い4月は、ひとりで切り盛りするわたしの花屋の表には、いつも張り紙で対応。


『ただいま外出しています。
〇〇時頃に戻ります。
ご用のある方は、後ほどお越しくださいませ。店主』





先月、ハンジさんの提案で飲みに行った日から丁度1ヶ月が経った頃の今。

そんな一年の節目の忙しさから、エルヴィンさんとはあれからほとんど会うことが出来ていない。

調査兵団の玄関ホールに花を生けに行っても、エルヴィンさんは忙しくて留守ばかりだし、エルヴィンさんもまた時々仕事の合間にお店に立ち寄ってくれたりはするけれど、その都度わたしは接客中で、ゆっくりお話しすることもままならない。

それに、エルヴィンさんも決して暇というわけではないので、わたしの忙しい様子を見届けた後「また来るよ。頑張って」と一言残して帰っていくばかり。

そんなエルヴィンさんの後ろ姿を、わたしはただただ、見送ることしかできなくて。



本当は聞きたいことでいっぱい。

先月の飲み会では、途中から記憶がなくなってしまったわたし。

自分の家のベッドの上で、エルヴィンさんに「ミーナ、朝だよ。」と起こされたところまで、全く覚えてない。

酷い頭痛とカラカラに乾いた喉の感覚で、飲み過ぎたんだと言うことは理解できた。

だけど、朝から予定のぎっしり詰まっていたエルヴィンさんは、わたしとゆっくり話することもなく、どこか含み笑いを浮かべながら「次からは、飲み過ぎには気をつけようか。」と言われ、頭をポンポンと撫でたかと思うと、そのまま帰ってしまったのだ。



目を見張ったのはその後。

胸元のボタンが緩められてるのに気付き、ふとそちらへ視線を落とすと、沢山の紅く染められたアザが鮮やかに散らばっていた。

顔から火が噴き出しそうなほど火照ってしまう自分。

えっ?

えっ!?

ええっ、!?

これって、キスマーク・・・だよね?

初めて付けられたそれは妙に官能的で、そもそも何が起こったのか記憶のないわたしには、刺激的すぎて。

もしかしたら、もしかするのかも!

とか思って、自分の身体をそこら中確かめたものの、他には何も痕跡は残っておらず、ホッとしたような、だけどどこか残念なような、そんな感情が押し寄せた。

だから、あの日、何が起こったのかエルヴィンさんに確認したいのだけど、花屋の仕事が例年以上に忙しくて、今に至るまで聞くことが出来ずにいた。





とある日の夕方。

仕事もひと段落し、珍しく予約も何も入ってなかった今日は、疲れた体も相まって、久しぶりに早々に家に帰ってゆっくりしようと、閉店の準備をしていた。

最近は、休みも返上して引っ切り無しに働いている。

エルヴィンさんのことも頭を掠めるけど、とても会いに行く余裕もなくて。

自分の大好きな仕事。

やりがいもあるし、夢中になって取り組めるこの花屋の仕事は、わたしの天職だと思ってる。

なのに、今はそれが少し億劫で。



エルヴィンさん、どうしてるだろ。

今から会いに行ったら会えるのかな?

そんな事も思うけど、仕事の合間、花を生けに調査兵団を立ち寄った時に耳にする団長職の忙しさ。

きっと、わたしなんかより、遥かに忙しい。

それに、今は新しく入った新兵たちの手続きやら、新年度の会議やらで、内地のシーナに出張に行ってる事も多いんだとか。

突然会いに行ったところで居ないかもしれないし、居てもきっとお仕事の邪魔をするだけだろうな。

そんな事を思うと、大人しく家に帰るべきなんだろうと小さく溜息を吐き、外にディスプレイ代わりに並べてあった植え物をお店の中に仕舞う作業に専念した。





その時・・・





「やっと話せそうな雰囲気だな。」


穏やかで、とても落ち着きのあるわたしの大好きな声が、後ろからわたしを包む。

その声が誰かだなんて、確かめるまでもなくて。

あぁ、なんだか、泣きそ。

そう思いながら振り向くと、店の入り口にもたれかかるように腕組みをしたエルヴィンさんが、眉尻を下げてわたしを見つめていた。





「エルヴィンさんっ!!」


思わず駆け寄り、その胸の中に飛び込む。

勢いよく駆け寄ったにも関わらず、決して怯むこともなく、わたしを受け止めてくれるその逞しい身体は、すっぽりとわたしを包む。

そして、お決まりのように、その大きな手でわたしの頭を撫でる。

久しぶりに感じる体温はとても心地よい。


「エルヴィンさん、エルヴィンさんっ!会いたかった。」


胸の中でそう勢いよく伝えると


「私も会いたかったよ。」


そう言ってくれる。

ほんの半年前までは、月に一度会えたら良かった存在なのに、もう今は、ひと月この声を聞けないだけで、この体温を感じられないだけで、とても恋しくなる。

そして、不安な気持ちになる。





「もうやだ・・・、こんなに忙しいの。」


思わず口に出た言葉。

と同時に、自分で自分の言葉に驚く。

忙しいのが嫌だとか、今まで思った事もないのに。


「はは、君らしくないな。」

「うん、わたしも今言った後思った。」

「そうか。」


エルヴィンさんは、どこか含み笑いを纏った声でそう応える。

そこには、いつもの余裕たっぷりなエルヴィンさんがいて、なんだか少し悔しい気持ちも芽生えたりして、背中に回していた手で、ぎゅっとぎゅーっとわたしの精一杯の力で強く抱き締めた。





「そんなに強く抱き締められたら苦しいよ。」


知らない。

わたしなんて、抱き締められなくったって苦しいよ。

毎日こんなにも会いたくて堪らない。

想いが通じ合い、一緒になろうと約束したにも関わらず、あなたへの想いは日に日に強くなるばかりで。

忙しい自分たちが、心底恨めしくなる。


「ミーナ、どうした?」


なかなか手を緩めず顔を上げないわたしを不思議に思って、エルヴィンさんはわたしに問いかける。


「どうもしないよ。会えなかった分、まとめて栄養補給してるの。」

「そんなに恋しく思ってくれていたのか。」

「エルヴィンさんは違った?」

「いや、違わない。」


そう言うと、わたしなんかより遥かに力強く抱き締め返してくれる。

苦しいくらいの圧迫感が、わたしを心地よくする。





「ミーナ、それより、私に聞きたいことはなかったか?」

「え?」


抱き締める力を弱めると、わたしの顔を覗き込むエルヴィンさん。


「聞きたいこと?」

「あぁ。まぁ、あれから1ヶ月も経つからな。
こんなにも会えないとは思ってもなかったから、君の反応を見損ねたよ。」


そう言うと、わたしの胸元をトントンと叩く。

途端に、先月胸元に散らばっていたキスマークを思い出してしまい、焼けてしまうんじゃないかってくらいの熱が顔を覆う。


「いい反応だね。その顔を見たかった。」


悪戯な笑みを浮かべるエルヴィンさんは、そんなわたしの頬にキスをする。

火照りから、身体が硬直する。






頬にしていたキスは、そのまま滑るように首元へ流れ込む。


「ぅんっ・・・!」


思わぬ動きに、身体はピクリと反応してしまう。


「どうした?」


首元で意地悪にそう呟くけど、きっと本心から「どうした?」なんて思ってない。

絶対わたしの反応を見て楽しんでるっ!

なんだか、本当にいつもわたしばかりが翻弄されているような気がしてきて、ちょっぴり悔しい。

わたしだって、ちょっとくらい、エルヴィンさんを困らせてみたい。

そんなことを思い、目の前のエルヴィンさんの首元に、思いっきりちゅうっと吸い付いてみた。

この間の仕返しのつもりのそれは、上手くいかなくてほんのりピンクに色付くだけ。

それでも、なんだか気恥ずかしい優越感がわたしを駆け巡る。



目を丸くしてわたしの顔を覗き込むエルヴィンさん。

あ、驚いてる。

エルヴィンさんのそんな顔、初めて見たかも。

嬉しくて、再びエルヴィンさんの唇に自分からキスをした。





久し振りに感じるミーナの体温は心地よくて。

子供のようにギュッと抱き着き私の存在を確かめるその姿も、真っ赤になって照れるその表情も、私の心を掻き乱す極上のスパイス。

恐らく性感帯だと思われるところを軽く刺激すると、素直に反応を見せるミーナに、どうしても欲情してしまう。

耳たぶを軽くなぞり、首元にキスを滑らせると、小さく漏らした吐息に思わず悪戯な笑みが溢れる。

すると、何を思ったか、ミーナも私の首元に顔を埋め、必死になって吸い付いてくる。

チリッと小さな刺激が全身を網羅する。

驚きミーナの表情を読み取ると、満足した様子で、してやったりと私の顔を覗き込み、今度は軽く唇にキスを落としてくる。

その感覚に、焼けるような愛おしさが私を支配する。


「なんだ、そろそろ抱かれたくなったか?」


悪戯半分、本音半分。

自分の願望も含めたその問いは、みるみるうちにミーナの頬を染めていく。


「あ・・・えっ、と・・・」


相変わらず、ひとつ踏み込むとどうしようと狼狽える彼女。

もうそんな行動にも慣れた。

だが今日は、何か言いたげにソワソワするものだから、期待も込めて続きの言葉を催促した。


「どうした?」

「あの・・・エルヴィンさん、」

「ん?」

「次のお休みは、いつ?」


それだけ言うと、ミーナは私の胸元に顔を埋める。

ぞわぞわと背中が粟立つ。


「誘ってくれるのか?」

「や・・・その、あの・・・」

「そんな態度を取られると、期待してしまうんだが。」


胸が苦しい。

自分へ新たに心を開こうとしてくれてるミーナを想うと、とてつもない愛おしさが込み上げる。

頬を撫で、顔を上げさせると、ミーナは顔を真っ赤に染めながら、ひとつ大きく息を吸うと小声で応える。


「わたしを・・・抱いてくれますか?」





わたし・・・、今、何言ったかしら。

半分無意識のうちに発した言葉。

だけど、それは紛れもなく本音で。



最近、エルヴィンさんの体温を感じたくて仕方ない。

会えない時間がそうさせるのか

先月の胸元の紅い花の続きを期待してしまっているのか

それは自分でもよくわからない。



だけど・・・



今日、エルヴィンさんを目の前にして、素直にそう思ったの。

はしたないって思う?

でも、本当に、心からあなたと分かり合いたい、そう思ったの。










「まいったな・・・」


ほんの少し困った表情のエルヴィンさんは、わたしの頭をくしゃくしゃと搔き撫でる。


「そんなことを言われると、今日帰れなくなる。」


そう言うと、エルヴィンさんはわたしを力強く抱き締めた。





「この辺りに評判の良い花屋があると聞いて来てみたんだが、どうやら調査兵団の団長様の行きつけのお店だったようだな。」


少しの時間エルヴィンさんと抱き合っていると、含み笑いを纏った声が聞こえてきて、慌ててエルヴィンさんから離れようとする。

だけど、エルヴィンさんはそれを許してはくれず、わたしを抱き締める腕の力と体制はそのままに、声の主を振り返ることもなく応える。


「なんだ、ナイル。何か用か?」

「つれないな。同期が目の前にいるというのに。」

「俺はお前に用はない。」

「俺もお前に用はないんだが、そちらの店主に用がある。」

「・・・わたし?」


人のいる状況で抱き締められている今、恥ずかし過ぎて顔から火が出そう。

それに、エルヴィンさん、“俺”って・・・



それより、わたしに用って何かしら?

エルヴィンさんの懐から逃げるようにすり抜け、わたしを訪ねて来たと言う兵士さんへ向き合う。

胸元には、盾にユニコーンの紋章が描かれており、憲兵団の人だと言うことはすぐに見て取れた。

憲兵団の人がわたしに何の用?

しかも、エルヴィンさんと同期。


「初めまして、憲兵団師団長のナイル・ドークと申します。
来月、王都にて王家一族の末娘様のご出産祝いが開催されます。
その祝賀会での装飾を依頼に参りました。」


ナイルさんと名乗るその人は、丁寧にそう挨拶すると、軽く今日ここへ来た理由を説明した。

そう言えば、最近王家一族の末娘様が女の子をご出産されたということで、新聞を賑わせていた。

だけど、それはわたしとは全く縁のない世界のお話だと思っていたので、突然の依頼のお話に驚きを隠せない。


「そんな光栄なお話、わたしで大丈夫なんでしょうか?」

「もちろん、姫様の要望ですから。
以前あなたが王都のレストランで生けられていたお花を、お気に召されてたようです。
最近は違う花屋が出入りしているとのことですが、姫様はとても残念がっておいでで。
そのため、祝賀会では是非あなたに生けに来て欲しいと。」


王都のレストラン・・・

身体が強張る。

そう、確かに王都での仕事は以前受けていた。





でも、それは・・・





「少し・・・考えさせてください・・・」


少し俯き、そう返事した。





「用はそれだけか、ナイル?」


俯いたわたしの代わりといった様子で、応えるエルヴィンさん。


「随分とお邪魔なようだな。
言われなくともすぐ帰るよ。
だが、お前も明日、朝から壁外調査を控えているんじゃないのか?」


なんともなく続く会話に目を見張る。


「えっ、エルヴィンさん、明日壁外調査なの!?」

「なんだ、親しそうにしていたのに、言ってないのか?」

「放っておいてくれ、今からその話をしようとしてたところなんだ。」


エルヴィンさんは大きく溜息を吐く。


「そうですかい。
とにかく、お嬢さん、ミーナさんと言ったかな。
来週答えを聞きにまた伺うよ。
それまでに答えを用意しておいてくれ。」


そう言うと、ナイルさんは小さく会釈をして帰っていった。





店に残されたわたしとエルヴィンさん。

さっきまでの甘い雰囲気とは違って、少し気まずくて。


「エルヴィンさん、明日・・・」

「あぁ、今日はそれを伝えにきたんだ。」


目を逸らしそう話すエルヴィンさん。


「ごめんなさい。わたし、そうとは知らず、余計なことを・・・」

「いや、そんなことはない。むしろ、嬉しい。
帰って来たら・・・、その、君の家に行ってもいいか?」


少し遠慮気味にわたしの顔を覗き込むエルヴィンさんは、どこか照れ臭そうに、そうわたしに問い掛ける。

わたしは、コクリと小さく頷く。


「ただ、今回の調査は、少し大掛かりでね。
1週間以上かかる見込みだし、帰ってからも少し手続きで忙しいかもしれないのだが・・・」

「うん、無理はしないで。
それより、無事に帰ってきて。」

「そうだな。」


そう言葉を交わすと、エルヴィンさんはどこか遠くを見つめながらわたしを抱き寄せる。





死と隣り合わせの壁外調査。

人類の希望を背負ったその任務は、時に残酷な結末を迎える。

誰よりも平和を願い、永久的な人類の穏やかな明日を求める調査兵団の兵士たち。

そして、その頂点に立って皆を率いるエルヴィンさん。

人は皆、どこにいようと明日の確約はないのだけど、だけどやっぱり壁外調査へ出向く時は胸が騒つく。

どうか・・・

神さま、彼らをお守りください。





彩り豊かなアネモネの花。

しおれやすいその繊細な花は、まるで風のように儚くて。

希望を沢山乗せたその風。

わたしは、いつまでもあなたを想い、そして待ち続けることでしょう。

愛しい人の無事を祈って。





【4月 アネモネ FIN】

花季 -hanagoyomi-