9月 ハートカズラ

愛や幸せを連想させるハート型。

つるを挟んで左右対称に並ぶ様子。

暗緑色にシルバーグレイの不規則な斑の入った色合い。


その葉姿と、はらりと垂れ下がるつるは、まるで自然が作り出すアクセサリー。


そんなあなたは、わたしたちに欠かせなくて。


きっと、いつまでも、わたしたちに寄り添ってくれることでしょう。





***



「ミーナ!この荷物はどこに置けばいい?」


ハンジさんの大きな声が聞こえて、そちらに目を移す。


「えっと、それはリビングにお願いします!」





今日はお引っ越し。

わたしとエルヴィンさんが、これから一緒に暮らすおうちへ。

新しい家具に、新しい小物たち。

そんなものが次々と部屋へ運ばれてくるたびに、これから二人での生活が始まるんだ、と思うと自然と心は踊り出す。





「・・・ったく、仕事と称して引っ越しの手伝いとか、職権濫用も甚だしいな。」

「何言ってんの、リヴァイ!
エルヴィンの新居への引っ越しのお手伝いができるなんて、そうそうないことだよ!
これからミーナとどんなところで生活するかを垣間見れるとか、なかなか滾るじゃん!」

「チッ・・・興味ねぇな。」


ぶつくさと文句を言いながら、黙々と新居の掃除を手伝ってくださるリヴァイさん。

まだ挙式まで1ヶ月もあるし、荷物の運び込みはゆっくり休みごとにすればいいやって話してたのに、エルヴィンさんは
「しなければいけないことは、早めに終わらせておく方がいい」
と言い出し、急遽兵団からハンジさんたちを連れ出して、引っ越し作業を手伝わせることとなった。


「すみません、みなさんお忙しいのに・・・」

「いいのいいの!お礼なら、エルヴィンにたっぷりとせびるから、ミーナは気にしなくて良いから!」


そんなことを言ってはくれるけど、やっぱり私用に駆り出されるみなさんのことを思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。





「ミーナさん!宅配が届いてますが、どうしましょう?」


玄関の方で、ハンジさんの部下のモブリットさんが叫ぶ声が聞こえる。

彼もまた、見ず知らずのわたしのために、ハンジさんに連れ出されて引っ越しの手伝いに来てくださった方である。

いくらハンジさんの頼みだからって、休日に面倒ごとを頼まれる事が気の毒に感じるけど、モブリットさんは嫌な顔一つもせず、テキパキと引っ越し作業を進めてくれる。

きっと優しくて面倒見の良い人なんだろうな、なんてエルヴィンさんに呟くと、彼はハンジさんの良き理解者・・・と言う名の世話係で、いつも奇行種並みの行動を起こす彼女の後処理に立ち回る苦労人、だそう。

あぁ、なるほど。

ハンジさんのあの突拍子も無い行動が通用するのは、そんなモブリットさんの影ながらの支えがあってこそなんだ、と妙に納得がいく。





「あ、すみません!すぐ行きます!」


急いで、モブリットさんの居る玄関先へと足を運ぶ。

届いたのはアイアン製の丸テーブルと椅子が二脚。


「ありがとうございます。そちらは、隣の庭に運んでもらえますか?」


宅配業者の方に、運んでもらう場所を指定し、お願いする。


「ミーナ、庭用のテーブルセットなんか頼んでいたのか?」


エルヴィンさんが宅配の物が気になったようで、表に出てくると不思議そうにそう尋ねる。


「うん、ちょっとしたことにね。
引っ越しが落ち着いたら、そこでお茶でもしよう?」


ずっと憧れだった、お庭でのティータイム。

それを実現したくて、少し前に雑貨屋さんで見つけたこのテーブルセットは、わたしのなけなしの給料から大奮発したもの。

細かい細工で草木や小鳥などが描かれたそれは、わたしの好みそのまんまで。

無事に引っ越しの当日に届けられたことに、さらに気持ちは高鳴る。





夕方。大方の荷物は運び終え、引っ越しが終わり・・・


「みなさん、今日は本当にありがとうございました。」


そう手伝いに来てくださった方々にお礼を伝える。


「おおかたの荷物は運び終えたのかな?」

「はい、後は細かい片付けなので。
本当はお食事でも振る舞いたいのですが、今日は何も出せそうになくて・・・」

「ううん、いいのいいの!
また落ち着いた頃にご馳走になりにくるよ。」


そんな風にハンジさんは応えてくださると、一緒に手伝いに来てくれていた方々と、すぐ近くの兵団へと帰って行った。

そう。

ここは、調査兵団の本部のすぐ近くの家。

忙しいエルヴィンさんが、少しでも毎日家に帰ってこれるようにと、職場に近いこの場所に家を借りることにした。

それは、わたしの提案。



そしてもうひとつ。

わたしにとって大きな決断を兼ねたこの家。



わたし・・・

今の商店街から、この家の玄関先に花屋を移転しようと考えているの。





「ミーナ、お疲れ様。」


みんなが帰った後、せめてキッチンくらいはなんとかしなくちゃと、食器類の荷解きをしていたところ、エルヴィンさんはいつの間にか買って来てくれた食べ物と、少しのアルコールをわたしに手渡す。


「わぁ!いつの間に!?」

「いや、君は荷解きに夢中だったからな。
この近くにある小さな店ももう閉まる時間だったから、急いで買いに行って来たんだ。」


そう言うと、キッチンの床に座り込んでいたわたしの横に、エルヴィンさんも同じように腰掛ける。


「今日はもう十分頑張ったよ。
あとはゆっくりと片付ければいいさ。」


そして、そうわたしに言うと、頭を優しく撫でてくれた。





いつもエルヴィンさんがわたしにしてくれる仕草。

だけど、今日はこれからずっと二人で生活する場所で。

そんなことを考えると、今の状況はなんだかとても気恥ずかしくて、でもこんな甘い生活が日常になるんだと実感すると、幸せで胸がいっぱいで。

思わず頰がにまにまと緩んでしまう。


「何ニヤついているんだ?」

「ううん、なんでもない。」

「おかしな子だね。」


エルヴィンさんはそう言うと、彼もまたなんだか可笑しそうに頰を緩めた。





「ねぇ。折角だし、さっき届いたテーブルで、お庭でお食事しない?」


今日は晴れていてよかった。

きっとこの様子なら、空には沢山の星も見えるはず。

そんなことを考えながら、買って来てくれた食べ物を持ち出し、お庭でのお食事タイムに心弾ませた。





「乾杯。」


暗くなった少し広めのお庭で、ランタンに明かりを灯し、隣同士に椅子を並べてビンをコツンと重ねる。

食器なんてものはなく、アルコールは瓶に入ったまま、お食事も紙袋を開いてそのまま摘めるようにしただけの、簡易なパーティー。

だけど、そんな気取らないお食事が無性に心地良い。





「しかし、ミーナ。本当にいいのか?」

「なにが?」


フライドポテトをもぐもぐと頬張っていたら、エルヴィンさんは真面目な顔をしてわたしの顔を覗き込む。


「その・・・、花屋を移転する話。」

「ああ、それ!うん、もう決めたの。
それにね、そんなネガティブな話ではなくて。
わたし、結構楽しみにしてるんだよ?」

「無理はしてないか?」

「どうして?」

「今経営も右肩上がりなんじゃないのか?
それを放棄して、ここで新たにスタートさせるとか・・・」


本当に心配してくれているのだろう。

エルヴィンさんは、眉をしかめてわたしをじっと見据える。


「ううん、放棄じゃない。
お店のスタイルを変えるだけだから。」

「というのは?」


そう言って、エルヴィンさんはわたしの話に真剣になって耳を傾けた。





「生花店ってね、鮮度が命なの。」


そう切り出したミーナは、意気揚々と話し出す。

そう、これは周りが見えなくなる程、花に夢中になって話し出す、いつものミーナだ。

小さく相槌を打ちながら、彼女の話に耳を傾ける。


「だから、週に数回、早朝の市場に仕入れに行くのは欠かせないし、そして、仕入れた切り花は、出来るだけ早く売り切ってしまわないと儲けにならない。
ひとりでそれを賄うには、毎日長時間労働になるのは避けられない。
他の従業員さんを雇ったとしても、今度は2人分の儲けを出さなきゃと思うと、もっと仕事を増やさなきゃいけなくなる。」


話し出した内容は、思いの外経営について。

ミーナが花への熱い想いを語るところは頻繁に見かけるが、経営のことを聞くのは初めてだった。


「そんな忙しいのなんて、十分味わったし、もういいかな、と思って。」


確かに、繁忙期と呼ばれる時期は、休みさえ取ることも難しく、加えて私自身も忙しいことも相まって、なかなか会えない時期があった。


「エルヴィンさんのお嫁さんになるんだもん。
おうちでご飯作ったり、掃除洗濯したり、2人で生活する空間を気持ちよく過ごしたいの。」


そう話したミーナは、輝いた笑みで私に向き合う。


「だけどね、わたし欲張りだから。
花屋はわたしの天職だと思ってるから、とても辞める気にはなれなくて。
だから、お庭で植え物のお花を売ろうと思ってて。
切り花は、予約注文だけ。
そして、将来子供ができたりしても、自宅の花屋さんなら、子供と一緒に店番だってできるでしょう?
もちろん、収入は凄く減っちゃうだろうから、エルヴィンさんの収入も当てにしちゃうけどね。」


そう結婚後の生活を想像して、嬉しそうに話す。


「随分と計画的だな。感心したよ。」

「だって、一応これでも、わたし商売人だから。」


そして、てへへと、少し照れ笑いしながらペロリと舌を出しておどけてみせた。





「それにね・・・」


ふわりと微笑んだミーナは、今日届いたばかりの今腰掛けるアイアン製の椅子とテーブルを嬉しそうに撫でる。


「このお庭で、お得意様にお手製のハーブティーなんか出せたりしたら、素敵でしょ?
お花を買いに来てくれるだけじゃなくて、このお庭が美しいって思ってくれて、そして足を運んでくれる。
そんなお客様が増えたら嬉しいなって。」


そう切り出し、私の目を力強い眼差しで見つめる。


「わたしね、思うの。
昔は、売れたらそれでいいと思ってた。
だけど、それじゃ必要最低限のお客様しか集まらないし、お客様も必要最低限の買い物でしか立ち寄ってくれない。
わたしの大好きなお花。
普通の人なら知らないお花なんて、山程ある。
だから、初めは見に来てくれるだけでいい。
だけど、わたしのお店を訪れてくれることで、運命のお花なんかに出逢ってくれたら、こんなにも嬉しいことはないなって思うようになったの。

『ここでしか買えないもの』

それが必要だって思ったの。」


そう力強く話すと、私がいつも彼女へ求める、ふわりと優しい微笑みを浮かべる。


「そんな些細なことに気付いたのも、エルヴィンさんと出会ったから。
エルヴィンさんは、いつもわたしの作る花を褒めてくれるでしょ?
そして、驚いてくれる。
そんな顔を、もっと色んな人にもさせてみたい。」


そして、ミーナは極上の笑顔を私へと向けて言った。


「いつも、ありがとう。」





わたしのしたいこと。

こんな真面目なことを話すのなんて、初めて。

だから、とっても気恥ずかしい。

だけど、決して茶化すこともなく、小さく相槌を打ちながら、一言一句わたしの話を聞き逃さないように耳を傾けてくれるエルヴィンさん。

そんなエルヴィンさんの仕草は、きっと、兵団での団長さんの顔もこんな感じなんだろうなって、不意にそう思ったりもする。

いいな。

わたしも、こんな上司の下で働いてみたいな。

そんな突拍子もない考えが巡って、なんだか可笑しくもなるけど、これから、この新しい花屋さんに帰って来てくれる主人(あるじ)であるのは間違いない。

わたしの大切な人。

一緒に働くことはなくても、わたしの側にいてくれるあなたは、これからきっと、わたしにとってかけがえのないパートナー。





「ミーナ」





わたしの名前を呼ぶ低い声。

わたしの頬を撫でてくれる大きな手。

そして、わたし自身を見てくれるその碧い瞳。





「こちらこそ、いつもありがとう。」


愛おしい彼は、そう言ってわたしに優しいキスを落としてくれた。










ハートカズラという名の観葉植物。

長いつるに仲良く向かい合う葉姿は、まるでお互いが協力し合い、助け合うさまのよう。

結婚するわたしたちにとって、そんな姿はお手本のようで。


いつまでも

助け合い

尊重し合い

そして、愛し合い・・・


例え、結婚生活の中で困難が訪れたとしても、このハートカズラのように、長い長いつるを育んでゆくことでしょう。





【9月 ハートカズラ FIN】

花季 -hanagoyomi-